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★召し上がれ2

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「あぁ……。お返しってわけね、愛里ちゃん」

 ――――女の人の声?
 山柿さまの後ろです。

「凄いじゃない、自分で作ったの?」

 忘れるわけがありません。山柿さまとチクチク以上の関係になっている、

「わざわざ持って来てくれてありがとうね。ちょっと貴方、突っ立ってないで早く入れてあげなさいよ。気が利かないわね」

 胸があたしみたいなレベル1じゃなく豊かなレベル5、お顔は品のあるこれぞレディみたいに清楚、前髪は眉毛の所で真横に綺麗に切り揃えている彼女さんです。ベッドに普通に腰をかけていて、もう一緒に住んでいるみたいな余裕すら感じます。
 でもそれはまだ無いはず。先に帰られた山柿さまを心配してここに来たのですね。

「そ、そうだね。どうぞ入って愛里ちゃん。今母さん買い物に行って留守なんだ」

「ありがとうございます……」

 でも……どうしよう……。
 なんか気まずい。
 あたしって超場違いなんじゃ……。ここに来たらいけない人間かも。
 あたしが、いなければ二人一緒に受験勉強しているはず……。

『あんな事くらいでしょげないのっ』
『しょげてなんかないよ。それよか勉強に集中集中』
『だったら、ここぉ~分かんないんだけどぉ』
『どれどれ、ここはこうする』
『いぁゃん、どこ触ってるのよぉ』
『ここは最重要項目だから』
『あぁ、だめだめ。いやいや。うっふん』

 などと、タイミング良くお母さまが居ないわけですから、癒やしと受験勉強とチクチクプレイのコンボを炸裂させたりするのでしょう。
 羨ましい限りです。

「へーっ。美味しそうだ」

 山柿さまは、あたしが手渡したタッパの蓋を開けてミニテーブルに置いて、さっそく一つ摘まんでお口へ入れました。
 もぐもぐしていて満足そう。良かった……。

「だけど、ずいぶん大変だったようね」
 
 じぃ~っと彼女さんがあたしに向いていて、注目されているのはあたしの手です。
 なっ、何のことでしょう……。

「えへへへ」

 鋭いです彼女さん。山柿さまも気づいたようで、

「どれ。見せてみて」

「何でもないんですから」

「いからっ!」

 山柿さまが手を伸ばしました。ごつごつした大きな手。
 仕方なく後ろに回した手を出しました。じっと見つめられているあたしの手は、さっきメラの被害で赤くなっているのです。

「油は危ないから気をつけないと……どう、痛い?」

「いえ……」

 心配してくれるだけで十分です。
 山柿さまが手をにぎにぎ触ってくれて、あぁ、夢のように幸せ……。 
 
「全然大丈夫ですから」

 気にせず唐揚げを食べてて下さい。

「ちょっと待ってて」

 山柿さまは部屋を出て、どこからかお薬を持ってこられ、あたしの手に塗り包帯までして下さいました。

「これで痛くないだろう」

「……、……はい」

 全然痛くない。

「へーっ! よく丁度いいのがあったわね」

「ああ、これの為に買った薬の残りだよ」

 山柿さまはお怪我をなさっている右手をぱたぱた振ってみせました。

「ありがとう。山柿お兄ちゃん」

「気にしないで良いよ。唐揚げ貰ったし、こっちこそありがとね」

 いつもの怖いお顔が、精一杯ニコニコされているのがわかるくらい歪んでいました。
 怖いけれど優しいお顔です。気持がちゃんと伝わってきます。
 どうしちゃったのでしょう、嬉しくてたまりません。

「うふふふふ」

「あははは」

 全然可笑しくないのについ笑ってしまったら、山柿さまも同じように声を零してくれました。
 見つめ合って笑い合って、同じお薬を似たように手に塗っているあたしたち。たぶん気持も同じかも……。
 じっとこのままでいたいくらいでした。

「ふーん……。仲良いのね。珍しいこと」

 はっ! 
 すっかり忘れていました彼女さん。
 
「ななな何を言っているのかい、綾部さんっ。岩田の妹さんじゃないか、仲良くて当たり前じゃないか。ふははは……」

「そーなんだ、ふーん……。あんなに酷い事を言われたのに、へーっ」

 ギクリ。
 山柿さまのお顔がサッと曇り、あたしをチラリと見てそらしました。
 あぁ、まだ誤解したまま。さっきまでは気にしてないフリをしていただけだったのです。
 
 彼女さんは片目をヒクヒクさせて不機嫌そう。山柿さまの持っているタッパから唐揚げを一つ取り味見しました。
 表情が変わらない。それほど美味しくないのかな。
 すると、 

「えっ。なにこれ…………、生じゃない。もーっ!」

 うそっ――!

 彼女さんがぺっぺっとお口から手の平に落とした半割れ唐揚げの断面は、真ん中が綺麗なピンク色でした。
 熱が通ってないからです。温度が低かったのかも、それとも揚げる時間? いやそれより、これ全部半生なのっ!!! 
 あたしも唐揚げを一つかじって中を確認したらやっぱりピンク色。

 ダメですこれ……。全部失敗しちゃってる……。
 さーっと血の気が引く気分です。
 彼女さんは手の平の出来そこないの唐揚げをティシュに包んで小さなゴミ箱にポイしています。

「ごごめんなさいっ!」

 あたしは山柿さまの手にある唐揚げが入ったタッパを取り上げました。
 ちゃんと誰かに習えばよかった。苦労が無駄です。喜んでもらいたかったのに残念。持って帰って捨てるしかないです。
 蓋をしたら、
 
「美味しいのに」

 ぬっと手が伸びてきてタッパを掴み、そのまま山柿さまの元に逆戻り。蓋をはぐって唐揚げをひと摘まみしました。

「ちょ、ちょっと貴方っ。止めなさいって」

「そうです。食べないで、お兄ちゃん」

 彼女さんがタッパを引っ張っりますが、山柿さまは持つ手を放さず唐揚げをもぐもぐしています。

「うんうん。これはこれで美味しいよ」

「何が美味しいよ! 馬鹿じゃない。絶対にお腹壊すからっ!」

 怒ったように取り上げようとする彼女さんに、

「僕は身体だけは丈夫にできているから大丈夫。もし万が一当たったとしても、それならそれでもいい。折角僕の為に作ってきてくれた唐揚げを、僕が食べなくてどうする。……いいからその手を放せ」

 真顔で言い放った山柿さま。どっしりとカーペットに座る勇者さま。
 唖然としている彼女さんの手からするりと外れたタッパは、再び山柿さまに戻りました。

「美味しいじゃないか」「これはこれで、よく出来てある」「こういう生っぽいのもイケル」「腹を壊せば治せば良いだけ」

 呪文を唱えるように褒め上げながら、あたしの失敗作を次々頬張る山柿さまを、彼女さんはぽお~っと見つめています。 
 あたしは泣きだしそうになるのをグッと我慢して、山柿さまの身体に抱きつきたいのを堪えて、それでも勝手に震える身体はどうしょうもありません。

「ありがとね。愛里ちゃん。とても嬉しいよ」

「うん……うん……うん」

 あたしに向かって怖いお顔を精一杯に喜びの形にしてくれて。
 うんうんとしか声が出せなくて。
 もし何か別の言葉を発しようものなら、泣いているのがバレそうで。

 ――もし万が一当たったとしても、それならそれでもいい。
 ――そうだったとしても、それでいい。

 もう誤解を解くとかそんなレベルじゃなくて。

「ありがとう……ありがとう。山柿お兄ちゃん……」

 信じてくれていて、嬉しくて。
 あぁ、最高に幸せ……。

「やれやれ……」

 やがて彼女さんが外人みたく、両手でWの文字を作ってため息を吐きました。
 
「山柿くん……。こんなに愛里ちゃんが慕ってくれているからって、妙な事を考えたりしたらダメだからね。行動に起こしたりしたら最後よ。人生終わり。性犯罪者になってしまうんだからね」

「ばばばば馬鹿を言えっ!! そそそんな事するはず――」

 ゲホゲホゲホと酷く咳き込む山柿さまを、クククと小鳩のように笑い出した彼女さんが肘でついておられました。

 そうなんですよね。慕っているとしか思われてないですよね。

「それで、この封筒は……」

 山柿さまが手に取られ、ギクリ。ついにきました、待望の瞬間。

「へー。セミの折り紙か。上手いもんだな。僕に?」

「あ、はい」

「ありがとう。大事にするよ」

「はい」

 えへへへ。
 照れます。

 山柿さまは折り紙を元の封筒に収め、無造作に横におきました。

「……、……」

 はれ……?
 それで終了?
 ま、まあ、そうですよね。うんうん。それはそうです。当たり前です。

 でも、それでも、
 
 それでも、あたしは……。
 
 
 


 翌朝。
 いつものようにママの代わりに朝食を作っていました。兄さんがやって来て、

「なんか山柿、今日学校を休むそうだ」

「そうなんですか」

 そうです。もう受験まであとわずか。高校は行かなくともいいみたいなので、受験に集中されるつもりなのでしょう。
 K大入試……頑張ってくださいね。

「原因不明の腹痛らしい」

「……、……」

 あわわわわわわわ。
 
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