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★兄さん考察

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「お兄ちゃんが悪かった。本当に悪かった――っ!!」

 あれから直ぐに飛んで来た兄さんに連れられ、あたしは家に帰りました。
 リビングのソファーに向かい合って座り、兄さんがあたしの為にと作ってくれたホットカルピスを「ふーん」なんて不満気にちびっと飲んではテーブルに戻しました。
 兄さんはポーカーフェイスなんて呼ばれているみたいですけど、今はその片鱗もありません。
 中々戻って来ないご主人さまを待つ飼い犬みたいにオドオドしちゃって。だから意地悪しちゃいます。

「愛里の誕生会には、羽沢くんは絶対に呼ばないからね。もう大丈夫だから。機嫌なおしてくれないかなー」

「このカルピス……」

「どうしたんだい?」

「このカルピス……うすい。薄すぎるもんっ。
 あたしもっとこいーのが、いーんだもん!!」

「そうかそうか。じゃお兄ちゃんが原液を加えてやろう」

「いいもん。自分でするもんっ!!」

 兄さんが立ち上がった後からでも、あたしはコップを持って冷蔵庫まで行き、勝手に取り出した原液をとぷとぷ追加しちゃいました。
 兄さんは困ってしまって、どうしていいか分からないのでしょう、オロオロしちゃっています。
 あたしはこっそりくすくす笑い。
 ごめんね兄さん。お返しでーす。いいでしょうこれくらい。 

「そうだ。来月の誕生会には愛里の意見も聞き入れて、知り合いを何人かこの家に招待してみようじゃないかっ!
 母さんにはお兄ちゃんが説明しとくから。どうだい? 
 いやーっ凄いなーっ。今年の誕生会は楽しくなりそうだなーっ」

 えっ?? ほ、本当にっ。
 お友だちをお家に招待できちゃうなんて。
 ぃやった――っっ! と内心ではぴょんぴょん飛び上がってしまって。
 いいのかしら、弱みに付け込んだわけじゃないだけど、でも結果的にそうなっちゃっているけど……。

「嬉しくないのかい、愛里?」

 ニマニマ込み上げる喜びをキリリと顔面補正。じぃ~~っと堪えていたのです。
 
「そんな事ないもん。嬉しいに決まっているもん!」

 幼稚園児みたいに直ぐに顔に出したりしたら、誕生会の招待がご破算になってしまいそうで、
 いえ兄さんが一度口に出した事を反故にしたことなんか今までないのですが、
 それでも、それくらい、お友だちをこの家に招待できるなんて素敵過ぎたのでした。

「そうか……。
 じゃそろそろ、ご機嫌をなおしてくれないかな」

「まあ……いいけど……」

「ありがとう愛里」

 兄さんが側にやって来て、あたしの長い髪を頭から背中へと撫でました。
 すると突然着信。兄さんは取り出した携帯を耳にあてます。
 
 どうやら前回同様にあたしを探す為にあちこち手配したらしくて、通話を終えてからも『現在愛里ちゃん見つからず』の一報が続々と兄さんの携帯を鳴らしておりました。

 やれやれです。
 妹として嬉しいやら、恥ずかしいやら。
 町内の知り合いの皆さんに、『よく行方不明になる妹さんだなぁ』なんて笑われちゃってます。きっと。

 しかし、それにしても意外です。
 兄さんはぼっちのはずなのに。
 いざとなったら、こんなに多くの人が兄さんの呼びかけに応えてくれるわけですから、真剣に助けてくれるのですから。
 兄さんって全然ぼっちなんかじゃないのかも。むしろ人気者? 
 高校剣道連全国大会で優勝争いをする剣道の実力者だからかもしれません。
 町内に住む剣道部OBの方たちや道場の家族の人たち、それに商店街で働いている特に女性の人たち、更には近所のおばさまたちには可愛がられているようです。
 そういえば兄さんが走り込みをしていると、欠かさず『がんばってるねー』とかの声援がかかったりしていました。
 同じ高校の女の子からは人気があると聞きます。告白もされまくっているそうです。(兄さんは冷たく断り続けているそうですが)
 
 やっぱりこれって、全然ぼっちじゃないですよね? 

「兄さんって……」

「ん? どうした」

 だから訊ねてみました。

「兄さんって、お友だちがたくさんいるの?」

 一瞬だけピシッと強張った表情から、やがて含み笑いになり兄さんは口を開きました。

「そうだなあ、愛里。知り合いの事を友だちと呼ぶんだったら、もの凄く大勢いるけど、仲がいい友だちだって言うんなら、それは……ひとりだな」

「そうなんだ……」

「その《ひとり》って……この前ここへ来た山柿……さん?」

「まあな」

 やっぱり。絶対にそうでしょう。うんうん。
 でも前から不思議ではあったのです。どうして兄さんが……。

「あのね。あの山柿さんと兄さんが、その……お顔がね」

「怖いって言いたいんだろ。みんなが嫌うのにどうしてと」

 兄さんは人を外見で判断するような事はしません。
 ですがたくさんいるお友だちの中で、山柿さまだけが《仲がいい》にまでになった理由が知りたいものです。

「山柿の顔は、びびるほど決まっていると思う。あれが戦う真の男の顔。サムライだった頃の日本男子の顔だろう」

 戦う。誰と? よく分からないですが、凄いと言いたいのは伝わります。

「それに、ヤツはくそ真面目な性格をしている。真の男ならではの性格だ」

「そうなんですか」

 うんうん。納得。兄さん分かってます。

「兄さんはな……、やつが側にいると心が和むんだよ。
 真っ白な夜桜を愛でているような気分に似ている。
 つまりだな、一人の男として憧れているわけなんだよ」

「うんうん!」
 
「ヤツはなよなよした男どもと比べて、はるかに上を歩んでいる。
 ヤツ自身が自分の顔でコンプレックスを感じているのが残念だが、俺が出来る限り一生サポートしてやるつもりだ」

 そこまでとはっ! 
 一生サポートって……。あたしにも美咲がいますが、そんなに強く思った事なんか全然ないですから。
 兄さんと山柿さま……す、凄すぎですっ。

 兄さんは拳を胸の位置に掲げたまま、じーんと感慨深く目を閉じています。

「あの……兄さん兄さん? じゃ、女の子に冷たいのはどおしてなの?」

「女だと?」

 ギクリ……。
 お顔が険しくなっちゃいました。
 あわわわ。地雷だったのでしょうか。

「連中には興味はない」

 連中……。

「男の外見だけできゃあきゃあ騒ぐやつばかりだ。
 ほっておくに限る。ただし巨乳の女は別だ。ふくよかな胸には大きな愛があるからな」

 ……巨乳。
 自分の胸に手を添えました。

「あっ! 違うんだ。愛里は全然OK! その胸でもう十分だから」

 その胸……。
 ぐすっ……。

 それから兄さんとは丸一日口を利きませんでした。





 数日が経ち、いよいよ明日がK大入試。
 今日のお昼から大阪へ行く兄さんに「がんばってねー♪」と一声かけて、いつもの時間に家を出ました。
 
 勇者さまにも、あたしの愛と共にがんばってねポーズを見て頂きたくて、今日こそはと思いながらも、山の上公園に上がったのですが、やっぱり勇者さまの部屋のカーテンは閉じたまま。
 山柿家の玄関を叩いてみようとも思ったのですが、出てきたおばさまに何と言えばいいか。
 やっぱり止めにして、見える勇者さまのカーテンに向かって、両手を合わせてお祈りしました。

 それにしても、もうあれから五日も勇者さまのお顔を拝見しておりません。
 あぁあぁ……。
 あたしの体内でやまが菌の禁断症状が起きそうで危険なのです。


 
「おはよう」「おはよう」「おはようございまーす」「おっす」

 学校へ向かう道すがら挨拶を交わすお友だちに混じって、「おはよう岩田さんっ」

 ぽーん、と背中を叩かれて振り向くと、短い茶髪をなびかせた青い瞳の小学生が微笑んでいました。

「なんのご用ですか? あたしはあんたなんかと話しませんから。ふんっ!」

 ブラックを近くに見るのは、あのスーパー以来でしょうか。
 最近では教室を覗きに来なくなっていたし、ブラックが兄さんと同じ道場に入ったのはもうどうする事もできませんが、兄さんはブラックを二度と家には連れて来ないと約束してくれました。
 その事はブラック自身も兄さんから聞いていて知っているはずなのに……。
 
「挨拶くらいいいじゃん。岩田さん」

 あたしの中ではかなりキツく言ってやったつもりなのに、不敵な笑いが消えません。

 うーん。
 こういう手強いヤツでしたブラックって……。
 改めてひしひしと感じる変人力。とことん最低な男です。

「あたしに近寄って来てもいいのかしら、スーパーで約束したわよね」

「あぁ、したさあ。でもね。今日からお兄様は大阪なんだろう。それに、あのフランケンもね」

 知ってるんだコイツ。兄さんたちが不在ですって……。
 知ってて嬉しそうに薄ら笑い。

 ――ゾク。

 と毛が立つ感触。
 不在の間は約束は無効。目の上のたんこぶが無いから自由にするってわけなのです。
 今まで大人しくしていたのは、これを狙っていたから……。

「何が言いたいのよっ!」

「怒んないでよ。大学受験頑張ってと言いたいだけだって」

 ブラックはニヤニヤ笑って、「じゃ、後でね」と駆けて校門をくぐりました。


 
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