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☆プロローグ 山柿
しおりを挟む「聖これ、お隣さんにね~♪」
高校から帰宅した早々、母さんから胸元に突き出されたのは綺麗な箱だった。
見るからにプレゼント。何が入っているのかは予想できる。
しかし……。
「だから、なんで僕なんだよ」
箱をそのまま母さんに押し戻す。
が、受け取らない母さん。
「あら。いいじゃない聖。母さんの自信作なのよ、アボカドレアチーズケーキ。それでね」
母さんはニコニコしている。数年前から始めたお菓子作りなのだが、みるみる腕前を上げて今ではプロ顔負けの美味しいのを作って自慢顔とくる。今も僕に、このなんちゃらケーキの出来がどれほど良いかを説明しているんだけど、問題はソコじゃない。
分かっているくせに、意地が悪い。
「自分が持ってけばいいじゃないか!」
母さんに箱を無理やり突っ返した。
もう直ぐK大受験なんだ。精神的に弱るような事はなるべくしたくないんだけど。
「そう言わないの。何事も経験なんだから。お隣さんは昨日越してきたばかりの若夫婦でしょ。いい機会じゃない《あなた》を知ってもらうの」
再び返ってきたなんちゃらケーキが入った箱をじっと見つめる。
「隣りの人は、僕の情報を……それなりに知っているとか」
「全く知らないでしょ」
母さんはケラケラ笑う。
ダメだろう。絶対にダメに決まっているだろう。
「K大に合格して大阪に住むんでしょ? だったら対人関係に抵抗があるようじゃあ~ねえ。だから、ほら」
言っていることは間違ってはいない。正論だ。
だけど、大丈夫なわけないだろう……僕だけで。『隣りに住んでいる山柿ですが……』っていきなり僕一人は危険。近所付き合いは慎重にするべきだろうに。
相手は結婚している大人の女性だからそれほど衝撃はないかもしれないが……、それでも引っ越して来たばかりで予備知識が無いのは不味い。
「もしかして、怖いの?」
「ななな、んなわけないだろ!」
「まあ。男らしいわぁ。じゃOKなのね」
「あったりまえだっ。行ってやらあっ!!」
自分の息子をなんだと思っている。ケーキを持って行くぐらい、なんだっ!
啖呵(たんか)を切って自宅を出て、隣の家の玄関のチャイムを鳴らしはしたが。
「はーい。谷本です」
インターフォンから届いたのは、ソプラノの可愛い声。
「隣りの山柿ですが。あの、」
「はーい。少し待ってくださいねっ♪」
軽やかな声を残してマイクは切れ、パタパタと廊下を鳴らすスリッパ音。
わっちゃーっ。いきなりってパターンじゃないか、最悪っ!
どうする。ケーキだけ置いて逃げるか? いや、ここの奥さんが大人だと信じて待ってみよう。
そう心に決めて、
十秒後。
「ぎゃあああああああああぁぁぁっっ!!」
ほら……やっぱりコレだ。
玄関から出て来た若奥さんに箱を渡そうとしたら、ムンクの叫びをされたのだった。
僕だって無抵抗に放置していたわけじゃない。
僕なりに精一杯の笑顔で安心感をアピールしたつもりだったし、高校の制服のまま届けにきたのも、僕が安心安全な学生さんだと察してもらう狙いだったのだ。
だけどすべてが無意味だった。無残に終わった。
わかりますよ、はい。たぶんこうなると予感してましたから……。
若奥さんは腰を抜かし、廊下の床にへたり込んでしまった。震える手で僕を指さし、あうあうしながらも「けけけ警察っ!!」とかすれた声で携帯電話をいじっているのだ。
「あの……もう一度言いますけど、僕はお隣の山柿です」
僕は若奥さんの近くにそっと箱を置いて静かに話した。
若奥さんが絶叫してからもうだいぶ時間が経過している。そろそろ冷静に事情が呑み込めてくる頃なんだが。
「あの……これ。母さんの自信作だそうで、よかったらご主人さまと一緒に食べてください」
返事はない。いや、まだ返事が出来ないようだ。
やはりドアを開けるなりの出会い頭だったのが衝撃度を上げたのだろう。気の毒に。気絶しなくて良かったと思うべきか。
未だにお化けでも目撃したかのような形相のお隣さんに凝視されながら、僕は深く一礼してドアをゆっくりと閉じると、大きなため息を吐いてから自分の家に戻った。
――突然僕と鉢合わせして絶叫しなかった女子はまずいない――。
原因は毎朝カガミで見る僕の顔。
大きな四角い顔は、日焼けしているわけでもないのに黒くて肌はサメのようにがさがさ。
一重まぶたの小さな目は、暴力的に吊り上がっていて、ぱっと見でガラの悪いヤクザ。
怖顔だから、話し掛けてくる女子はいない。近寄ってなど絶対こない。
僕がどんなに女子に親切にしても、どんなにテストで良い点取ろうと、スポーツで結果を残してもだ。
遺伝元の親父を恨みたくなる。
「あら。いい悲鳴だったわね~っ」
帰還した息子を出迎えた母さんの第一声だった。
「まあまあまあ、何事も訓練だから」
慰めているつもりだ。ニコニコと。気楽なのだ。
母さんの考えは良く分かる。とても分かっている。だけどこの僕にどうしろというのだ。どう訓練しろというのだ。
いっそこの顔を整形手術するか、外を出歩く時は覆面をかぶるかしないと、勝手に恐怖する女子たちを止める事はできない。
「そんな顔しないの。後でちゃんとお隣さんに言っておくから」
母さんは良いよ。普通のまともな顔だから。だから僕の気持なんか半分も分かってないんだ。
「夕飯の前に風呂に入りたいんだけど」
そうなんだ。こんな不安定な精神状態の時は、暖かい風呂に入って気分をリセットしないと、入試勉強に集中できるわけがない。
僕はとぼとぼと二階へ上がり、自分の部屋のドア壁に掛かるコルク製のタグを《勉強中につき立ち入り禁止》に変えて入った。
こうしておかないと、母さんはずけずけと息子の部屋に入ってくる。これで一応はドアをノックしてくれるからだ。
部屋に入ると、一つだけある窓のカーテンも引いておいた。
僕の部屋の窓からは隣の公園が見えるのだ。山の上公園といって、大きく盛り上がった小山の上にあり、夜になるとデートスポットになったりする。その公園が我が家の二階より高い位置にあるので、カーテンを引かないと中が丸見えになっちまうのだ。
よし! これで外からも見られる事はない。
自分の部屋が完全密室状態に成ったのを確認してから、クローゼットの扉を解錠した。
このクローゼットは家のリフォームの時に押入れを改造したものなので奥行も広い。
扉を引き開けると、暗いクローゼット内の三段ボックスの横、大きな透明な家が姿を現した。
「ただいま」
静かに挨拶をしてから照明のスイッチを入れると、カチカチッと点滅の音。青色の光に照らされ、薄ぼんやりと浮かび上がったのは、大小色とりどりの住人たち。
それぞれクリスタルの棚にポーズを決めて立ち並んで静かに僕を見つめている。僕は後ろのベッドに腰を下ろしてから、ゆっくりと眺めさせてもらう。
「美しい……。とても美しいよ……みんな……」
長い溜め息を吐いた。
『『『ありがとう。聖くん』』』
五十五人の彼女たちが僕に返事をしてくれた。
彼女たちとは、三年前から集め始めた手の平サイズから四十センチを超えるサイズのフィギュア五十五人であり、三段ボックスに入っている幼女写真集などもこれに含まれる。
言っておくが間違っても僕は変態でもなければロリコンでもない。
フィギュアや幼女写真集を変なコトの為に使用したりするつもりは全く無く、写真集もアダルトコンテンツが極力含まれない物、健康的な物を選んで購入している普通の男子高校生である。
悔しくて腹が立ったり落ち込んで泣きそうな時は、彼女たちに愚痴を聞いてもらったり、手に乗ってもらって、じっと愛(め)でているだけで、心がすうっと浄化される。まさにオアシスであり回復薬。
ここ数年は毎日のように癒されてもらっていて、本当に彼女たちには感謝している。
朝、家から出ると聞こえる、くすくすと笑い交じりの女子たちの視線と会話。学校に行ってもそれは同じ。
僕のこの怖顔が原因で、どれほど精神的にダメージを食らうか、心の疲労が激しいか、普通の人間にはわからないだろう。
彼女たちと出会わなければ、僕はおかしな人間になっていたに違いない。それこそ僕を笑い物にする女子ばかりを襲う変質者になっていたかもしれない。
だから絶対に手放せない彼女たち。もし無ければ生きてゆけない。
でも僕はまだ、両親には彼女たちの存在を打ち明けてはいない。
厳格な親たちだったりする。昭和の古い考えをする人たちなのだ。癒しの効果など言っても理解してくれるはずがない。
一人息子がフィギュアや幼女写真集を集めている。それだけで『小さな女の子が遊ぶような物を集めて、お前は頭がおかしくなったんじゃないのか!」と一喝してフィギュアは粗大ゴミ行きだ。
幼女写真集は焼却されるだろう。僕は歪んだ精神を元に正す為、お寺に修行へ放り込まれそうだ。
だがしかし、いずれ何処かで、彼女たちを紹介しないといけない時がくると覚悟はしている。
ひとしきり堪能した僕は、いつものように彼女たちから一人だけ僕の手の上に招待した。
サキ、マヤ、アスナときて、順番だから今日触れ合うのは五十五日ぶりとなるミユだ。
偶然かこの子は完全防水加工を施されている。一緒に風呂に入ることにした。
「よろしくな」
『うん……』
ミユは少し照れながら返事をしてくれた。
母さんに見つからないよう替えの下着に隠れて貰って、僕たちは風呂を共にした。
愛は生ある物同士だけのものではない。
過去にした生身の女性への恋は悲惨だった。報われない恋など無意味、傷付けられる恋など無意味でしかない。
生身の女性なんかに興味など持つべきではない。持ちたくもない。
僕は一生彼女たちと過ごす。寂しくなどない。
絶対……。
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