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☆愛里救出その2
しおりを挟むチーン! とエレベーターの到着音が鳴った。ドアが開き、箱からスタッフと共に出てきた見学者3人が僕を芸人だと思ったのだろう、顔を見合して笑みを浮かべた。
「おい! 訊きたいことがある」
「な、なんでしょうか……」
「ちょっと前に、あいりんを見なかったか? トキメキT∨のあいりんだ。黒いスーツを着た女と一緒にいるはずだ」
僕を、ゴスロリ男を街中で見かければ、間違いなく変態扱いだろう。外人の観光客だったらカメラを向け、『日本人の美意識、理解不能デス』と間違ったまま受け取って帰国しそうだ。しかしここはテレビ局内。
「あ、さっきいたよな」
「何処だ?」
「えっと、上の階。俺ら8階から降りてきたから」
「ありがとう。キミの情報が国民的少女を救った」
笑う見学者一同。僕を売れない芸人だと思っているのだろう、「諦めず、頑張ってくださいね」と上から目線で応援され、僕はエレベーターに乗り込み8階のボタンを押した。
8階に到着した。ここは綾小路の控室があるフロアーだ。
急いでさっきの場所に向かう。廊下の角を曲がると、ずっと向こう、元K―1選手と岩田監督に連れられて、愛里が携帯ゲームで遊びながらトコトコ歩いているじゃないか。
元K―1選手が愛里をジロジロ見下ろしながら舌なめずりをしていた。卑猥なことを想像しているに違いない。監督は黙認していた。
これから何が起きるのか――。綾小路が楽しんだ後、あの男も――。
惨たらしい光景が目に浮かんで、僕は頭を振ってかき消した。
愛里は知らされていないのだ。たぶんプロデューサーと打ち合わせだからと説明されているに違いない。
僕はボケットからスタンガンを取り出し、3人の後ろから静かに接近した。
元K―1選手とまともに争っても勝てる気がしない。だったら、監督と同じ発想だ。チャンスは一度だけ。僕は気がついた監督に目もくれず、大男の背中、その心臓があるだろう左胸にスタンガンをあててスイッチをONにした。
バリバリバリバリ――ッ!! 激しい放電音が響き、呆気なく巨体が僕の足元へ倒れた。
床にうつ伏せのまま焦げの臭いをさせている。
「ひっ! ヒイイイッ!!」
側で叫んだのは愛里ではない。小学4年生はゲーム機を持ったままの形で固まり黒目を点にしている。
監督だ。
あの冷静な岩田監督が、知的な顔面を引き攣らせて絶叫したのだった。
「坂本――っ!!」
そう大声で叱りつけたのも、実際僕に向けてという感じではない。自分自身が狼狽、困惑、動揺しているのを抑えようとしているのは明らかだった。それだけで満足感が広がった。
「なんですか、監督」
ゆっくりとスタンガンを持ち上げ、ワザとスパークさせてやる。バチバチと散る火花を前に、監督が青ざめ数歩後ずさった。
「私にする気か? 冗談はやめろ……」
「冗談を実行しているのは貴方でしょう監督。娘にスタンガンを使用して気絶させ、今もレイプさせようとしている」
「坂本には分からん、深いとてつもなく深いレベルで、私は将来を考えているのだ」
「考え過ぎて脳みそ茹だっているんじゃないですか?」
あえて淡々と返答してやる。
「愛里が親である貴方にスタンガンを向けられた心境が――、自分を制御する道具にスタンガンを準備している気持ちが分かるか? 50歳のおっさんのエサになる、陵辱される苦痛が理解できるか? 貴方だって被害者だったんだろう?」
突然踵を返し駆け出そうとした監督の手を掴み、無理やり二の腕にスタンガンをお見舞いした。
高い電流音がして監督もK―1選手の横に崩れ落ちて気を失った。
悪党相手に罪悪感はなかった。むしろ爽快感、愛里を綾小路から救った達成感だった。
これで愛里を広島へ連れ帰ることができる。
向き直ると、少女は床の男とピクリともしない自分の母親を、嫌いだった母親を呆然と見下ろしていた。容態を心配している風ではない。まだ状況を理解していない。
やがてゆっくりと幼い顔が持ち上がり、大きく息を吸い込んで、
「ぎやああああああああああああああああああああああああ」
国民的美少女がこれ以上ないってくらい口を大きく開いて絶叫したのだった。
「誰か助けて――っ! ママがド変態に殺された――っ! 人殺し――っ!!」
ええええええええええええ――――っっ!!
僕は愛里に負けないくらい脳内で絶叫した。
愛里がトコトコ走りだしたので片手で捕まえた。
「うっぎやあああああああああああああああああああああ」
いちいち大騒ぎだ。
「静かにして愛里っ! 僕だよ、僕だ」
「キモおやじィィィィ――――ッ!!」
事情を詳しく説明したいが、興奮していてそれどころではない。
それに僕だと理解していない。何とか山柿聖だと分からせようと顔を近づけたのが更に悪かった。ドアップの僕の顔はある意味武器だ。
「こここここ……殺される――――っ!!!」
叫び愛里が手足をバタつかせ猛烈に暴れだしたので、手で口を押さえた。
集まって来たスタッフが遠巻きに僕を囲む。もう僕は幼女を拉致しようとしている変態ゴスロリ凶悪犯だった。
一人が携帯を耳にあてた。警察に連絡しているのか。まずいぞ。
悪いとは思ったが愛里を脇に抱えてこの場から逃走した。スタッフが追いかけてくる。
1階に降りるんだ。とにかくAHHビルから出れば何とかなる。タクシーで東京駅まで飛ばし新幹線で広島だ。
しかし、ひらひらスカートをひるがえしたゴスロリ男がぎゃーぎゃー騒ぐ幼女を小脇に抱えている図というのはどう工夫しても目立ってしまう。振り返るとずっと後ろ、ワケも分からずただ興味本意で追いかけてくる見学者もいるのだろう、追っ手の人数が増えていた。
8階から7階、階段を3段飛ばしで降り、6階に降りたら偶然誰もいなかった。追っ手はまだ7階でもたもたしている。
あえて5階には行かず、無人廊下を進んで見つけた男子トイレに忍び込んだ。ここも誰もいない。
一番奥の個室に入って中から施錠した。ここで愛里を落ち着かせて事情を説明し、追っ手を誤魔化す。
僕が嫌いだとか言っているどころではないのだ。愛里に協力してもらわないと騒がれて僕は警察に捕まる。
異常者があいりんに嫌がらせ、いや拉致、いやいや痴漢しようとしていると思われるぞ。
「いいかい。今から手を放すけど、静かにしてね」
愛里が小刻みに震えながらゆっくりと頷く。今にも泣き出しそうな涙目だった。
ここに来てようやく愛里が怯えているのだと悟った。
いくら嫌いな母親だからって、感電させられて喜ぶはずはない。躊躇いもなくあっさり付き人をも気絶させた変態男は、愛里にとって恐怖以外何も感じないだろう。しかも口を塞がれ助けも呼べず、無人トイレの個室に自分だけ軟禁させられたのだ。母や男に続いてあの場で自分を気絶させずに、わざわざ個室に連れ去った。つまりこの変態の目的は自分自身。トキメキTVのあいりんの身体。
これからどんな酷いことをされるのだろうか。ベビーハットを被った白タイツ男に『静かにしろ』と命令されたら、そりゃ怖いだろう。
ああ……僕はなんてことをしてしまったんだ……。
「ごめんね。こんなことして……、守りたかったんだよ……」
ゆっくりと、分かるように話そう。
愛里がもう一度頷いたので、信用して手を放した。直ぐだった。
「たたたたた、助けて――――っ!!」
「あわわわわ」
慌てて愛里の口を塞ぎ、ジタバタする手足ともどもギュッと抱きしめた。
長い黒髪が僕の顔にかかる。いい香り、暖かい小さな身体。
ああ……どうすれば良いんだ、これから。
落ち着かせるには……。ブラックに電話して来てもらうか。マークⅢはブラックが好きみたいだから。
早速電話してトイレの場所を説明した。
「大丈夫か? ちゃんと来れるか」
『簡単じゃん。僕に任せてーっ!』
軽い……。
余計に心配になった。
通話を終え、ハッと気付いた。
が……遅かった。愛里がぐったりと僕に身体を預けていた。
窒息した。させてしまった。口を押さえたままだった。
「愛里っ! 愛里っ!」
小さな肩を揺する。
「う、う……ん……うう……」
愛里の小さな口が動いた。よ、良かった生きているっ!
パッチリ両目が開き、キョロキョロした。怖がるわけでもない。
それはそれで良いのだけど、何となくマークⅢと雰囲気が違うような……、そんな気がするけど。
妖精は僕に抱っこされたまま嫌がりもせず、淡々とあたりを確認してから小鼻をひくひくさせた。
「いい匂いでがす……うっとりするでがす」
「がす?」
言ったのはちゃんと愛里。だけど東北の方言で喋ったのだった。
しかもだ。気持ちよさそうに僕の胸へスリスリ顔を埋めている。僕を見上げてニッコリ微笑んだ。
可愛い……。
一瞬以前の愛里が戻ったのかと、そう錯覚した。
「オラ岩田愛里でがす。オラの恋心は知ってくれてると思うでがすから、初体験を始めっとでがすね」
ものすっごい癖のある言葉だった。
「初体験……?」
「もーっ、オラが小学生だからって、遠慮はいらねでがすよ。まだ初潮が来てないでがすから、中出しOK。嬉しいでがすか?」
そう甘えた声で愛里は、僕のふわふわスカートの中に手を忍ばせた。
すりすり。すりすり。すりすり。にぎにぎ。にぎにぎ。
異常にエロいし、異常に上手だ。
「あの……ちょ、ちょ……ちょっと愛里ちゃん??」
「もう準備できたでがす~♪」
竹の子の里だったのを最速で暴れん坊にさせたテクニシャンは、一度僕から離れて自分のスカートに手を突っ込んだ。
「愛里を魔王さまのオモチャにして欲しいでがす」
脱ぎ終えたホカホカを僕のスカートのポケットへ入れた。
「魔王さま……」
以前の愛里は僕を勇者さまと呼んでくれていた。やっぱり、この愛里は別人格ってことか?
マークⅡでもなくマークⅢでもなく、新しいエロ人格……マークⅣってことか。
マークⅢがピンチだから代わりに出てきたんだろう。確かに僕を嫌わない人格だから、一応ピンチを防いではいる、一応。
しかし、いったいいくら人格が増えるんだよ。新しい扉を開き過ぎだろ愛里――っ!
「はいな。いつもいつも魔王さまをスクリーンで見てドキドキしてたでがす。初恋でがす。オラたち良いカップルになるだべ」
僕を好きでいてくれるのは嬉しいけど……。
勝手にマックス君を白タイツから開放しようとしている。
なんて積極的な別人格だ!
「ついに合体でがす。嬉しくて排卵しそうでがす」
なんか、怖いんだけど。
「あのね愛里ちゃん。その前にとにかくこのビルから出て広島に戻るんだ。理由は後でゆっくり説明するから」
エロ人格でも良い。この子が冷静で僕に好意的なのが好都合だ。
「無理でがす。もうオラのここが準備できてるでがすから、挿れてからでないと」
「いやいやいやいやいや――」
「愛する魔王さまの下の処理は、愛里の権利でがす。楽しみでがす♪」
トイレに人が入って来た気配がした。急いで愛里の口を塞いだ。
あんっ、とエロ人格愛里が喜ぶ。うーん。
「僕だよ。あいりん」
タイル貼りのトイレに響いたのは、幼いブラックの声だった。続けて女の子の声――。
「本当にここに坂本さまがいるの?」
「そうだよ。僕に助けを求めてきたんだから」
「ホントかな。男子トイレにあたしを連れ込んで、エッチなことしたいんじゃないの?」
「ち、違うよ」
月光優花ちゃんまで付いてきているじゃないか!
なんで?
でもどうすることも出来ない。ドアを開けると、振り向いた優花ちゃんとばったり眼が合った。
「坂本さまーっ!」
そう元気に呼んだが、直ぐに駆け寄るのを止めて、不満げに口を尖らした。
「いいな~。いつもいつも愛里ちゃんばっかりーっ! あたしも混ぜて」
そういや、愛里と何かある時はほぼトイレだった。
「そんなんじゃないんだよ、ホント」
弁解していると、急に幼い手が伸びてきて、愛里の口を塞いでいた僕の手を引っぺがした。
と、同時に強烈な舌打ちが聞こえた。
「チッ……! キモ男にサービスしちまった……」
一瞬何が起きたのか。とにかく、両手で僕を突き飛ばし距離をとった黒髪の美少女が、可愛い顔を醜く歪めたのを見て、ああそうなのかと悟った。
「クソッ、あんなエロ人格だとは思わなかった。もう二度と出さねーし」
マークⅢだった。戻ってきたのだ。
しかもしっかりマークⅣとの状況を把握しているじゃないか。
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