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☆再びトイレ
しおりを挟む嫌がる女の子の声――。公園のトイレで愛里が暴行を受けている――。
助けるつもりで飛び込んだが、全く別の女の子で、そこに居合わせた不良に暴行され意識を失った。
病院に搬送され手当を受け、警察にも事情聴取されて、――その翌朝。
腹が痛い。不良から殴打されたからではない。
昨夜から腹がキリキリしていて、打撲のせいだろうと思っていたが、どんどん痛みが大きくなり、どうも食あたりだ。
公衆トイレで飲んだカルピスが原因じゃないだろうか。あれはカルピス風味のほぼ真水だった。
ペットボトルをわざわざ僕の手に握らせてあって、おかしいな、とは一瞬思ったんだけど、喉がカラカラに乾いていたので、一気に飲んでしまった。不良がいたずらしたか。くそっ!
両親が墓参りに行き、何度目かのトイレにいると愛里が訪ねてきた。
返事をしようと思ったが、トイレからはどうかと考え、居留守していると上がり込んできて、大胆にもトイレに侵入してきて現在にいたる。もう岩田とセナさんは帰った。
夢じゃないのか?
愛里と二人っきりのトイレの中。
僕から入ったんじゃなくて、愛里自ら入ってきて僕の膝に座った。
半年前と逆バージョン――なぜ? 理解不能?
愛里の生お尻と裏モモが、僕の股間の上へ。正確には辛うじてパンツを履いただけの愛里が、下半身裸の僕にお座りしている。
腿の生暖か~~い感触が心地よ過ぎる。鼻をくすぐる黒髪のいい香りが堪らん。
咆哮(ほうこう)しそうになったが、愛里が口元で指を『しー』のポーズにしているので堪えた。
しかし下半身の狼藉者(ろうぜきもの)が、勝手にステップアップするのだけはどうにも出来なかった。
なにをやっている……。
教師を目指している人間が、こんな状況を楽しんでいいわけないだろう。ハッキリ『さあ直ぐに立ちなさい』と愛里に言わなければ。
愛里も愛里だ。いくら僕が兄の親友だからって安心し過ぎてないか? イラズラ心で僕を困らせているのだろうが、男は常に狼だと言う事を説明しておかないといけないな。
などと紳士的考えを巡らせていると、愛里が僕の狼藉者(ろうぜきもの)を掴んだのだ。
落ちた物を拾うみたいに、なんの躊躇いもなく、あっさりと鷲掴みしたのだった。
うっぎゃ――――っ!
「あれ? いつもより、大っきくなっているような気がする……」
そりゃそうですって!
◆
「良い子だからね。こんなばっちいの触っちゃダメだよ。だから手を放そうね」
うーん、と渋々狼藉者を解放してくれた愛里は、オモチャを取り上げられたみたいで不満げだ。
一度立ち上がったので、トイレを出るのかと思ったら、向き合って僕の膝にちょこんと座り直した。わけが分からん。
しかし、ぐるぐるぐるぐる、と音が鳴る。
それどころではなくなってきた合図だ。
下半身の狼藉者とは別の狼藉者が腹で文句を語り出し、我慢に我慢を重ねて、情けなくも愛里を座らせたまま、ヤッてしまった。
しかも運が悪いことに壁にあるペーパーボックスは、厚紙の芯だけ残され、お尻を拭こうにも拭く紙がない。
何度もトイレに通っていたから、紙をすべて使い切っていたのだった。
トイレットペーパーを取りに行きたくて「愛里ちゃん、そろそろ出てくれない?」と言ったが、いやいやをするばかり。
まったくもって不思議だ。
下半身すっぽんぽんの僕に、愛里のお尻が押さえつけ現在進行形なのだ。
そんな時、愛里が「あの……これ」と控えめな顔をして、ミニスカートのポケットから取り出す。
紙だった。赤い紙だった。
真剣な顔だったので、理由も訊かずにいちおう受け取る。
紙が無いからこれで尻を拭けという意味だろうか。こんな硬くてごわごわしている紙より、ポケットティッシュが有りがたいのだけど。
愛里が両手を祈るように組んで、じーっと手にある紙を見てから僕を見る。何かを待っているようだ。
どうも尻を拭くための紙じゃない。よく見ると紙は封筒になっていて、中に便箋が入っている。やはり真っ赤だ。
取り出して絶句した。
「……、……、……これを、僕に?」
「はい……」
妖精が溢れんばかりの笑みで頷いた。
しかし、なんだこれ……。
鮮血のように真っ赤な便箋には、黒と黄色で描かれた毒々しい蛇が何匹も這い回り、噛み付き、腕やしっぽが欠損しているから共食いだろう。そんなおどろおどろしい、まるで地獄絵図。
これを愛里が描いた?
そういえばファンの色紙にも気持ち悪い絵を描いていたが……。
裏面には『すきです。つきあってください。勇者さまへ』と、ひび割れた文字で不気味に書かれ、前に貰った折り紙の裏の気持ち悪い文字を思い出した。
あれと同じ感性で書かれている。
これに込められた……、愛里が僕に伝えようとするメッセージとは……。
《すきです。つきあってください》
純粋に好きの意味ならどんなに嬉しいか……。
《勇者さまへ》
あの6回生を撃退した愛里マークⅡをお姫様抱っこしたとき、勇者さまと呟いていたけど……。
この不気味なヘビはなんだろうか。不幸を呼ぶ絵。……呪いとか?
いや、愛里の感覚だと違う。これは幸福。愛里にとって幸福では。
真剣に僕を見つめる愛里は、いつもとかわらず清楚で可愛い。いたずら心なんか無い。僕の言葉をじっと待っている。
もう一度手にある紙を見る。
ラブレター。
この恐ろしく年上の僕に対し……普通ならあり得ない。普通の感覚ならば……。だけど……愛里なら……。
「……あ、ありがとう」
笑って返事をしたら、愛里もにっこり微笑んだ。
「……、……」
きっとラブレターだ。
僕を好きだから、一緒にいる。それがトイレでも。
話しがしたい愛里と。たくさん話しがしたい。
愛里がサッと膝から離れ僕の前に立った。温もりが消えて悲しくなった。
「あたしもするからね」
何をするのか分からなかったが軽く頷く。
「これでいっしょー♪」と楽しそうなので、こっちまで嬉しくなった。
しかし、愛里はスカートの中に両手を入れたと思ったら、見覚えのあるしましまパンツをずり下げ、脱いでしまい、とーんと僕の膝に再び飛び移ってきた。
「どどどど、どうしたの、愛里ちゃんっ!!」
「あたしもするー。大っきいのーっ」
「はあっ??」
えええええええええ――――――っっっ!!
ダメだってーっ、と拒む僕に「やーだもん!」と黒髪を乱して抱きつき、僕はあわわわわーっ、になってしまった。
「あ――――っ! キノコちゃんのレベルが上がったー」
そりゃーそうだろう!
「う、動かないで愛里ちゃん! 腰振り振りダメだからーっ」
「お尻にコツコツして……なんだかっ……」
「ダメだってー」
「でもでも、止まんないもーん。ぞぞぞ~ってする。すごくする~っ♪」
「いやいやいやいやいや」
興奮していた愛里が、ビタ――ッと停止した。
そして僕の下半身に、そのマックスに変貌してしまったブツに、絶対見ちゃダメなグロテスクな暴れん坊に、注目して言った。
「お、おお、大きい……すごく……大きい。噂は本当だったんだ。
やっと見ることができた最終進化形態……真実は……、幻の武器は、こんな形で隠されていたんだ……」
愛里が伝説の武器を発見したみたいなんだけど。
実はおちんちんが、暴れん坊になっただけなんだけど。
どこで仕入れた知識なんだ? 監督――っ、ちゃんと教えていて下さいよぉぉぉ!
「震えている。ぴくぴく……」
「いや、あのね愛里ちゃん――」
めっちゃ観察しているし。
「すごく熱いね……」
「あっ、ちょ、ちょっと、触っちゃダメって言ったよね――」
「カルピス、でるのかな」
聞いちゃいないし。
「こんなかんじかな」
「そんな動かし方しちゃダメ!」
「あのね、お兄ちゃん……。これで、どうやって戦うの?」
それはこっちが訊きたいくらい。
「でも最終進化、かっこいい」
カシャカシャ!!!
「なななな、なんで写メ撮ってんの??」
「記念だもん。おちんちんの最終進化見つけたの。お友だちの美咲に自慢するのーっ」
「そそ、それだけは止めて――っ!!」
「そなの? お兄ちゃんでも恥ずかしいの、やっぱり?」
「もちろん、もちろん! だからね。その画像は削除しようね。いい子だからね」
「誰にも見せないって約束するのじゃだめ?」
「ダメ――――ッ!」
「そっかー。どっしょうかなぁ~♪」
小4女子に選択権を握られている僕って、どうなの??
タタ、タンタンタンタンターン、タララーラ♪
突然、愛里のポケットからドラクエの着メロが流れた。そして僕のポケットの携帯も着信振動を始めた。
はしゃぎまくっていた愛里が途端に止まり、顔を曇らせ、おずおず僕を見る。
僕の携帯には柏樹セナ(恋人)の表示で、愛里には、
「兄さんから……。どど、どうしよう……」
まるで申し合わせたようだ。さっきセナさんと岩田がここに来たのに。
ほんとに、どうすればいい。二人の携帯は鳴り続けていたが、やがて愛里の方は切れた。
岩田が不思議がる。いや不安でそこら中に電話して回るぞ。
「山柿お兄ちゃん……出ないの?」
「あ、う、うん……」
出来るならこのまま愛里と別次元に逃げたいくらいだが、そんなのは無理。仕方なく僕は重い携帯を耳にあてた。
「もしもし……」
『出るの遅いって! さっき家行ったらいなしい。アンタ何処にいんのよーっ』
「いや……、ちょっと買い物」
『えーっ。買い物ぉ。その怪我で? ほんと? ウチに嘘いってるでしょ』
「そんなことはないぞ」
『はーん。そう……』
再び愛里の携帯が鳴り出した。
どうしよう、と愛里が小声で囁いた。
『なんか、ドラクエの音楽が聞こえるわね。携帯の着信でしょ、それ、愛里ちゃんのじゃないの?』
「な、なにをバカな」
『一緒にいるでしょ』
「ちちち、違うっ!!」
『ははーん。じゃ、変わるわね……、……』
変わる?
『おい。山柿……貴様……、家の何処に隠れてやがるっ! よくもよくも愛里を連れ込んだな……っ!』
受話器越し、怒りに震える重低音ボイスは紛れも無く岩田だ。
「隠れてって……」
『誤魔化すつもりか? 玄関に愛里のクツがある。2階か?』
はっとして、携帯を耳から外すと、1階からは足音がしていて、セナさんの「やっぱり2階が怪しい」と言う声まで聞こえてきた。
岩田たちは家を出てなかったんだ。玄関の音は戸を開け閉めしただけ、愛里の小さなクツを見つけて、1階で待機していたんだ。
ドンドンと階段の昇る足音が響く。
『聞こえるぞ、ドラクエ』
愛里が急に僕の身体にしがみつき言った。
「怖い……」
胸板に顔をうずめ「どうしょう。見つかっちゃう」とすりすりするので、つい流れで抱きしめてしまい「大丈夫だからね」と、どこがどう大丈夫なのか、全く根拠の無い返事をしてしまった。
場所が見つかる事より、下半身裸同士の僕と愛里がハグっているのが問題なのだ。
狼藉者を愛里が「きのこちゃんコツコツする~♪」と気持ち良さそうにすりすりしているのが大問題なのだ。
「トイレから聞こえるわね」
「……、……」
ドア越しにセナさんたちの声がする。抵抗することも誤魔化すこともできない。ノブが持ち上がりドアが引き開けられるのを、僕たちは抱き合ったまま見つめた。
「「「「……、……」」」」
4人ご対面だった。
数秒間無言だった。
「……いらっしゃいませ」
愛里が言った。
「お、おう。久しぶりだな」
僕も言った。
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