80 / 221
☆ホテル
しおりを挟む「メェーンッ!」
「痛っ!」
「この裏切り者……」
綾部さんが手を剣道の竹刀みたいにして、僕の頭頂部に振り下ろしたのだ。
恨めしそうに頬を膨らませ、マスクの端を引っ張った。やることが岩田と同じだ。
「親戚の家は近いのか」
岩田は淡々と語る。
「ああ、近いよ。徒歩で十分くらいかな」
調べではそれくらいにネットカフェがあった。
「K大学の下見はどうする? 直ぐ親戚の家に行くのか」
ちょっと綾部さん綾部さん、じとーっと呪うように睨まないでくれない。
「いや、二人は荷物を部屋に置いたら行くんだろ。僕も参加するよ」
二人の会話の切っ掛けを作ったら僕は抜ける。あっさり復縁するような気がする。
フロントでチェックインを済ませた岩田に「折角だから俺の部屋まで来いよ」と言われ、綾部さんのチェックインを待って三人でエレベーターに乗り込んだ。
「あら、同じ三階なのね。ねぇ山柿くん? コイツの部屋を見た後、私の部屋にも来なさい」
「え! な、なんで?」
「だって知っとかないと、ほら……アレ。アレが出来ないじゃないの……」
「アレ……」
綾部さんが大きな瞳を色っぽく細め、意味なく髪を搔き上げ、人差し指を立ててクイクイした。
「うっふーん♪」
「……、……」
岩田の表情が険しくなり綾部さんを睨んだのだが、「ふふん」と綾部さんは鼻で軽く笑って返した。
「……、……」
寄りを戻す気があるのだろうか、二人は竹刀を持って対峙しているみたい。始めの合図で打ち合いそうだ。
「いやーっ! どーかなーっ、どこの部屋も同じ気がするんだけどー。そうじゃない?」
もはや僕が部屋を見にゆくとかどうでもいい二人が、顔だけ僕に向けた。
「そうでもないわ! パパが用意した特別なお部屋だから、あたしと同じで凄いはず」
益々険悪になる岩田を見て、綾部さんは満足そうだ。
「ふはははは。そうなんだー」
僕は笑うしかない。
この二人、受験が終わった頃には最悪になっている……。
エレベーターが三階で止まると、綾部さんは「じゃー後でね」と自分の部屋に行き、僕は親友の室内を見た後、岩田と一緒にロビーに降りるつもりで、エレベーターの到着を待った。
「行かなくていいのか……」
岩田が階表示を見ながら言う。
「え?」
「綾部の部屋だ」
「バカな。冗談に決まっているだろ」
「本当に、そう思うのか?」
「当たり前だ。なんで僕が綾部さんの……、女の子の部屋に行かなきゃいけないんだ」
「綾部は言った冗談を、相手の出方ですり替える」
「そうだな……」
「あいつは根に持つ。はっきり断ってなかったし、お前が来るまで部屋から出ないかもしれん」
ありうる。
綾部さんならやりそうだ。後々嫌味を言われない為にも、顔だけ見せておくべきか。
岩田も一緒に誘ったが「俺は呼ばれてない」と、ばっさり斬り落とされた。
岩田も素直じゃない。
仕方なく僕だけで、教わった番号の部屋を探しドアをノック。少しして制服姿の綾部さんが現れ「ふっ」と鼻で笑う。
「本当に来たのね。いやらしい」
どっちにしても言われるんだ。
「呼びに来ただけだよ。ロビーで岩田が待っている」
「あら、興味がないの、私のお部屋?」
からかうパターンが同じだって。
「いや、そうじゃないけど、やっぱり女性の部屋にホイホイ入るのはどうかと……」
「あら、彼氏じゃない。遠慮なさらないでね」
綾部さんは身体をずらし「どうぞどうぞ」と片腕を芝居ぽく広げる。
断る上手な理由もなく、逆に断ると突っ込んできそうだ。さっと見て出ればいいか。
「では、まあ、お邪魔します……」
◆
◆
「へーっ! 違うんだ全然」
「パパが予約してくれてたの。ここはビップ仕様だから」
岩田の部屋とは別物だった。
室内の照明はミニシャンデリア。部屋数も四部屋と多い。豪華な内装で岩田家並に立派だ。
娘心配さに見張りを付け、受験の為にビップ部屋を用意する。綾部さんのお父さんは、愛里を溺愛する岩田と同じか。
「良いお父さんだね」
「そうでもないわ」
娘にとってはうっとおしいだけか。
「そろそろ、下に行かない? 岩田が待っている」
長居はしたくない。岩田に不安を与えてしまう。
「そうね。じゃ私は着替えるから……」
「そのままでいいじゃないか」
「ダメよ。貴方は、私の覗きでもして待ってなさい」
「へいへい」
もう冗談には付き合わない。
綾部さんが別の部屋に移ったので、さっさと部屋を出よう思ったが、ふと無造作に置かれてあるバッグが気になった。
綾部さんの持ち物だが、二泊三日の受験だけなのに、どうしてこんなに大きい必要があるのか不思議だった。
そのバッグが開いていて、中から透明なクリアケースらしき物が見えている。
まさか……。
別に入っているのがフィギュア確定ではない。ブラシかもしれないし、シュシュやショーツ類かもしれん。
いかんいかん。限定テンニュンの存在を知って、何でもフィギュアに連想づけしてしまう。
綾部さんみたいな女子が、一番持ってそうにないのに。
ぶつぶつ自分を攻めつつ、それでも近寄って一応覗くとクリアケースの中には白い足先。
――おうっ??
フィギュアだ! あの細い脚ラインは女性ものっ!
超ヤバ。ヤバすぎて鳥肌立つ。
どんなキャラだ?
「もしかして、まだいるの?」
いたんだった綾部さん!
ビクッと直立。努めて冷静に「ああ」と答える。
「まさか、本当に覗きは止めてよ」
「何言ってんだ。当たり前だろうが、ふはははふははっは……」
ご、誤魔化せただろーか。
耳を澄ませば、しゅるしゅると衣類のこすれる音がする。
よーし、よしよし、今のうち、悪いが確認させてもらう。
スタイルの良いビキニ系のフィギュア。
これって、テンニュン。
限定テンニュンフィギュア防水加工、着せ替え洋服+ビキニ付き『¥48000』
超すげー!! 超羨ましーっ!
クリアケースを持ち上げると、テンニョンがじーっ、と僕を見てる。微笑んでる。超可愛い。
『だあれ? あなたは。ここから出してくれるの?』
し、喋った! 超ソプラノ! 超天使ボイス!
も、もちろんだよ~。長旅で疲れたんだね~っ! こーんな狭い所で、超気の毒だったねー。よしよし。はーいっ! これですっきりしたかい?
『あっあんっ! そんなとこ……』
あ……、ご、ごめんごめんっ! つい膨らみに触れてしまって。
『メッ、だからねっ!』
あ、うん、ごめんごめん。
『ううん、もう許した。出してくれてありがとう』
じーっと見ないでくれないかーっ! ち、ちょー恥ずいんだけどー。
『うふふふ』
「うふふふ」
「ちょっと! 何そのいやらしい声っ! 覗いているんじゃないの!?」
「えっ! バカを言えっ!」
イカンイカン。トリップしていたっ!
痕跡が残らないようにクリアケースに戻さないと。そしてバッグに収めてと……。
よく見りゃ他にも限定品がある。
どうして持ってんだ? お嬢様がフィギュア好き。全然繋がらない。
僕は大急ぎで部屋を出てロビーに降りた。考えの整理がつかないまま、岩田を認めて近寄る。
「夕食も親戚のとこで食べるのか?」
とんでもない物を目撃してしまった……。
「ああ……」
綾部さんは呉地から一緒、つまりアレは途中で購入したわけじゃなく、持って来た。何の為に? 知り合いにプレゼント?
旅のお供、趣味で持って来たとすれば、これこそ岩田が綾部さんを変人と呼ぶ理由? そう繋がるのが自然だが……。
「どうだった」
「なななっ……何がっ!!」
「どうして驚く。綾部の部屋は違ってたか?」
「いや、そうじゃなくて……」
マズっ。綾部さんのフィギュアの事で頭が一杯だった。
どうしよう……岩田に話すか? フィギュアの事。
以前岩田に《綾部さんがどうして変人なのか》と訊ねたら、言えないと返事されたが……。
「偶然、綾部さんの部屋で妙な物を見ちまって」
「うむ」
岩田の顔が急に険しくなった。
「それが……クリアケースに――」
「人形か」
「知ってるのか?」
「持ち込んでいたのか。益々意味不明だ」
岩田はかなり踏み込んで綾部さんを知っている。婚約するつもりだったから、当たり前か。
「山柿よ。アイツは気持悪い趣味がある」
気持悪い趣味。
いきなり心臓を鷲掴みされた気分だった。綾部さんの事なのに、自分が言われたように胸が苦しい。
「そ、そうだな……」
「あんな人形の何処が良いのかさっぱり分からん。精神が病んでいるとしか思えん」
「……、……」
えらい言われようだ。
しかし、フィギュアに興味が無い人には気持ち悪く見えるだけか……。
岩田は無二の親友だし、この受験を期にクローゼットの彼女(フィギュア)たちを見せようと考えていたが。
「綾部の家に行った時、ヲタクが好きそうな怪しい人形がごっそり並べてあった。300以上あると自慢げに言ってた」
「へぇえー、それはそれは」
綾部さんって僕と似ている。
「綾部が『癒される』とか『愛でてるだけだわ』とか不思議な理屈を言っていた」
フィギュア愛の思考がまるっきり僕と同じ。
岩田よ、頼むから哀れむ目をするなって、こっちが悲しくなる。
「綾部の趣味は、親も困り果てていたよ。気の毒に」
そこだけ違うのか……。
「綾部は自分が正常だと思っているからたちが悪い。なあそう思うだろ」
「ど、ど、どうかな~っ! ふははは……」
「どうした? お前汗かいてるぞ」
「そっそうかぁ? あれぇ、ほんとだ……ふははは」
取り出したハンカチで額を拭く。
「これが綾部さんを変人と呼ぶ理由?」
「これが変人でなくて、何が変人だ! そうだろう山柿よ」
「そ、そーだよな。そりゃーそうだよな。変人だよなーっ絶対……」
オワタ……。
僕のクローゼットの中は絶対に見せられないっ!
岩田に見せた瞬間、僕の終わり。
「綾部が理解できん! あんな人形を大事にして恥ずかしくないのか」
「あー。まー。でもなー。綾部さんのフィギュアは数万円と高価だけど現実に売れているぞ。今やフィギュアはお金が動く巨大マーケットだ。限定品だと早めに押さえておかないと……」
岩田が、ずいぶん詳しいな? って顔をしている。
不味ったかもしれん。
一瞬沈黙が落ち、ゆっくりと岩田が呟いた。
「山柿。誰にも話さないでくれないか、綾部の人形の件」
「へ?」
0
お気に入りに追加
124
あなたにおすすめの小説
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
見知らぬ男に監禁されています
月鳴
恋愛
悪夢はある日突然訪れた。どこにでもいるような普通の女子大生だった私は、見知らぬ男に攫われ、その日から人生が一転する。
――どうしてこんなことになったのだろう。その問いに答えるものは誰もいない。
メリバ風味のバッドエンドです。
2023.3.31 ifストーリー追加
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる