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★レディの資格 その2

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「もう一度見せてくれませんか。ちゃんと見てみたいです」

「……本当に?」

「はい」

 躊躇いながらゆっくりとクローゼットの扉を開け、照明も入れてくれました。
 青白い光に照らされたお人形の数々。
 デパートのプラモデル屋さんの商ウインドウに、種類別に並べられていました。
 勇者さまのお人形も女の子ばかり、励まされるお人形で集めているのでしたね。
 つまり、このお人形さんが好み。
 なるほど皆可愛いです。
 
「きれい……。凄く可愛い……」
 
 高い所のお人形を見上げました。
 お人形にはなれませんが、真似はできそうです。
 山柿さまの好みだから、髪型や服装は見習わなくちゃいけません。

「触ってみたい?」

「うん」

「どれがいいの?」

 折角だから欲張ってみちゃう。

「あれとあれとあれ……それとあっちのも」

 色々指差すと、クローゼットの前に椅子を置き、踏み台にしてくれました。
 同じ目線のお人形さんたち。アニメのヒロインが多いそうで、羽根がある女の子もいます。
 あたしの持っている羽根と似ていますね。

 楽しくて見入っていると、 

「あの……コーヒーが冷めちゃうから、飲まない?」と山柿さまは置きっぱなしのおやつに視線を向けました。

「えっ! あっ、はい」

 ぴよんと椅子から飛び降り、ミニテーブルの前にお座りです。
 山柿さまはクローゼットを閉じた後「砂糖とミルクは自分で入れてね」と容器を示しました。

 さて、どうしたものかしら。
 コーヒー牛乳じゃなく、本物の苦~いコーヒーだったので困りました。
 昔冒険で飲んだブラックコーヒーは、一口で染みる苦みと靴底に似た匂い。
 それ以来です。舌の記憶が蘇り唾を飲み込みました。
 家ならお砂糖とミルクをたっぷり入れますが、あたしはレディの卵に違いなく、お砂糖一つで我慢するのが品がいいでしょうか。

「ケーキも食べてね。母さんの自信作で、アボカドレアチーズケーキと言うらしいよ」

「あ……はい……」

 三角に切り分けられたケーキを勧めてくれましたが、今は眼の前のコーヒーをどうするのかで、それどころではありません。
 勇者さまにレディらしくコーヒーを楽しむ姿を見せられるか、砂糖とミルクをどっぷり投入し、やっぱり子供だな~、と内心で格付けされるかでは天と地。
 だけど無理して苦いまま飲み、途端にぶーっ! と吐くと、それこそ幻滅でしょう。
 山柿さまは何も入れず、飲んでいて流石に大人です。
 
「じゃ……。ひとつだけ……」

 あたしは宣言して、角砂糖を一つだけコーヒーカップに落としました。
 甘くなってね、どうか甘くなってね~、と念じスプーンを回し、見ている勇者さまに微笑んでからゴックンしました。 

 ううううううっっ……。
 苦すぎます。苦すぎですが、なんとか堪えました。
 罰ゲームみたい。《子供殺し》と名付けても良い飲み物に、二口めが出来ません。 
 もっと頑張ってください角砂糖さん……っ!!

 カップの中で淀んでいる茶色の液体は、不味いですよと言っているよう。
 援軍を投入しないと戦況は変わりそうもありません。
 ですが山柿さまの見ている前で、次から次へとお砂糖やらミルクをカポカポ加えるというのも下品で、レディのする事ではないでしょう。
 液体中にお砂糖を召喚できれば良いのですが、生憎あたしにはそんなスキルはありません。
 そんな時にふとチーズケーキが眼に入りました。

「美味しい……っ!」

 考えるより先にパクリ。
 お口の中で留まっていた苦みが緩和されて幸せ。
 次々とパクパクしていると、「本当に美味しそうに食べるね。母さん喜ぶよ」山柿さまもケーキをパクパク。
 あたしはコーヒーが冷めるに連れ、どんどん苦くなって行くのを承知の上でケーキを食べ終えました。

 残されたのはいばらの道。いえいばらの沼です。
 カップを持ち上げスプーンを回すと、どろどろと渦巻く液体から苦味が漂います。
 ケーキというホイミも使い切り、する事はレディを捨てて角砂糖さんを投入するか、死んだつもりで《子供殺し》を飲むかの二択です。
 そんな時でした。

「あのね愛里ちゃん……フィギュアの事だけど……、黙っててくれないだろうか……」

「あ、はい」

「誰にも言わないで欲しい」

 隠す必要はないと思うのですが……、

「お兄ちゃんがそう言うなら、誰にも言いません。絶対に」

「ありがとう。助かるよ。同級生や近所の人に知られたくない。親父に見つかったら最悪!」

「うふふふふふ」

 山柿さまはワザと苦しむ顔をして「あはははは」と笑い、あたしも笑いました。
 二人で笑い合った後、

「……あのね……あたし……」

 どうしよう……。

「何かあるのかい? お兄ちゃんも願いしたんから、何でも言ってごらん」

「お願いがある……」

「うんうん」

「じゃ……、言うね」

 コーヒーを一口だけ飲み込んで気合いを入れ、言いました。

「初めて山柿お兄ちゃんが愛里のお家に来たとき……」

 言わないと、トイレでの出来事を。
 でないとレディでやってゆけないです……。


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