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☆スタジオ潜入
しおりを挟む「わー誰? 芸能人? あの2人すごく美人ね~。ヤクザに絡まれているのかしら?」
綾部さんは通行人の囁きに苦笑いした。そして、
「さてこの方……。私のメールを無視してまで会っていらっしゃるこの方とは、どういったご関係なのか教えて頂戴、山柿くん」
腕を組んでふんぞり返る。相変わらずの上から目線だ。
さて、どうする。
まさか『SMの相手です』と正直に言えるわけがない。
「坂本くん。誰この女?」
そう言うセナさんが僕にピタリと寄り添った。
どっきん!
しかもさり気なく腕を絡めてきたので、さり気なく振りほどこうとしたんだけど、強引に掴まれてしまった。
綾部さんは途端に眉を険しく寄せ不満そうにしている。
「あの……こちら、僕と同じ大学にかよっている綾部トモコさんです」
綾部さんが軽く会釈すると、セナさんは、ふーん、と舐めるように全身を見て言った。
「感じ悪いわね」
「え? ははは、そ、そうかなー。綾部さんって大学では好感度ナンバーワンですよ」
言いながらセナさんの腕を外そうとするんだけど上手くゆかない。
「もう、恥ずかしがらなくて良いじゃないーっ、坂本くーんっ!!」
とセナさんがボリューミーな胸をぐいぐい押し付けてきたので、僕はあわわわわわ……だ。
「坂本……? 山柿くん、あなたいつから名前が坂本に変わったの?」
「あーっ。そっかー。あははは。ウチだけの呼び方だったわね。気になさらないでね、ナンバーワンの人」
ナンバーワン……、
と呟き綾部さんがムッとする。
「いえ。……それで。2つ名を持つ山柿くん、私にも紹介して下さらないこと、この露出が激しい女性を」
露出……、
セナさんが呟き目を細めた。
僕を挟んで2人の美女が火花を散らしている。どっちも引く気はないようだ。
「そ、そうですね……。こちらは、柏樹セナさん。えーと。そうですねー僕のバイトの上司……です。はい」
間違ってはいない。ウソもついてはいない。SM撮影だって立派な仕事。ちゃんと給料だって貰った。
「バイト? 初耳だわ。山柿くん、バイトしてたのっ?」
ええ、まあ……。
と濁す。
バイトの内容に興味を持たないでくれよ。
「そうよ。坂本くんは優秀。とても良い物を持っているのよ。まだ突っ込んでくれないから、具合が分からないけれど、いい仕事をしてくれると期待しているわ」
「……は、はは……はは、は……」
なんときわどい……。
ふーん、と綾部さんが不満気に口を尖らす。
セナさんが小声で「分かってないみたいね、あんたのウブだち」と囁いた。
「や、やめてくださいって!」(ひそひそ)
「どうせ話してないんでしょう撮影の、こと」(ひそひそ)
「言えるわけないじゃないですかーっ!」(ひそひそ)
「清い交際なのねぇ~。あんたたち」(ひそひそ)
「そう。まあいいわ。……それで、山柿くんは、どうしてここにいるの? さっきからずっとTJスタジオを見ていたわよね」
――うっ!
ついに、そこに行き着いたか。
愛里をひと目みる為に決まってる! と言い切りたいが、無理というもの。
僕が愛里を狙っている――、岩田が僕を危険人物だと警戒し、妹に近づかせないようにいているわけで、綾部さんも又、僕を愛里キチガイ。愛里の熱狂的ファン。危ないロリコンだと思っているようなのだ。
なので、追い打ちをかけるような事はできるわけがない。
「今日は愛里ちゃんの収録日らしいんだけど……山柿くん?」
にたりと綾部さんが笑った。
「山柿くんてば、まさか、愛里ちゃんがここへ来ることを知っていたはずないわよねえ。岩田くんが教えるはずないし」
「も、もちろん へー へ へーっ 愛里ちゃんが来るのかー知らなかったなー」
「ふーん。そうよねえ。知るはずないわよねー。じゃーなんでここにいるのかしら?」
綾部さんの嫌がる言い方は天才的だ。
ウソなのを承知で、どう相手が苦しんで言い訳を組み立てるのかを見て楽しんでいるのだ。
「えっと……待ち合わせを……」
黙ってても苦痛が続くだけだ。さっさと止めを刺してくれ。
その場しのぎにもならない、適当な返事をしてみる。すると、
「そうよ。ウチと待ち合わせしてたのー」
意外にも話を合わせてくれたのが柏樹セナだった。
僕の困窮具合を察してのことだろうが、それでもやっぱり後で何かしらの下心(A∨関係の出演要求あたり)を覚悟しつつ、「今日はここのスタジオで監督と打ち合わせがあってねー。それで坂本くんに来てもらってたの。
それから坂本は彼の芸名よ」と堂々と言い切るセナさんに、僕はゆっくりと顔を上下に振るしかなかった。
「ふーん。芸名ねえ……」
胡散臭さは拭えない。
「あら? 何かご不満があるのかしら、ナンバーワンさん。自分の知らない事があったからからかしら。
べつに坂本くんの彼女ではないんでしょう?」
ケンカを売っている。
当然カチーンときたようで綾部さんは高らかに言った。
「その彼女です!」
彼女……。
以前岩田を動揺させる為だけに、あえて僕の彼女になった振りをしたが、肝心の岩田は僕に嫉妬や綾部さんを取り戻そうとする気配は全くなく、岩田の心理状況にも変化はない。
それが又、綾部さんをイライラさせていたのだった。僕の彼女だと学内で公表してみたりして、僕にダメージを与えて鬱憤晴らしをしているのだ。
一瞬目を丸くしていたセナさんは沈黙してる僕に視線を移し、それから綾部さんに戻す。
「あなたが坂本くんの彼女?」
「そうです!」
「坂本くんの様子からして、そうは見えないんだけどなー。本当に彼女?」
「そうですけど!」
「全然嬉しそうじゃないじゃない彼氏の坂本くん。
普通大学で一番人気の女が彼女だって自分から言い切ったら照れるでしょう。
嬉しくてニヤけるんじゃないの? あなたからは圧力しか感じてないんじゃないの、坂本くんは」
「な、何に言ってる。ちょっと山柿くん! 私たちは付き合っているわよねっ!」
綾部さんに睨まれ高速で首を縦に振った。
「ほら。本人が同意しているじゃない! 何か問題でもっ!」
綾部さんは必死に言い切る。セナさんは薄ら笑いを浮かべている。
「あなた、坂本くんのストーカーじゃないの?」
「ス、ストーカー……」
綾部さんが拳を握った。見たことがないぞ、こんなに怒っている綾部さんなんて。
屈辱の度合いは計り知れない。
「そこの露出狂が何かほざいていますが山柿くん。どうなの?
私はあなたの彼女でしょ。そうでしょ。熱が出たときもベッドで看病したわよね。そうよね。私たちはお付き合いしているわよね」
「ストーカーの特徴は、異常なまでの執拗さにあるわ。まさにあなたね」
「あわわわわ」
「失礼なっ! 私は山柿くんの彼女ですから絶対!」
「ふぅ~ん。そこまで彼女だと言いはるなら、ここでしてみなさい、キスを」
「ふえっ!!」
……キ、キス!
「そうねえ、ねっとりベロチューがいわね」
「べ……!!」
綾部さんが顔を真っ赤にして一歩身を引いた。頬がひくひくしている。
そりゃそうだ。いくら負けん気の強い綾部さんでも、勢いで僕と口づけなどできるはずがない。
しかし、強い。セナさんは強い。A∨女優最強か。
「あーっはっはっはっ! 化けの皮を剥いでやったわー。あーっはっはっはっ!」
見透かし嫌がらせのように仰け反って笑うセナさんを、睨みつける綾部さんは尋常になく怖かった。
そんな時。
僕の視界の端に小さな女の子の姿が映り込んだ。
セナさんの肩ごし、遠くTJスタジオ玄関前に停車しているタクシーから、母親らしき女性を追ってトテトテ階段を上がりビルに入ってゆく。
愛里だっ!!
後ろ姿だが、間違いなく僕の妖精愛里。
懐かしい……。二ヵ月ぶりだろうか。
ああ……、でももう見えなくなってしまった。
喧しい女たちの邪魔がなければ、愛里に偶然を感じさせる出会いを演出できたものをと、恨めしく思いつつ、もう見えなくなった愛里の残像を噛みしめた。
「ちょっと、さっきからどこ見てんの!」
セナさんが悪戯(いたずら)めいた顔で視線を遮(さえぎ)った。
「さあ、ゆくわよ!」
僕の手を引き、どろどろと黒いオーラーを纏っている綾部さんにゆるく「文句ないわよね。では、ごきげんよう~」と会釈してスタジオに向かう。
振り返ると綾部さんは、悲しそうな、不安そうな顔をして僕を見ていた。
急に昨日メールを思い出した。
『困っている』と文面にあったが、本当に困っていたのではないだろうか。
いつもオオカミが来たと言っていた少年が、マジでオオカミが来ても誰も信じて貰えなかったのと、今が同じになっているんじゃーないだろうか。
大学が別々になって、益々綾部さんと岩田の2人は会う機会が無くなっていた。
綾部さんは僕に会うためと名目をつけては寮にやってきて、同部屋の岩田と僅かな話しているくらい。
まあ、それでも本人は嬉しいんだろうけど、ついに、岩田のことで急を要する何かが起きて、それで僕に頼みがあったんじゃないだろうか?
戻って話そうにも、僕はセナさんに腕組み、巨乳押し付けがっちりホールドされていて気持ち――――いやいや身動きが出来ない状態だ。
ちゃんと言えばセナさんは放してくれるだろうが、こんな気持ちい――いやいや、とにかくごめん。綾部さん。
後でメールで悩みは聞くから。
「どうしたのっ! 前を向いて!」
振り向いていた僕は、セナさんに握った手を揺すられて制され連行されてゆく。
「坂本くん、あんた前もここにいたわね。どうせ役者かアイドル目当てなんでしょ? ヲタクっぽいもんねあんた。
もうしゃーない。なんなら協力してあげようか?
今日ウチはTJスタジオで打ち合わせ。あんたも知っている監督とよ。だから、このままあんたを同じ事務所の人って事でスタジオの中へ連れて行けるわ。どう良い話しじゃない?」
愛里の入っていったスタジオへだって?
言葉に詰まってしまった。
セナさんの言う通りだったらとてもありがたい。あの警備員の見張りを気にすることなく、堂々とスタジオに侵入、愛里に会うことが出来るじゃないか。
だけど話しがうま過ぎないか?
「あの……。本当に良いんですか?」
セナさんは色っぽく唇を舐めてから人差し指を立てた。
「ただし、条件があるわ」
条件……。
ひどく勿体ぶった言い方に悪い予感しかしない。
またあのSM撮影の依頼か、今度は本番か、A∨だったりして。
でも、それでも愛里に会うためだったら少々の我慢はできる。生愛里を間近で見れるなら僕は頑張れるのだ。
いいだろう。
愛里に会えるんだったら、サキュバスみたいなセナさんの要求を受けようじゃないか!
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