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☆監督と着ぐるみ

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「さてと。……で? どの収録の誰を狙ってるの?」
 
 ズキリ、と嫌な質問。だが隠し続けても仕方がない。折角ここまで来たんだし。
 僕は重い口を開いた。
 
「と…………、トキメキTV」

 セナさんが途端に口を丸く開けた。まじまじと見られている。

「それって……、ヤダ坂本くん。小学生が見る番組じゃない。出てるのも……」

 そこまで言ったセナさんは、目線を合わせられない僕に、

「マジで……?」

「あ、はい……」

「じゃ、やっぱ、あいりん?」

「です……」

 僕は答えるたびに、どんどん小さく俯いていった。
 トキメキTVは毎年春に主役が入れ替わる。
 今年の主役に合格した愛里は、《あいりん》という名称でわずか2ヶ月の短い期間にもかかわらず世間に親しまれ、登場初回の視聴率は20パーセントという歴代記録を叩きだし、今現在も視聴率は上がり続けている。
 その異例の事態に雑誌や他局でも取り上げられ、あいりんの衣装はそのまま人形として売りだされ、あいりんが登場するゲームも開発中、あいりんグッズも続々売りだされる予定と聞く。
 今や日本は《あいりん》ブーム。
 愛里が可愛いと証明されたようなもんだ。
 愛里はアイドル――。
 愛里の夢が叶ったのだ。
 良かった。良かった。
 
 嬉しい半面それだけその分だけ、僕から遠くに行ってしまったように思えた。
 もともと近くにいた存在じゃない。
 歳は離れ、愛里が1人で歩いていたら、声をかけるにも躊躇してしまう。連れて歩こうものなら変質者扱いだろう。

「いやー、あいりんかー。驚いたなー。しかしまあ他人の性癖にとやかく言えるウチじゃないけど、犯罪者にはならないよーに」

 セナさんが呆れたように言った。
 ごもっともな話しだが、僕がそんなふうになるハズがない。
 もし犯罪者になるとするなら、愛里に危機が迫っている時だろう。
 愛里を助けるためだったら人殺しでもしてみせる。

「三階の⑥スタで収録してるハズだから、入る事はできないけど、横の窓から中を見ることはできるよ」

 ボタンを押してから、僕たちは下りてくるエレベーターを待った。
 これでやっと妖精に会うことができる。もしかしたら会話も。
 僕が窓から見ていたら、愛里が気付いて出てきてくれればいいのだけど。

「すごく嬉しそうな顔。もう、あんた本当にロリコンなんだね」

 セナさんは深く吐息を吐いた。
 《ロリコン》と言う単語にカチンときたが、ロリコンの定義及び僕がどう愛里を愛でているのかをこんこんと手順を踏んでい力説するのは、時間も労力もかかることだ。
 まさかこの場で口論となりはしないだろうが、折角のセナさんの優しい好意をダメにするわけで僕はそのままスルーした。

「ウチの弟もなんか同じみたいなんだよね。幼児系のH本ばかりベットに隠したりして。なんで男はロリコンが多いのかね」

「そうなんですか」

 そうか……、セナさんも気苦労をしていたのだ。
 でも流石に《幼児系のH本》はまずい。そもそもどうやって入手したのか? 

「先に監督に会ってもらうけどイイわね」

「いいですけど」

「監督はいまごろ手が開いているよ、きっと」

 セナさんは笑った。何故だか笑った。

 ◆

 3階に上がりエレベーターから出ると、女監督が出迎えてくれた。
 予めセナさんから連絡を受けていたのだろう。

「久しぶりだな。坂本氷魔よ」

 バシッと黒の上下のスーツで決めている女監督は、僕に握手を求めてきた。

「そのせつはお世話になりました」

「うむ」
 
 がしっと握手した。
 白い綺麗な手だ。改めて見ると美人だ。
 スタイルも良くてモデルでもいけそう。凛としてカッコイイ感じの女性だ。

「監督はもうフリーなんでしょ?」

「ああ、今日は娘の付き添いで来ただけだからな。このビル内だったら自由に動ける」

「ねえねえ、聞いてくださいよ監督ぅー。こいつもあいりんのファンなんですよ!」

「ほーう。そうかそうか」

 セナさんがニヤニヤいているのは分かるが、監督がニコニコしているのはわからん。
 てか、監督が笑うのは始めて見たぞ。
 撮影会場は仕事だからあんなキツイ顔をしてたわけか。普通は優しいんだな。

「だっはっはっはー!」

 突然セナさんがおっさんみたいに豪快に笑った。

「?」

「この監督の娘さんがあんたの好きな《あいりん》だよ」

「…………、…………」

 え――――っ!!!!

 つまり愛里のお母さん。昔モデルをしていた岩田兄の母親。
 仕事は芸能関係。忙しくてあちこち飛び回っていて、台風の日に家に戻れなく愛里がひとり留守番をしなければならなくなった張本人。
 岩田家にお邪魔しても一度も見たことなかったから分からなかった。
 
「娘のファンになってくれてありがとう」

 爽やかに言われた。
 たぶん僕をよくいるロリコンファンの1人くらいにしか思っていなくて、まさか岩田家で噂になっている(岩田からの話しを聞いて間違いなく悪い印象づけされている)山柿聖(やまがきさとし)だとは知りもしないだろう。
 
「い、いえ、ここ、こちらこそ、あああ、ありがとうございます」

 かんでしまった。
 かみかみだった。
 しかも、《ありがとうございます》って、何か感謝することがあったか。
 
「ふふふ……」と監督は笑う。

「私は特殊な性癖をどうこう思わない。キミのような学生が娘を応援してくれる。実に喜ばしいことだ」

 良い人だ。
 僕をフォローしてくれている。別な意味で緊張してしまうんだけど。
 しかし、僕を見ても微動だにしない監督。
 この監督の娘だからこそ愛里が僕を恐れないのだろう。
 ああ、そうか。そこんとこに感謝するべきだ。

「私にはちょうど坂本くらいの息子がいる。だからキミには親しみがわく」

「そ、そうですか……」

 岩田のことだ……。
 
「キミはどこの大学だ?」

「K大です」

「ほう。私の息子もK大を狙っていたのだが、落ちてしまってな。キミは頭が良いのだな。出身はどこだ?」

 なんかまずい。なんか言いたくない。
 正直に『広島です』と言えば『何処の』とくる。
 呉地と知れば『奇遇だな私の自宅もだ』などと盛り上がってしまって、ついに僕(坂本氷魔)が山柿聖(愛里によりつく悪い虫)と発覚してしまう。
 いずれ分かることだろうけれど、出来るだけ僕の良い面を知ってもらってからにしたいと願うのは悪いことじゃないだろう。たぶん。

「実はですね監督。この坂本くんにウチは貸しがありましてー」

「えっ?!」

「なに、文句あるの? スタジオに入れてあげたじゃない。ウチに入れないくせに、もーっ」

 セナさんは優しさで入構証を作ってくれたんじゃないのか?

「そうか、ならば。良かったらだが、今度撮影するA∨に出演して欲しい」

 ほら、そうくる。
 僕はセナさんにハメられたわけか。

「いや、でも、この顔が全国に晒されるのはちょっと……」

 親が泣く。親戚に知れたらどうする。
 愛里だって僕がA∨に出たと知ったら…………ん? 
 親がA∨監督。その親が撮影した僕を愛里が視聴する。
 いや、18禁だろうから監督が見せないとは思うけど、僕がA∨に出演しているのは知られる。
 親がアダルト監督だから、愛里はH系に抵抗はないのかもしれないが、僕を軽蔑するんじゃないだろうか。うーん。

「うむ。ならば着ぐるみで参加してもらっても良い」

「あっ! なるほどあの企画ですね、監督ー」

「うむ」

 着ぐるみ……?

 監督の説明してくれたA∨企画は、ブタ人間に支配された未来の地球を舞台にしたものだった。
 その世界では人間の女性が醜いブタ人間に陵辱(SMの見せ場)されていて、助ける為に立ち上がったのは宇宙旅人であるキノコ人間キノ(僕予定)だ。
 見事にブタ人間たちを退治し、お礼に女性たちから性のご褒美(乱交プレイ)が貰えるという話し。

「タイトルは『キノコの旅』だ!」

「いやーっ! 改題したほうが宜しいかと」

「何故だ? キノが旅先で次々と起こる事件(SM・陵辱)を解決してゆくシリーズ物にするつもりだ」

 有名なラノベを冒涜している。
 
「とにかく坂本よ。キノコの着ぐるみを着てのプレイだから顔は出ない。だから心配はいらない」

 意味わからん。

「あのですね。着ぐるみ着てするんだったら、何も僕でなくてもいいじゃないですか!」

「いやいや、撮影で見させて貰ったが、キミのおちんちんは素晴らしい物だった。A∨男優でもあれだけの物はそうそうない」
 
「着ぐるみ着てたら、おちんちんとか関係ないんじゃないですか!」

「何を言う。肝心な部分は露出したままだ」

「はいっ?」

 わけがわからん。

「取り敢えず見て着てみろ!」というわけで、僕はまだヤルと決めたわけでもないのに、衣装部屋まで連れてゆかれた。
 さっさと着てみろ、と差し出されたキノコの着ぐるみを仕方なく着る。
 まず衣服を脱いでからだ、とセナさんと監督に衣類を剥ぎ取られすっぽんぽんの姿になり、それからキノコの背中から逆脱皮のように着ぐるみに入る。背中のチャックが上げられた。
 前方の布がマジックミラーみたいに外が見え、監督が言っていたように、おちんちんの部分だけ生地が無くさらけ出している。
 立ったままだと、でっかいキノコにちんちんが生えている状態だ。

「シュールですねー監督」

「うむ。見事だ」

 そ、そうかあ? センスゼロのように思えるが。
 まあ、おちんちんを隠したら濡れ場が作れないわな。そんなA∨など誰も観たくもない。   

「大きいおちんちんが、より際立って見えるな」

「ですねー監督」

 そりゃそうだろう、着ぐるみから、生おちんちんが出てるんだから。
 社会の窓からおちんちんが出てたら目立つだろう、あれと同じだ。

 通常時はちんこケースを取り付けて戦うのだそうだ。
 さっそく装着したが、マジックテープで留めるだけの簡単なものだった。 
 すると突然ドアが開いた。

「あっ、監督、ここにいらしたのですか」

 スタッフらしき男性が入室してきたのだ。
 困ったことが起こったと言う。

「トキメキTVに欠員が出てしまって。着ぐるみなんですが、一名足りないんですよ」

「ほう。それはどんな着ぐるみだ? こんなのでもいいのか」

 監督が俺を指さした。

「あっ! キノコですねー。いいですよ。斬新で可愛いし。あいりんのバックでリズムに合わせているだけですから簡単です」

 いいわけないだろう。僕が嫌だ!
 すっぽんぽんなんだぞ。着ぐるみ着ているけど。
 おちんちん露出して、きわどいケースをかぶせているだけなんだぞ!


 
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