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☆どっちの愛里を選ぶっつーの!
しおりを挟む岩田との電話を終え、僕はABCホテルの土産物売り場に行ってみた。
宿泊している観光客を見込んで名産物が品揃えしてあり、その中から青色の猫クッションを購入して、愛里のご機嫌を伺いに部屋に戻ってみる。
ドアをノックをし、ミッチェルさんから返事が返ってきても、「山柿ですけど、今から入ってもいいですか?」と念を押し、同じ失敗を繰り返さないよう努める。
再度『OKデス、どうぞ~♪』と許しが出たので、恐る恐るドアを開けて入たのだが――。
「遅っそいんだっつーの、クソ勇者!」
国民的美少女は清潔感ある白いセーターと、赤と黒のチェックのミニスカートに着替えており、僕を見るなりふんぞり返って、フンっと鼻を鳴らした。
調子が良いみたいで、なによりなにより。
なんだけど――、ちょっとだけ、ドキッとした。
「なに? あたしが、なに?」
「いや、な、何でもない……」
今日に限って愛里が穿いているミニスカートの丈が異常に短く、座ったり屈んだりしたら、マル秘な生地が見えちゃったりしそうなレベルの代物だから余計ドキドキなのだ。マークⅢが一番穿きそうにないのに、どうしちゃったんだ?
「ちょっと、聞いてる、キモ勇者?」
「あっ……、はいはい」
いかん、つい見惚れてしまっていた。
恐るべし愛里パワー。
「広島に帰るまで、アンタ今からあたしのボディガード。キモいからストーカー追い払うのにぴったりだっつーの!」
そうなのか、そういうてはずなのか?
近くにいるミッチェルさんに目で確認したら、両手でWの形を作って《分からない》の意を示した。
「何処見てんだっつーの! 黙ってあたしだけ見てればいいのっ!」
マークⅢがトコトコ近寄ってきて、ポコンと僕の右脚を蹴った。
「うん、分かったよ」
満足したようで、「よしよし。じゃ、こっちっ!」と僕の袖を引っ張って奥の部屋にいく。
そこには、高級ソファーに子供の洋服がいくつも無造作に掛けられていた。
マークⅢが服を選ぶのに試行錯誤したのかな。
あれ? だとしたら変だぞ。選び抜いてわざわざ際どいミニスカートなのか。色仕掛けを企むセナさんじゃあるまいし。
首をひねりつつ、僕と愛里しかいない8畳ほどの部屋を見渡していると、背後からガチャ……、と閉められたドアにロックをかける音が聞こえた。
マークⅢがいじめっ子みたいに意地悪く微笑む。
「座って」
突き出した人差し指を床に向ける。ソファーじゃなく、そのままカーペットに直に座れの意味だろう。
愛里と二人っきり……。セミ好きの愛里じゃない、マークⅢとこれから何が起きるのだろう。邪魔が入らないよう施錠までして。
自然と踊る心を押さえつつ正座をした。僕の目線は愛里の身長とほぼ同じだ。チェックのミニスカートから伸びた脚が白くて眩しい。
「なに、ニヤニヤしてんだっつーの!」
「ご、ごめんごめん」
ふんっ! とちょっぴりお怒り気味のマークⅢだが、僕の後ろを気にしているようなので、さっき購入した品を渡した。
「なに、これ……。くれるの、あたしに?」
「うん、いろいろ迷惑かけたしね」と言って頷くと、マークⅢが子供っぽい笑顔になったが、直ぐに眉をひそめる。
僕の前に座ってガサゴソ包装紙を広げ、中身が猫のクッションだと分かると、「わーっ」と喜んだ。
しかし、僕の視線に気づくと、フンとそっぽを向いた。
「キモ勇者のくせに……よ、余計なマネするんじゃないっ!」
「気に入らない?」
「ち、違うっ! そんなんじゃ……。こんなことされたら……あ、あたし……あたし……」
困ったように両手で頭を抱え、「もう子供じゃないんだっつーの!」とマークⅢは言い直した。
じゅうぶん子供だと思うけどね……。
「喜んでくれたかな」
「センスゼロだけど、貰っといてあげるっつーの!」
「ありがとう」
文句を言いつつもマークⅢは大事そうにクッションを膝に置き、何度も撫でていて、触り心地を楽しんでいるようだ。
よかった。
「だから、ニヤニヤしたらキモいんだってーの!」
僕がジロジロ見ていたからだ。決して座っている愛里のミニスカートの奥が気になったわけじゃないぞ。
素直に謝って、愛里を見ないよう、視線を窓の外に向けた。
「ちょっと、訊きたいことあるんだけど」
マークⅢが話しだした。
「キモ勇者から見て、どう。……あたしは普通、それとも異常?」
「な、なにを突然」
「だから、あんたがあたしをどう思ってるかってーのっ!」
「どうって……、そりゃ……」
可愛いに決まっている。
いや、それ以前に、どうしてそんな事を訊ねるのか。……それって……。
「あ……やめてくんない。その顔、チョーキモい」
うわっ、またかよ。僕ってそんなにキモいのか。
「まさか、照れてたの? あ……やだっ、あたしが告白したって、思ったでしょ?
なに……思ってない? アンタうそついてるっつーの!」
言いたい放題だ。
「訊きたいのは、あたしが普通人か、アンタが前にいちゃちゃしていた天然アホ女が普通人かってーことっ!
どっちが愛里に相応しいかってこと!」
「愛里同士で比べろって言うのか、僕に」
「正直に言いなさい。もっともアンタはバカが付く正直だろうけど」
立ち上がって腕組みをした愛里が、部屋をトコトコ落ち着きなく歩きまわる。
「そんなに悩むことか? どっちが常識人かってこと。早くしろっつーの!」
常識人――。
「あーもう、ウザい。ウザすぎ。10人に訊いたら誰でもあたしを選ぶと思わない?
違う? あっちの愛里はクモやムカデとか、とにかくゲテモノ好き。
あたしは可愛いだけの愛里、悪趣味は持ってないっ。勝負は決まっているっつーの!」
ゲテモノ好きが非常識とは言い切れないぞ。
もしそうなら、セミやムカデやクモを研究している学者や、モチーフとしている絵描きの人はどうなる。
そもそもゲテモノっていう区分けも人間の偏見みたいなものじゃないだろうか。
クモだろうとムカデだろうと、蝶や花と同じで生きているんだから。
「いいかい。僕はこう思っているんだ。セミやムカデやクモが好き。ゾンビが好き。怖い物が好き。そんな珍しい感性はね、とても貴重というだけで、普通人でないというわけじゃないんだ」
「ふん! 大人が子供を諭すみたいな言い方するなっつーの!」
マークⅢの行動はもう読める。予想通りに可愛い脚が飛んできたので、一歩下がって交わした。
カスッと空を切った愛里は、絨毯に尻もちをついてしまった。
「ボディガードは、よけちゃダメっつーの!」
ぶーっ、とほっぺをふくらませる。愛里は体育座りみたいな体勢のままだ。
自分のスカートの中が丸見えになっているのに気付いていない。
見ちゃダメ見ちゃダメと思いつつ、ちょっぴり嬉しくなる。
「……? あああ――っ!!」
表情を一変させ、愛里がスカートの裾を絨毯に押し付けた。
「見たな……キモ勇者……」と睨みながらゆっくり立ち上がる。
「見てない見てない、全然見てない」
「うそつけ――――っ! そこっ、もっこりしてるっつーの!」
うっぎゃーっ! エロ勇者だーっ、襲われる~~っ!!
とマークⅢが騒ぎだすマイ股間の物体は、ミニマックス君だ。
マックス君には程遠いが、ズボン越しでもしっかり『我ここにあり』と主張いているわんぱく小僧だ。
慌てて正座し直し、股間を近くにあった猫クッションで覆った。
「ああああーっ! それあたしんのーっ!」
「ご、ごめんっ!」
「あーもう、頭おかしくなりそう……」
愛里がため息を吐いた。長い髪を掻きむしり部屋のあちこちを、うーんうーん唸りながら、うろうろ歩いている。
元気そうに見えるが、愛里は人格障害を治したわけじゃない。
「痛いのか頭」
「アンタのせいでね!」
「僕の」
「はっきり言うっつーの! アンタ、あたしの事が嫌いでしょ!! 厄介者だと思ってんでしょ。愛里の中へ早く引っ込めって考えてんでしょ!」
「そそそんなことはない。絶対にないっ!!」
「じゃ、アンタは……あ……あ、あたしの方が……いいのっ……」
「へっ……?」
「へじゃない! ド変態の愛里よか、ああ、あたしの方が……」
言いながらマークⅢが口を尖らせ、もじもじ身体をよじり、胸の位置で合わせた両手をこねこねすりすりし始めた。
白い小顔が真っ赤だ。
「あたしの方が……イイのかって……んだよ……きいてんだよぉ」
「イイのかって?」
「大学生にもなって、アンタ鈍過ぎっ! つつ、つまりだっ! アイツよか、ああ、あたしのほうが……好き……なんかよぉ……。そこんとこ……どどど……ど、どう思ってんだてぇのよぉ……」
これって、まさかまさか、照れているのか。恥ずかしがっているのかっ?
「なっ……なに絶句ってんだっつーの! あたしを嫌いって言ってんのと同じじゃん!」
「違う違うっ! ちょっと驚いただけっ!」
「ふんっ! じゃ、どーなんだよ……そこんとこ……」
「……いや、……その、僕にとっては……どっちの愛里ちゃんも、愛里ちゃんであってだね……、どっちが好きとか、そういう――」
「だああああああっ! わあった! もうわあったっ! このこのこのこのっ!」
小さな脚で容赦なく蹴り込んでくるが、全然痛くない。
「ほんとに、僕には決められない。ほんとうなんだ……」
どっちも素敵な愛里だから。どっちも大切な愛里だから。
「クソ勇者っ! へっぽこ勇者――っ!」
「じゃ……、訊くんだけど……、愛里ちゃんは、僕をどう思っているの?」
「えっ?」
途端に蹴り脚が止まった。そのままの形で瞬きをする。
「だだ、大っ嫌いに、決まってるっ……、……つーの。キモ勇者なんかを、好きになれるわけないつーの。なったら、もうあたしじゃなくなるっつーの」
言っている意味がよく分からない。
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