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★兄さんと

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 スーパーから帰宅してリビングに入ると、兄さんがソファーに寝そべっていました。
 そうでした。兄さんも今日から受験日まで猛勉強するのでしたね。丁度休憩しているのでしょう。

「お帰り愛里」

「たっだいまぁ――――っ!!」

「おお! 元気だな。いい事でもあったのか?」

「うん。ちょっとだけーっ♪」

 うきうきは止まりませんよーだ。でも理由は教えません。
 日本刀で勇者さまを追いかけそうですから、うふふふ。

「そうそう今日な。呉地道場に行ってきたんだ」

「へー」
 
 なにやら楽しそうに話す兄さんを横目に、キッチン脇に掛かっているあたし専用のミニエプロンを首から通しました。
 今日も帰りが遅いママに変わって、あたしが簡単な夕食作りですーっ。 

「一緒に連れて行った羽沢耕司くん。なかなか筋が良いんで驚いたよー」

「はいっ??」

 ちょっと兄さん、今なんて……。
 首に掛かったエプロンの紐が混んがらがったままだけど、そんなの構いません。

「本当に連れてたんだ……道場に……」

「ああ、そうだけど? 耕司くんも剣道をしたがっていたし、ちょうど春で初心者が入ってくる時期だからね」

 最悪です。
 山柿さまの快心の攻撃でブラックを退けたというのに、わざわざ招き入れるようなマネをするなんて……。

「師匠も生徒が増えて喜んでた。いやー、良かった良かった」

 あぁ……兄さん。全然良くないんですけど。
 
「耕司くんはハキハキしていて誠実そうで、それにイケメンだ。なかなかいないぞ、あんな良い子」

 騙されてます兄さん。

「そうかなぁ……。あたしはそうは思えないんだけど」

 全然誠実じゃないですって。

「耕司くんは、あの青い瞳と生まれつきの茶髪が原因で辛い思いをしたそうだ。深くは訊ねなかったが、たぶんイジメだろう。それが今でも尾を引いていて、学校で内気になりがちなのだそうだ。可哀想に……」

 聞いた事ありません。あのハーフ具合を利用して女の子にモテモテで、ファンまでいますよーっ。辛いというより幸せなのではないでしょうか。

「それってブラッ……いえ、羽沢くんから聞いたの?」

「彼が剣道着を着るのを手伝っていたときに、控え目な声で『ありがとうございます』と言うから、気になってな、兄さんが訊ねたんだ」

 流石ですブラック……。
 相手から訊ねさせるという高等テクニック。
 兄さんは同年代の女子には容赦ないけれど、男子、とくに困っている男子にはトコトン優しい、もう山柿さまレベル。
 そこまで知っててブラックがしたとは思えませんが……、

「だからな、今は丁度受験で道場には顔を出せないが、終われば俺が直接コーチしてやろうと思っている。筋が良いから伸びるぞー、あの子」

 もうダメ。ブラックってば、すっかり兄さんのツボに入っちゃってる、お気に入りになっちゃってる。

「だからな、愛里もあの子と仲良くしてやってくれないか。友だちが殆どいなくて寂しいらしい」

「えっ? ええ――――――っ!!」

「どうしたんだ。大きな声をだして?」

「……、……」

 呆気を通り越して、笑っちゃっていいでしょうか。
 黙って聞いていようと思っていたのですが、流石にあたしの身に降りかかってくるのは勘弁して下さい。
 兄さんは不思議なものでも見たみたいに、お口をポカーンと開けてます。

「止めて欲しいの……兄さん……」

「何がどうした?」

「あのね兄さん。……あたし好きじゃないの……羽沢くん」

「どうしてっ??」

「今まで黙ってたんだけどね、あの子あたしの手を握ろうとするのよ。
 あたしが嫌だって言っているのによ、どう思う」

 詳しい経緯は言えません。
 山の上公園から勇者さまを見ていた事がバレかもしれないし、さっきのスーパーのことだって……。

「へーっ。それは凄い」

 なんで喜んでいるの? 兄さん……。

「内気な耕司くんがなぁ。そうかそうか。分かんないのか愛里は?」

「さーっ……」

 嫌がらせとしか思えないんですけど。

「愛里の事が好きなんだよ。すっごくな」

 だから嫌なんですって。

「いや、そうかもしれないけれど、あたしは嫌なのっ!
 それにあの子って、女子にモテモテで寂しそうになんかしてないよ」

「なんだ。謙遜してたのか。まあそうだろうな。
 ハーフのイケメンなんだからモテて当たり前か」

 しみじみ感心しちゃって、もう兄さんったら、何を言ってもダメなのかしら。

「俺には分かるよ耕司くんの気持が。
 モテている本人が喜んでいるわけじゃないんだ。
 周りの女子が騒いでいるから喜んでいるように見えるだけで、当の本人は苦痛だったりするものさ」

 確かに兄さんもイケメンで、共感する所かもしれないでしょうが、ブラックに関しては違います。
 あの手汗ねちゃねちゃ人間は、最悪の男なんですって。
 
「まあ。愛里が嫌なら無理にとは言わないさ。仲良くならなくたっていい。
 まあ、その内あの子の魅力に……。嫌よ嫌よも何とか……」

 ぶつぶつと兄さんはほくそ笑みながらあたしを見ています。
 最後の言葉は独り言みたいに。それこそ予言みたくに。

 うわあぁ――――っ! いやっメテェ――――ッ!!

 
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