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☆橋の下
しおりを挟むどう上手く断ろうか思案してい間に「ありがとう! じゃまた明日ね~♪」と綾部さんは爽やかな笑顔を浮かべ、駆け足で商店街の雑踏の中へ消えていってしまった。
えっ。あれ……?
僕ってまだ何も言ってないんだけど……。
おいおい、またかいな。
呆れたのを通り越して可笑しくなり、そして我慢できず、けたけたと声に漏らしてしまった。
通行人から奇人を見るような目で見られながら帰宅し、僕はさっそく学生服から動きやすいトレーナーに着替えた。
下駄箱から長靴と、庭のスチール物置から親父が釣りで使うランディングネットを取り出す。
更にキッチンからビニール手袋を拝借して、さっきまでいた商店街の橋に急いで戻った。
雨雲だろうか、空は黒い雲が広がっていて、三時過ぎだというのに辺りは薄暗い。
早々と点けられた商店の照明が道行く人を照らし、街灯の光が川の水面をゆらゆら灯していた。
橋のたもとから川下に添って少し進むと、コンクリートブロックで出来た階段が川面まである。
僕は躊躇うことなくその階段を降り、五メートル下の川の中に足を入れた。
瞬間、あまりの冷たさで両足が震えた。
橋の上からでは分からなかったが、近くで見ると水はかなり汚れている。
家庭の排水や商店街から出た汚水が合わさっているようで、水位も膝上まである。
当然長靴は埋没し、中に冷たい汚水が入り込む。
それでもゆっくりと足を動かす。
歩くたびに足が重く感じられ、次第に冷たさで痛くなってきた。
「……、……」
問題は寒さでなく、水が濁ってて川底が見えにくいことだ。
無くした財布には色とりどりの折り紙を貼り付けていたから目立つはずなのだが、ここまで汚いとゴミと折り紙の区別がつかない。
それに所詮は紙だからもう剥がれて財布の形をしていないか、入っている肝心のムカデ(愛里のお父さんの形見)が出てしまっているかもしれない。
だけど、それでも何とかして見つけてやりたかった。
あのムカデは、愛里にとってかけがえのない物、単なるおもちゃじゃないんだ。
「絶対に見つけてやる。それが男だ!」
川岸から少しづつランディングネットですくっては、入っているゴミをより分けて財布のような物やムカデを探してみるが、なかなか見つからない。
それに川底は大小の石が不規則にあって、細かい部分に財布が引っ掛かっている可能性もある為、あやしい部分はどうしても手探りで確認する必要があった。
幸いなのは川の流れが緩やかなので、ムカデはそれほど遠くには行っていないはずだ。
「今は午後三時過ぎだ。夕飯までには見つけるぞ! よーしっ!」
寒さに耐えながら中腰で作業をする。
もう殆ど田植え状態だ。
一時間は経っただろうか、腰が痛くて何度も背伸びをした。
振り返ると橋が遠くに見えた。
冷たさで手と足の感覚は、とっくに無くなっている。
ホッカイロでも腹に入れときゃ良かったなと後悔したが、取りに戻る為に一度この川から出ると、もう戻れそうになくて、だからそのまま続けた。
やがて辺りが夕焼けを過ぎて、暗くなってきたと思ったら、ぽつり、ぽつりと水滴が落ちてきた。
「うっわ! 雨かよぉ~」
いや違う。
みぞれだ。
ぱらぱら落ちては、水面に波紋を作っている。
冷たいみぞれを吸い込んだトレーナーは、下着を濡らして直接僕の素肌を凍らせた。
がちがちと、口がうるさく鳴りだす。
くっそ――っ!
ついてない。
本当に僕は、何をやるにしてもついてない。
そんな時、川の上から声が降ってきた。
「おーい。なにをやらかしたんだ? 坊主」
僕を坊主呼ばわりするのは、《広島県人が野球と言えばカープ》カープ愛が異常過ぎるおっちゃんだった。
僕の家の近所に住んでいて、この商店街で居酒屋を経営している。
「ええ。ちょっと探し物です」
「ほう。わざわざこの雨の中をな。それはそれは。
でもそろそろ止めたほうが良いぞ。満潮が近いからな」
そう言われれば膝くらいだった水位が、今はもう太腿くらいまであり、穏やかだった流れも早くなってきている。
暗くもなっているので、ライト無しでは難しい。
「そうですね。ありがとう」
そう僕が言うと、「ほどほどにせーよ」とおっちゃんらしく心配してくれ、カランコロンと下駄を鳴らしながら何処かへ行ってしまった。
なんとか愛里のお父さんの形見だけは見つけてやりたかったのだが、この水流では遠くに流されているだろう。
諦めるしかないのか……。
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