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☆避けられている

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『愛里がああああああああああああああああああああっ!!』

 意外だと思うかもしれないが、叫んでいるのは岩田だ。
 あのポーカーフェイスの岩田が、自分の心をコントロールすることに長けている岩田が半狂乱だった。
 僕がK大学に向かっていると岩田から電話がかかってきて、通話を選んだ途端にこの状態。

「しっかりしろ岩田っ!」

『愛里いいいいいいいいいいいいいいい!』

 ただごとでないことは分かるが、みっともないので割愛する。

 岩田は僕と電話した後、綾部さんを連れて愛里のいるホテルに向かったという。
 愛里の心の容態と、スタンガンの傷が心配だったそうだ。  
 そして一番は、どうして僕を嫌っているのか――、
 綾部さんもそうらしくて、ぜひ愛里ちゃんと話しをさせて欲しいと言ったそうだ。
 綾部さんの真意はよく分からない。A∨女優のセナさんを恋愛の師匠と尊敬し(まずここが変なんだけど)、僕のことが好きなセナさんの希望通り、僕をセナさんの彼氏にさせようと企んでいるのは何となく分かる。
 だけど、逆に僕が愛里を好きなのも理解してくれていて、『小学生に恋してどうすんのよ!」などと僕をバカにしながらも、応援してくれている。これがよく分からない。いったい綾部さんはどっちの味方なのだろうか。
 とにかく綾部さんは女の子同士、愛里と腹を割って僕について話しをしてくれるのだろうか。
 
 話しを岩田に戻す。

『愛里が俺を避けている――――っ!!』

 愛里マークⅢについて新しい事が分かった。
 僕を嫌っていると同時に、兄の岩田も避けているというのだ。そして母親である監督もだ。
 愛里と普通に会話できるのはミッチェルさんと綾部さんだけ。

「マジか?」

『どうすればいいんだああああああああああああああああ!!』

 ついさっきまで、余裕こいていた岩田が、自分も愛里に嫌われていると分かった途端コレだ。
 
「まあ、落ち着きなって」

『どうしたらいいんだあああああああああああ』

「ほんとに、落ち着け岩田」

『これが落ち着いていられるかっ!!』

「見苦しい」

 僕も相当ショックだけど、岩田に先に騒がれてしまうと、なんだか妙に冷静になってしまう。
 岩田のやつ(山柿、つくづくお前は気の毒だなあ~)などと傍観者的感覚だったのだろうけど、どうだ?
 僕の気持ちがわかったかな。
 最愛の人から嫌われる苦痛は。絶望感が半端ないだろう。
 うーん、しかし、聞くに耐えん。

 それから、まだ続きがある。
 先ほど愛里はホテルのロビーに出たそうだが、そこで数人のあいりんファンから差し出された色紙をご機嫌でサインして、にっこり握手もしたそうだ。

「愛里が元に戻ったのか」
 
『いや違う。違うんだ』

 いつも気持ち悪いムカデの絵をサインの横に描き添えるのだけど、今回はヒマワリとチューリップの絵だったそうだ。

「普通だ」

『そうだ。異常だ』

 しかもだ。たまたま愛里が財布を開けて、飛び出してきたムカデのオモチャに『キャ――ッ!』と絶叫したという。財布ごと投げつけたという。

「ムカデをキモがる……。父親の形見じゃないか」

『そうなんだ。そうなんだ。どうしたんだ愛里~~っ!』

 しかし、これらを考えると。
 マークⅢは引きこもりでもなんでもない。冷酷な性格だなんてとんでもない。
 綾部さんやミッチェルさん、あいりんファンだろうととにかく誰にでも普通に会話する。普通だ。普通に気持ち悪い物が嫌いな子供の感性。 
 ただ一つだけ異常なのが、僕と岩田と監督が嫌いな人格――。
 実の兄ですら、愛里を溺愛している岩田ですら嫌いだという。

 
『山柿くん。岩田くんと愛里ちゃんがこんなだから、今日は私大学を休むから』

 綾部さんが岩田の携帯を分捕ったんだな。

「そうだね。いろいろ、ありがとう」

『大丈夫よ。安心して』

 ◆

 ◆

 綾部さんの行動は早かった。
 その場で呉地市のお父さんに連絡を取り、その後愛里の母親(監督)にも電話で経緯を説明した。
 患者(愛里)が国民的アイドルのあいりん、絶対に秘密が漏れないことを条件に診察してもらうことで、監督に了解してもらうつもりだったそうだが、監督はきっぱり拒否したそうだ。
 仕事が忙しいのだ。くだらん電話をしてくるな、とも言われたそうだ。

「そうですか……」

『綾部さん。君は賢い。この件について誰にも喋ってはならん! 分かるな』

「はい……そうですね」

『物分かりが良いな、綾部さんは』

「いえ……そうじゃなくて、……どう言えばいいのかしら、そうね、あの……出来るならば、言いたくはなかったのですけど」

『?』

「娘が多重人格を患っている……。娘が精神障害者だと知っていながらその母親は医療機関に診察をさせない。放置している。
 これは明らかに育児放棄、児童虐待、つまりネグレクトにあたります。
 早急に処置して頂けなければ、私のパパ……綾部刑事に相談せざるを得ません」

 監督は絶句し、やがて渋々納得したそうだ。
  
 さっそくその日の午後から愛里の診察をしてもらえる事になった。ミッチェルさんと綾部さんが指定されたホテルに愛里を連れて行く。極秘だ。
 岩田が綾部さんに「ぜひ同行したい」と言い張ったが、

「ダメっ。岩田くん」

「愛里は俺の妹だ。心配で大学なんか行ってられるかっ」

「ダメに決まっているでしょう? そんなことも分からないの?」

「……」

「岩田くんが側にいると愛里ちゃんが怖がるわ」

「しかし……」

「仕方ないわね、コレでも観てK大寮で待っていなさい」

「?」


 綾部さんは、新作の動画・第2弾と3弾をメール送信してあげたそうだ。
 岩田に告白させようと企んでいるアレだ。綾部さんが竹刀を振るだけの動画、激しく揺れる胸を、ただ延々と撮影しているだけのアレだ。
 今回は『海辺で打ち込みの練習・白ビキニ編』と『小雨で打ち込みの練習・カッターシャツ編』だという。
 バカにしてはいけない。白ビキニは水分を含むと少し透けるし、雨で濡れたカッターシャツも同じくエロい。
 《ぶるんぶるん》と《透け透け》が絶妙なコンボで岩田の瞳孔にヒットしたのは言うまでもない。たぶん下半身も。
 撮影とアイデアはセナさんだろう、やっぱり流石だ。
 綾部さんはタクシーを呼び止め、岩田だけ乗せて寮に戻るよう指示し、一応監督にも連絡をしたそうだ。
 監督は編集の仕事が忙しいとのこと。予想通りの返答だったので、診察の経緯と結果だけミッチェルさんから後で聞いてもらうことにした。
 
 診察の結果。
 強いストレスが原因とのこと。

 愛里はまだ小学生。芸能活動を始めたころから症状が出だしたことを考えれば、やはりハードな芸能活動が愛里には大きな負担だったのだ。
 あまりハードなスケジュールは組まず、できれば今年いっぱい普通の生活をさせたほうが良いでしょう、心穏やかな環境を整えてあげてください。治療は時間がかかります。診察とカウンセリングは定期的に行うことと、周囲の理解が大切です、と医師は話したそうだ。
 愛里はマークⅢが出たままの状態だという。一緒に来ていたミッチェルさんに妖怪マッチのゲームを買ってもらったそうで、今はホテルに戻ってゲームを楽しんでいるそうだ。
 
『そういう事だから。どう? 簡単に説明したけど理解できたかしら』

 以上、全て綾部さんから電話で教えてもらった。
 殆ど綾部さん一人で何から何までやってしまったことになる。凄い行動力だ。

「簡単だなんてとても。実に分かりやすかったよ。ありがとう。本当にありがとう綾部さん」

『あらそう。良かったわ。でも今夜、そっちの寮へ顔を出すから』

「そうなんですか」

『さっき岩田くんにも電話したんだけど、出なくって。愛里ちゃんの事であんなに動揺したし、診察に連れて行く時に別れてから連絡がとれてないのよ。今ごろなにしているのか……ちょっと心配』

 僕もあれから岩田と連絡を取っていない。T大学に出たのだろうか、それとも寮でイジイジしているだろうか。
 
『それに山柿くん。気の毒だけど貴方は愛里ちゃんの症状が治るまで会わないほうが良いわ。撮影とかでどうしてもって時でも、なるべく距離をおいて会話もしないように』

 岩田と同様、僕が姿を見せると愛里が嫌がる。精神的に苦痛なのだ。心穏やかに生活してもらうには、僕は不必要。邪魔な存在。

「そうだね。わかったよ」

 今は電話でだけしか愛里の状況を知る術はない。

 ◆

 ◆

 寮に戻ると岩田はいなかった。
 心配になって携帯に電話したらジョギングの最中だった。大学は休んだそうだ。
 岩田が帰ってきたのは2時間後のこと、今までジョギングをしていたという。

「帰るの遅いって! どんだけ走ってんだよ!」

「身体が鈍ってダメだな。もっと走りこみをしないと」

 汗だらけの岩田だが表情は暗い。いい汗をかいたって感じじゃない。
 大学も休んじまって、一人になりたかったのだろうか。

「こんばんは♪」

 綾部さんがやってきた。より詳しく愛里の診察の経緯などを話して貰った。
 今日の綾部さんは特に綺麗で、あまり穿かないミニスカートや広く開いた胸元にちょっぴり色気を感じた。
 セナさんの影響だろうか、珍しく口紅も真っ赤だ。
 お嬢様系の綾部さんにはちょっと不似合いに感じるけど、岩田が好きなセナさんに少しでも近づけようとする姿勢が健気じゃないか。
 診察の説明にかこつけて岩田に見せたかったんだな。
 気丈な綾部さんの頑張りがとても微笑ましかったのだけど、肝心の岩田は終始魂が抜けたような顔をしていて、ぶん殴ってやろうかと思った。

「因みに岩田くん。私の新作動画は視聴したのかしら? ……ちょっと岩田くん。岩田くんてばっ!」

「……え?」

「聞いてなかったの?」

「あ、……すまん」

「本当にどうしたんだ? いつものお前じゃないぞ」

 綾部さんが岩田から携帯をむしり取って確認したら、メールを開けてもいなかった。
 岩田が大好物の悩殺ぶるんぶるん動画を観ないとは……。
 新しく出現した愛里マークⅢが岩田を嫌っている人格だった。
 確かにショックだったに違いないが、ここまで呆けてしまうほどだろうか。
 綾部さんも愛里に拒絶された岩田の狼狽ぶりを目の辺りにして、心配だったからこそ、今このK大寮まで来てくれたのだ。
 愛里にあそこまで親身になってくれたのも、もちろん綾部さんの優しさもあるだろうけど、岩田の大切な妹だからこそだろう。
 そういった綾部さんの想いを岩田が理解していないはずないのだが……、逆に考えれば、それだけ愛里に嫌われたことが岩田にとって大きな大きな重圧なのだろうか。

「もうこんな時間ね。そろそろ帰らないといけないわね……」

 綾部さんが期待した眼差しで伺うが、岩田は視線を合さず無言だ。
 どうしちゃったんだよ。
 僕は岩田に耳打ちした。
 
「おい、岩田よ。綾部さんを送ってけよ。世話になったんだから」(ヒソヒソ)

「……あ?」

 ダメだこいつ。

 僕が綾部さんをマンションまで送ってもいいんだけど、それだと綾部さんは全然嬉しくない。
 今日は世話になったんだから、岩田が感謝の意味を込めて綾部さんと夜道を歩くべきだろう。
 なんならそのまま、綾部さんと一夜を過ごしたって良いじゃないか。
 綾部さんだって期待しているんだろうし。

「じゃ、気をつけて」

 岩田はそう言って綾部さんの肩をポンと叩き、お風呂セットを持って部屋を出て行ってしまった。
 僕は岩田を呼び止めたんだけど、振り返りもしなかった。

「ごめんな、綾部さん」

「あら、私は平気よ! さー帰ろかな」

 壁に立て掛けてあった岩田の竹刀を握りしめ、ひと振りした。

「……早い……」

「あら、そう? お世辞でも嬉しいわね」

 笑っているが、そうでもない。構えてから、ほとんど予備動作が無かった。
 
「いや、お世辞じゃないよ。練習しているの?」

「ちょっとね。岩田くんに勝ちたいから」

 もう一度笑った。
 綾部さんが帰宅し、僕と岩田は愛里の話しをしてから寝た。
 夜中、岩田が寝言を言っていた。

「愛里……。ごめん。お兄ちゃんが悪かったよ……」

 
 
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