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★キスの事実とTV

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 土曜日の今日から珍しく2日連続で収録があり、大阪に来ています。
 トキメキTVの控え室。
 お昼休憩です。ママと一緒に差し入れのお弁当を食べ終え、午後の収録が始まるまでゆっくりしていました。
 ドアが開き、セナお姉ちゃんがママとの打ち合わせにやって来ました。

「こんにちは~監督」

 ママに挨拶をしてから、「元気だった愛里ちゃん」とあたしにも。
 セナお姉ちゃんを見たのは、商店街の横断歩道であの勇者さまとの楽しそうなキスを以来です。
 あたしとは対照的な大きな胸。大きなお尻。これぞ大人の魅力っていう感じ。

「うん。元気だった」

「してセナよ。見たぞ。激しいキス。あの坂本と付き合っているのか」

「なんだ……見てたんですか。そんなんじゃないんですよ」  

 セナお姉ちゃんは苦笑いして、ママからあたしに視線を向けました。

「嬉しいよ。やっとセナが本気で好きになれる男ができたのだからな。うむ。坂本はいい男だ。将来性もある――」

 ママが熱く語っていますが、セナお姉ちゃんは、まるで聞こえていないみたいに、流れているテレビ画面に目をやっているだけでした。
 お昼の楽しい番組で、ミニ漫才をしています。楽しいはずなのに、セナお姉ちゃんのお顔は悲しそうに見えました。

 テーブルにママのA∨(あくしょんばいおれんす)の資料が広げられました。
 次回作は長編。セナお姉ちゃんがヒロイン役だそうで、主役はなんと勇者さま。2人とも仕事でも仲良くされているのだな~、と羨ましくなりました。

「どうしたセナ。いつもの元気がないぞ」

「そうですか? そう見えますか……」

「ああ、声も低いし、いつものノリがない。何かあったのか?」

「分かります? やっぱり」

「うむ。悩み事なら相談に乗るぞ」

 そうママが言ったら、セナお姉ちゃんはぶわっと目に涙を滲ませました。

「か、監督~~~~っ! 実はですねー、あのバカが――っ!」

「バカ……」

 セナお姉ちゃんが言うには、坂本さん(勇者さまの芸名)と一緒にラブホテルに入ったまでは良かったのだけど、何も無かったどころか、坂本さんだけホテルを飛び出して帰ったのだそうです。

「ウチを残してですよ~~っ! こっちはスッポンポンになって、どうぞご自由にって状態になっているってのに、何もしない? 逃げる? 考えられますか監督!」

「ほう……」

「あんなでっかいの持っているのに、チェリーくんなんですよあのバカ。どこで使うつもり??」

「坂本は童貞か……」

「そうなんですよ。A∨撮るには致命傷でしょう。だからウチがわざわざ親切に体験させてあげようとしたのに、あのバカが」

 セナお姉ちゃんがあたしのお茶を喉を鳴らして飲み干しました。

「あっ、ごめん。愛里ちゃんのだった」

「だいじょうぶです」

「……それだけか」

「え?」

 セナお姉ちゃんがあたしを見て、ためらったような、複雑なお顔をして、まあ、そうだけど、と言いました。

「それだけではあるまい。坂本のことをバカバカ言っているが……ふっ。セナよ。一週間前にあった事をいまだに引きずっているのは、それだけお前が本気で坂本に惚れている証拠だ」

「ま、まあ……、悔しいけど……そうかも。だけどね、アイツは……アイツって……いや、なんでもないです」

 セナお姉ちゃんは顔を伏せて唇を噛みました。辛くて苦しそうです。

「お姉ちゃん……」

 可哀想になって、背中を撫でてあげました。
 勇者さまに愛されない苦しみは、わたしにもよくよく分かります。

「ありがと愛里ちゃん……」

 だけど、だけどこれって、
 ――《勇者さまとセナお姉ちゃんが破局した》――、ってことなの? 
 
 しょぼーん、としているセナお姉ちゃんに、「かわいそー」と声をかけておきながら、少し嬉しかったりするあたしって、なんて悪い子でしょうか。
 だけど、このままずっと二人の関係が酷くなって、勇者さまが完全なフリーに成られる可能性はあります。
 しめしめ。あぁ……悪魔なあたし。

 そんな時、丁度見ていたテレビ番組で、トキメキTVが取り上げられていました。

『今回の《突撃!》は、今話題のトキメキTVで主演をしている『あいりん』の地元、広島県呉地市に来ていますーっ! ここが、あいりんの通っている小学校ですねーっ! 下校中みたいですね。小学生がいるので訊いてみましょう。きみきみ! 四年生だね。あいりんって知っている?』

 驚いたのなんの。
 テレビに映り、マイクを向けられ得意のスマイルをしている青い眼の憎たらしい男子。ブラックではないですか――っ!
 嫌な予感。もの凄~~~~く嫌な予感がします。

『あいりん? もちろん知ってますよ。同じクラスだから』
『同級生だそうです。丁度よかった。あいりんは学校でどんな子なの』
『真面目だよ。普通に』
『やっぱりモテるのかな~』
『可愛いからね。だけど皆んな遠慮しちゃって』
『遠慮? はてなんでしょう。可愛すぎるから逆に話し辛いのかな』
『違う違う。僕に遠慮してるんですよっ!』
『ん。それって、なんだろうね』
『僕の彼女だからね』
『これはこれは……、地元でもあいりん人気は高いようです』

 画面の中で、ブラックが『ホントだってばーっ! あいりんは僕と付き合ってるんだってーっ!』と喚いていて、絞め殺してやろうかと思いました。 
 ついこの間、《あくしょんばいおれんす》をしてあげたのに、こたえてないとは……。 

「こいつ、妄想凄すぎだよ。監督」

 セナお姉ちゃんが笑います。

「まあ、いいじゃないか。それだけ愛里が愛されているということだ。嬉しいことだ」

 ぜんぜん良くないっ!
 勇者さまがこのテレビを見たら、本気でブラックと付き合っていると誤解してしまいます。
 
「して、今日坂本氷魔は?」

「ああ、連れて来ませんでした。どうせK大寮にいると思いますよー」

「そうか、……なら、トキメキの収録が終わったら、こっちから出向いてみるか?」

 えっ。
 それって、あたしも一緒って流れみたいな……。

「愛ちゃんも寮がどんなか知りたがっていたしな。それにセナ、お前と坂本の仲直りも兼ねて。どうだ?」

 仲直り……。
 ママ……そんなことしなくても良いのに。
 するの? 

 ◆

 ◆

 ママがおトイレに立って、あたしとセナお姉ちゃんだけになりました。

「愛里ちゃん……」

 話しかけてしました。

「お姉ちゃん見ちゃった。坂本……山柿くんへ渡したでしょう折り紙」

「セミの折り紙?」 

 知っているってことは、勇者さまがまだ持っていてくれている。感激!

「そう。その裏面よ。裏面」

 見たんですかあの文字を。折り紙を解いて……。
 恥ずかしく、俯いてもじもじです。

「だけど……なんであんな気持ち悪い物を書いたの?」

「気持ち悪い物?」

「そう。アイツを驚かしてやろうとか」

 そんなつもりは全然なくて、むしろ溢れる愛をプレゼントしたつもりだったのですけど。
 
「でもね、アイツ。それに気づかずに財布に入れたまんま。驚かす作戦なら、折り紙を広げさせる工夫が必要だったわね」

「はあ……」

 意味が分かりません。
 セナお姉ちゃんは、A∨(あくしょんばいおれんす)女優という激しい仕事をしているから、感覚がおかしくなっているんじゃないでしょうか。逆に心配になりました。
 だけど、そんなことより、勇者さまがこの大阪まであたしのプレゼントを持っていてくれた。そのことが最高に嬉しいのでした。



 


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