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☆一夜明けて
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スズメのさえずりで目覚めると、布団がぐっしょり濡れていた。
枕元にある三本のペットボトルはすべて空。
大量の汗をかいたようだ。
起き上がりカーテンを開けると外は明るくなりつつあった。
薬と睡眠が効いたようで身体が軽く頭痛もしない。
今まで風邪を引いても、寝れば直ぐ治る、丈夫な身体に育ててくれた両親に感謝だ。
顔以外だけど。
だがムカデに噛まれた右の親指がズキズキと傷む。
大きく腫れていた。
左と比べても二回りは大きいし、痛くて曲げれない。
困った……。これだとシャーペンが持てない。
試しにパジャマ姿のまま学習机に座り、シャーペンを持つ。
持つというより親指と人差し指の間に乗せる。
動かすと刺すような激痛が走り、ころりとシャーペンが机に転がった。
「……、……」
右手を使う作業は出来ない。
左手に持ち替えノートに書くが遅いし文字にならない。
幼稚園児の落書きだ。
来週の受験までに治るだろうか?
不安になりながら、今日は学校を休む事を母さんに告げ、岩田にも携帯から学校への連絡を頼む。
どうせ学校は授業らしい授業は無いし、今日から入試までの数日を最近出来ていない勉強にあてるか。
一時間やったが、右手が使えないのは不便だ。
身体もだるくなり、風邪が治ってないのだろう。
ベッドに横になり、微睡(まどろ)みの中、カラカラと玄関の音が届いた。
少しして母さんが、かぜ薬を持ってきた。
「愛里ちゃんが、お見舞いに来たわよ」
「えっ!」
「知らないの? 岩田くんの妹さん。
岩田くんのお家で勉強会をして、会ったんじゃないの」
知ってますって。パンツの色から下半身までほぼ全部っ!
「あ……。そそそうだった。愛里ちゃん。うんうん、知っている」
「いい子よ。お母さんが仕事で忙しいから、お買い物して夕飯の準備をするってんだから、凄いわ。
可愛いし将来美人になるわ。ミス呉地に選ばれちゃったりして」
母さん、愛里はもう、トキメキT∨の最終選考に残るほど素質があるんだよ。
広島県の小さなミス呉地市と次元が違うんだって。
母親が芸能関係の仕事をしているから、将来は女優かもしれない。
「聖は、ああいう子をお嫁さんに貰いたいね。
岩田さんくれないかしら?」
「ばばばばば、馬鹿言わないでよ、母さん」
「なに真に受けてんのよ。冗談よ。年が離れ過ぎてるじゃない」
「……、……」
ケラケラと笑う母さんを、しみじみと見つめた。
僕と愛里じゃ年齢差があり過ぎる。分かっている。
母さんが階段を下りた後、ミニテーブルのかぜ薬の袋を手に取ると、岩田愛里様と記されていた。
さっき岩田に連絡したばかりで、もう愛里が薬を持ってきた。
岩田に言えば止められるから、内緒で持ってきたのか?
優しい……。
始めて会った時もそうだった。
愛里は僕の顔にビビりながらも笑顔で接してくれたし、クッキーでおもてなしをしてくれた。
僕が喉に詰まらせると背中をさすってくれた。
頭が良く優しく気配りが出来る子。
だけど、同じ事を他の人にもしているだろう。
僕は愛里に感動しつつも、少しだけ虚しかったし、そんな自分に少しだけ呆れた。
母さんが持ってきてくれた水と一緒に薬を口に含む。
愛里が飲んだのと同じ薬を服用だ。
喉を流れて、これから時間をかけて身体の隅々まで吸収されてゆく。一緒だ。
窓の外を見れば、山の上公園に小学生の女の子がいた。
こっちを見ている。
早朝からまた覗きか?
登校の時間のはず、サボっているようじゃあ、将来引きこもりになりそうだ。
だけど女の子の顔……似ている。愛里?
間違いない本人だ。
なぜあんな所に。風邪の様子を見る為か?
だとしたら嬉しいけど。
『愛里はとても感謝していたぞ』
岩田の声が繰り返される。
愛里は、始めからトイレのわだかまりは全然なかった……そう考えるべきだろう。
純粋で可憐な見た目そのままだ。
背中に飛び乗った愛里は甘えただけ。
帰り際、睨みつけたのも軽蔑じゃなく、恥ずかしくてモジモジしただけだろう。
一気にわだかまりが晴れて心が軽くなってゆく。
僕たちは手を振り合った。
窓の外の小学生と、ぶんぶん手の振り合いをし、心で『愛里っ、愛里っ、愛里っ!!』と叫びながら腕を動かす。
愛里は他愛のない遊びだろうけど僕は最高に幸せだ。十分(じゅうぶん)満足だった。
――――だけど。
「ふわあぁ~あっ~。おはよう。
あら? なにをしているのかしら」
突然部屋のドアが開き、幸福な時間は砕け散った。
振っていた形のまま固まる。
一つあくびをし眠そうに登場したのは、何故か、どうしてか、ピンク色のパジャマ姿をした綾部さん。
ぱっつん前髪の後ろをポニーテールにして立っている。
「ラジオ体操かしら?
山柿くんの身体はじっと寝てる感じじゃないものね」
はっきりゴリラと言ってくれ。
そうだよ、身体はオヤジの遺伝で無駄にごっついのだ、ってそんなことより。
「どうして、パジャマだ?」
「あらこれ?
ふふん。山柿くんのパジャマの淡いブルーに、淡いピンク色で合わせてみましたーっ!
ペアみたいでしょ」
「色の事を言っとるんじゃない!
どうしてパジャマを着とるんかっ!!」
「あら! 広島弁だわ。やだやだ」
綾部さんは外人みたいに両手でWの文字を作る。
あんたのチンピラも相当な広島弁だったぞ。
でもそんなことより、パジャマ姿って……。
「ままっまままま、まさか僕の家に、泊まったんじゃないだろうな」
僕が寝ている間は意識がない。
まさか、添い寝はしてないとは思うけど……。
「あら。そうあって欲しかったわけ?」
「ちち、違う!」
「パジャマは帰る時に購入したのよ。
どう、このヒラヒラとかウエストのラインとか可愛くない?」
綾部さんはけろりと言い、クルリとモデルのようにターンしてスマイルだ。
紛らわしいぞ。
冷静に考えれば、母さんが綾部さんのお泊りを許しても、昭和気質のおやじが許すわけない。
「ああ、可愛いと思う……」
美人は何着たって似合う証明だ。
それより早く消えてくれ。愛里が見ている。
誤解されるシチュエーション。愛里に、いやらしい高校生と僕が……。
「なに。なにも聞こえないわ」
おばあちゃんのように耳に手を当てて訪ねるポーズ。
仕方ない。
「……可愛いと思うよ」
「違うでしょ」
「?」
「すっごく可愛いでしょ」
はいはいはい。自分大好き綾部さん。面倒臭い。
「すっごく可愛いです……」
終わったから早く帰ってくれ。愛里が愛里が……。
枕元にある三本のペットボトルはすべて空。
大量の汗をかいたようだ。
起き上がりカーテンを開けると外は明るくなりつつあった。
薬と睡眠が効いたようで身体が軽く頭痛もしない。
今まで風邪を引いても、寝れば直ぐ治る、丈夫な身体に育ててくれた両親に感謝だ。
顔以外だけど。
だがムカデに噛まれた右の親指がズキズキと傷む。
大きく腫れていた。
左と比べても二回りは大きいし、痛くて曲げれない。
困った……。これだとシャーペンが持てない。
試しにパジャマ姿のまま学習机に座り、シャーペンを持つ。
持つというより親指と人差し指の間に乗せる。
動かすと刺すような激痛が走り、ころりとシャーペンが机に転がった。
「……、……」
右手を使う作業は出来ない。
左手に持ち替えノートに書くが遅いし文字にならない。
幼稚園児の落書きだ。
来週の受験までに治るだろうか?
不安になりながら、今日は学校を休む事を母さんに告げ、岩田にも携帯から学校への連絡を頼む。
どうせ学校は授業らしい授業は無いし、今日から入試までの数日を最近出来ていない勉強にあてるか。
一時間やったが、右手が使えないのは不便だ。
身体もだるくなり、風邪が治ってないのだろう。
ベッドに横になり、微睡(まどろ)みの中、カラカラと玄関の音が届いた。
少しして母さんが、かぜ薬を持ってきた。
「愛里ちゃんが、お見舞いに来たわよ」
「えっ!」
「知らないの? 岩田くんの妹さん。
岩田くんのお家で勉強会をして、会ったんじゃないの」
知ってますって。パンツの色から下半身までほぼ全部っ!
「あ……。そそそうだった。愛里ちゃん。うんうん、知っている」
「いい子よ。お母さんが仕事で忙しいから、お買い物して夕飯の準備をするってんだから、凄いわ。
可愛いし将来美人になるわ。ミス呉地に選ばれちゃったりして」
母さん、愛里はもう、トキメキT∨の最終選考に残るほど素質があるんだよ。
広島県の小さなミス呉地市と次元が違うんだって。
母親が芸能関係の仕事をしているから、将来は女優かもしれない。
「聖は、ああいう子をお嫁さんに貰いたいね。
岩田さんくれないかしら?」
「ばばばばば、馬鹿言わないでよ、母さん」
「なに真に受けてんのよ。冗談よ。年が離れ過ぎてるじゃない」
「……、……」
ケラケラと笑う母さんを、しみじみと見つめた。
僕と愛里じゃ年齢差があり過ぎる。分かっている。
母さんが階段を下りた後、ミニテーブルのかぜ薬の袋を手に取ると、岩田愛里様と記されていた。
さっき岩田に連絡したばかりで、もう愛里が薬を持ってきた。
岩田に言えば止められるから、内緒で持ってきたのか?
優しい……。
始めて会った時もそうだった。
愛里は僕の顔にビビりながらも笑顔で接してくれたし、クッキーでおもてなしをしてくれた。
僕が喉に詰まらせると背中をさすってくれた。
頭が良く優しく気配りが出来る子。
だけど、同じ事を他の人にもしているだろう。
僕は愛里に感動しつつも、少しだけ虚しかったし、そんな自分に少しだけ呆れた。
母さんが持ってきてくれた水と一緒に薬を口に含む。
愛里が飲んだのと同じ薬を服用だ。
喉を流れて、これから時間をかけて身体の隅々まで吸収されてゆく。一緒だ。
窓の外を見れば、山の上公園に小学生の女の子がいた。
こっちを見ている。
早朝からまた覗きか?
登校の時間のはず、サボっているようじゃあ、将来引きこもりになりそうだ。
だけど女の子の顔……似ている。愛里?
間違いない本人だ。
なぜあんな所に。風邪の様子を見る為か?
だとしたら嬉しいけど。
『愛里はとても感謝していたぞ』
岩田の声が繰り返される。
愛里は、始めからトイレのわだかまりは全然なかった……そう考えるべきだろう。
純粋で可憐な見た目そのままだ。
背中に飛び乗った愛里は甘えただけ。
帰り際、睨みつけたのも軽蔑じゃなく、恥ずかしくてモジモジしただけだろう。
一気にわだかまりが晴れて心が軽くなってゆく。
僕たちは手を振り合った。
窓の外の小学生と、ぶんぶん手の振り合いをし、心で『愛里っ、愛里っ、愛里っ!!』と叫びながら腕を動かす。
愛里は他愛のない遊びだろうけど僕は最高に幸せだ。十分(じゅうぶん)満足だった。
――――だけど。
「ふわあぁ~あっ~。おはよう。
あら? なにをしているのかしら」
突然部屋のドアが開き、幸福な時間は砕け散った。
振っていた形のまま固まる。
一つあくびをし眠そうに登場したのは、何故か、どうしてか、ピンク色のパジャマ姿をした綾部さん。
ぱっつん前髪の後ろをポニーテールにして立っている。
「ラジオ体操かしら?
山柿くんの身体はじっと寝てる感じじゃないものね」
はっきりゴリラと言ってくれ。
そうだよ、身体はオヤジの遺伝で無駄にごっついのだ、ってそんなことより。
「どうして、パジャマだ?」
「あらこれ?
ふふん。山柿くんのパジャマの淡いブルーに、淡いピンク色で合わせてみましたーっ!
ペアみたいでしょ」
「色の事を言っとるんじゃない!
どうしてパジャマを着とるんかっ!!」
「あら! 広島弁だわ。やだやだ」
綾部さんは外人みたいに両手でWの文字を作る。
あんたのチンピラも相当な広島弁だったぞ。
でもそんなことより、パジャマ姿って……。
「ままっまままま、まさか僕の家に、泊まったんじゃないだろうな」
僕が寝ている間は意識がない。
まさか、添い寝はしてないとは思うけど……。
「あら。そうあって欲しかったわけ?」
「ちち、違う!」
「パジャマは帰る時に購入したのよ。
どう、このヒラヒラとかウエストのラインとか可愛くない?」
綾部さんはけろりと言い、クルリとモデルのようにターンしてスマイルだ。
紛らわしいぞ。
冷静に考えれば、母さんが綾部さんのお泊りを許しても、昭和気質のおやじが許すわけない。
「ああ、可愛いと思う……」
美人は何着たって似合う証明だ。
それより早く消えてくれ。愛里が見ている。
誤解されるシチュエーション。愛里に、いやらしい高校生と僕が……。
「なに。なにも聞こえないわ」
おばあちゃんのように耳に手を当てて訪ねるポーズ。
仕方ない。
「……可愛いと思うよ」
「違うでしょ」
「?」
「すっごく可愛いでしょ」
はいはいはい。自分大好き綾部さん。面倒臭い。
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