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☆ホテル

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「メェーンッ!」

「痛っ!」

「この裏切り者……」

 綾部さんが手を剣道の竹刀みたいにして、僕の頭頂部に振り下ろしたのだ。
 恨めしそうに頬を膨らませ、マスクの端を引っ張った。やることが岩田と同じだ。

「親戚の家は近いのか」

 岩田は淡々と語る。

「ああ、近いよ。徒歩で十分くらいかな」

 調べではそれくらいにネットカフェがあった。

「K大学の下見はどうする? 直ぐ親戚の家に行くのか」

 ちょっと綾部さん綾部さん、じとーっと呪うように睨まないでくれない。

「いや、二人は荷物を部屋に置いたら行くんだろ。僕も参加するよ」

 二人の会話の切っ掛けを作ったら僕は抜ける。あっさり復縁するような気がする。

 フロントでチェックインを済ませた岩田に「折角だから俺の部屋まで来いよ」と言われ、綾部さんのチェックインを待って三人でエレベーターに乗り込んだ。

「あら、同じ三階なのね。ねぇ山柿くん? コイツの部屋を見た後、私の部屋にも来なさい」

「え! な、なんで?」

「だって知っとかないと、ほら……アレ。アレが出来ないじゃないの……」

「アレ……」

 綾部さんが大きな瞳を色っぽく細め、意味なく髪を搔き上げ、人差し指を立ててクイクイした。

「うっふーん♪」

「……、……」
 
 岩田の表情が険しくなり綾部さんを睨んだのだが、「ふふん」と綾部さんは鼻で軽く笑って返した。

「……、……」

 寄りを戻す気があるのだろうか、二人は竹刀を持って対峙しているみたい。始めの合図で打ち合いそうだ。

「いやーっ! どーかなーっ、どこの部屋も同じ気がするんだけどー。そうじゃない?」

 もはや僕が部屋を見にゆくとかどうでもいい二人が、顔だけ僕に向けた。

「そうでもないわ! パパが用意した特別なお部屋だから、あたしと同じで凄いはず」

 益々険悪になる岩田を見て、綾部さんは満足そうだ。
 
「ふはははは。そうなんだー」

 僕は笑うしかない。
 この二人、受験が終わった頃には最悪になっている……。
 エレベーターが三階で止まると、綾部さんは「じゃー後でね」と自分の部屋に行き、僕は親友の室内を見た後、岩田と一緒にロビーに降りるつもりで、エレベーターの到着を待った。

「行かなくていいのか……」

 岩田が階表示を見ながら言う。

「え?」

「綾部の部屋だ」

「バカな。冗談に決まっているだろ」

「本当に、そう思うのか?」

「当たり前だ。なんで僕が綾部さんの……、女の子の部屋に行かなきゃいけないんだ」

「綾部は言った冗談を、相手の出方ですり替える」

「そうだな……」

「あいつは根に持つ。はっきり断ってなかったし、お前が来るまで部屋から出ないかもしれん」

 ありうる。
 綾部さんならやりそうだ。後々嫌味を言われない為にも、顔だけ見せておくべきか。
 岩田も一緒に誘ったが「俺は呼ばれてない」と、ばっさり斬り落とされた。

 岩田も素直じゃない。 
 仕方なく僕だけで、教わった番号の部屋を探しドアをノック。少しして制服姿の綾部さんが現れ「ふっ」と鼻で笑う。

「本当に来たのね。いやらしい」

 どっちにしても言われるんだ。

「呼びに来ただけだよ。ロビーで岩田が待っている」

「あら、興味がないの、私のお部屋?」

 からかうパターンが同じだって。

「いや、そうじゃないけど、やっぱり女性の部屋にホイホイ入るのはどうかと……」

「あら、彼氏じゃない。遠慮なさらないでね」

 綾部さんは身体をずらし「どうぞどうぞ」と片腕を芝居ぽく広げる。
 断る上手な理由もなく、逆に断ると突っ込んできそうだ。さっと見て出ればいいか。

「では、まあ、お邪魔します……」

 ◆

 ◆

「へーっ! 違うんだ全然」

「パパが予約してくれてたの。ここはビップ仕様だから」

 岩田の部屋とは別物だった。
 室内の照明はミニシャンデリア。部屋数も四部屋と多い。豪華な内装で岩田家並に立派だ。
 娘心配さに見張りを付け、受験の為にビップ部屋を用意する。綾部さんのお父さんは、愛里を溺愛する岩田と同じか。

「良いお父さんだね」

「そうでもないわ」

 娘にとってはうっとおしいだけか。

「そろそろ、下に行かない? 岩田が待っている」

 長居はしたくない。岩田に不安を与えてしまう。

「そうね。じゃ私は着替えるから……」

「そのままでいいじゃないか」

「ダメよ。貴方は、私の覗きでもして待ってなさい」

「へいへい」

 もう冗談には付き合わない。

 綾部さんが別の部屋に移ったので、さっさと部屋を出よう思ったが、ふと無造作に置かれてあるバッグが気になった。
 綾部さんの持ち物だが、二泊三日の受験だけなのに、どうしてこんなに大きい必要があるのか不思議だった。
 そのバッグが開いていて、中から透明なクリアケースらしき物が見えている。

 まさか……。
 別に入っているのがフィギュア確定ではない。ブラシかもしれないし、シュシュやショーツ類かもしれん。
 いかんいかん。限定テンニュンの存在を知って、何でもフィギュアに連想づけしてしまう。
 綾部さんみたいな女子が、一番持ってそうにないのに。
 ぶつぶつ自分を攻めつつ、それでも近寄って一応覗くとクリアケースの中には白い足先。

 ――おうっ??

 フィギュアだ! あの細い脚ラインは女性ものっ!
 超ヤバ。ヤバすぎて鳥肌立つ。
 どんなキャラだ?

「もしかして、まだいるの?」

 いたんだった綾部さん! 
 ビクッと直立。努めて冷静に「ああ」と答える。

「まさか、本当に覗きは止めてよ」

「何言ってんだ。当たり前だろうが、ふはははふははっは……」

 ご、誤魔化せただろーか。
 耳を澄ませば、しゅるしゅると衣類のこすれる音がする。
 よーし、よしよし、今のうち、悪いが確認させてもらう。
 スタイルの良いビキニ系のフィギュア。
 これって、テンニュン。
 限定テンニュンフィギュア防水加工、着せ替え洋服+ビキニ付き『¥48000』

 超すげー!! 超羨ましーっ! 
 クリアケースを持ち上げると、テンニョンがじーっ、と僕を見てる。微笑んでる。超可愛い。

『だあれ? あなたは。ここから出してくれるの?』

 し、喋った! 超ソプラノ! 超天使ボイス!
 も、もちろんだよ~。長旅で疲れたんだね~っ! こーんな狭い所で、超気の毒だったねー。よしよし。はーいっ! これですっきりしたかい?

『あっあんっ! そんなとこ……』

 あ……、ご、ごめんごめんっ! つい膨らみに触れてしまって。

『メッ、だからねっ!』

 あ、うん、ごめんごめん。

『ううん、もう許した。出してくれてありがとう』

 じーっと見ないでくれないかーっ! ち、ちょー恥ずいんだけどー。

『うふふふ』
「うふふふ」

「ちょっと! 何そのいやらしい声っ! 覗いているんじゃないの!?」

「えっ! バカを言えっ!」

 イカンイカン。トリップしていたっ!
 痕跡が残らないようにクリアケースに戻さないと。そしてバッグに収めてと……。
 
 よく見りゃ他にも限定品がある。
 どうして持ってんだ? お嬢様がフィギュア好き。全然繋がらない。 
 僕は大急ぎで部屋を出てロビーに降りた。考えの整理がつかないまま、岩田を認めて近寄る。

「夕食も親戚のとこで食べるのか?」

 とんでもない物を目撃してしまった……。

「ああ……」

 綾部さんは呉地から一緒、つまりアレは途中で購入したわけじゃなく、持って来た。何の為に? 知り合いにプレゼント? 
 旅のお供、趣味で持って来たとすれば、これこそ岩田が綾部さんを変人と呼ぶ理由? そう繋がるのが自然だが……。
 
「どうだった」

「なななっ……何がっ!!」

「どうして驚く。綾部の部屋は違ってたか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 マズっ。綾部さんのフィギュアの事で頭が一杯だった。
 どうしよう……岩田に話すか? フィギュアの事。
 以前岩田に《綾部さんがどうして変人なのか》と訊ねたら、言えないと返事されたが……。

「偶然、綾部さんの部屋で妙な物を見ちまって」

「うむ」

 岩田の顔が急に険しくなった。

「それが……クリアケースに――」

「人形か」

「知ってるのか?」

「持ち込んでいたのか。益々意味不明だ」

 岩田はかなり踏み込んで綾部さんを知っている。婚約するつもりだったから、当たり前か。  

「山柿よ。アイツは気持悪い趣味がある」

 気持悪い趣味。
 いきなり心臓を鷲掴みされた気分だった。綾部さんの事なのに、自分が言われたように胸が苦しい。

「そ、そうだな……」

「あんな人形の何処が良いのかさっぱり分からん。精神が病んでいるとしか思えん」

「……、……」

 えらい言われようだ。
 しかし、フィギュアに興味が無い人には気持ち悪く見えるだけか……。
 岩田は無二の親友だし、この受験を期にクローゼットの彼女(フィギュア)たちを見せようと考えていたが。 

「綾部の家に行った時、ヲタクが好きそうな怪しい人形がごっそり並べてあった。300以上あると自慢げに言ってた」

「へぇえー、それはそれは」

 綾部さんって僕と似ている。

「綾部が『癒される』とか『愛でてるだけだわ』とか不思議な理屈を言っていた」

 フィギュア愛の思考がまるっきり僕と同じ。
 岩田よ、頼むから哀れむ目をするなって、こっちが悲しくなる。

「綾部の趣味は、親も困り果てていたよ。気の毒に」

 そこだけ違うのか……。

「綾部は自分が正常だと思っているからたちが悪い。なあそう思うだろ」

「ど、ど、どうかな~っ! ふははは……」

「どうした? お前汗かいてるぞ」

「そっそうかぁ? あれぇ、ほんとだ……ふははは」

 取り出したハンカチで額を拭く。

「これが綾部さんを変人と呼ぶ理由?」 

「これが変人でなくて、何が変人だ! そうだろう山柿よ」

「そ、そーだよな。そりゃーそうだよな。変人だよなーっ絶対……」

 オワタ……。
 僕のクローゼットの中は絶対に見せられないっ!
 岩田に見せた瞬間、僕の終わり。

「綾部が理解できん! あんな人形を大事にして恥ずかしくないのか」

「あー。まー。でもなー。綾部さんのフィギュアは数万円と高価だけど現実に売れているぞ。今やフィギュアはお金が動く巨大マーケットだ。限定品だと早めに押さえておかないと……」

 岩田が、ずいぶん詳しいな? って顔をしている。
 不味ったかもしれん。
 一瞬沈黙が落ち、ゆっくりと岩田が呟いた。

「山柿。誰にも話さないでくれないか、綾部の人形の件」

「へ?」



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