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☆誕生会

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 3月9日。愛里の誕生日。

 綾部宅のリビングのボードには『お誕生日おめでとう!』とカラフルな文字で書かれ、壁はクリスマスのイルミネーションみたいに飾り付けされキラキラ明滅している。かなり豪華でロマンチックだ。
 そのリビングのソファーに僕と綾部さんは座っていた。
 向かいの愛里は白いワンピースにキラキラした羽根を背中につけて座り、岩田がその光景をカメラに収めている。
 
 愛里の誕生会は主役の愛里と岩田と綾部さんと僕の4人だけ。
 やはり他人の自宅で自分の誕生会をするのは気が引けたのだろう。愛里は友だちを招待しなかったのだ。
 
「これ、お姉ちゃんたちからのプレゼント」

「ありがとう。凄く嬉しい」

 愛里は綾部さんにお礼を言ってから、僕を見てニコニコ微笑んだ。
 愛里は誕生日に他人からお祝いされた経験が無いからたった4人でも嬉しい。 
 しかし、その『お姉ちゃんたちからよ』と渡したプレゼントだが、綾部さんは一切関与していない。
 僕が一人で選び悩んで買ったポシェットだ。 
 まあ、いいですよ。

 岩田が愛里の隣に座ってお誕生会は始まったが、岩田はあまり喋らず、僕も近距離に愛里がいるので動揺が激しく、何をどう話していいか分からず、会話はほぼ綾部さんがリードする形で進んだ。
 学校のことや好きな歌手、よく見るTV番組などなど、他愛もないことを訊いては話しを広げる技術は、流石に女子ならではのものだ。
 やがて綾部さんは意地悪っぽく口を歪め、核心部分に話題を振った。
 
「愛里ちゃんは好きな男の子がいるの?」

 僕を見てニッコリ微笑んでやがる。含み笑いである。
『さー愛里ちゃん、この勘違いロリコンに止めを刺して上げてねー』そう言われているみたいだ。
 はいはい。分かってますよー。つい先日スーパーで、愛里と付き合っているとほざく青い眼をした小学生に会ったばかりだ。
 当然、不純だろう、小学生にはまだ早い! と釘を刺しておいた。
 愛里は間違いなくモテモテの部類に入る。告白しても振られることなんかあるわけない。
 愛里が望めばどんな男子とでも付き合うことが出来るだろう。
 愛里に好きな男がいて、付き合いたいと願っているのなら応援しよう。もちろん小学生らしい健全な交際が前提だが。

「うんとね。……いちおう、いない……です」

 愛里がもじもじしながら、そう言って僕を見た。

「一応?」

「学校には……そういうのは……いないもん」

「ああ~。同級生には好きな男子がいないってわけね」

 愛里は顔をこっくんさせた。
 気のせいだろうか、愛里が何か言うたびに僕の顔を見てもじもじするんだが。

「じゃー。別の学校にいるのかな~、斬新ね」

「なっ、内緒だもん! そういうのっ!」

 愛里がほっぺを膨らませて赤くなっている。
 ちらりと僕を見て顔を伏せてしまった。
 そうか、僕がじろじろ見ていたからだ。

「わかったわ。もう訊かないわよ」

 愛里が長い黒髪を揺らしながらこくこくする。
 好きな男子の1人や2人いても変じゃない。
 言えないのは恥ずかしいからだろう。
 綾部さんは俺の顔を見て、ふーんと言った。

「じゃーさ。好きな男子のタイプはどう? これなら言えるでしょ」

「えーと、そ、そうですね……」と、愛里はおどおど岩田の顔を伺う。
 やはり厳格過ぎる兄が気になるんだな。
 過去に何人愛里に寄りつく男子を追い払っただろうか、妹の自由を奪っていることに気づかないのか、岩田は。
 友人を自宅へ呼べない規則にしてもそうだ。岩田家はおかしい。変わっている。

「じゃー言います。好きなタイプは……少し怖いけど、あたしの為に一生懸命で……」

 愛里はやっぱりチラチラ僕を見ていて、やっぱり顔が怖いのだろうか、違和感なのだろうか。
 優しい子だから今まで我慢してくれたのか、それとも……。

「勇者さまみたいに正義感が強くて……少し無口で……年上で……」

「あれ? それって……」

 愛里がビクンと身体を起こした。
 そうだ。その条件に当てはまる人物は――――、

「岩田くんじゃないの?」

 間違いない。
 無口で年上で、愛里の為だったら誰だろうと斬る。

「もう兄妹仲が良いんだから~」

 ケラケラ笑う綾部さんに、愛里は笑ってため息を漏らした。
 ジュースをちびちび飲んでいた岩田がニヤケている。
 自分が愛里の好きなタイプ。
 即ち、好きだってこと。勝ち誇ったみたいに、頷いて喜んでいやがる。なんか腹立つ。
 だが兄を想う妹の素直な心をどうすることもできない。
 愛里が僕をチラチラ見ていた理由を、1000分の1でも良い……恋じゃないのか? 
 なんて都合の良い解釈をしてしまっていた自分を恥じた。
 
「では、山柿はどんな女子が好きなんだ?」

 岩田が突拍子もない質問をしてきた。
 だが話しの流れが恋話だから至って自然ではある。
 僕が愛里に興味があると知っているくせに、どう返答するか見ものというわけか? 
 正直に目の前の愛里だと言ったら、ぶっ殺されるだろな。
 
「ああ……そうだな」

 綾部さんがコホンと咳をして、スカートの裾を直しつつソファーに座り治し僕を見やった。
 わざとらしい。愛里みたいに、自分の事を回りくどく好きと言えってわけか? 
 岩田に見せつけたい気持はわかるけど、逆効果だと分からんか。残念ながら岩田の気持は綾部さんには向きそうにない。
 
「じゃあ、言おうか。僕が好きな女の子のタイプ……」

 3人にじとーっと注目され、特に愛里は自分の話題でないからだろう、ホッとしつつ、他人の恋話に(こんな怖い顔のお兄ちゃんはどんな女の子を狙うのか)眼をきらきら輝かせていた。

「どんなタイプっていうか、僕が好きな女性はキラキラ輝いている子が良いかな」

「は……? なにそれ、抽象的過ぎじゃない。もっと、こう分かりやすく、髪はサラサラで前髪パッツンが好みだとかあるでしょ?」

 なに自分限定で言ってんだよ。
 愛里が口を押さえてクスクス笑った。
 可愛い……。

「ちょっとなに山柿くんまで笑ってるのよっ! ちゃんと言いなさいよ、ちゃんと!」

「あー、はいはい。分かりやすくね……。そうだなあ~。
 髪は長いほうが良いね。全体的に妖精のような透明感があって、自分に正直で無邪気な性格が良いかな」

 綾部さんが満足げにうんうん頷く。

「ちょっと褒めすぎじゃない、まあ、嬉しいけど」

 自意識過剰とはこのことか。
 愛里は『すごいなぁ』としみじみ呟いている。自分のことなのに、言葉通りに受け取ったようだ。
 
 君は僕の本当の気持ちに気付いてない。幼くて、あまりに歳が離れ過ぎているから、もし『好きだよ』と直接言っても理解できないだろう。
 薬を用意してくれたり、心配してくれたり、ありがたくて、嬉しくて、だからついつい愛里も僕を好きなんじゃないかと……、なんて、有り得ない期待をしてしまう。
 愛情では無いことくらい十分承知してるはずなのに。
 ……それでも僕は。

 向かいの岩田の眼が座っている。
 バレたようだ。流石に妹の誕生会をぶち壊すような発狂モードにはならないだろう。 

「もう……本当に……あなたってバカね」

 綾部さんがここぞとばかりに、僕に腕を絡めた。岩田を見ている。挑発だ。

「へ?」

「そういうのは、私と二人っきりの時に言うものなの。ときめいちゃった♪」

 おいおい。
 顔が近い過ぎです、綾部さん。胸が接触していますって! 
 愛里がぽかーんと口を玉子型に上げているじゃないか。
 止めてくれ! 目の前に愛里がいるんだぞ。愛里に見せつけてどうすんだよ。

「ほう……。2人はそういう関係に進展していたのか……」

 見せつけるべきはずの岩田だが、表情に変化なし。まったく脈なしだよ綾部さーん。

「ふふん! 悪いかしら?」

 いじわるっ子みたいに笑った。

「別に……」

 綾部さんは作戦を変えるべきだ。これじゃ岩田は嫉妬しない。僕たちの仲を歓迎するだろう。
 恥を忍んで岩田にすがりつく。
『好きなの――っ!! ずっと前から好きだったのーっ。付き合ってくれないと私死んじゃうー』と泣き落しで迫る? 
 岩田は優しいからボランティア感覚で交際スタート。綾部さんがするわけないか。

「ラブラブなんですね……」

 愛里がぽつりと漏らし「うらやましいなぁー、あたしにも山柿お兄ちゃんみたいな素敵な彼氏が出来るといいなぁ~」と続けた。

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
 
 山柿お兄ちゃんみたいな素敵な彼氏。
 素敵な彼氏。
 素敵。

 聞き間違いじゃない。永久保存的な発言じゃないか! 
 動画撮影していればよかった。

「ちょっとちょっと山柿くん!!」

 綾部さんに顔をぺしぺし叩かれ、僕は「ふえっ?」と情けないアニメ声を出してしまった。

「見過ぎ見過ぎ。愛里ちゃんを見過ぎだって!」

 ハッと気づけば、愛里は小さく下を向いていて、今まで僕を見て怖がる女の子と全く違わない反応、すなわち肩をすくめて縮こまりぶるぶる震えていた。
 怯えきった少女――そう思えてしまうほどに萎縮している。
 隣に座る岩田が愛里をかばいつつ拳を握りしめ僕を睨んでいた。

 僕は……。
 僕はいったい……どんな顔をしたのだろう。 
 分かるのは凝視してしまった事。己の怖顔を忘れて……。
 女子なら嫌悪感を抱くこの顔で、少なくとも睨んでしまったことになる――愛里を。
 僕に怖がらないからすっかり安心していたのだけど、今は手の届く距離だ。いかに愛里でも……。
 ふいに、心臓をわし掴みされたような苦しみを覚えた。
 いままで愛里は我慢していたのか? 兄の親友だからと調子を合わせて……。さっきだって社交辞令か。
 愛里のイメージがガラガラ崩れてゆく。あれもこれも、愛里と過去にあった全ての喜びに疑いが湧き上がる。
 信じたくない。何かの間違いであってくれ。 
 誕生会に僕なんかが、嬉しげにのこのこお邪魔すべきではなかったのか。

「ご、ごめん……」

 急いでポケットから防寒マスクを取り出し被る。
 この顔がいけない、この顔が。全ての悪がこの顔だ。迷惑をかけるこの顔を隠さないと!

「あ――――っ!! それっ」
 
 突然愛里が立ち上がった。

「被っちゃダメ――――ッ!」

 幼い顔は真剣そのもの。さきほどの怯えた感じはなく、力強いソプラノの声に、僕はマスクを被りかけたまま停止した。

「お誕生会なのに、山柿お兄ちゃんのお顔が見えないのは……嫌」

 え? とその場にいる誰もがそう声を漏らした。
 僕の顔が見えないのが嫌? 
 僕の顔が怖いから怯えたんじゃないのか? 
 さっきの愛里の態度は意味が違うと言っているのと同じ。じゃあ、何だったんだ?
 何であんな怖がっているみたいに――実際は怖がっていないのなら、何だというんだ?

「ど、どうしちゃったの愛里ちゃん」

「え? あっ…………いえ、ななな、なんでもないんです」
 
 顔を真っ赤にした愛里が慌てて着席した。
 綾部さんも理解できないって感じで、さっきよりも小さく俯いてしまった愛里と僕を見比べた。
 どうして顔が赤い? 耳まで真っ赤じゃないか。
 兄さん以外の大っきな人にじっと注目されて、恥ずかしがっているのかとも思ったが、僕を睨む岩田の只ならぬ形相が、妹の大切な部分に触れてしまった僕を呪っているように思えてならない。
 岩田は分かっているのだ。この愛里の考え、思い、反応、行動の全てが。
 なんだ? なんだ? さっぱり分からない。
 綾部さんも不思議そうにしている。
 そんな最中に、静かにドアが開いたと思ったら、女性が一人、ケーキとジュースを持って部屋に入ってきた。

「あっ! 冬坂さん。お世話になります」

 ハウスキーパーの冬坂さんだった。綾部さんが労う。部屋の飾り付けも料理も、全て冬坂さんに手伝ってもらったのだ。

「い、いえ……」

 言葉少なくテーブルにバースディケーキと、ジュースが入っているグラスを4つ置き、そのまま踵を返す。
 
「あ……。冬坂さん? 少し待ってくれませんか……」

 岩田が珍しく発言したので、皆んな注目する。
 
「よかったら、少し食べてもらえませんか? そのケーキ……。ジュースも……」

「……、……え」

 面食らったのか冬坂さんは立ち尽くす。

「どうしたの岩田くん?」

 不思議がって訊ねたが、返事をせず岩田はじっとハウスキーパーを見据えたままだ。
 
「ほんと。どうしたんだ岩田?」

「いや……お前の話しを聞いていたから神経質になっていたのかもしれん。
 ……ただ、あのキーパーさんが緊張しているから不審に感じただけだ」

 神経質……。つまり脅迫文。

「なに? 言っちゃったの、山柿くん!」

「ごめん。心配だったから」

「ダメじゃない。もーっ! ごめんなさいね冬坂さん」

「……いえ。……それでは、私はこれで……」

 立ち去ろうとするハウスキーパーの冬坂さんを、岩田は再度止めた。

「すいません。部屋を出るのは、食べてからにして貰えませんか?」





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