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★合格

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 数時間後。
 眠れません。ぜんぜん。目を閉じてもぜんぜん。
 山柿さまが気になって、男の人をずっと考えるのは初めてで、それで眠れないなんて驚き、初恋恐るべしです。

 このままでは朝まで考え、学校へ行っても考え、明日の夜も考え、山柿さまと再会するまで不眠は続き、もし一生会えないと一生眠れなかったりして。あたしは世にも奇妙な不眠女としてテレビにも取り上げられたりして、そしていつかバタリと倒れてしまうのです。
 やっと眠れたと思ったら永遠の眠り。

 嫌です! 
 嫌です嫌です嫌です嫌です嫌で――すっ!

 そうなったらママは悲しむでしょう。兄さんは号泣するかも。
 ダメ、二人の悲しませるくらいなら……よしっ! 
 ここは健康の為にも思い切って兄さんに訊ねてみよう、いつ勇者さまがお家に来るのかを。
 知れば、すやすや眠れそうなので、さっそく兄さんを探してリビングへ。

「兄さーん?」

 誰もいません。兄さんのお部屋かな? 
 向かう途中、お風呂の脱衣所で着替え終えたばかりの兄さんがドライヤーで髪を乾かしていました。

 あうーっ! お風呂上がりだったのですねっ!  
 もう少し早かったら、お着替えシーンが見れたかも、うーん……残念です。

「おう愛里か。どうした?」

 兄さんは相変わらずニコニコしています。
 お外では無口のぼっち変人なのですけどね。

「あっ、えっと……あのね、えっと……」

 なんだか言い難くなってきました。

「ん……?」

 山柿さまにお会いするためにがんばらないと。

「あのね……今度いつするの? ……勉強会……」

「ん……」

 兄さんの顔に疑問の色が浮かびました。

「何かあるのか? 愛里には、関係ないと思うけど」

「え。あ。そうだけどぉ~」

 山柿さまに逢いたいからとは言えません。
 どうしょう。
 簡単に教えてくれると思っていたから、何にも考えていません。
 兄さんはあたしの門限に厳しいし、男友だちにも厳しい決まりがあるのです。

『男子と簡単に仲良くなってはいけない。お付き合いは絶対にダメ。お兄ちゃんが相応しい男子を見つけてくるからな』

 と言うくらいなので、あたしが山柿さまに逢いたいと知ったら、歳が離れているとか文句を並べて、会えないようにされます。
 困っていると、兄さんがクスッと笑いました。

「山柿って怖い顔しているだろ?」

「え。あ。うん……」

「男子からは人気があるんだよ。そのかわりに女子にはサッパリだけどね。ははは」

「へーっ」
 
 そうなんですか。良かったーっ、女子から人気がなくて。

「愛里もやっぱりあいつが怖いかい?」

「えーと……、うん。怖いかも」

「うむ。正直でよろしい」

 怖い物を嫌がるのがレディですから、こう言うべきでしょう。

「あのお兄ちゃんって、山柿お兄ちゃんって、兄さんの親友なの?」

「ああ、そうだよ。変かい?」

「ううん。全然」

「うむ。女子は山柿の外見だけで嫌がるけど、兄ちゃんはカッコイイと思うよ。性格もバカがつくほど真面目だしね。兄ちゃんの憧れだな」
 
 まあ……。兄さんの憧れとは凄い人なのですね。

「……あっ。あのね兄さん……」

 アイデアが浮かびました。

「山柿お兄ちゃんのお顔で練習したい事があってね……」

「練習?」

「学校のお友だちとお化け屋敷に行く事になったんだけど、最後まで泣かずに辿りつけるか心配なの」

「山柿の顔で、恐怖に慣れたいってこと?」
 
 キョトンとしてしまった兄さんは、やがて腕組みをして何やら考えているよう。
 なんか白々しかったかしら。

「そうなんだけどぉ~」

 ダメだろうなぁ……、なんて思いながらも、両手を合わせてお願いポーズを作りアプローチです。

 ――響け兄さんの心に。
 たった一人だけしかいない妹の、めったにしないお願いなんですよ。
 そんなに深く考えてないで、『わかった』と軽く引き受けてくれてもいいでしょう?

「そういえば文化祭の出し物で、山柿の顔で恐怖我慢大会をしたいと言いだした事があったな。結局しなかったけど」

 まあ。既に似たような行事をされていたなんて。山柿さまは人気者なのですね。

「でもまあ、良いだろう。だけど勉強の邪魔にならないように、そっと遠くから見ているだけだぞ。それに山柿には愛里が怖顔の訓練をしているとは言わないからな。あれでもあいつはデリケートだから。なんなら明日呼ぼうか勉強会? 今日は殆ど勉強出来なかったからな。俺も聞きたいことあるし」
 
「ほ、ほんとう……っ!? ありがとう!!」

 やったーっ♪ 
 嬉しいっ!

 その場しのぎのアイデアで上手くいってしまうだなんて……兄さん感謝ですーっ。
 あたしに合わせてニコニコしてくれています。

 すると、コンコンとノックの音。開いたドアから、

「憲くん悪いんだけど――」

 現れたのは目の下にクマをつくったママでした。
 化粧を落とし、前髪をヘアピンで留め、黒の半纏はんてんを羽織っています。夕食を終えてからずっとお部屋でお仕事をしていたようです。
 あたしを見つけると「あら。まだ起きてた? 愛ちゃん」と家でしか掛けないメガネを中指で吊り上げました。

「そういえば、さっき連絡があったぞ」

 ママが言います。

「あたしに?」

 何でしょう……? 人差し指を自分に向けました。

「おめでとう。三次合格したぞ、愛ちゃん」

「おお! そりゃ凄い。アイドル誕生なるかだな。最終通ってテレビに出るようになったら、小学校で大騒ぎになるぞ」

 ママの言葉に兄さんがガッツポーズをしました。
 アイドル……? はて。 
 もしかしてママが勝手に応募したトキメキTVのオーデションの事かしら? すっかり忘れちゃってました。

「歌の練習を始めといたほうが良さそうだ。今回落とされたとしても、ママ他にも応募するし」

「えっ?」

「明後日、最終選考だから、明日の夜から大阪に行くぞーっ! ママ俄然張り切るっ!」

「ええっ?」

「じゃあ。勉強会は今度な」

「えええっ?」

 そ、そんなあ……。
 オーデション要らないから、どうか勉強会を、とは言えません。
 しょぼーん。

「今日はもう寝なさいな、愛ちゃん。それで……そうそう、ここに来たのは憲くんにお願いがあったんだ」

「母さん。またですかぁ?」

「悪いわね。最近ストレスと疲労がたまっててね」

「はいはい。いいですよ。俺でよければ」

 兄さんはママについてゆくので、あたしは自分のお部屋に戻るしかありませんでした。




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