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◆例外・綾部トモコ視点その2
しおりを挟むA∨女優柏樹セナ。
落ち着いて話してみると、気さくでとても優しくて、そして美人なんだ、と思った。
嫌らしい、淫らな、バカ女、誰にでも身体を許すエロ女。A∨女優という仕事に対する、私の偏見……。
考え直さないといけない。いろいろセナ姉さんに大変失礼なことをしてしまった。
私が今悩んでいる問題。
――どうすれば岩田建成が私に告白するのか?
お互い好き同士なのに、意地をはり合ってしまう。
岩田くんは私と同じで負けず嫌い。そしてシャイだから告白みたいな恥ずかしい真似はできない。つまり私たちの恋はいつまで経っても進展しないということ。
セナ姉さんが聞き上手だから、ついベラベラと恋愛相談をしてしまって。
だけどセナ姉さんが自分の経験を踏まえて、現実的な解決策を詳しく説明してくれ、目からウロコが落ちる思いだった。
「まずはK大寮の建成(けんせい)の部屋に押しかける。建成が一人だったら、綾部が予め買ってきていた缶コーヒーを飲む」
「コーヒーですか?」
「そう、コーヒー。したら、綾部がコーヒーを自分の服にこぼす」
「こぼす? 私はそんな不器用じゃありません」
「ワザとだって。そしたら堂々と服が脱げるだろー?」
「なるほど……」
「コーヒーをこぼした後に『目眩がしたのぉ~』と弱々しい部分を強調して言ってみろ。したら自然に見える。
更にだ。身体を建成に預けてスカートの裾から白い太ももを半分覗かせるのも効果的だ。普通の男だったら(この女、俺に気があるんじゃ……)と妄想してくれて、もうそれで完了。即落ちだ」
「即落ち……」
「股間を熱くして、辛抱たまらん状態ってわけ。綾部を襲う気満々になるってことよ」
「たったソレだけで、ですか??」
私は山柿くんのベッドに添い寝したことがあるけど、山柿くんは襲う気満々という感じじゃなかった。
むしろ困惑し、露骨に嫌がっていた。照れていたんだと思う。
男子なら皆んなそうなると思ってた通りの反応で、まあ、それが狙いだったんだけど。
でもセナ姉さんの男性観だったら、実は襲いたくて堪らないのを我慢していたってこと?
獣に豹変しそうなのを留めていたってこと?
温厚な山柿くんからは想像もできないけど……。
襲うって、レイプや痴漢じゃない。理性が欠けた、道徳を持ち合わせてない特別な男だけが犯罪をすると思っていたけど、一般男性誰もがその可能性があるってこと?
考えられないなあ。もっとも山柿くんしか挑発したことがないからだろうけど。
「男はそんなもんよ。まあ、綾部が寄り添った程度では、建成は硬派だし我慢強いからね、得意のポーカーフェイスをするだろうけど、そこで、着替えを借りる。
建成のTシャツでも何でもいい。とにかくコーヒーで汚れて困っているから、貸して欲しいとおねだりする。おねだりがいいね~」
おねだり。岩田くんにおねだり……。
「わ、私がですか……。頭を下げて頼まないといけないのですか……」
「コラコラ綾部、勘違いしない。『頼む』と『おねだり』は全然違うよ」
違う?
着替えを借りる。依頼する。頼むのだから同じだと思うけど。
「『頼む』は相手に頭を下げて借りを作ること、『おねだり』は女らしさをアピールして相手を喜ばす。いい気分にさせる。
結局頼むことには変わりないんだけど、その差は大きいいよー。
技あり一本って感じかなー。そうだなー、『助けてやらなきゃいけない』みたいな男心を引き出すっていうことかな~。出て来るのが下心かもだけどね」
「なるほど……。勉強になります……」
「可愛く言うんだよー。萌え萌え感出してよー」
「努力してみます」
「硬いなー綾部は。初対面の時と全然ちがうなー」
「はあ……」
おねだり……。
どうやったら建成に勝てるか、それしか頭になかった私に、おねだりができるだろうか。
山柿くんになら、簡単にできる。あれは、ちょろい。
「で、その次がね、着替えを受け取る前に『恥ずかしいから電気消すね……』と潤んだ目をして照明を落とし、すっぽんぽんになり、ココ。
ココで建成から着替えを受け取る」
「手順が重要、というわけですね」
「そうそう。受け取るときに、つまずいたフリして、建成の身体に胸を押し付けてみる」
「えっ?!」
「そのまま二人床にもつれて倒れこむ」
「えっ、えっ!!」
「な~に驚いてんの? これが目的じゃない」
「まあ、そうですが……」
「あとは簡単。短い言葉だけ甘く出していればOKだ」
「短い言葉? そ、それだけ?」
「そう」
セナさんが言う短い言葉は、あっ、うっ、だめっ、そんなっ、いやっ、などだそうだ。
短い言葉もそうだけど、ようは私が山柿くんをいじめて――違う、可愛がっている風にすればいいわけだ。
私が山柿くんのベッドに入ったときみたいに、積極的になればいいんだろうけど。相手が山柿くんだったら簡単にできると思うけど、岩田くんに出来るだろうか、この私に。
岩田くんをライバル視している私に。
◆
◆
岩田くんが寮の部屋に一人でいるからと、セナ姉さんから連絡が入った。
私の為にセナ姉さんが山柿くんを連れ出してくれた。
予定通りに自販機で缶コーヒーを買って部屋に向かう。途中あいりんTシャツを着た6回生二人が「うひっ、ぐっふふふっ……」と嫌らしい笑いをしながら話しかけてきた。
気持ち悪くて背筋が震える。
この生き物も、難関のK大学に入っているわけだから、頭は良いのだろう。良すぎて頭のネジが一本飛んでいるのだろうか。
身の危険を感じたので、軽く微笑み会釈して通り過ぎた。
セナさんの戦法を6回生に試したら、即効でレイプされる自信がある。怖すぎる。
階段を上がって2階の岩田くんの部屋のドアをノックして待つこと数秒、ヌッと出てきた岩田くんが、私を見た途端、死んだような目になった。
「なんだ、綾部か……」
気だるくそう言った。
「なんだ、とはなによ」
これには流石の私もカッチ――ン、ときた。
このドアを開けるまでの気持ちの高ぶり。
セナ姉さんまで巻き込んで計画した綿密な告白構想。缶コーヒーを岩田くんの分まで買う気の使いよう。
全てがシャイな大学生の告白を手助けする為なのに。
私たちの恋を育てようと頑張ってのことなのに。
分かってない、この無神経硬派は……っ!
いつまで私を繋ぎ止めておくつもりか。岩田くんは女子にモテるけど、私だって負けじと男子にモテているわけで、そういつまでもシャイな男の告白を、じっと待っているほどお人好しじゃあないんだからっ!
なんだか段々腹が立ってきた。
「サシで話しがあるの……」
岩田くんを睨みつけて言ってやった。
「ほう……。どんな企みか知らんが、話しだけは聞いてやろう。……上がれ」
アゴを動かし岩田くんは、不敵な笑みを浮かべながら部屋に戻った。
惚れている女に向かって、いい根性している……。
入ってやろうじゃないのっ!
百戦錬磨セナ姉さんの作戦で罠にはめてやるから、覚悟するがいいわ。
私にメロメロになる岩田くんが見ものね。
「おじゃまします……」
半年前、K大学を滑ってしまった岩田くんを慰めてあげようと、岩田宅にお邪魔したのを思い出したわ。
岩田家独特のしきたりがあるとかで、岩田ママ(当時はまさか岩田くんのママがA∨監督だなんて知らなかった)に連絡して、面倒くさい許可をとって入ったリビング。
ちょうどいた愛里ちゃんが、私に昆虫図鑑の蜘蛛のページをわざわざ見せてきたので、反射的に突き飛ばした。日本一の美少女と呼ばれている愛里ちゃんだけど、キモい蜘蛛で私を脅かそうとするその意地悪さが意外でもあった。
直ぐに岩田くんの鋭い竹刀が飛んできた。
真後ろからの不意打ち。卑怯過ぎる。
岩田くんにとって、命の次に大事な妹愛里ちゃんが関わっていると、正義も剣道精神もあったもんじゃない。
防具をつけてない無防備の頭部に、剣道全国レベルの男子の面打ち。死ぬほど痛かった。
あれいらい、岩田くんに背中を見せないと心に決めている。
その岩田くんが今、無防備に背中を見せている。
私からの攻撃が無いと踏んでいるのだろう。
竹刀を持ってきていればよかった……。
一撃を食らわすチャンスだった。
岩田くんに告白させ、剣道でも私が勝つ――。
恋と武、両方とも私が勝つのよ。
「何か飲むか……?」
「……いえ……、買ってきたコーラがあるわ……」
「そうか……」
部屋の中央で正座した私の前に岩田くんがあぐら座りをする。
今日の私はロングのフレアスカートだから、正座すると露出度が低い。
上も日焼け防止で長袖だから尚低い。
セナ姉さんみたいにミニスカートでくればよかった。
「岩田くんのはコレ」
買ってきたコーラを岩田くんにも渡す。「うむ」と受け取る岩田くん。
ピ――ンと貼り付けた空気。
良い感じだわ。岩田くんと勝負しているみたい。
私と岩田くん、私たちは一生、巌流島の武蔵と小次郎なのかもしれない。
さて、二人の距離もじゅうぶん。作戦開始。
「おっ、おい……こぼれているぞ!」
「ふっふっふっ……。こぼれてしまったわ」
「見りゃわかるが」
「目眩がしたのよ」
「そんな感じじゃないが……。どほどほ、こぼしているだろ」
「時として女性は目眩がするものなのよ。鉄分が不足気味なのかしら。それくらい知っておきなさい」
「まあ、いいだろう……。しかし……、何をしている……俺の胸で」
「目眩がしたので寄りかかっただけよ。気にすることはないわ」
「スカートの裾を引っ張っているのもか?」
「そうよ。こうすると涼しくなるわ」
途端に岩田くんが無口になった。
よしよし、作戦通りだわ。私の位置から岩田くんの表情は見えないけれど、モンモンとしているに違いないわ。
「着替えを……、着替えが必要だわ……」
「Tシャツで良いなら貸すが」
「悪いわね」
岩田くんは立ち上がってタンスからTシャツを取り出している。
凄い。セナ姉さんのシナリオ通りじゃない。
岩田くんが興奮しているかどうかは分からないけれど。
私にTシャツを渡そうとして、岩田くんの手が止まった。
コーヒーで濡れた私のバスト。ブラウスが透けてピンクのブラと、お腹までの身体のラインがくっきり見えているからだ。
力強い視線をビリビリ感じる。試合の時とは全然違う。さっきの6回生のにとても良く似ている。
正直恥ずかしい。顔から火が出そう。
でも作戦の為、岩田くんをギャフンと言わせる為だ。
「綾部……」
「……な、なによ」
「お前……、意外と胸があるんだな……」
そう言ってツバを飲んだ。
「な……っ!」
慌てて両手でバストを隠す。岩田くんが、ハッとしてバツの悪い顔をした。
「みっ、見るなあ――っっ!」
「いいいい、いゃ、……わわわ、悪いっっ!!」
慌てて立ち上がった私と、持っていたTシャツで私を包もうとした岩田くんとが、ガッチィィ――――ン、とぶつかった。
「ななな、なにするのよおおおおお――――っっ!」
口唇が触れた。キスした。キスした。キスした!!
「ごっ、ごめんっ!」
「わっ、シャツ貸してって!」
「そうだったっ!」
一旦離れた岩田くんが、またTシャツで私を包む。抱っこされている。
「顔近い。顔近いっ!」
「シャツだけ貸してくれれば良いじゃないっ!」
「そ、そうだったっ!」
二人でワタワタしていると、
「おいっ! 岩田――っ」
と廊下から声がかかった。
さっきの6回生だ。
「……マズイ。先輩たちだ。綾部は絶対に見せられない。早く隠れてっ!」
「えっ?」
ここにでも、と岩田くんは押入れを開け、私を強引に誘導する。
私の胸を先輩たちに見せたくない。自分の女の透け透けシーンはダメ。
私をかばっている。なんか嬉しい。岩田くんの真剣な顔、ちょっと良いかも。
背中を強く押され、
――――ゴンッッ――――。
鈍い音がした。
押入れの上下を仕切る板に、頭を目一杯ぶつけた。
そのまま押入れに放り込まれた私。閉まる戸。
意識が消えた。
目が覚めたら、真っ暗な押入れ。
衣服の乱れが無かったので、何もされなかったみたい。
携帯を見たら、朝の4時。なんと、私は10時間もここで寝ていたことになるのか。
押入れの戸をゆっくりと開けると、岩田くんと山柿くんが睡眠中だった。
生意気にも岩田くんは、寝ている顔も凛々しい。
その結んだ口唇が、さっき私の口唇に触れた。
そっと指先で自分の口を触る。
あのムニッとした柔らかな感触はまだある。ファーストキスだった。
岩田くんもたぶんそのはず。あの堅物がファーストキスを済ませているはずない。
しかし、偶然にしては見事な着地だったし、あればワザと岩田くんがしたのだろうか。
彼もキスがしたかったのだろうか。
慌てた振りをしながら、私に抱きつきキスをする。
シャイな岩田くんにしては頑張ったと思うべきかな。
いけない、いけない。最終目的の『襲わせる』まで行かなかったわけだから、喜んでもいられない。
二人を起こさないよう、忍び足で部屋を抜け、そのまま寮を出た。
私がK大学に在籍する為だけにパパが買ってしまったマンションに戻る。
「お帰りなさい、トモコお嬢様……」
黒の上下のスーツ姿、一見してヤクザ風の高野さんが、玄関まで出迎えてくれた。
半年前までパパに脅迫文が送られ、娘の私にも拉致、暴行を匂わせる内容だったので、刑事の高野さんが私の専属ボディガードをしてくれていた。
結局犯人は捕まり、もう大丈夫だというのに、ボディガードだけは続いている。
過保護といか、溺愛過ぎるというか、はっきり言ってパパの愛情は重すぎる。ちょっと引く。
岩田くんが私に積極的にならないのは、このせいもあるんだと思う。
「寝てないの?」
高野さんの両目とも赤く、少しやつれた感じがした。
「いえ、仮眠は取りました」
「……そう」
私の帰宅が遅いから心配していたみたい。
連絡すればよかったけど、なにせ意識が無かったわけだし。
でも行き先は言ってあったわけだし、セナ姉さんの作戦をすることは一応教えてあった。
「それで、トモコお嬢様。首尾よくゆかれたようですね……」
ニタリとする高野さん。
まるで私が計画的犯行をした悪人みたいに言う。
「まっ、まあね……」
「こんな時間まで、岩田建成と一緒だったわけですね」
「……そうよ。なにか悪い?」
「いえいえ。額が少し赤くなっていますが……」
「彼に後から激しく押されて、ぶつけたのよ」
「……体位は、バックですか」
「露骨ね高野さん。想像におまかせするわ……」
「よかったですね。お嬢様……。これで主様も喜ばれる事でしょう」
勘違いとは滑稽なものね……。
でも悪くはないわ。この調子で岩田建成を攻めて行けば、きっと落とせる。
いずれ本当にバックからされる日が来るでしょうから。
『セナ姉さん、ありがとうございます』
そう始まる文面で、メールを送信しておいた。
――男を喜ばせる恋の達人。
私のA∨女優の認識にそれが加わった。
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