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☆綾部さん

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 岩田と二人で広水駅から高校までの道のりを、同じように通学している女子生徒に注目を浴びながら歩いて約五分、やっと校門をくぐった。

「おはようございます。先輩っ!」
「きゃーっ! おはよう岩田センパイ」

 剣道部の朝連に向かう女子に挨拶をされた。
 二人とも岩田の剣道部の後輩で岩田ファンの一年生だ。
 全国レベルの剣道の実力を持つ岩田を崇拝している剣道部員は多いし、アイドル並みの容姿だから一年生にも人気だ。
 
「うむ。おはよう」

 いつも通り岩田の返事は愛想笑いが無い。
 後輩部員くらい可愛がってやればいいのに、と思う僕のほうがおかしいのか?
 うーむ。
 右側の子は可愛い顔をしていて、個人的に良いと思うのだけど。 

「えあっと……山柿センパイも……おはようございます……」

 思いが通じちゃったのだろうか、右側の子が僕に返事をしてきたぞ。
 逆に左側の女子は岩田に駆け寄ろうとして一歩身を引いた。
 隣の遺物に気付いたようだ。

「おはよ……」

 僕なりの笑顔で二人に答えてやったのだが、思いは届いてないようだ。
「ひぃいい」と怯えている。

「馬鹿物!」

 岩田が一喝した。
 びくっとなる一年女子。

「少々の事で心を乱してどうする。それでも剣道部員か」

「すすいません……」

 しょんぼりした一年生は、ぺこりとお辞儀してそそくさと駆けて行ってしまった。
 すご過ぎだよ岩田。
 容赦無いな。
 まあ、怒られたからって、恨むような関係じゃない。
 岩田は部活では面倒見の良い先輩だったのだから。
 
「おはようございます!」
 
 再び後ろから飛びっきり綺麗な声がした。
 また岩田にかと反射的に振り返ると、学生鞄を両手で抱えたぱっつん前髪の女子高生。
 赤いマフラーを首に高く巻いて口を覆っている綾部さんだった。
 僅かにはにかんで岩田を見ている。昨日の続き(リベンジ)なのか? 
 それにしても凄い精神力。
 綾部さんの心は折れないのだろうか。関心してしまう。

 綾部さんは少しだけ顔を引きつらせたが直ぐに笑みを作った。

 はいはい、僕の顔は覚悟してても怖いですから。
 でもありがとう綾部さん。
 気を使ってくれて。
 お邪魔虫はさっさと退散しますから、どうぞ意中の岩田と今度は上手くやってくださいね。

 相変わらず岩田は、女子が介入してきたので無表情モードだ。
 また悲惨な告白&即振りが起きるのだろうか。
 待てよ。
 てー事は、つまり綾部さんも陰で僕を糞味噌に言っていた付き合う価値がない女性という事になるが、本当だろうか。 

「じゃ。先行ってるからな、岩田」

 そう声をかけ僕は駆けだした。
 できれば振られる現場は見たくはない。
 とっとと教室に入るのが懸命だ。

「あっ待って。山柿くん!」

 二人を残しダッシュで十メートル離れた所で、ずしゃぁああ!! とローファーを滑らし砂煙を上げながら停止した。

 気のせいだろうか、呼び止められたような……綾部さんの声で。
 K大入試と愛里の件で悩まされ、最近の睡眠不足が祟ったか。
 いよいよ幻聴まで聞こえてきたぞ。

 ゆっくり振り返り、僕? と自分の顔を指差すと、本校一の美女はこくりと頷いた。
 おいおい……。
 悪い予感しかしないんだが。

 過去に女子に呼びとめられたケースは――、

『あんたの顔に驚いて、生理不順になったんですけど』
『あんたの怖顔で、オシッコちびったじゃない。どうすんのっ』
『驚いて転んだ拍子に、ほら。見て。水たまりでスカート泥だらけ。クリーニング代弁償してよね』

 ――など苦情多数。

「なななんでしょうか?」

 僕はゆっくりと戻る。綾部さんは答えず、隣のイケメンに微笑んだ。

「いいかしら。少し山柿くんをお借りして」

 借りる? 

「断る」
 
 不思議な言葉を解析する間もなく岩田が即答すると、綾部さんの顔がさっと曇った。

「あら? なにか不都合かしら」

「そういうお前が、好きではないからだ」

 岩田が無表情で言葉を返してゆく。

「そうなの……。では嫌いではなさそうね。普通ってところかしら」

「うむ。短的に嫌いと言えばよかった」

 え? なになに? ふたりは深い知り合いなのか?
 僕と違うところで勝手に会話がされているぞ。

「そう。また私は斬られたのね。剣道みたいに」

 そう言って綾部さんはまた微笑んだが、岩田は依然として無表情のままだ。

「じゃ、この場で山柿くんに直接言うわ」

 おいおいおい。何を言われるのだ?
 昨日岩田に速攻で振られましたが、あの時僕が何か粗相(そそう)をいたしましたでしょうか? 
 大丈夫? と気を使ったつもりだったのですが。
 
「貴方に興味があるので、お話しがしたいのですけど」

 興味……? 益々不思議な事をいう。

「僕にですか」

「そう。よかったら放課後に付き合ってもらえないこと?」

 付き合う……。
 付き合う……、告白シーンでよく使用されるが、現在の意味が違うことくらいは僕でも分かる。『折り入って話しが』的な、どうせ岩田との仲を持って欲しいの、とかだろう。

「はあ……」
 
 受験前に、どうしてこう色々起きるんだよ。
 周囲の生徒にも綾部さんのセリフが聞こえたのだろう、面白そうに僕たちを見つめている。
 
「もうすぐ受験なんだよ。悪いんだけど勉強――」

「K大学でしょ。教育学部」

 僕が言い終わらないうちに綾部さんが言った。

「え?」

「読み取りにくいけれど、その顔は意外って顔ね。
 どうして志望校の学部まで知っているんだって」

 ご名答です。

「だったら、私も受けるって言ったらもっと驚くかしら?」

 へーっ。綾部さんも教師希望? 
 だったら放課後に話しとか余裕ぶっこいてて良いんかいな。
 来週試験なんだぞ。
 そこでピンときた。そうか!

「もしかして岩田の志望校だからか?」

 綾部さんはじっと僕を睨んでから「……それもあるわ」と言った。
 そして続ける。
 
「で放課後の件なのだけど、まあ貴方が受験の追い込みをしたいと言うのなら、無理に引きとめはしませんが……」

「コレ……」とスカートのポケットから抜き出したのは封筒だった。

 見覚えがあるなんてモンじゃーないぞっ!  
 昨日岩田家からの帰り道で、風にさらわれた謝罪文が入ったヤツだ。高く舞い上がり、闇にまぎれてしまって探しようがなく諦めていたが……。

「昨日ねえ。たまたま帰宅していたらコレを拾ってしまって。
 悪いとは知りつつ、興味深く読ませて頂いたわ。山柿くん」

 読んだ? あれをか……。
 拾った相手が悪すぎるっ! 
 なんでまた。よりによって綾部さんに全てを知られてしまうのか。トイレ事件の全貌を。
 隣の岩田が不思議そうに僕と綾部さんを見比べている。
 こんな形で岩田に知られてしまうのか。
 出来るならば潔くちゃんと僕の口から打ち明けたかった。

「世の中には凄い事をするやからがいるものなのねえ。山柿くん」

 綾部さんの視線が痛い。
 軽蔑されている目一杯。

「内容がとても素晴らしいので、コピーしてみんなにも読んでもうらのが良いと思いませんか?」

 何を言いだすこの女。
 あの女神っぷりは、癒さしの笑みはどこに消えた? 
 確かに僕のやった行為は許されないものだが、このやり方はどうだ?
 男子の憧れの人がこんな腹黒い笑みを浮かべるとは、誰も想像できないだろう。

「もう一度訊ねるけど、私と付き合ってくださらない」

「分かった……」

 こいつの狙いはなんなんだ? 
 隣の岩田の表情はとても険しかった。




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