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第2部 学園

第6章 クラス分け試験

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 そして迎えたクラス分け試験の日。俺達は学園内にいくつもある魔法訓練場の一つに来ていた。
 え? 昨日はどうしていたかって? 昨日は一日中部屋でごろごろしてた。アンもメリーもべったりで離れてくれなかったし。本当はメリーの私服買ったり、アンと王都でデートしたりしようと思ってたのに……。
「少し早く着きすぎちゃったかな?」
「かもね。九時半集合だけど、今は八時半だからね」
「カイ様……、アン様……、いくらなんでも早すぎですって……」
 メリーがげんなりとした様子で言う。
「でも早いほうが色々な人と話せて、友達とか作れそうじゃない?」
「そんなのは入学後でもいい気がしますが……」
「まあ全然人来ないからねー」
 訓練場には俺達以外誰もいない。試験の監督もだ。
「そもそも人来ても話せる雰囲気ではないと思いますよ」
「え? そうなの?」
「はい。みなさん一組に入るために必死ですから。試験のことで頭いっぱいで、話しかけてもまともに会話できないと思いますよ。こんなに呑気でいるのは私達くらいかと」
「呑気って……まあ間違いではないだろうけど」
 聖ガルモンド学園のクラスは三つに分かれていて、上からそれぞれ一組、二組、三組となっている。定員は一組が十人、二組が二十人、三組がそれ以外となっている。全体的に毎年六十人くらいが入学しているので、三組は大体三十人だ。
 そして授業は年間で三学期に分けられ、それぞれに期末試験があり、その結果によって再度クラス分けされる。非常にシビアな環境なのだ。
 そんなことを話していると、
「おや? 僕も十分早いと思っていたのだけど、先客がいるとはね」
 訓練場の入り口のところに一人の男子が立っていた。こちらへ近づいてくる。
「僕の名前はバロン・トゥーン。クトゥル領トゥーン公爵家の長男だ」
 どうやら他領領主家の子供のようだ。
「俺の名前はカイ・フィアリー。ライトア領フィアリー公爵家の長男です」
「私の名前はアン・フィアリー。ライトア領フィアリー公爵家の長女で、カイの双子の妹です」
「私はメリージュ・ケルアー。ライトア領ケルアー男爵家の養女で、カイ様の専属メイドです。見ての通りの淫魔族ですが、どうぞよろしくお願いします」
 今更だが、公然では「領主家」ではなく、「公爵家」と呼んだり、言ったりするらしい。領主家は一律公爵家であり、他が「伯爵」や「子爵」と呼んでいるため、「公爵」の方がわかりやすいのだとか。
「隣の領地の子だったんだね。よろしく」
「はぁ。よろしくお願いします」
「よろしくー」
「よろしくお願いいたします」
 随分と余裕そうな表情。試験によほどの自信があるのだろう。
「それにしても、メリージュ・ケルアー……例の魔族か……」
 バロンくんが小さな声で呟く。しかし、しっかりと聞こえた。アンやメリーにも聞こえたようで、アンは一瞬目を細め、メリーは俯いた。
 俺とアンは示し合わせたかのようにメリーを庇うように立つ。
 それを見たバロンくんが慌てて用に両手を上げた。
「いや、僕には敵対の意思はないよ、そりゃ魔族だし、そういう話は聞いていたから興味深かっただけなんだ。三人とも仲良くしてくれると嬉しいな」
 そうやら悪いやつではなさそうだ。少なくとも寮の先輩達よりかは。
「悪意が無いのはわかりました。こちらも過剰な反応をしてしまいすみません」
「お互い公爵家だしさ、同学年なんだから敬語じゃなくていいよ」
「そうか? じゃあ敬語はやめるよ」
 アンとメリーは無言。俺に対応を丸投げか……。
「うん。そっちの方が気が楽だからね。えーっと、メリージュさん、だっけ? さっきは不快な思いさせちゃってごめんね。悪気はなかったんだ」
「あ、いえ。お気になさらないでください。もう慣れましたので……」
 前言撤回。普通にいいやつじゃん。メリーに対して普通の対応するの、カルヴァール姉妹以来だな。
「メリー、よかったね」
「そうですね」
「それはそうと、バロンくんは随分と余裕そうだね」
「そうみたいですね。よほどの自信家なのでしょう」
 メリーと囁きあう。
「どうかしたかい?」
「いや、随分と余裕そうだなって思って」
「そう見えるかい? まあ、一組は確実だと思っているからね」
「へ、へえ……。凄いね……」
「そう言うカイはどうなんだい?」
「ぼちぼちじゃないかな。少なくとも二組には入れると思うんだけど……」
 そもそも他人の魔法を見る機会が少ないからな。見たことあるのはアンとメリーとミーシャ先生くらいだし。
「そうか。同じクラスになれたら仲良くしてくれ」
「そうだな」
 丁度その時先生らしき人が来た。
「おや? 早いな。やる気があることはいいことだ」
 女の先生だ。鋭い目で男性っぽい印象を受けるが、女声なので女性なのだろう。しかし、それよりも俺は先生の後ろに浮いている巨大な袋に驚いた。
「せ、先生。それは……」
「ん? それ? ああ、これか。これは試験で使うものを入れている袋だ。受ける生徒の人数分必要だからこんなに大きいんだよ」
「そ、そうなんですね……」
 若干いかつい感じの先生の背後に、巨大な袋が浮いていたらそりゃビビるでしょ。
「試験が始まるまではまだ時間があるから、それまで気を楽にして過ごしているといい」
 そう言うと、先生は訓練場の中央に行き、袋を地面に降ろした。何度見ても大きい。
「僕も同じ領地の生徒が来たようだからそっちの方に行くよ。じゃあお互いに頑張ろう」
 入口の方を見ると、確かに何人かが立っているのがわかった。
「わかった。そっちも頑張れよ」
 そう言ってバロンくんと別れた。
「そういえば、アンとメリーの自信はどうなの?」
「私はカイと一緒かなー。二組には入れると思うけど、一組はわからないや。まあカイと同じクラスにはなりたいよね」
「私はカイ様の試験結果を見て、どれくらいの力を発揮するか決めます」
「え? 何で?」
「カイ様と同じクラスになりたいからに決まっているじゃないですか。カイ様より少し低い成績を残せば同じクラスになれて、尚且つカイ様の顔を潰すこともないでしょう?」
「え? あ、ありがとう……? というかそんなことできるくらいメリーは余裕なの?」
「……まぁ、魔族ですし」
「まさかの理由が魔族!?」
「現状、私とカイ様の実力は同じくらいか、やや私の方が上じゃないですかね。……私の方が年上ですし……」
「メ、メリー。今のメリーは十六歳だから!」
「はっ! そうでしたね……。実年齢より四十歳も若い……」
 メリーがどんどん暗くなっていく。
「でも俺より身長低いし、可愛いし、綺麗だし……」
「カイ様……。最後の二つは嬉しいですが、身長低いは褒め言葉になってないですよ」
「あ、ごめん……」
「大丈夫ですよ。カイ様が私を元気づけようとしてくれているのはわかっていますから」
「あはは。これから試験だっていうのに私達いつも通りだね」
「そ、そうだね……」
「まあ、いつも通りでいいんじゃないですか? 変に気負わずに、リラックスして自分の実力を出せばいいんですよ」
「メリーがネガティブ思考から戻ってる!?」
「私はカイ様に合わせて試験を受けるだけですので。まあそんなに心配していませんよ。カイ様はきっと一組に入れると思います」
「え、なんで?」
「カイ様だからです」
 出た。メリーの俺なら何でもできると思っているやつ。
「私はどうなの?」
「アン様は……知りません」
「ちょっと! 私とカイ、実力同じくらいなんだけど!? カイが一組入れるなら私も多分入れるんだけど!?」
「知りません」
「ええ……」
 相変わらず仲良しだね。
「と・に・か・く!」
 急にアンが声を張り上げた。
「カイもメリーも全力を出して頑張ろうね!」
「そうですね」
「まあ全力は出すんだけど……さ」
「ん?」
「アン、大声出したから注目されてるぞ?」
「え? あ。いやあああああああ」
 気が付いたときには周りに生徒がいっぱい集合してて、大声あげてるアンに注目してました。

「よし九時半だな。おい、全員集合だ」
 試験監督の先生が集合の合図をかける。生徒達は中央付近に集まり、緊張した面持ちで先生の方を見ている。普通そうなのは俺達とバロンくんぐらいかな。
「全部で……十五人……全員いるな。それでは試験を始めようか。まずは初めましてだな。私はセシア・レーン。イブルール領公爵家の次女だ」
 へー公爵家なのか。……公爵家なのに教師なんてやっているのか。自由な人だな。普通、公爵家の女性は嫁ぐか、王国魔法師団に入るか、そのまま家にいるかが普通なのに。
「これからみんなには試験内容の説明をする」
 セシア先生はそう言うと、袋の中から円柱の形をした模型のようなものを取り出した。
「みんなにはこの模型に向かって、二十メートルくらい離れたところから一番得意な魔法を撃ってもらう。こう見えてこの模型は魔法具でな、打った魔法の威力や魔力量を計測してくれるんだ。ちょっとやそっとじゃ壊れないぞ。もちろん、私の"眼"でも判断させてもらう。精度や威力、発動までの時間等を纏めて成績とするから、みんな全力を出して頑張るんだぞ?」
 "眼"で判断するってどういうことだろう。威力は魔法具でわかるみたいだけど……。
「じゃあ早速始めようか。魔法を撃つ前に魔法具に触れて名前を言ってくれ。そうすれば魔法具に名前が刻まれて成績がつけやすいからな。では最初は……バロン・トゥーンから」
「はい」
 最初はバロンくんのようだ。バロンくんが立ち上がり魔法具に触れる。
「クトゥル領公爵家バロン・トゥーンです」
 バロンくんが魔法具と対峙する。訓練場に静寂が訪れる。すると、
「刺し貫け『雷針らいしん』」
 そうバロンくんが唱えると、バロンくんの周囲に帯電した針状のものが浮かび、魔法具へと飛んで行った。
 というか、それより……
「ねえメリー。バロンくんが魔法名の前に言っていた言葉って何?」
「え? ああ、あれですか。あれは詠唱ですね」
 アンも興味津々でメリーの話に耳を傾けている。
「詠……唱? って何? 聞いたことないんだけど」
「詠唱というのは魔法の発動を補助するために使う言葉のことですよ」
「でも俺とかアンとかメリーとか詠唱とか使ってないじゃん? あとミーシャ先生も」
「無詠唱で魔法を使える人もいますからね。詠唱というのは長い方が魔法の発動が容易になるんですけど、長い詠唱を使う必要があるということは総魔力量が少ないことと同義ですし、実践ではばれやすいですからね。詠唱は短い方が、強いては無詠唱が一番ですよ」
「へー、そうなんだ」
「バロン様の詠唱は十分短い方ですよ。あと今更ですが、カイ様、アン様、私の魔法は無詠唱ではありませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。私達は魔法を使うとき、その魔法の名前を言っていますよね? それも詠唱の一種なんです。上級者になると無言で使うことができるようになるそうです。ミーシャ様が最初に見せた『浮遊』も、無言で使っていましたよね」
「そういえば」
 確かにミーシャ先生が水晶に『浮遊』をかけるときに何も言ってなかったな。
「知らなかったよ」
「カイ様もアン様も、きっと無詠唱で魔法を使えるようになりますよ」
「そうかな?」
「まあ、詳しいことは学園でやると思いますし、私の話はここら辺で終わりにしておきましょう」
「そうだね」
「なんだか学園の授業が楽しみになってきたよ」
「よし、次だ。ティナ・キャロル」
「は、はい」
 気が付くとバロンくんの試験はとっくに終わっており、随分と先に進んでいるようだ。バロンくんを含め何人か姿が見当たらないことから、試験が終わった人から先に帰ってよいのだろう。
「それにしてもメリーって色々なこと知っているよね」
「そうでもないですよ」
「だって今の詠唱のことだってそうだし」
「そうだよね。凄いよメリー!」
「あ、ありがとうございます」
 メリーが頬を赤く染めて照れる。
 と、丁度その時
「次、アン・フィアリー」
「あ、はーい」
 アンの番が来たようだ。
「呼ばれたから行ってくるね」
「おう、頑張れよ」
「行ってらっしゃいませ」
「うん!」
 アンは大きく首肯して、魔法具の方へ歩んでいく。そして触れる。
「ライトア領公爵家アン・フィアリーです」
 アンが名前を言い、魔法具へと魔法を放つ準備をする。
「『氷弾ひょうだん』」
 アンが使ったのは水属性中級魔法の『氷弾』だ。水属性の魔法は上位のものになるにつれて氷に関わるものが多くなるらしい。
 アンの周りに小さな氷の礫が生まれ、高速で魔法具へと飛んでいく。
 魔法具に当たった細かな氷の欠片が宙に舞い、光を反射してキラキラと光る。
 周囲からどよめきが起こる。
 模型を見ると軽く凹んでいる。
 アンのやつ……腕を上げたな……。
「……。よし、いいぞ」
「はーい」
 セシア先生が手元にある用紙になにやら書き込んでいる。
 アンが俺達の方へ戻ってくる。
「お疲れ」
「ふー。緊張したよ。どうだったかな?」
「よかったのではないでしょうか」
「メリーが言うなら安心だね」
「いえいえ、そんなに期待されましても……」
「うーん、メリー可愛いよぉ」
「わっ、飛びつかないでください。アン様の方が身長高いんですから」
 アンのキャラ崩壊が酷い……。一昨日の夜からアンのメリーに対する対応が小さな妹を愛でる姉みたいな感じになってるんだよね……。
「次、カイ・フィアリー」
 お、俺の番だ。
「それじゃあ行ってくるね」
「うん。頑張ってね」
「カイ様なら大丈夫ですよ」
 俺は立ち上がり、魔法具の方へと歩いていく。
「ライトア領公爵家カイ・フィアリーです」
 俺も魔法具に触れながら名前を言い、魔法を放つ準備をする。
「『炎羽えんば』」
 俺が使うのは炎属性中級魔法、『炎羽えんば』だ。炎を纏った羽をたくさん展開し放つ魔法で、俺が今最も得意とする魔法だ。
 炎を纏った羽が魔法具に襲い掛かる。火の粉が舞い、煙が上がる。
 煙が晴れると、そこには多少融けて煤けた魔法具が。
 ふう。上出来かな。
 アンの時と同じように周囲からどよめきが起こる。
「…………よし。いいぞ」
「あ、はい」
 セシア先生の動きが一瞬止まったような気もするけど……どうかしたのかな?
 アンとメリーの方へ戻る。
「お疲れー」
「お疲れ様です」
「自分の中では上手くいったと思うんだけど、どうだった?」
「うん。よかったよ」
「素晴らしかったです」
「よかったよかった。メリーは過大評価しすぎだと思うけどね」
「そうですか?」
「そうでしょ」
「そうでしょうか?」
 あ、これ永遠に続くやつじゃん。
 とにかく、アンにもメリーにもよかったって言ってもらえて一安心だ。
「次、メリージュ・ケルアー」
「あ、はい」
 メリーが呼ばれた。順番的に領地順なのかな?
「それでは呼ばれましたので行ってきますね」
「頑張ってね」
「自信持ってね」
「はい」
 メリーが魔法具の方へと歩いていく。
「ねえ、あれって」
「魔族……だよな?」
「あの、噂の?」
 やはりメリーは魔族というだけで目立ってしまうらしい。
 これは、やっぱり言った方が……。
 その時、メリーがこちらへと振り返り微笑んできた。
 まるで「大丈夫ですよ」と言うかのように。
 その姿にはもう、一昨日のようなか弱い姿は一切見受けられない。
「ライトア領男爵家メリージュ・ケルアーです」
 メリーが名前を告げて手を前に掲げる。
「『闇槍あんそう』」
 メリーは王都へ移動した際に見せてくれた『闇槍あんそう』を使った。
 あの時と同じように黒く染まった槍が生まれる。そして魔法具へと飛んでいく。
 着弾
 魔法具の周囲に砂煙が巻き上がる。砂煙の量が多く、メリーまでもを覆い隠す。
 その場の誰もがその光景に息を呑んだ。
 砂煙が晴れると、メリーは同じ場所に佇んでいた。
 メリーがセシア先生に対し、お辞儀をする。
 俺はその姿に目を奪われた。
 彼女の姿は…………気高く――――美しい。
 そう感じたのだ。
「「「……」」」
 メリーのことを色々と言っていた人までもが無言になった。
「あのー」
「………………。え? あ、戻っていいぞ」
「ありがとうございます」
 メリーが俺達の方に戻ってくる。
「お疲れ、メリー」
「お疲れ様ー」
「ありがとうございます」
 俺達は互いに微笑みあった。
「カイ様、アン様」
「「ん?」」
 くすっ
 メリーが笑い、俺とアンは顔を見合わせた。
「そこ、ハモるんですね。それはそうと、とりあえず……」
 そう言うと、メリーは周囲をチラリと見て、
「周囲の目も気になるので、早く寮に戻りましょうか」
「それもそうだね」
「部屋でゆっくりしようよ」
 そうして訓練場を出ようとすると、
「――領の三――――まで――とは。これ――――な……」
「?」
 セシア先生が何かを言った、様な気がした。
「カイ様? どうかしましたか?」
「ん? いや、なんでもないよ。ほら、早く寮に戻ろう」
「そうですね。戻ったらパイでも焼きましょうか」
「やった! メリーの作ったパイ美味しいからね」
 俺達はそんな会話をしながら、訓練場を後にした。

 クラス分け試験が終わり、その結果を鑑みてクラスを分け終わった夕方。
 セシア・レーンは一人薄暗い部屋で試験のことを思い返していた。
(今年はそれなりにできるやつが多かったな。私が見たやつらも何人かが一組だったからな……)
 すると、彼女は突然気難しい顔をした。
(ライトア領のあの三人。同じ領地のやつがほぼ同じ実力とは珍しいな。しかも高水準に揃っている……か。特に公爵家の二人。家名も同じだし、双子だよな? 確かあの家には第二夫人はいなかったはずだが……。では何故二人の魔力は同じ波長を感じないんだ?)
 セシア・レーンは悩んだ。
「あの二人……もしや……」

 寮へと戻った俺達は部屋のベッドの上で寛いでいた。
 いや、寛げてはいないのかもしれない。
 俺は今、所謂膝枕というものをしている。されているのではなく、しているのだ。しかも二人同時に。左右の足にそれぞれアンとメリーの頭が乗っている状態だ。
 昼過ぎにメリーが作ったパイを四人で食べたのだが、暫くするとアンとメリーがうとうとし始めた。眠いのかなー、と思っていたら二人が急に俺の足を枕にして横になったからびっくりした。
 そして二人に「頭撫でて(ください)」と言われ、断ることができなかったので両手両足が塞がっている状態だ。そろそろ足が痺れてきた……。
「……ん。むぅ……」
「すぅ……すぅ……」
 二人とも気持ちよさそうに眠っている。
 というか、忘れがちだけどメリーってメイドだよね? 俺、一応主だよね? 最近遠慮なくない?
 まあ、これも幸せの一面ということでいいのかな。
 そんなことを二人の頭を撫でながら思っていると、
「失礼します」
 ラナさんが入ってきた。
 パイを食べている時はいたんだけどね。突然出て行ったからどうしたのだろうと思っていたのだけれど。
「ラナさん。どうしましたか?」
「いえ、少しお話をしようかと……」
 そう言うとラナさんは椅子をベッドの脇に持ってきて座った。
「こうやってラナさんと二人きりで話すことって初めてですね」
「そうですね」
 ラナさんは何か言いたげだ。
「あの……」
「どうかしましたか?」
「質問しても……よろしいでしょうか?」
「はい、もちろん。というか、そんなに畏まって遠慮する必要ないですよ?」
「いえ、やはり上下関係ははっきりとさせないといけないので」
「メリーはこんなんだけどね」
 俺は相変わらず膝の上で眠っているメリーを見ながら言う。ラナさんもその姿を見ながら微笑む。
「それでは単刀直入に聞きます。今更ですがカイ様はアン様のことは本気ですか?」
 ラナさんがアンのことをチラリと見ながら言う。
「アンのこと……とは?」
「アン様のことを本気で愛しておられますか?」
「ぶふっ」
 あまりの質問に吹き出してしまった。
 急にどうしたんだ?
「私は学園の卒業と同時にアン様の専属メイドになりました。決して長い期間とは言えませんがカイ様よりも付き合いは長いでしょう。私は心配なのです。アン様はああ見えて無鉄砲なところがありますから」
 あー、わかる。本当に突拍子もないことするからなあ。
「アン様の話を聞く限り、アン様とカイ様が恋人となられたのはお会いになられた当日だとか。私もカイ様のことを悪人だと思ってわけではございませんが、初対面の相手に好意を抱き、あまつさえ結婚まで宣言していらっしゃるアン様が心配なのです。血は繋がっていないとはいえ、表向きには双子ですし……変な噂など立たないか心配なのです」
 ラナさんには何も言っていないから知らないのは仕方がないけど、あの時は初対面じゃないからなあ。前世で毎日のように顔合わせてたからね。
「改めて聞きます。カイ様はアン様のことを本気で愛しておられますか?」
「はい」
 即答した。
「さっきラナさんが言っていた初対面の話には色々と事情があって、俺個人の判断では話せないのですが、俺は心からアンのことを愛しています。これから多くの人に色々なことを言われると思いますが、矢面に立つのは俺だけでいいと思っています。アンはなんとしても守りきるつもりです」
 俺の発言に俺の左足を枕にしているアンの体がピクリと動いた……ような気がした。
「アン様の胸が目当てではないと?」
「ぶふっ」
 また吹き出しちゃったよ……。
「な……、な……」
「いやまあアン様は私のとは比べ物にならないほど立派なものをお持ちなので、それが目当てなのかと」
「そんなわけないじゃないですか。胸があろうとなかろうとアンの魅力は変わりません」
 しかし、アンの胸が魅力的なのもまた事実。
「……わかりました。出過ぎた真似をしました。お許しください」
「そんな、謝らないでください。アンを心配する気持ちはわかりますから」
「そのお言葉が聞けて安心しました」
 ラナさんは安堵の表情を浮かべて、
「だそうですよ。
 そう言った。
「え?」
 次の瞬間、アンの体がプルプルと震えだした。
「!?」
 ま、まさか……。
「ア、アン……?」
 アンが恐る恐るといった様子でこちらを向いた。目に涙を浮かべながら笑いをこらえているような顔をする。
「……聞いていたのか?」
 コクン
 アンが首肯して答える。
「……いつから?」
「ラ、ラナが部屋に入ってきたあたりから……」
「…………」
 最初からじゃん! ってことはあんな言葉やこんな言葉も聞かれて……?
「べ、別に盗み聞きするつもりはなかったんだよ? でも全然声をかけられる雰囲気じゃなかったから……」
「……」
 ……。
 …………。
 …………恥ずかしい!
 あんな言葉を聞かれてたとか、
 恥ずかしい!
「その……私は嬉しかったからね? 私もカイのこと大好きだからね?」
「アン……それは嬉しいが追い打ちをしないでくれ……」
 精神ダメージが……。
「ちなみにメリーもずっと起きてますよ?」
 ラナさんが俺に更なる事実を突き付けてくる。
「えっ?」
 えっ……?
「バレていましたか。流石ラナさんですね」
 メリーがむくりと起き上ってそう言った。
 ……。
 …………。
 …………超恥ずかしい!
 本人だけじゃなくて第三者に聞かれるとか、
 超恥ずかしい!
「ま、まさかアン……この状況を仕組んだんじゃ……」
「ないない! 偶然だから!」
「そうですよ。私達はただ寝ていただけですから。というかさっきの言葉私にも言ってください。少し妬いちゃいました」
 ……だめ、二人の顔がまともに見れない……。
 アンの軽口に対応できないくらい俺はテンパっていた。
「カーイー。戻ってきて―」
「カイ様、落ち着いてください」
 ……。
 …………。
 …………無理だ。恥ずか死する……。
「しょうがない、こうなったら……」
「? アン様、何をするんですか?」
「メリーは少し黙っていて。すぅーはぁー。よ、よし」
 アンが何やら気合を入れているのだが気にしている余裕がない。だって恥ずかしさに悶えてるからね!
 すると突然、
「んっ……」
「!?」
「アン様!?」
 唇に柔らかい感触。
 アンがキスをしてきた。
 え、キスって、どうして突然とういうかふにふにしててアンの顔が目の前にあっていい匂いがしてもう何も考えられない。
「ぷはっ」
 アンの潤んだ目がこちらを見つめている。艶やかな唇に目を奪われそうになるのを必死に抑える。
「ア、アン・どうして急に……」
「カイがいつまでもテンパってるからだよ」
「でも……」
「これで私も恥ずかしい思いをしたんだからカイと一緒。だから落ち着こう? ね?」
「いや俺も十分恥ずかしかったんですが?」
「そのツッコミができるなら大丈夫そうだね」
 そういえば恥ずかしいことには恥ずかしいけど、少し落ち着いた。今度は別の意味で心臓がバクバク鳴ってるけどね!
「というか俺初めてだったんだけど」
「それは私も初めてだったから……おあいこ」
「そういう問題か?」
 逆にアンが初めてじゃなかったら驚きだわ。
「アン様……」
「うん? どうしたの?」
 ここで無言だったメリーが声をかけてきた。
 ……メリーの背後に何か瘴気のようなものが見える気がする……。
「なんでわざわざ私のいる目の前でするんですか? 見せつけているんですか?」
「違うよ。カイを落ち着かせるためであって……」
「ではそういう欲望は一切なかったと?」
「…………それはあった……」
「はぁ。カイ様とアン様が相思相愛なのは理解していますし、それに関してはもう何も口出ししないんですけど私もカイ様のことが好きなんです。大好きなんですっ! 目の前でキスとかされたらいろいろ複雑なんですよ……。いやこれは言うべきことじゃないですね。すみません」
「いや、メリーがカイのことを好きなのは理解してるから。でも一応恋人だし結婚もする予定だから多少は許してほしいな……」
「…………まあ多少なら……」
 メリーが殊勝な態度をとってる……。感動……。
 アンからこういった具体的なアプローチが今まであまりなかったから普通に嬉しかった。
 未だに残っているアンの唇の感触を思い出し、無意識のうちに自分の唇に触れてしまう。
 アンが俺の行動を見て顔を赤くし、
「んっ……」
「んっ!?」
「ああーっ!」
 再び俺にキスをしてきた。さっきよりも長く……。
 唇が離れお互いに顔を見る。アンは蠱惑的な表情を浮かべた。
「アン様! 二回目なんて!」
「別にいでしょ?」
「むうー」
 二人が何やら言っているけど理解できない。
 もう脳の処理が追いつきません……。

 翌日。昨日の試験の結果が九時から掲示されるということなので、俺達は掲示される事務室に向かっていた。
「カイ、眠そうだね」
「すみません。夜遅くまで」
 昨晩、寝る直前にメリーがキスをねだってきてアンがそれを止めたのだ。それにより軽い言い合いが勃発しそれを宥めるのに時間がかかって寝不足なのだ……。
「いや、それはいいんだけど……なんで二人は大丈夫そうなの?」
「んー、わかんない」
「私は昔から睡眠時間が短くても大丈夫な体質なので」
 ……この二人色々なところが似すぎでしょ。
 そうこう話しているうちに、事務室に到着した。
「みんな来てるねー」
「そりゃ結果発表だからな」
「ドキドキするね」
「そうか?」
「そうだよー」
「入学するのは決まっているんだし」
「でもクラスがどこになるかってドキドキしない?」
「アンとメリーと一緒のクラスならどこでもいいし」
「一緒になるのは確実みたいな口ぶりですね……」
「俺とアンだぞ? 一緒になるに決まってるじゃん。しかもメリーも調節してくれるって言ってたし」
「……」
「どうしたの?」
「いえ……調節しなかったんですよ。というかする必要が無かったんですね。その……カイ様達の実力が予想以上に高かったもので……」
「え、あ、うん」
 まあメリーの見ていなかったところで練習したりしてたからね。
「カイ様達の実力を見誤ってました……。すみません……」
「気にしてないから大丈夫」
 メリーが珍しくしょんぼりしている。
 その姿を少し可愛いと思ったのは秘密だ。
「そんなことより掲示されてる結果を見ないと。人だかりが凄いけど」
「そういえば忘れてたわ」
「そうですね。行きましょうか」
 そして俺達三人は結果が貼り出されている掲示板の前へと向かう。掲示板の前は人でごった返している。人の波をかき分けて何とか掲示板の文字が見える位置まで移動する。
「俺達の名前は……」
 あった。俺、アン、メリーの名前が並んで――一組名簿の中にあった。
「カイ! メリー! 見て! 一組だって!」
「見たよ。わかったから落ち着け、な?」
「アン様。周囲の人がこちらを見ているので一旦落ち着いてください」
「え? あ、うん……。ごめん……」
 アンは周囲の注意を引いていることに気が付き、顔を赤くした。
 そして俺達は人の波から出て、アンの顔の赤みが消えるのを待った。
 その時、
「君達も一組になったんだな」
 急に声をかけられそちらの方を向くと、バロンくんがこちらに近づいてくるところだった。
「"も"ってことは……?」
「ああ。当然僕も一組だよ」
 そうやらバロンくんも試験前に宣言していたとおり一組に入れたようだ。
「じゃあバロンくんは同じクラスなんだな」
「"くん"付けはよしてくれよ。同級生になるんだから」
「じゃあ、バロン、でいいのか?」
「ああ、堅苦しいの嫌いだからさ」
「バロン様。同じクラスとなるので、これからよろしくお願いします」
「よろしくねー」
「ああ。よろしく」
 俺含めてこの四人が同じクラスなら退屈することはなさそうだな。まあ、極論アンとメリーだけでも十分楽しいから、男友達って大事だからね。今まで同世代の貴族の男子と接したことないけど……。
「それにして君達は昨日ぼちぼちと言っていたのに、結局一組に入れたんだな」
「そういえばそんなこと言ったな。俺達三人とも実力は同じくらいなのはわかっていたんだが、まさか三人揃って一組に入れるとは思ってなかったよ」
「他のクトゥル領の生徒は一組ではなかったからね。知っている人がいて安心したよ」
「そうだったのか?」
「ああ。まあ他の二人は子爵家だからしょがないのかもしれないな。それを考えるとケルアーは凄いな。男爵家なのに一組とは」
「それは……まあ……養子ですし……魔族ですし……」
「あ……。すまないな。デリカシーに欠けていた」
「いえ、お構いなく」
 その時、俺は周囲からちらほら注がれる好奇、畏怖、そして悪意の視線に気が付いた。
 さきほどのアンの行動で注目され、近くにいたメリーが魔族であることに気が付いたのだろう。
 メリーがそれに気が付いているかはわからないが、できるだけ早くここから立ち去ったほうがいいだろう。
「さっきのアンの大声でまだ周囲の視線を感じて居心地悪いから俺達はそろそろ寮に戻るわ(それに何やらメリーに色々な視線が集まってるしな)」
「そうか。わかった。僕はまだもうちょっとここにいるよ。じゃあまた明日かな? (そうか。ケルアーのこと守ってやれよ? 俺は特に何も感じないけど、色々思うやつは多いだろうからな)」
「(ああ)」
 そうしてバロンと別れた俺達は色々と必要な書類を受け取るために事務室の窓口へと向かい、その後足早に寮へと帰った。

 寮へと帰るカイ達を物陰から見つめる人物が一人。
 身なりは高貴そうでどちらかというとイケメンの部類に入る顔。しかしその顔にはどこか影が差し、傲慢な性格が滲んでいる。
「あんなに美しい女性は見たことが無い……」
 視線はアンへと暑く注がれている。
 物陰で隠れるようにアンを見ている彼を通りすがりの人々は不審そうな目で見ている。しかし、彼の素性に気が付くと何も言わずに通り過ぎていく。
「何故近くに忌々しい魔族がいるんだ……。しかもあんなに馴れ馴れしく……」
 彼の手は血管が浮き出るほど強く握りしめられている。瞳は爛々と大きく開けられている。
「しかも隣に並んでいるあの男は何なんだ……。顔もよくないくせにっ……」
 そしてカイのことを憎々しげに見つめ、唇を噛む。唇が切れ血が流れるも彼は気にする様子がない。ただただ憎悪のこもった視線をカイに向け続けている。
「彼女はあんな男なんかより俺の方が……俺の方がっ!」
 つい声を荒げてしまい、きまり悪そうに周囲を見渡す。後ろに控えている彼の専属執事が彼を心配そうに見つめている。
「俺は……絶対にあの娘を……手に入れる……」
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みんなの感想(3件)

silk
2020.08.12 silk

……………おしまい?

解除
おかゆ
2020.05.26 おかゆ

カイとアンのキスの後に始祖王愛とありますが、もしかして相思相愛では?

解除
シン
2020.05.01 シン

とても面白かったです。
次の更新頑張ってください。

解除

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