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★愛里桃色の店に入る

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 勇者さまを見に行ったつもりが、悲しくて辛くて勇者さまから逃げ出したあたし。
 走っていると足が痺れてきて、とぼとぼ歩きになり、セミの鳴き声が気になって止まりました。
 勇者さまが後から追っかけてきていたような気がしたのですが、姿は見えません。
 
 ここは何処でしょう?
 商店街にいたのに、ずいぶん細い道です。
 怪しげな中年女性と若い男性があたしを見ています。あっちのおじさまもそうです。小学生がそんなに珍しい?
 向こうに公園が見えてやっとこの場所が分かりました。
 危険だから近づかないよう教わっている商店街の裏通りです。
 考えないで走ったから、入り込んだようですね。やれやれ。
 
 だけど、引き返しません。
 危険な場所で(どう危険なのか分かりませんが)自分を少しだけ傷つけたい気分。
 そうしたら、勇者さまがまた助けてくれるかも、また抱っこしてくれるかも。
 いっそあのおじさまに『援助してくれませんか?』とお願いしようかしら。
 恋愛賢者の美咲から聞いたのですが、『援助してくれませんか?』とは、自分が危険になる必殺の呪文なのだそうです。

 あっ、でもまた意識が消えて、K大寮のスライムおじさまをお仕置きしたみたいになっちゃったら、どうしよう。
 うーん。
 
 途方にくれていたら、キラキラ輝くお店が目に止まりました。凄くカラフルです。
 店内の壁には、お姉さんのポスターがたくさん貼ってあって、縄で縛られているセナお姉ちゃんのポスターもありました。
 こんなに堂々とバイオレンスをっ! 暴力をっ! いいのかしら?
 もう入りたくてたまらなく、気づくと入店していました。

「「えええ――っ!!」」

 入口できょろきょろしていると、奥のレジからそんな声が上がりました。
 なんと変わったコンビニです。普通なら『いらっしやいませ』ではないでしょうか?

 もうーっ! ほんとに……。
 従業員にどんな教育をしているのかしら、などと見た事もない店長に不満を呟きながら、あたしは意外と多い男性ばかりのお客さんを横目に店内を奥へ進んで行きました。
 すると驚きです。
 雑誌コーナーにSMと記された魅惑のご本が、ドドーンと陳列されているではないですかっ! 
 しかも種類の多さが半端ないのです。
 あっ、月刊SM恋コイのバックナンバーまである。付録まである。
 なんて素敵。

 今まで色んなコンビニに立ち寄ったことはありますが、これほどの品揃えをしたところはありません。しかもご本が縛られていないのです。
 いいのでしょうか? フリーです。読み放題です。
 こんな穴場がこんな裏通りにあったなんて全く知りませんでした。
 接客だけがサービスではないのですね。
 この店独特の営業方針に『なかなか出来ることではない』と深くうなずき、しみじみ感心しました。

 ああ……、これで『SM』の疑問が解けるのですね。
 どんな暴力シーンが掲載されているのかワクワクしながら、いよいよ禁断の18禁雑誌に手を伸ばそうとして、ハタと止まりました。

 お客さんが多いのです。
 しかも全員があたしの姿をちらちら見ていて、トキメキT∨の『あいりん』役で顔が知れているからかもしれません。
 あたしも小学生ながら一人の女性。れっきとしたレディです。
 あたしがこのようなバイオレンスなご本を、男性を前にして堂々と読むほど度胸はありませんし、暴力的な女の子だと思われても困ります。
 ママに知れたらきっと怒られるし、うーん。困ったなあ。
 読みたいのに見れない焦れったさ。
 仕方なくこのコーナーにお客さんが居なくなるまで、店内を見て回ることにしました。
 途中カルピスのペットボトルがあったので手に取ります。
 無料で読むのですから、何かお買い物をしてあげるべき、それが常識です。うんうん。

 歩いていて思ったのですが、このコンビニは不思議です。
 何に使うかわからないパール状のペンダントみたいな物や、高級そうな女性物の下着、名前も知らない奇麗な女性のDVDとか、等身大の綺麗なお人形などなど、あたしの知らない物が多くて、一般のコンビニにあるパンやお弁当類が無いのです。

 そして極めつけはコレです。
 箱の表のセロファンから見える品は、なんだろう……大砲かな?
 でも弾を飛ばす空洞はなく、手のひらに載るサイズ。まるでキノコ……、……あっ! これキノコロボのレバーじゃないかな?
 あの時のキノコちゃんのサイズに比べてぜんぜん小さいけれど、凄く似ているから、キノコレバーだけパーツで売られているのかも。
 そうか納得納得。
 だけどこれだけで、何に使うんだろう。
 セナお姉ちゃんはペロペロしてたらカルピスが出ると言っていたけど、なんだろう。このレバーに予めカルピスを入れておいたら旨味が増すのかな?
 そうしておいて、後からちゅーちゅーするのかな? 冷蔵庫に入れて冷やして楽しむのかも。
 箱を裏返すと簡単な説明文があったので目を通しました。

『回転と振動の二種類の刺激に加え、パールの動きが絶妙』

 なんと……、やっぱり家電のよう。ロボのレバーだけ一般家庭に普及させたのですね。
 しかも回転と振動とは……うーん、舐め辛いんじゃーないのかな。いや、それがまた良かったりして。
 パールの動きとは? レバーの側面にある、このぷつぷつでしょうか。たしかにパールみたいですね。ここからもカルピスが滲み出ちゃうのかしら?

『どなたにもフィットする洗練のボディ』

 お肌の美容にも使用できるのかな? ほっぺや身体のいろんな場所にあてて、振動ぶるぶるさせるのかしら? なんか気持ちよさそーっ。
 あたしはロボちゃんのレバーをいじっていたのを思い出しました。
 お背中がぞぞぞぞ~~っ、と痺れ、気持ち良いような、嫌なような変な気分。
 胸がドキドキしていつまでも続けられる感じ。
 止められないドラクエみたいに、いつまでもプレイしていたい気分でした。
 このレバーは、あの気持ちいい感覚を味わう為のものかしら。

『安心の国内製造で初心者から上級者まで簡単に使用できます。付属品、専用ポーチ、充電器、定価3800円』

 使いこなすには熟練度がいるみたいですが、初心者でも簡単とあるのであたしでも大丈夫そうです。
 定価3800円……。
 いま4000円ほど持っています。買えることは出来るのですけど、うーん。
 製造、蜻蛉とんぼ華麗かれい社――。
 聞いたことがありません。
 この電化製品が壊れたらやっぱり1年保証でしょうか?
 ベルマークが付いてないのが不親切ですね。

 しかし……。
 しかし、この別売りキノコレバー。
 
 まさかとは思うのですが、おちんちんじゃないですよね。
 ちょっとだけ心当たりがあって、それは、恋愛賢者の美咲から借りたレディコミ――。
 その男女がベッドで絡んだシーンに描かれてある、モザイクのかかった、おヘソより長くて大きい男性のおちんちんに似ているのです。

 まあ、あれは漫画ですから、読者の興味を引くために過剰表現で巨大にしているのでしょう。
 その時レディコミを熟読しながらあたしは笑ってしましました。
 少年誌でも手をかざすだけで山を吹っ飛ばすような漫画もあることですし。
 いくらおちんちんが伸縮自在だとしても、最終進化形態になったとしても、あそこまで変化するわけがありません。
 2月にトイレで拝見した勇者さまのおちんちんは、お菓子の《たけのこの里》みたくちんまり可愛いものでした。
 まるで田舎のあぜ道にぽつりと、春を待ちわびたツクシのように、風情がありました。
 そもそもあのサイズが漫画やこの箱の大砲みたくに変化するのは、質量保存の法則から反していることです。

 箱を持って吟味していると、刺さる視線に気付きました。
 振り返ると、男性客が数人顔をそむけ、そそくさと離れて行きました。

 感じ悪いです。同じお客なのに……。

 箱を元に戻し、再びお店の中を歩きました。するとお客さんは必ず驚くのです。
 おかしい……。
 トキメキTVに出ているから、あたしを見て驚く人はいますが、皆んな後に『あいりんだー』とか『可愛いー』とか喜んでくれるのです。
 でもここの男性たちは驚いたまま逃げていくのです。
 あたしの顔に変なものが付いているのでしょうか? それとも別のなにかが。
 不安で窓ガラスに反射する自分の顔をまじまじ監察したのですが、なんともありません。
 はて? 傾げている窓の自分を見ていると、男が必死で通りの奥へ走って行くのが見えました。
 四角くて、怖カッコイイ顔。勇者さま? 勇者さまです。
 なんでこんな場所に、と疑問が浮かんで直ぐに、あたしを追ってきたんじゃ……。
 そう思ったら嬉しくてたまらなくなりました。まだそうと決まったわけじゃないのに、ドキドキは止まりません。
 あたしが勇者さまから逃げ出したのは、もうだいぶ前のことです。
 あれからずっとあたしを探しているの? セナお姉ちゃんを放ったらかしてまでして?

 勇者さまの姿は、通りのずっと向こうにある公園で消えました。
 なんなのでしょう。一直線に入っていきましたけど。
 公園で何かあるの?
 気になってしかたがありません。
 持ってたカルピスだけ買って、トコトコと勇者さまの後を追いました。



 注意:なんで小学生の愛里が『質量保存の法則』を知っているのかっ! とか突っ込まないでね
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