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☆犯人 

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 綾部刑事(綾部パパ)に恨みを込めた脅迫文書が届くようになってから半年。
 綾部宅に人を集めてなにかをする――つまりパーティーとかは今日が始めてだそうだ。
 犯行を行うなら、綾部刑事に一泡吹かせるなら、今日のような誕生会で娘を狙うのが絶好のチャンスだけど。

「まさか……」

 綾部さんが苦笑いしたが、岩田は真剣な表情を変えもせずハウスキーパーに眼光を向けていた。
 剣道の試合をする、竹刀を握っているのと変わらない。
 好きな男が疑っている――そのオーラは綾部さんにもヒシヒシ伝わったようだが、信じられない、いや信じたくないのだろう。

「ちょっと、何を言い出すのよ、ホント。冬坂さんごめんなさいね~」

「何を謝っている。謝るのはいきな失礼な要求をしている俺の方だ。
 だが、それも、そこのハウスキーパーにまず食べて飲んでから……。
 自分が作ったものだろう。
 さあ、立ってないで座ってくれ。
 食べてもらう為に用意した、そのケーキとジュースを胃の中へ入れてくれないか?」

 長くなるので結論から言おう。
 その後入ってきた綾部パパが状況を理解し、ケーキとジュースとハウスキーパーを連れて部屋を出ていった。
 折角の誕生会が台無しになるのを避けての事だろう。
 少しして、到底変わりになるとは思えない大きなピザが2つほど高野刑事(綾部さんのボディガード)によって部屋に運ばれ、更に遅れて、近くの洋菓子屋から買ってきたと思われるバースディケーキがまたまた高野刑事によって届いた。
 僕が脅迫文書の送り主がハウスキーパーの冬坂さんだったと知るのは、誕生会が終わり翌日になって綾部さんから「お知らせがあるから、さっさといつもの喫茶店に来なさいよ」と電話がかかってきたからだ。
 いつものって、いつも綾部さんと喫茶店に行ってないのだけど、と思ったが、一度だけ綾部さんと入った店の事だろうと、K大受験の合否発表日だったのだが急いで向かった。

 ◆
 
 喫茶店に行くと綾部さんは一番奥の席に座っていた。
 テーブルを挟んで向かいに座った僕は、やってきたウエイターにオレンジジュースを注文した。

「そういうわけよ。分かったかしら?」

 綾部さんは、愛里の誕生会が行われている間、綾部パパがどうやって自白に誘導したのかを事細かく自慢げに説明してくれた。
 半年間、手掛かりなく迷惑していた脅迫文書の一件を、解決したのがまるで自分たちのような言い方だった。
 
「よかったじゃないか」

「そうよ」

「岩田の読み通りだったというわけだ」

「そう。同時に岩田くんがどれほど私を好きなのか。それが明白になったわけよ」

 また不思議なことを言い出したぞ。

「何がおかしいの? いま笑ったでしょ!」

「いやいや。そんなことないって。二人とも微笑ましいなあと」

「怖い顔だから、無茶苦茶な顔だから分からないと思っているんでしょう」

「さらっと暴言吐いるんだけど」

「ごまかせないわ。私は読み取れるんだから」

 怖顔の鑑定師ですか?

「つまり私が心配だったからこそ、私に接触が多いハウスキーパーに感心があった。
 山柿くんから私が危険な目に晒されていると知って――ちょっと聞いている? なに携帯をいじっているのよ」

「ああ、聞いているって」

 そろそろ合否の発表なんだ。綾部さんだって気になるだろうに。
 携帯からK大学のホームページを再表示させる。
 すると、掲載の欄が新しく表示され、クリックして僕の受験番号を探すと……。

「あ、あった……。合格している……」

 念願のK大学に受かったんだ。

「あ、合格した」

 向かいの綾部さんもいつの間にか自分の携帯に注目していて、そう呟いた。
 綾部さんも合格していて、僕たちはお互いにおめでとうと言い合いをした。
 
 ◆

 春からK大生だ。
 大阪に住むことになる。
 つまりこの呉地市には夏休みとかじゃないと帰ってこれないわけで、

「ちょっと寂しくなるわね。親元を離れるって……」

「そうだな……」

「ふーん。……山柿くんって、愛里ちゃんが凄く大切なのね」

 迂闊にも綾部さんに、昨日の誕生会でこっそり撮影した愛里画像を、携帯に表示させて眺めていたのを見られてしまった。

「……」

「もう隠さなくったっていいでしょう? 凄く真剣な顔だったわ」

「ははは。僕がバカなだけだよ」

「私より大切なのかしら」

 ぶーっ! と口に含んでいたジュースを吹き出してしまった。

「じょーだんよ冗談」
 
 笑われた。意地が悪いな。

「小学生に本気で恋する。もし岩田くんが邪魔しなかったら彼女に出来るかもねー」

「なにをバカな……」

 そもそも愛里が僕に恋するか? 恋愛の対象で見るか?
 僕は鼻で笑ってそっぽを向いた。誤魔化したつもりだったが、綾部さんは僕を見ている。 

「でも羨ましわ。感情を表に出せるなんて」

「そうか? 普通だと思うが」

「いいえ。なかなか出来るものじゃない。私なんか卑しくて、変に屈折していて……」

 その通り、冷静に自分を分析できている。
 なんかいつもの綾部さんじゃないぞ。受験に合格して素直な性格になっているのだろうか?

「結局、私は誰からも愛されていないのね」

 それは言い過ぎだろう。いや、得意の言葉遊びをしているのか。
 綾部さんと会話をする時はどうにも警戒してしまう。

「あり得ないな。綾部さんは超人気物だ。男子の中には、綾部さんの噂ばっかりしているヤツもいる」

「だったら貴方と同じじゃない」

 は?
 不思議な事を言わないでくれ綾部さん。

「私のクラスの女子は、貴方の顔の恐ろしさを噂しているわよ」

 はいはい。それが落ちですか。

「あのなあ……全然嬉しくないんだけど」

「ふふふ……。あらそう」

 綾部さんが目を弧に細めて笑う。
 本当に楽しそうだ。

「私だって同じよ。好きでもない男子に噂されたって全然嬉しくない。
 どうせ外見だけ、上っ面だけで可愛いとか綺麗とかで騒いでいるだけ。そんな男子に興味はないわ」

「それは贅沢だと思うね」

 綾部さんは分かっていない。外見で……、顔で苦労している人間の苦悩を。 

「つまり貴方は私と同類ってわけね……、……決めたわ! 私貴方の彼女になる。本物のね」

「え――――っ!!」

 だから、なんでそうなる?

「そうして、決着をつけたいの。アイツと」

「あぁ、岩田か」

「ふふふ」

 うわっ。僕はダシかよ。岩田に対しての意地みたいなモンの。
 岩田に嫉妬させたいわけだ。悔しい思いをさせ、後悔させたいわけだ。
 性格悪いな~。

「貴方は岩田くんに邪魔されて愛里ちゃんを彼女に出来ない。
 私は岩田くんがバカだから彼氏にならない。岩田くんに妨害された者同士、もうくっつくしか残されていないとは思わない?」

「思わないって絶対!」

「どうして、どうしてなの? 敗北者同士が後々交尾するって日本古来の風習を否定するの?」

「どこの地方の風習ですか!」

「お勉強が足りないわねえ。まったく!」

 両手でW文字を作るパッツン美人。

「その異星人でも見るような目、止めてもらえます。だいたい無理でしょ僕たちが付き合うとか」

「あら? 学校の知名度で、ゼロを基準にグラフにすれば、向きは逆だけどほぼ同じ伸び幅だわ」

「こじつけじゃん!」

「しかも同じフィギュア好き。そして私は、処女」  

 ぶーっ! と再びジュースを吹き出した。

「なっなっなっ……!」

「貴方も童貞でしょ? ここまで似てたら、付き合うしかないわ」

「フィギュア仲間で異性と未経験者なら、五万といますけど!」 

「見せつけてやるんだから、あの忌々しい岩田くんに」

 結局岩田かよ。

「岩田くんと婚約……。正直嬉しかったわ。同意した彼も私と同じように想ってくれていたと。
 だけど、師匠の頼みだからってナニ? 冗談なんかじゃなく本気の理由がそうだってナニ?」

「あのお……嫉妬させる狙い……もう止めない? お互い大学生になるんだから……あ! そういや岩田はどうだったんだろ? K大に合格したんだろうか?」

 そう言って綾部さんを見たら、携帯の液晶画面で指をせかせか動かせていた。
 好きな男の合否ぐらい自分の次に真っ先に確認しろよ、と思ったら、はっと綾部さんの顔が青ざめた。眉を寄せて唇を噛む。
 まさか、やっぱり……落ちたのか? 
 そうとしか思えない顔色だった。
 元々岩田の偏差値だとK大は厳しい。それを無理してわざわざ第一志望にした。
 剣道の腕前から11月の時点でT大学への推薦入学があったのに、わざわざ蹴ってK大入試を選ぶ岩田を、僕は何故そんな勿体無いことを、と言ったことがあったが、今となってはあの時強くT大学の推薦を押すべきだったかもしれない。
 
「綾部さん……」

 綾部さんは言葉にならないようだ。
 せっかく自分がK大学に合格して嬉しくても、高校を卒業と同時に大好きな岩田と離れ離れにならない。
 メールや電話で繋がっていたとしても、お互い付き合っていると自覚していたとしても、距離は心を離してゆくものだと自覚いている。
 片道キップの僕ですら、愛里と離れるのは辛くて悲しいのだから。

「山柿くん……」

 弱々しい声だった。

「お、おう……。しっかりしろ綾部さん。岩田の第二志望は大阪のT大学じゃないか。受かれば同じ大阪に住むんだ」

 そう言ってみたが「私……私……」と呟くだけで、気持ちを切り替えて次を考えるほどの落ち着きがないのだ。
 気丈な性格の、いけしゃあしゃあと僕をいじっていた美少女が、好きな男子の不合格に動転してしまって声も出せない。
 親友が落ちたというのに不謹慎かもしれないが、僕はある意味滑稽にも思えてならなかった。
 やがて少しは落ち着いたのだろう、綾部さんはゆっくりと口を開いた。 

「山柿くん……私……知らないわ。岩田くんの受験番号……」

 おい……。 

 こら!

「流石です。綾部さん……」



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