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★ムカデのような彼

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 昨日、あれから三十分。結局カーテンが開くことはなくフランケンは見れませんでした。
 だいたい、本当に悪いことをしているなら、とっくの昔に逮捕されてそうだもん。
 まあ、どうでもいいんですけどね。それより、

「おもてなし~。おもてなし~。おっおっおもてなしぃ~♪」

 今日、岩田家初の快挙、お客さまが来られるのですーっ。 
 学校が終わると急いで帰り、クッキーを焼いている間にリビングをお掃除しです。
 兄さんが帰ってきたら驚くかな。
 全てを終えて待っていると、ドスンと鈍い音が後からしました。
 不思議に思い振り返ると、見たこともない大きな脚が二本あり、次に大きな胴体。大きな肩。そして目玉をぎょろぎょろ動かせ、あたしを睨んでいる超巨大な男が立っていました。
 まるでドラクエのラスボスを現実化したようです。 
 あたしは硬直して、小刻みに身体が震えるだけで、声も出ません。怖いのは好きですが、身に危険が迫るのは流石に嫌です。

 いや、でも、もしかしたら、この人が兄さんの親友なのではっ!?
 強烈な個性。兄さんの親友らしいといえばらしいかも。
 だったら怯えるのはたいへん失礼。あたしは幼稚園児じゃないのですから、この程度で動揺してはいけません。
 笑顔でニコニコしなくちゃ。 
 でも緊張してしまって、焦れば焦るほど、頬がぴくぴく引きつります。
 どどどうしょう……。

「あの……いいかな。いいいいいい、いっしょに……」

 一緒にいいかって……あたしと? 
 兄さんと一緒にお勉強するんじゃないの? 何かが……おかしい。
 急に冷やりとした物が背中を撫でました。

 兄さんはどこにいるの? 眼だけ動かし探したのですが見当たりません。お客さまは兄さんと一緒にお家に上がったはず。でも兄さんは居ない。まだ帰宅していない。この人は本当にお客さま?
 あたしはヘビに睨まれたカエルみたいにカーペットに座ったまま、立ち上がることも這って逃げることも出来ません。
 赤ずきんのオオカミさんを思い出しました。

 この人の吊り上がった目。
 ――どうして、ギラギラさせてあたしを見るのかしら?

 この人の呼吸。
 ――どうして、はあはあ息が荒くて、声が震えているのかしら?

 そして、問題のあたしと一緒にって。
 ――あたしに何をするの? 

 物語のようにあたしを食べちゃう?
 凶暴な歯で、がぶ――っ! 首がすこ――ん! 流血ぶしゃ――っ! 
 惨劇です。ガタガタと膝が震えてきました。

「ににに、兄さんの……、おともだち?」

 そうであって欲しくて、もうお願いに近いレベルで訊ねました。  
 すると大男は不気味に微笑み、じぃ~っとあたしを睨みつけ震える低い声で、

「はははは、はい。ややや、山柿って、いいい、います。へへっへ」

 凄く不自然です。絶対におかしい。言葉がおかしい。
 どもる人がいますが、あれとは違います。悪だくみをしているような、家宅侵入してきた犯罪者ではないかしら。
 いつも玄関のカギはちゃんと閉めるのに、今日はお客さまが来るから、わくわくしてついカギをかけ忘れて……。どうしょう。
 もうすぐ兄さんが帰ってくるから、それまで時間稼ぎをしなくちゃ。

「あ愛里です。小学三年生なの」

 平静を装い無理やりニコニコ。作り笑いだと絶対にバレバレですけど。

「あ、愛里ちゃんか。……あ、僕は、今日は……」

 大男がはあはあしながら、どんどん近寄ってきます。
 泣きそう。胸が苦しい。助けてっ!
 後から思ったのですが、あたしはニコニコのお顔を作ったまま、泣きそうになるのを我慢するという、小三にしては器用な事をしていたのでした。
 
「勉強できたんですよ」
 
 ポロリと言った、その言葉は『勉強』
 ……お勉強。
 大男の側に学生鞄が落ちているし、中からお勉強道具が飛び出しそれが《K大入試問題》なのです。
 じゃあこの怖い大男さんがお客さま? 
 うそ。

「あの……兄さんは、どこに……」

「あぁ、着替えてくるとか」

 なんだ。そうなんだ……。お客さまに分からないよう、ほっと溜息。
 これは恥ずかしいマネをしてしまって。バレてないかしら?  
 しれっと座りなおし。
 
「兄さんから聞いてます。あの、よかったらこれ……」

 改めてクッキーを差し出しました。
 すると、ごつごつした巨大な手が伸びて、大きなお口へ放り込まれました。
 ザクザクザク。バリバリバリ。
 クッキーが粉砕されております。見事です。
 食べ終えると、また手が伸び次々とお皿のクッキーが消えてゆき、ひと通り食べ終えると、あたしに細い眼をギラリと光らせました。
 
 ひいぃぃぃ――っ!
 ななな何かソソウがっ……。 

「美味しい」

 えっ、……何だ、良かった……。
 再びクッキーたちがお口の中へ。怒った巨人が食べているようです。
 でもよくよく見ると味があるお顔というか、憎めないというか、隠された優しさというか、怖さを耐えるとやってくる心地よさというか。
 怖いって知ってても、ついつい入ってしまうお化け屋敷みたいな人です。

 山柿さんが帰宅した後で、兄さんから山柿さんが怒ってなくて、元々そんな顔の造形だと知らされました。

 ――なんとっ!

 怖顔のお陰で女子生徒から暴言を吐かれているとも。

 ――お気の毒!

 生まれながらハンデを背負っている山柿さんは、まるでムカデのよう。
 ムカデもただ生きているだけなのに、嫌われて叫ばれて、酷い時には踏み潰されて殺されちゃいます。
 人間なのでそこまでは無いにしても、それでもなんて可哀想な方でしょうか。
 
 それからというもの、別に意識しているわけではないのですが、あの怖いお顔が思い出されてなりません。
 震えるほど怖いのですが、あたしは素敵だなと思ったのでした。

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