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◆例外・綾部トモコ視点

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 ◆ 今回は、綾部トモコさんの視点で書いてます ◆

 
 結局、愛里ちゃんの誕生日会を何処で行うのか決まらないまま、私は岩田くんに『またね』と告げて家路についた。
 本当に『またね』であって欲しい。もう高校の授業は終わってしまったから、次に岩田くんと会うのは卒業式までない。
 仲直りのチャンスだと期待していたK大入試も、事前に岩田くんの宿泊するホテルを調べ私も予約して、さり気なく私の部屋番号を教え、山柿くんを部屋に呼んだりと、堅物の岩田くんが抵抗なく私に近づきやすい設定を組んであげたのに、岩田くんは来もしなかった。
 これ以上は無理。
 私としてはかなり妥協したつもり。アプローチしたはず。
 口喧嘩するつもりなんか無いのに、いつもいがみ合ってしまう。
 愛里ちゃんの誕生会を口実に仲直りを模索してたけど、岩田くんが『山柿と綾部は呼ばない』と言い切った以上、参加するのは難しい。岩田建成はバカがつくほど頑固だから。
 
「ここでいいかな。お疲れ綾部さん」

 自宅まで送ってくれないの? と冗談で山柿くんに言ったら、本当に自宅マンション前まで送ってくれた。
 山柿くんはバカがつくほど優しい。もし顔が怖くなかったら女子から大人気だろう。
 
「ありがとう山柿くん。お礼がしたいわ。私の部屋に来ない。パパが貰った紅茶があるの」

「えっ……! 僕が部屋に上がるんですか」

 山柿くんがドキッとした。浅黒い顔だから表情が分かりにくいけど、慌てている。
 おかしい。
 少しふざけただけでも真に受けて反応する。真面目過ぎる性格だから、つい意地悪をしてしまう。
 
「あら、変かしら? 外国の土産をごちそうしたいだけよ。それとも……まさか部屋と聞いて、私の寝室をイメージしたとか……?」

「そそそ、そんなことあるか!」

「そうよね。真面目な山柿くんが、いやらしい想像をするわけないものね」

「……、……」

「じゃ、付いてきてちょうだい。……あらどうしたの?」

 訊けば私の家族、特に母親が自分の顔を見て驚かないか心配で、マスクを被るのがいいか考えていたという。
 くだらない。驚いたら驚いた相手の問題で、山柿くんは全然悪くない。全く気にする必要はないのに。
 イライラしたので、マスクを取り上げてマンションの中に逃げた。
 ボタンを押してエレベーターを待っていると、「困るなあ~」と山柿くんが苦笑いで追いかけてきた。
 何をやっても怒らない。良い人を通り越している。だから私もだけど、女子は意地悪してみたくなる。

「ママはいないわ。離婚したのよ。それから私は一人っ子」

「そうなのか……。ごめん」

「その顔は、外で自我を通し自宅で孤独で寂しい私を哀れんでいる顔ね。
 でも残念、気をつかう必要はないわ。離婚は私が小2の時で、もう感傷に浸ることもないから。家事全般はハウスキーパーがやってくれるし、今はとても快適よ」

「そうか……」

 説明したのに、私を見る目がしんみりしていた。
 山柿くんを招いたのは間違いだったか? 
 エレベーターに乗り込み、それでもマスクを被って怖顔対策をする心配性人間を、少し腹立たしく、そして有りがたく思いながら見つめた。
 岩田くんが好きなのは私。私が好きなのは岩田くん。
 相思相愛なのだけど……、だけど、一緒にいて和むのは不思議と隣のロリコン……。
 なんでだろう。
 山柿くんとだと自然体でいられる。リラックスできる。だからだろうか……。
 
 ◆

「おじゃましますー」

 山柿くんは玄関ドアの瞳孔指紋認証システムにひどく感心しながら、家に上がりリビングのソファーに腰を下ろした。
 私がキッチンで二人分紅茶を入れ、洋菓子を添えて持ってゆくと、キョロキョロそわそわしていた。

「あの……ハウスキーパーさんは……?」

「そうね、今日は午後6時から来るわ」

「えっ!!」

 この家に私と二人っきりかと心配しているみたい。
 もう……笑いそうになる。
 普通女性側が心配することなのに。山柿くんが何かを起こさない限り、安全でしょうに。
 面白いから山柿くんの隣に座って密着してみた。予想通りに慌てて距離を取る。
 だから「家の中では、マスクを取りなさい!」と頭の天辺のチョンと出たぽんぽんを引っ張ろうとしたら、意外にも抵抗する。二人ソファーでやり合い、密着して横になってしまった。荒い息が顔に降りて、これは流石にまずいかな、と思ったら。
 
「騒がしいな。エクササイズなら専用の部屋があるだろう、トモコ」

 突然入室してきたパパが私たちを見て驚いた。
 覆面を被った見たこともない大男が最愛の娘に覆いかぶさっているこの状況は、もうレイプ。自宅乱入レイプ。
 セキュリティ完璧なこの自宅に入り込むのは、少し考えれば無理と分かるのに、冷静になれるはずはない。
 速攻で床に正座し「おおおおお、お邪魔しています、同級生の山柿と申します」と安全性を説明する山柿くんに、パパは取り出したリボルバーの安全装置を外し照準を向けた。
 
「最近の若者は、訪問するなり襲うのがトレンドか?」

 ちちちゃいます――っ、と引きつる山柿くんは、御用になった悪人の面だ。

「違うわパパ。彼は本当に同級生。ほら、いつも話してる山柿くんよ。私がフザケていただけ」

 そう言ってマスクを剥いで、「ほら話してた通りに怖い顔でしょ、ねっ!」
 順序立てて話すと落ち着いて納得してくれた。山柿くんが改めて挨拶し、それにパパが応えた。

「私が悪かったわ、パパ。脅迫でピリピリしているのに……。山柿くんを先に紹介すればよかったわ。ごめんなさい」

 パパがしかめた顔をする。
 あ……、しまった。半年前から郵送される脅迫文書の事は秘密だったわ。
 山柿くんが怖い顔を更に怖くさせ、「脅迫……」と反芻した。
 もう隠しても無駄みたいね。

「それよりトモコ? 山柿くんはもちろん歓迎するが、岩田くんはどうした? 一緒に受験から帰ってきたんじゃないのか?」

「ああ……。そうね。一応誘ったんだけど、妹さんと都合があって。また今度呼ぶから心配しないでパパ」

「そうか。彼はワシが見込んだ男だ。絶対に捕まえておけよ。わっははは」 

「そ、そうねえ……」

 くう~~っっ! 山柿くんを連れて来たのは失敗だったわ。
 今日に限ってパパが非番で、家にいるのを忘れていた。

 ◆

 私の部屋に山柿くんを招いた。
 まだ、パパと岩田くん以外誰も入れてないプライベートの部屋。
 山柿くんは20畳ある部屋の広さと、壁際のコレクションケースに並んだフィギュアの数々に感心していた。
 呆れてヲタク呼ばわりした岩田くんとは真反対じゃないの。

「それはそうと山柿くん。見たでしょ、私のバッグの中身を」

「うっ…………、…………」

「なあに、この長い間(ま)は。罪悪感で返事が出来ないのかしら。それともしらを切る目論見(もくろみ)?」

「えっと、あの、その……」

「無駄よ。貴方が居なくなってからバッグを確認したら、フィギュアの向きが変わっていたわ」

「すまんっ! つい……」

「やっぱりね」

「えっ?」

「そんな気がしたのよ」

「引っ掛けだったのか、こすいぞ綾部さん」

「山柿くんが風邪で寝ている時に、部屋のパソコンの回覧履歴を拝見させてもらったわ。
 フィギュアをお勉強しているようで、もしかしたらって……」

「……、……」 

「あら暖房が強いかしら、汗が滲んでいるわ」

 山柿くんの額をふきふきしてあげる最中、ずっと引きつった情けない顔をしていた。

「山柿くんの部屋にあるクローゼットが怪しいわね。フィギュアがずら~りあるんじゃないの?」

「……」

「だから、私の趣味を無視できないかと。バッグからフィギュアが少し見えたら、貴方ならまず見逃さないと思ってね。やっぱり飛びついたわけね」

「趣味が悪いなあ……」

「同胞の確認をしたまでよ。あれはキリストの踏み絵になるの」

「フィギュアに飛びつくか否かで、フィギュアヲタクを見極めたというわけか」

 すっかり観念した山柿くんは、彼女たちと呼ぶフィギュアの事を自白した。

 やがて、関心は綾部家への『脅迫文書』の事になる。今度は私がカミングアウトする番だ。流石に誤魔化せる内容では無い。
 只ならぬ事が起きていると自覚する山柿くんに、「誰にも言わないで! 秘密にして欲しい」と念を押してから、半年前から送られてくる脅迫文――パパが過去に挙げた犯人からの嫌がらせ――、たぶんそうだとパパは睨んでいることも合わせて説明した。

「送り主の目星は何もついていない。
 郵送される封筒の消印は場所を特定されないようランダムで投函され、筆跡もよくあるプリンターを使用している。ただ、過激な内容――つまり私やパパの命に関わる事を仄めかすわりには、何も行動を起こしてこない。
 ただ、こちら側を動揺させてほくそ笑んでいるだけなのか、私のボディガードが手薄になるのを待っているだけなのか……」

「そうか、それで高野さんを」

「やっと納得した?」

「彼氏がどうとか僕がどうとかで、刑事を見張りにつけるのはおかしいとは思っていた」

「当たり前じゃない。ふっ……ふふふふ」

 そうだな、と笑う山柿くんと一緒に笑う。
 どうして岩田くんとこの感じにならないのか。悔しくなる。山柿くんの爪の垢でも飲ませたい気分。
 そうすれば少しは私に優しくなるだろう。

「こんにちは♪」

 ノックして私の返事を待って入ってきたのは、ほっそりとした小柄な女性。ハウスキーパーの冬坂さんだ。

「お客様ですか。ごゆっくり」

 笑顔で挨拶し、夕飯のリクエストと直ぐに飲み物がいるのかどうかを訊ねてから、キッチンへ戻った。
 やがて会話はフィギュアに戻り、流石に集めているだけあって、私のマニアックな話しも付いてきた。
 逆に知らない事のほうが多い。愛里ちゃんもフィギュアが好きだという事もわかった。
 
「へーっ。どうして、そこまで知っているの?」

 意地悪く訊ねてみたら、案の定テンパった。楽しい人だ。

「愛里ちゃんは山柿宅によく行っているから、見せてもらったわけでしょう。それで好きになった。違う?」
 
 そうそう、と首を縦に振って同意する。
 黙ってたら不良でもビビリそうな山柿くんなのに、私女なのよ? ほんとにも~。
 そこでピンときた。

「そうだ。この部屋で愛里ちゃんの誕生会をしない?」

 岩田くんも付いて来るだろうから、パパに対しても好都合だ。それに上手く仲直りできるかもしれない。

「どうだろう。岩田が納得しないと思うが」

「関係ないわ。私たちが勝手に誕生会をするのよ。そして愛里ちゃんを招待すればいい。
 岩田くんは自宅で細々とするなら、こっちはこっちでするのよ」

「……綾部さんらしいな。でも、いいのか、自宅を使って?」

「パパは私が頼めば絶対OKよ。ここなら部屋は広いし、愛里ちゃんのお友だちを呼んでも大丈夫」

「いや……フィギュアはどうする? 隠すか? このままだと知られるぞ……」

「不思議なことを気にするのね。美しいフィギュアを飾って何かおかしい? 美しいものは美しい。
 嫌悪感を抱かれたなら、仕方がないわ。人それぞれだから。この部屋は私の部屋。フィギュアは私の好みよ。
 他人と少しだけ好みが違っていたからといって、標準に合わす必要がどこにあるの?」

 外国人並の身体つきの男子は岩のように立っているだけ。

「顔を隠そうとする山柿くんに言っても無駄かな?」

 流石にカチンときたのか、ロリコン男子は顔をしかめた。
 だけど怖さのレベルに変化はなかった。



 
 

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