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爆発
しおりを挟む安城宅。
「佐藤から聞きました。昨日は貧しい少年と関わっていたそうですね」
朝の食事をしていたら、ママが気に入らない顔でティーカップを傾ける。
「あ、あれは、その……」
友だちの家柄をママはとても気にする。
上流家庭の子供としか付き合わせたくないらしい。
前の彼はママのいち押しだったが、あたしは嫌いだった。
「新しい学校の生徒は調べてあります。
貴方にふさわしい子のリストは渡してあるでしょう? 友達はあの中から選びなさい」
また容姿や家柄だ。
ママは見た目が需要なんだ。
あたしの好みなんか、どうだっていい。
ママが自分の家族がどう見られるのかがすべてなんだ。
くだらない。
人の価値なんて、外見だけじゃぜんぜんわからないのに…………。
ママと一緒にいたくない気分だから、早めに学校に行くことにした。
校門前でハイヤーから降りると、ちょうど登校してきた生徒たちからの視線が集まる。
感心がこの金色の髪と青い瞳だというのは解ってる。
どこの学校でも同じ……、そんなに珍しい?
あたしがもっと小さいころ《外人もどき》とからかわれたのを思い出した。
教室に入ると生徒は四、五人ほどで、期待していた遠山くんの姿は残念ながらやっぱり見えない。
することもないので、自分の席にカバンを掛けてから座った。
さて、いつどうやってこの手紙を渡すか……。
漫画みたいに下駄箱に忍ばせるのは嫌。やっぱり手渡しがいい。
遠山くんは今日も無口だろうけど、できればその無口の度合いが酷くない時に渡したい。
「ねえねえ、安城さんは、彼氏とかいるのぉ?」
そう甘えた声で、いきなり女子生徒が訊いてきた。
ふわふわした栗色の長い髪。タレ目で妙にニコニコさせている。
なんだ、この子……いきなり図々しい。
どこにでもいるのよね、好きになれないタイプだ。胸の名札に栗原と記されている。
「あ、いや。……今はいない」
「今はってことは、以前いたってことぉ?」
それを知ったからって、どうするつもり?
あたしと恋話しがしたいわけ……?
「ま、まあね。栗原さんは?」
「えへへへっ……。あたしはねぇ……実はねぇ……。
どっしよーかなぁ……」
このもったいぶった言い方、腹立つ。
別に聞きたきゃないけど……、まあ話しを振ったあたしが悪いか。
「……遠山くんが、いいなって思ってるのぉ」
「うそっ!」
照れ顔で舌をちろりと出してる栗原さんに、つい反射的に聞き返した。
「えへへ。言っちゃったぁ~」
遠山くんは女子からそこそこ人気があるとは思っていたけど、このロリっ子も狙ってるのか……。
まあ顔は悪くないし、学力校内一位と有名人だから、意外とかなりの数の女子から好かれているんじゃないだろうか。
「安城さんは、遠山くんの隣に座ってるから言っちゃったぁ~。
彼って、意外とイケてると思わない?」
なにそれ、牽制しているつもり?
先に言ったもん勝ちってコト?
「そうね、芯が一本入ってる感じがいいね」
「うんうん、そうだよねぇー。あたしはねー、五年の時から好きなんだぁ」
ほうほう……、手を出すなよ、って言ってるのと同じじゃん。
どうしょう。あたしも好きだって言っとかなきゃマズイかな……。
まあ、言ったからって本人の遠山くんがあたしを選ぶとは思えないけど、言わないでいると栗原さんの恋に協力するみたいな雰囲気になるだろうし、今後このペースで勝手に話されるのは気に入らない。
「へーそうなんだ。確かに遠山くんって素敵だね。
あたしも良いなと思ってたけどね」
そう、転校生のあたしとしてはこの程度が良いだろう。
この子の機嫌を損ねない程度に、あたしがもしかしたら将来遠山くんをすきになるかもしれないと予感をさせるくらいが丁度良いね。
「あら意外。安城さんて、そんな風に遠山くんのコト思ってたのっ?」
「えっ……、変?」
「変って言うか……、安城さんと遠山くんって昨日ほとんど話してなかったじゃない? だから」
うえ……。見てたんだ、このロリっ子。
いつの間にか教室内は登校してきた生徒で賑わっていて、その数名があたしの席の周りに集まってきた。
栗原さんはそれっきり口を閉ざし、話題はいつしかあたしの持ち物や家柄のことばかり。
興味がママと似ていてうんざりしながら受け答えしていると、
「だけど、安城さんと正反対だな、遠山は」
男子の一人が、笑いながらそう言い出した。
「かたや大金持ち、かたや大貧乏。あいつ、いつも同じ服着て、洗濯しないのかねえ。そろそろ来ると思うけど」
続けて他の男子も楽しそうに口を開く。
「いまあいつ、妹を保育園に送ってるところじゃない?」
ニヤニヤ薄ら笑いを浮かべる二人を、他の生徒は軽く頷き黙認していた。
なにこの男子二人……。
黙って聞いてれば遠山くんの悪口ばかり並べて、なんか腹が立つ。
「そうかもしれないけれど、でも、遠山くんて頭いいんじゃない」
ついあたしは、遠山くんのフォローをしてしまった。
「まあね、学力だけはね。
必死にお勉強してるみたいだし、自分が貧乏で悔しいからじゃないの?
立派な人間になるためらしいよ」
二人の男子だけが、ベラベラ遠山くんの悪口を言い合い、他の生徒は反論するわけでもなく、申し訳なさそうに顔だけ笑っている。
なにこれ最悪じゃない。
他のみんなも、同級生の悪口を言われて黙っているなんて。
そして栗原さんっ! あなた何黙ってんの?
遠山くんのこと好きじゃないのっ?
一緒になって苦笑いしているなんて、アホっ!
あたしが栗原さんを睨むと、視線をさ迷わせ困ったように俯いた。
なんだ、そんの程度だったの……、呆れたわ……。
あなたに遠山くんを好きになる資格なんてないんじゃない?
リーダー格と思われるのは、胸に堀と記された名札を付けた長身の男子。
その口の悪さに拳を握り締めた。
「と……、遠山くんって、クラス委員長じゃないの?
みんなが選んだ人をそんな風に言うのは、ちょっと、どうかなあ……」
爆発したいのをぐっと押さえ、あたしは極めてオブラートに言葉を流した。
「ああ、安城さんは転校してきたばかりで知らないんだった。
委員長って言ったって、みんな面倒くさくて、誰もやりたくないから、あいつに押しつけただけなんだよ。
別に遠山が適任だとかで決めたんじゃないんだ」
ヘラヘラした男子の物言いに、他の生徒も同感と言わんばかりに、頷き認め合ってる。
もうだめ、あたし。
前の彼氏にやったみたいに、また、やっちゃいそう……。
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