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☆追って追って
しおりを挟むセナさんにはお世話になってばかりだ。借りもある。
だからセナさんのお願いを断わることは出来なかった。
父親が体調を崩して入院しているのだそうだ。『一人娘がA∨なんぞやりおって、最悪じゃ!』父親の口癖だそうだ。
そんな父親にちゃんと普通の彼氏が出来たと、K大生の彼氏が出来たと安心させたいのだそうだ。
嘘はまずいだろう、と一度は断ったが、実はセナさんのお父さんは癌の末期で、そう長くは生きられないとの事。
涙ぐむ一人娘の希望をのむことに決めた。
そうしてセナさんの実家でもある呉地市に二人で帰省したのだった。
呉地総合病院。セナさんのお父さんのお見舞いは終わった。
セナさんの父親は、頬が少しこけて白髪の痩せた小さな男性だった。
だけど僕とがっちり握手したその手は、思った以上に力強くて、言葉は無かったが、娘を頼むと懇願されたように思えた。
疑いもしない。歓迎してくれている。僕はひどく心苦しかった。
僕が呉地市出身だと知ると、昔昭和の時代いかに呉地市が繁栄していたかを嬉しそうに語った。
こんな場所で演技の勉強が役立ってしまう……。微妙な気分だった。
「ありがとう。父さん喜んでたわ」
「うん……。こっちこそ。演技の勉強になった」
岩田監督にお礼と挨拶を兼ねて、岩田家に向かっていると、ちょうど商店街の川べりの歩道で愛里を見かけた。
同級生たちと遊んでいるのだろう、楽しそうだ。
輪の中にはテレビで彼氏発言をしたイケメンの羽沢って子もしっかりいて、やっぱりそうなんだな、と再認識した。
だけど、どうしたのだろう。愛里がほろほろと泣きだした。
それにはセナさんも驚いて駆け寄る。
もちろん僕もだが、その近寄った距離だけ愛里が泣じゃくりながら後ずさった。本当にどうしたんだ。
ついこの間、先輩たちをやり込めた《愛里マークⅡ》は意識が飛んで不安定で、丁度いまの愛里がそうなのかもしれない。思春期で精神が不安定なのとは違う、なにか……。
愛里は手の甲で涙をごしごし拭う。端からぽろぽろ零れた。
「あ、愛里……」
僕の言葉に、むっと唇を噛み、じっとこっちに眼を向ける。そしてついに踵を返してトコトコ走りだしてしまった。
「どうしたのかしら?」
「分からん。だけど。ごめん!」
セナさんにそう残し、僕は愛里を追った。
「愛里ちゃ――ん! どうしたんだ――っ! 止まってくれ――っ」
僕の声は聞こえているはずだ。一緒にいた友だちも置いて、いったい何処へ行くつもりだ。
どうして僕を見て泣いたんだろう。どうして逃げ出すんだろう。
分からない分からない。全然分からない。
愛里のうしろ姿は、人混みにまぎれてしまって見えない。それでも、『おっ、あいりんだ!』『可愛い~』『いつも見てるよー』と声が湧く方へ向かった。
すると、いつの間にか商店街の細い裏手へと辿りついていた。愛里は見あたらない。
ここは表通りに比べ人の通りが少ない。昔から閉店したままの店が多く、営業しているのかわからないようなアダルト系のお店や、怪しげな桃色のスナックなどがぽつぽつ点在していて、ヤクザ絡みの合法ドラッグ売買が行われているらしい。昼間でも立ち寄りたくない場所だ。
それは僕だけじゃなく、呉地市に住んでいるなら、常識といっていい。愛里だってそれくらいの事は、親から言い聞かされ知っているはず。いくら精神的に動揺していたとしても、ここに入り込んだとは考えにくい。
たぶん途中にあった横道に入ったんだろう。
踵を返して戻ろうとした瞬間。
木々に覆われた公園で「止めてくださいっ」と小さな声がした。
耳を凝らしてないと聞こえないくらいの声だった。
急いで公園に入ったが、2つのブランコとシーソーがあるだけの小規模な公園は、愛里を探すまでもなく人の姿すらなかった。
明らかに抵抗する女の子の声だったけど……。
気のせい……幻聴か? やれやれ。僕もどうかしている。
昔からこの公園で遊ぶ子供はいない。遊具が少ないし雰囲気が悪い。
それに少し歩けば、遊び場がたっぷりで桜の名所でもある山の上公園がある。
ここは裏手通りを利用する怪しい客が、稀に公衆トイレに立寄るくらいもの。普段から誰もいないので、がらの悪い連中が集まっていたりする。
やっぱり、ひとつ前の横道に入ったのだろう。
戻ろうとした直後「おい! 騒ぐなって」と、下卑た男の声がした。
トイレの中だったか!
愛里の怯える顔が浮かんで、僕は突っ込んだ。
パチっと点滅する蛍光灯。コンクリートの床には子供のクツが片方だけ落ちていた。
奥の開いたドアでは、不良を絵に書いたような男が二人いて、一人が女の子に馬乗りになって押さえつけている。女の子はドアが邪魔で下半身しか見えないが、さっきの愛里と同じ赤いスカートがめくれ上がり、覗いた白い脚がバタバタと抵抗していた。
「やっ……。ダメっ……」
「静かにしろや――っ!」
女の子の弱々しい声を、男の怒号がかき消した。
「おっ? ……、……」
男が僕に気づいた。
ふたりとも頭髪を脱色し、よく見たら鼻と耳に数えきれないほどのピアスをしている。相当なワルだ。
男たちは顔を見合わせてほくそ笑み、一人が気だるく立ち上がりジロリと僕にガンを飛ばしてきた。
「おっさん、ここは使用中じゃけん、よそ行ってタレなっ!」
くっくっくっくっ、と喜んでいやがる。
「ビビって、動けないのかあ~? おっさん~」
生憎だが、ビビるヒマはない。
「はやく消えろよ、おっさん。痛い思いしたくねーじゃろっ!」
もう一人の男が爆笑した。
「お前ら……ぶっ殺す!」
「え?」
「愛里ぃ――――――――っっ!」
叫びながら突進した。立ち上がっていた男にタックルし、そのまま小便器の角に激突させた。
男はぐふっ、と鈍い声を漏らし床にずり落ちた。背中を相当打ち付けたはず。トドメで顔面に蹴りを入れると動かなくなった。
衝撃で僕のサングラスが床に落ちていたので、拾って胸ポケットに入れる。
もうひとり……。
振り向くと、女の子に馬乗りになっていた男はもう立ち上がり、信じられないって顔をしている。
余裕はもうない。忙しなく床に崩れているダチと僕を交互に見ている。
僕が睨みつけると、「一撃……? 嘘だろ。お前、ヤ、ヤクザ……? ヒイィィィィィィィィ!!」と悲鳴を上げだ。
ピアスだらけの顔を引き攣らせ、口をぱくぱくさせている。
「やっぱり、この顔か……」
ゆっくりと近寄る。
「な、なんだお前っ!」
「怖いか? 怖いかこの顔が……」
「うっ……、……」
相当怖いんだな。でも良いこともあるもんだ。
そんなことより、倒れている愛里に近寄る。何もされてなければいいが。
「クソッタレが――っ!!」
男が突っかかってきた。
咄嗟に男の肩をつかみ、身体を横へ転がす。僕も一緒になって床に落ちた。急いで立ち上がろうとしたが、男に邪魔されつんのめる。その勢いのまま、顔からコンクリートの床に落ちてしまった。
むにぃ――っっ!!
?
やわらかい。弾力が顔にめり込んでいる。暖か~い。まるで人肌。
人肌……?
ままま、まさか、と顔を起こすと、ばったり視線がぶつかった。
女の子。不良に馬乗りにされていた子。見たこともない。中学生みたいだ。良かった。この子は災難だったが、愛里でなくてなによりだった。
女の子の胸元ははだけ白いブラが外され、つまり僕が顔を埋めていたのは、むにーっと気持ちよかったのはコレだったわけで。
女の子が涙目で何かを訴えている。何を……。
その答えは直ぐに分かった。
顔が驚きに変わる。過去に何度となく見た変化。次に間違いなく起きる現象の前触れ。
まずいっ! 距離をあける間もなく、
「ぎゃあああああああああぁぁ――――――っっっっ!」
顔面ドアップに対し、女性の必須行動。くわんくわんと耳鳴り。鼓膜が破れたか?!
急いで身体を起こしたら、《ガツンッ!!》 と鈍い音と共に後頭部に衝撃。視界が白く歪む。感覚が無くなってゆく。
僕は再び、あらわな女の子の2つの突起物に突っ伏し――――。
いっややぁあああああっっ!!
女の子の叫び声を遠くに聞きながら、不良にボコボコにされた――――のだと思う。
気が付いたら、トイレに仰向けになっていた。不良たちではなく、警察官が見下ろしている。
「大丈夫か? もう直ぐ救急車が来るから。それまで質問に答えてくれるな」
警官の一人が、そんなことを言って離れた。
痛む身体を起こし、壁にもたれかかる。なにか喋ろうとしたが、口の中がカラカラに乾いていて、舌を動かすと少し鉄の味がした。
ふと、自分の手にカルピスのペットボトルがあるのに気付いた。
警官の差し入れ? 訊ねるのも煩わしくて口に含んだら、それは思いのほか臭くて味がしない。トイレで飲むとこんなものか、暴行されて味覚がおかしくなったか。まあいい。かまわず飲み干した。
「不良に絡まれていたら、突然ヤクザが襲ってきて、ケンカを――」
女性の声が少し離れた場所から聞こえる。視線を向けると、助けようとした女の子が、泣きながら別の警官に話していた。
飲んだカルピスと同じように、不味いなと思った。
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