転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ

文字の大きさ
上 下
48 / 78
新しい街

26

しおりを挟む

サリアに背中を押され、俺はネルの部屋の前に来ている。扉1枚向こうにはネルが居るはずだ。扉をノックするだけなのに、名前を呼ぶだけなのに行動に移すことができない。
ネルは呆れているのだろうか、それとも怒っているのだろうか。忘れていた両親や上司の目を思い出した。何かをする度に睨まれたあの目。何を言っても聞いて貰えず、最後には自分の意見を言うことすらなかった。

首を振り思い出したものを消し去る。考えてばかりではダメだ。悪いことしか考えられなくなる。俺は聞くって決めたんだ。

何度か深呼吸をすると、目の前の扉を数回ノックする。

「どうぞ」

中からネルの声がする。声からは怒っているのようには感じられない。ゆっくりと扉を開くと中に入っていく。

「ソラさん…」
「ネル……ごめん!!俺はバカだからネルの考えてることが分からなくて。ご両親に会ったり、里に帰ることが1番良いんだと決めつけてたんだ。ネルを怒らせるつもりなんてなかったんだった」
「ソラさん。泣かないでください」

ネルの言葉に初めて自分が泣いていることに気がついた。触れた頬は涙で濡れている。泣くつもりなんてなかったのにどうしてだろう。

「ごめん。泣くつもりなんて」
「ソラさん。私は里に帰りたくないわけじゃないんです。里には帰りたいですが、今はまだ帰りません。私は助けてくれたソラさんやライドさんのお役に立ちたいんです」
「そんなの気にしなくて良いのに」

俺の言葉にネルはゆっくりと顔を横に振る。

「これは私の気持ちの問題です。お願いします。今は一緒に居させてください」
「うん。わかった。ごめん、ネルの気持ちも考えずに。でも帰りたくなったら絶対に言って。絶対に里を見つけるから」
「はい。ありがとうございます」

ネルがふわりと微笑む。ネルの笑顔をみるとやっぱりドキドキしてしまう。落ち着け俺。ネルは60歳なんだ。俺の5倍も年上の人だぞ。それに魔法を使ってライドと同じくらいの年になったとはいえ、もとの見た目は俺よりも年下なんだぞ。落ち着け!

「ソラさん?どうしました?」
「う、ううん。なんでもない。おやすみネル」

深呼吸をして落ち着いたら、ネルと二人きりのこの状況がすごく恥ずかしくなった。ネルに挨拶をすると慌てて自室に戻る。サリアは既に戻ったみたいで、部屋には誰もいない。けれどいなくて良かったと思う。絶対に顔が赤くなっているから。

「サリアのおかげだな」

自分の気持ちを相手に伝えることがこんなにも怖かったなんて忘れてた。前世では伝えることすら忘れてたもんな。それにあんなことでなくなんて…中身はアラフォーのオッサンなのに。恥ずかしい…

「今日はもう寝よう」

明日サリアに会ったらお礼をいわなきゃな。夕方に寝たはずだったが、ベッドに横になると俺はすぐに意識を手放した。











「あ、サリア。昨日はありがとな」

俺は朝食前にサリアに会いに行った。ご飯が始まると忙しくなるからだ。

「気にしないで。えっと…何かあった?」
「何かって?」
「ううん。気にしなくていいの。じゃあ朝ごはん持ってくるから待っててね」

サリアは顔を赤くしながら厨房へと入っていった。何かって何なんだろう。不思議に思いながらも椅子に座って朝食が来るのを待った。

その後ネルも起きてきて一緒に朝食を食べた。今はライドの家まで一緒に向かっている。昨日採掘した鉱石のほとんどをネルのアイテムボックスに入れているから持っていくためだ。

チラッとネルの顔を見上げる。綺麗な横顔だが、昨日みたいにドキドキすることは無い。昨日のアレは綺麗な人をみて驚いただけだったんだな。

「ここがライドの家だよ」

似たような建物の中からライドの家を見つける。家に着いている煙突からは煙が出ており何かを作っているのが分かる。玄関の扉は開けたままになっており、中からは熱気が漂ってくる。
俺達は邪魔にならないよう静かに家の中を覗くと、やはりライドは剣を作っていた。

「しばらくここで待っていようか」
「はい」

今中に入るとライドの集中力が切れてしまうかも知れない。鍛治の事は分からないけど、とりあえず邪魔をしないようにしよう。
そのまま1時間ほど俺とネルは玄関先で過ごしていた。

「待たせたな」

開いていた玄関の方から声がする。振り向くと汗をかいたライドが立っていた。 

「中に入れよ。何も無いけどな」

前回来た時は鍛冶場とベッドしか無い部屋だったけど、今は椅子が一脚増えていた。それでも数は足りないのでネルが椅子、俺とライドがベッドに腰掛けている。

部屋の中には剣や盾がいくつか置かれてあった。

「昨日帰ってから作ったのか?」
「あぁ。久しぶりだったから止まらなくてさ。気がついたら朝だった」
「ちゃんと寝たの?」
「1時間は寝た」
「ライドの鍛冶バカを侮ってた。その様子じゃご飯もマトモに食べてないんだろ。屋台で買ってきたサンドイッチ。あげるから食べなよ」

俺は手に持っていたサンドイッチの入った袋をライドに渡す。このお店のパンが美味しくて任務の時によく買うんだよなぁ。

もちろんサンドイッチはライドのだけではなく俺とネルの分も買っているが、朝ごはんをしっかり食べたのでまだお腹は空いてない。

「サンキュー。腹減ってたんだよ」

俺から受け取った袋からサンドイッチを取り出すと大きな口を開けて食べていく。いつ見てもライドの食べっぷりが良い。食事だけでも金がかかりそうだ。



 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

処理中です...