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☆岩田建成と

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 少し前に戻る。お盆の頃の事。

 愛里のセミ部屋に衝撃を受け、
 淫行で警察に通報されるかと思った監督には『大スターに引けを取らない人間になれ。そうすれば愛里をくれてやる』と衝撃の発言を聞き、
 帰宅途中、セナさんには「アンタがロリコンだったと知っても、ウチは諦めないからね」と下半身を鷲掴みにされ、
「絶対に違うからなっ! 僕はロリコンじゃないんだって!」と言い返すと「どうせ愛里ちゃんが小学生だから好きなだけでしょ。大きくなったら飽きちゃうんでしょーに!」と言い返された。
 違う違う違う。僕はロリコンじゃないし、愛里を飽きたりはしない。それだけは確実。もう決定した感情だ。

 だがその時岩田は――、
 親友の岩田だけは何も言わなかったし、何もしてこなかった。
 普段大人しい人間は、一度切れると手がつけられない。
 ポーカーフェイスの岩田がまさしくそれで、真っ先に怒り狂い前みたいに抜刀して、今回ばっかりは本当に斬ってくるかと覚悟はしていた。
 それだけの事を僕は岩田の妹にしてしまったのだから当然だろう。
 ――だけど、してこなかった。
 母親の前だから、セナさんがいるから、怒りの感情を押し殺しているのか。
 我慢に我慢を重ねているのか。
 
 情けないことに僕は、ちゃんと岩田と話し合わずに、そのまま岩田家を出た。
 後ろから岩田が追いかけてくるかもしれない。
 ドキドキしながら帰宅したが、結局岩田は追ってはこなかったし、僕は身体の傷を直すべく一週間ほど実家で療養していたのだけど、その間全く合わなかったし連絡もしてこなかった。
 僕から電話すればよかったとは思うが、それは出来なかった。

 土下座で謝ったことや、僕と監督の会話を聞いて岩田も納得したんじゃないだろうか。
 一番有り得そうにない展開をよぎらせ否定する。
 岩田に成敗されるのが怖いからじゃない。
 僕から連絡したその電話をきっかけに、岩田の火山が大噴火して、修復不可能レベルまで壊れてしまう。
 たった一人の親友を失うかもしれない、怖かったのだ。そんな思いがあったからだ。 
 
 だけど、いまは違う。
 岩田と話し合わなくては。
 
 心配なのは岩田自身だ。

 ここまで全く連絡してこなかったことは今まで無い。
 感情を外に出さない岩田は、見た眼普通そうだけど、ストレスを溜め込んでいることが多い。
 僕がしてしまった事で岩田が一人で悩んでいるくらいなら、いっそ僕にぶちまけて欲しい。
 岩田の気が済むまで傷めつけてくれればいい。
 悪いのは僕だから。すべての元凶は僕にあるのだから。



 大阪。K大寮。
 玉砂利を鳴らして玄関に入った。
 高校剣道の実力トップクラスにいた岩田をT大学の剣道部が放っておくわけがなく、岩田は途中入部させられた。
 その岩田は先に戻っていて、たぶん今は部の練習に出て不在だろう。
 
 しかし、玄関には岩田の靴があった。
 妙にドキドキしながら部屋に向かう。愛里の一件以来、二人っきりになる。
 
「ただいま」

「おう」

 変わらない岩田と会話を交わし、しばしお互いが無言。
 荷物を整理し終え、振り向くと岩田が試合を待つ剣士のように正座をしていた。
 空気からして僕も正座で対峙するしかない。
 18歳の男子二人が部屋で向き合う。 
 
 遠くでひぐらしの鳴き声のするなか、突然岩田が口を開いた。

「早速だが、……決意を聞かせてくれ」

 決意……。
 いきなりそんなことを言うとは、岩田の中で色んな事が消化されたようだ。
 
「愛里ちゃんのことだろうか」

「他に何がある」

「そりゃそうだ」

 うーん。改まってしまうと、何を言っていいか。
 とにかく、まずは謝罪だ。それからだ。

「愛里ちゃんとあんなことになってしまって、本当に申しわけなかった。だけど、岩田の母さんが言っていたように、僕なりに頑張ってみる」

 話している間、岩田は瞑想をしている風だった。

「……妹は好きか?」

 ポツリと語る。

「もちろん」

「セナさんをどう思っているのか」

 そうか、僕が二股をしていると?
 岩田が惚れているセナさんがどうなるのかも心配なんだな。

「セナさんはただの友人だ。仕事仲間だ。親切にしてくれる良い人だ。
 こう言ってしまうと、僕が利用している風に聞こえるかもしれないけれど、違うからな。
 僕が好きなのは愛里ちゃんだけだ」

「そうか。ちょっと驚いた。
 今まで、俺にすら好きな女子を教えなかっただろう。シャイなお前が、『好き』だとはっきり口に出す――。
 意外だ。本当に意外だ」

「それだけ、愛里ちゃんを真剣に思っていると受け取ってもらって欲しい」

「ほーう。そうか……。愛里を好きなのはわかったが、どうして? 外見か?」

「まさか。ははは」

「だったら何だ? ロリコンのお前が、おかしいだろう」

 カチンときた。
 なにを根拠に僕をロリコン呼ばわりするのか。
 岩田の前ではソレらしい素振りを見せたことはないし、あのクローゼットの彼女たちは知らないはずだ。
 もっとも彼女たちの存在を知ったところで僕がロリコンだという証拠にはならないけど。
 重ね重ねいうが、彼女たちには癒やし効果を求めているだけで、嫌らしい狙いは微塵もない。

「あのな。どうして僕がロリコンという前提で僕の行動を測ろうとする」

 セナさんもそうだけど。

「昔っからお前が好きになる女は、可愛い系だろ。それにロリコンフィギュアを収集している。幼女本も山と持っている」

 どどど、どうして岩田が知っている???
 クローゼットの中を見せたことはなかった――。
 ま、まさか、愛里か。愛里がうっかり岩田に喋ったとか?

「そんなに深刻な顔をするな……。知らないフリしたままでも良かったんだが、小学生の間では有名だからな、お前の部屋は。同じ町内で知らない人のほうが少ないんじゃないか」

 マジか……。
 なら僕の母さんも父さんも知っているってことか。
 知ってて今まで何も――フィギュアを廃棄したりとか――僕に注意しなかったってことか。

「ちち、違う。あれは、将来価値が上がりそうなフィギュアや雑誌をだな……。とにかく芸術的だ。見事な立体美だ。癒されるからだ。僕はこんな顔だろ。だから――」

「動揺させて悪かったな。分かった、もういいから」

「……」

「分かるだろう俺の心配を。愛里が好きだと言われても、お前がそう強く思っていたとしてもだ。
 愛里は今のままじゃない。年とともに成長し大人になる」

 セナさんと同じことを言いやがる。

「僕が飽きると。いずれ僕の想いが薄らぐと言いたいのか?」

「小学生に恋する心理が、ロリータ趣味だからという理由付け以外……、俺には理解できん」

「純粋に好きだったらいけないのか? 理由がないとダメなのか?」

 岩田は少し考えて言った。

「分かったよ。
 好きなのはよく分かった。
 もうひとつ、聞きたいことがある」

「なんだ?」

「愛里の部屋……、セミ部屋を見ただろう。俺が愛里の兄だからと遠慮することはない。正直に言ってくれてかまわん。愛里の感覚をどう思う」

 僕は言い淀んでしまう。

「お前は普通だよ。俺と同じ普通の感覚を持った人間だ。だからこそ愛里を理解できないはず……。そうだろ?」

 言い返す言葉がない。まさしくその通りなのだから。
 重い沈黙がたっぷり一分も落ちていた。

「……あの性格は一生変わらないかもしれない。それでもか? それでも好きでいられるのか?」

「もちろん」

「……苦労するだろう」

「覚悟してる」

「……将来結婚する気か」

「出来るならば。僕はしたい」

 そうか、そうか、そうか、と岩田は念仏を唱えるように呟いた。

「……お前が愛里を好きで、……守れるなら、守り続けれるなら、それが幸せに感じられるのなら、何も問題ないのだが……」

 不安で不安で仕方がない妹を、嫁に出す心境なのだろう。

「心配なんだな、愛里ちゃんのこと……」

 僕がそう言うと岩田が返した。

「いや、心配なのはお前だよ、山柿」 

「えっ」

 僕……?

「俺は妹を大切に思っているのと同じくらい、お前を大事に考えている。
 今の愛里と一緒に暮らしていくのは並大抵のことじゃできない。お前に出来るだろうか。自分の気持ちを殺して愛里に合わせる。それが一生続くのが」

 岩田は小さいときから愛里の兄をしている。母親が多忙だから愛里の面倒は岩田だ。
 愛里の秘密を守ったり、愛里のあの性格だ、とんでもない事をしたことだってあっただろう。
 全て岩田がかばってきた。転びそうになる妹を黒子のように支えてきたのだ。
 岩田のポーカーフェイスも、自分の心を押し殺してばかりいたから、そうならざるを得なかったのかもしれない。

「母さんはああいう人だから、話し半分で聞いていて欲しい。
 体験したら分かる。愛里が面白いって思ったことを、同じように面白いって思えない苦しさは辛いぞ」 

「かまわない。僕は努力する」

「セミはセミとしか交尾できない。変態は変態としか付き合えれない。 
 愛里と本当に付き合えるのは、愛里の価値観を共感し合える人間にしか無理だと言いたい」 

 価値観を共感し合える人間にしか無理……。

「いまのところ、愛里の感覚に一番近いと感じた男は、羽沢くんだ」


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