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▼例外・柏樹セナ視点

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「ぶっちゃけ愛里ちゃんは、坂本くん――山柿お兄ちゃんが好きなのかな?」

 監督が居なくなり愛里ちゃんと二人っきりになって訊ねてみると、

「え~っ。……う……うん。す、好きかも……」

 真っ赤になってもじもじしてしまった。
 この恥じらう様子、単に憧れているようには思えない。マジで好き? あの坂本くんのどこに小学生が好きになるツボがある? 
 自分を棚に上げて疑問に思ったが、ウチ自身もすっかり坂本くんに惹かれてしまっているんだから偉そうに言えない。
 
「そっかーっ! そ、その想いを誰かに話したことはあるの?」

「あのね。セナお姉ちゃんが始めて……」

 うちに秘めていたわけだ。この歳で……なんかすごい。監督の娘だけあるわ。

「そ、そうなんだ……。でも……あの山柿くんを、よく好きになったね……」

「うん。おトイレでチクチクしてもらって、ぞぞぞ~ってなってからだと思う」
 
『チクチク』とか『ぞぞぞ~っ』て、いわゆる快感の事だろうか。
 坂本のヤツ、なんかやらかしてるぞ愛里ちゃんに。

「そ、そうなんだ……。チクチクってあの……どんなことなの」

「……うん……。えっとね……えっと……」

 監督の娘は益々真っ赤になって、益々もじもじして何も言えなくなってしまった。
 こりゃーマジだわ。ヤバイ。マジで坂本くんを好きだこの子。惚れている。
 坂本がやらかしたのは性的いたずらか?
 余りにも気持ち良かったから離れられないとか? 
 考えられないなあ。処女はアレの感覚が未発達だからたいして気持ちの良いもんじゃない。
 まあ、坂本くんが何度もすれば開発され――、いやいや、そもそも坂本くんの真面目な性格からして、それはない。あるわけない。
 だいたい坂本くんは処女よりウブだし。
 衣装部屋や自販機で愛里ちゃんとやっちゃったのは偶然。
 たまたま、ぺろぺろされたり、バックからハグになってるのだ。
 うーん。普通じゃああり得ない確率。すごい。 
 
 んじゃあ、やっぱり、セミの折り紙はラブレターだったというわけになるけど……。

『大好きです。付き合ってください。死ぬまで』

 黒く震え『死ぬまで』の文字だけ血のように赤く滴っている。
 折り紙の裏に気味の悪い物を書いて好きな人に渡す――文書で告白。 
 つまり、貰った坂本くんが喜ぶだろうと思って渡したわけだから、あの文字というかキモい作品が愛里ちゃんにとって最良のプレゼントに値するわけになる。
 ウチもこの業界に入って変な人間は色々見てきたけど、愛里ちゃんみたいな子は始めて。
 ズレている。感覚が。美的感覚というか、良し悪しというか、そういった普通の人が感じ取る物がズレている。
 
「ま、まあいいや……。とにかく山柿くんと大切な何かがあったわけね」

「……うん」

「で、でも坂本くんは……ど、どうなのかな~。愛里ちゃんのこと……どう思っているのかな~っ」

 はっきり坂本くんと相思相愛。小学生と大学生の恋が成立しちゃっている……。そういうことになる。
 だけど、愛里ちゃん本人は坂本の気持ちに気付いているとは思えない。坂本くんも同じだ。 

「山柿お兄ちゃんは、セナお姉ちゃんの彼氏なんでしょ? キスしてたし……。今はケンカしているけど」

「あ、ああ……そうだね。そうそう。ウチと坂本は恋人だから」

「……羨ましいな……」

 やっぱり愛里ちゃん自身は坂本の気持ちに気づいてない。
 よし、しめしめ、と思ったウチは最悪かもしれない。う――っ。
 坂本は愛里ちゃんの気持ちに気づいていない。愛里ちゃんもしかり。
 二人好き同士なのに分かってない。この事実を知っているのはたぶんウチだけ……。

 あう~~~っ! 
 どうすればいい……。
 正直に二人に話してくっつけちゃう? 
 いやいや、そんなのいや。絶対したくない。
 殆どの男はウチの身体目当てか、仕事での相手。ウチの事を真剣に想ってくれる人は、本気で心配してくれる人は坂本くんだけだ。
 真面目でタフで、おちんちんも巨大。なによりA∨やっているウチを見下さないし……、優しい……。
 あんなヤツ世界中探したっていやしない。
 誰にも渡さない。
 例え尊敬する岩田監督の娘さんだって。
 トキメキTVのあいりん――日本で一番可愛い女の子にだって! 
 ウチが彼女。坂本くんの側にいるのはウチだけ。誰にも譲らない。
 
 ◆

 急用ができたと監督に言って、一緒にK大寮へ行くのは勘弁してもらった。
 監督たちが愛里ちゃんを連れてK大寮へ行くのは、トキメキTVの収録が終わってからだ。
 だったら、ウチが先に会っておきたい。
 実はあのホテルから坂本くんが逃げ出してから、一度も会っていない。
 翌日電話で、どうして逃げたのよ! とさんざん文句をぶちまけて、それ以後ぷっつり連絡していないのだ。
 愛里ちゃんが坂本くんと会うのなら、その前にウチがよりを戻しラブラブに戻っていたい。
 なんだろうこの気持ち。意地かな? 
 小学生相手にライバル心を燃やしているウチって、どうかしている。
 いやダメだ。そんな偽善は命取りだ。気を緩めたら絶対負ける。
 相手はあの、あいりん。日本一の美少女だ。それに坂本くんはロリコン。
 ロリコンの大好物美少女を諦めさせて、ウチA∨女優を食べさせる……。
 うーん。至難の技だな……。
 だが、そうも言ってられない。時間はないんだ。
 いずれあのふたりがお互いの気持ちを知った瞬間、きっとくっ付く。
 張り付いて離れなくなる。二度とウチの入り込む余地がなくなる。
 なんとかしないと。

 そう思いつつも、ウチはタクシーでK大寮前に降りた。
 セミの鳴き声が降り注ぐ。暑いなあ。
 玉砂利を踏みながら歩いていると。

「あら?」

「まあ?」

 そうお互いが言い合ったのは、

「お久しぶりです。A∨女優の……セナさん」

「そうね。えっと確か、K大学ナンバーワン美女の……綾部さん」

 ぱっつん前髪に後をポニテにしている。
 前髪が目に掛かりそう、うっとおしい。
 ウチを見て、何でここにいる? 学生じゃない人間が来るところじゃないぞ! といった感じだ。
 寮の玄関からずいぶん離れて立っているが、中の様子を伺っているのか? 入りにくい理由があるとか?

「「ふん。お元気ですか~」」

 始めて会った時に坂本くんの彼女と言い張っていたが、大阪TJスタジオでは建成にべったりで、分かりやすいくらい建成に惚れている。
 坂本をダシにして建成に近づこうとする計算高い女の印象だ。
 綾部とツーショットの時の坂本くんの雰囲気からして、綾部に興味はなさそうで、逆に迷惑している感じだった。
 つまり、ウチに害はないな。
 
「どうしたの? 入らないの。ウチこれから二人に会うんだけど、どう一緒に?」

 誘ったが、逆に睨みつけられた。
 そういや、初対面の時に化けの皮を剥いでやったが、根に持たれた? 敵対心か。まずかったかな~。
 
「どうかしら、少しお茶でも?」

 綾部からそう言ってきた。仲直りを求めて――、というより探りを入れてきたと踏んでいいだろう。
 早く坂本くんに会いたいけれど、坂本関係の友人には敵は極力ないほうが良い。
 ウチってしたたかだなと思いつつ、綾部と向かいの喫茶店に入った。

 ◆
 
「セナさん……。年上に命令するみたいで、私としてはとても気が引けるのですが……」

 席に座るなり綾部が口を開いた。ひどく低音で目つきも悪く、嫌悪(けんお)を抱いているように思えた。

「岩田くんを誘惑するのは、見て気持ちの良いものではないです。止めて貰えませんか?」

 ははーん。
 この娘、ウチが建成にちょっかい出していると思っているんだ。ウチが建成に惚れていると勘違いしているんだ。
 嫉妬か、へーっ。

「セナさんは曲りなりにも女優。
 大人ですから、肌の触れ合いを求めるなら未成年は控えて、プロの方か、せめて二十歳を超えているオス。そちらを漁ったほうが宜しいかと」

 へーっ。言うじゃん。この娘。

「あいにく、ウチは漁らないと干からびてしまうほど、オスに飢えてないので。そんで建成を誘惑した覚えはないけど。
 そもそもメスの誘惑に建成がふらふら寄るとは思えない。
 もしそうなら監督に代わってぶっ飛ばしてやるわ」

 がっはっはーっ、と笑ってやったが、綾部は冷めた目をしていて、テーブルにあるレモンティを口に運んで傾けた。
 ウチを疑っているな。嘘だと思ってやがる。若いな。
 じゃあ、話しを変えてみようか。

「でー、建成とアンタはどうなん? 上手くやってないの? スタジオじゃ、アンタら二人仲良さそうだったじゃん」

「えっ? 仲良さそう……」

「ああ、ラブラブに見えたよ」

「ラ、ラブラブ……」

 ぱっ、と綾部の顔が赤くなった。色白だから直ぐに分かる。
 そっか。建成と上手くやれてないわけね。だから喜ぶ。建成に近寄る異性、建成の関心が向いている異性――ウチだと思っているから敵対視するわけだ。

「そうそう。誰が見ても恋人同士。初々しく思えたな」

「こ、恋人同士……。初々しい」

 喜んでいる、喜んでいる。建成にぞっこんなんだなこの子。恋する乙女か。根はいい子だ。

「じゃー言うけどよく聞きな、綾部。
 ウチが好きなのは坂本くん。山柿くんだけだ。
 建成は監督の息子だから親しくしているだけで、恋愛感情は全く無い。
 もう一度言う。ウチが好きなのは坂本だけだ」

 どうだ? 安心したかい。

「そそ、そうだったんですか……」

 綾部の強張っていた顔が急に優しくなった。

「そんなにウチが心配だった?」

「ええ……まあ……」

 肩をすぼめ恥ずかしそうにする綾部の、ぱっつん前髪が揺れた。
 よしよし、良い子じゃないか。
 あーっ、でもなんか、前髪うっとおしい……。ざっくりカットしてやりたい。

 ◆

「なるほどなあ~。気持ちはよくわかるよ。だけどな~」

 この綾部という女、一度ウチが無害だと分かったら堰を切ったように恋話を語りだした。
 止まらない。もう30分は一方的に話しているんだけど。
 だがしかし、かなり屈折している。
 建成が自分にぞっこん、相思相愛だと決め付けて、どうやって建成から告白させるか、迫らせるかを考えているのだ。
 愛の形は色々あるけど、思い込みが激しいと真実を知った時に反動が怖いな。
 失恋してストーカーになるタイプか。
 初恋が建成の可能性が高い。そして100パーセント処女。一応訊ねてみるか? 
 ……いや、よそう。知ったからってどうにもできない。
 
「どうなんでしょうか? 人生経験豊富なセナさんだと、こんな場面はどうされますか? やっぱり無理でしょうか?」

 言葉使いも敬語になってるし。

「山柿くんにも頼んでいるんだけど、難航しているみたいだし……」

 坂本くんも大変だな。人が良いから頼みやすいか。

 さて、どうするか……。そもそも建成はどうなんだろう。この子を好きなのか?
 少なくとも嫌いではなさそうだ。あいつの意見も訊いてみたいな。
 ウチがこの子に協力するかは、それからだ……。

「まあ……荒技を使えば簡単だけど、アンタは止めといたほうが良いな」

 絶対無理な方法だ。意地悪いが言ってみる。

「荒技? 簡単? それってどんな……」

「簡単に言えば、『若い女がすっぽんぽんになると、間違いなく男は飛んでくる』それは岩田建成も例外じゃない」

 例外は、キノコレバーの男……くらいか。
 ウチの裸を無視して逃げ出したのは坂本だけだよ、まったく。

「……、……」

 しかし、この綾部という女、赤面するか怒り出すか、いや意外と苦笑いするかと思っていたが、真剣な顔して考えだした。 
 注文した二杯目のコーヒーを口につけテーブルに戻す。
 冗談のつもりだったんだけど、やってみる気があるってことか。

「それってホテルで……ですよね」

「ああ、まあね」

 意外だ。
 綾部は良いとこのお嬢様タイプ。下ネタ、アダルト話しには眉を寄せると思っていたが、それより岩田を自分に向かせたい気持ちが勝るわけだ。
 しかし長い。もう10分は考えているぞ。
 まあ、いきなり裸でってのは抵抗あるし、無理ないかな……。

「ホテルに誘うのは……岩田くんから誘わせるにはどうすれば良いのでしょうか?」

 そこ? 
 そこで悩んでいたわけか!
 そっか。建成から迫らせようとしていたわけだからか。うーん。

「難しいな……。いっそ二人を狭いロッカーの中に押し込めちゃおうか?
 出れないようにカギもかけて、真っ暗にして。あははは」

「……、……」

「お、お願いしても宜しいでしょうか……?」

 おいおい。
 


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