悪役令嬢とヒロインはハッピーエンドを目指したい

ゆりまき

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番外編

兄妹喧嘩は波乱の始まり

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雲ひとつない真っ青な空の下、輝かしい太陽をありがたくなさそうに背中に浴びながらゼェゼェと息を吐く騎士たち、倒れ込むように木陰に座り水分を補給する彼らの中で一人呼吸を乱さず白いハンカチで悠然と額の汗を拭っている男がいた。カストル・ユーグ。
寡黙で冷静、剣と魔法を使いこなし多くの騎士たちから一目置かれる存在である。


そんなカストルの元に女神のような麗しい女性が軽やかな足取りで近づいてきた。

「ソーマが卒業式にくる。」

届いたばかりの手紙を握りしめ、嬉しそうに騎士寮まで報告にきたルルである。

キラキラ輝かせた瞳は美しいだけでなく可愛らしくて最近更に色香を増している婚約者の愛らしい姿におもわず頬が緩む。

彼が微笑んだ瞬間に周りで伸びていた騎士たちがどよめいていたが、話に夢中なルルと彼女の話に熱心に耳を傾けているカストルは全く気づいていない。

「良かった。ソーマ兄君にまた稽古をつけていただこうかな。」

ひとしきり話しを聞き終わってそう呟く。
自分の言葉に更に笑顔を増してからハッと拗ねた表情に変わるルル。

「ソーマはお祝いに来てくれるのだからほどほどに。どちらも怪我してほしくない。」

愛しい婚約者は兄君が大好きで自分が兄君と良い関係を築くことを望んでいる。

彼女の望みに応えたいという気持ちももちろんあるが、個人的にもソーマ皇子は明るく裏表のない誠実な方で仲良くなりたいと思っている…


いるのだが…



静かに頷く自分にルルはソーマ皇子を連れてどこに行くか色々計画を立て始めた。
その嬉しそうな表情に彼女が向ける愛情の比率は兄君の方が高いんだろうなと自分らしくもない感情を抱いてしまっていた。

自分と兄君とどちらの方が好き…

くだらない質問をする自分を想像しただけで顔から火が出そうだ。

「どうしたカストル!」

真っ赤になってうなだれた自分に驚いたルルが駆け寄り心配そうに背中をさすってくれる。


「すまない。何でもないんだ。」


なんとか冷静さを取り戻し顔を上げる。

「楽しみだな。」

「あぁ、待ちきれない。」


輝くような笑顔を弾けさせた彼女は眩しくて。
だからこんな…

こんなことになるとは全く想像もつかなかった。


『信じられない!!ソーマなんか、大っ嫌いだ!』

帝国語で叫んだルルは涙を溢しながら自分たちに背を向けて駆け出していってしまう。

「あ~あ。こうなると思った。」

赤い髪をかきあげなからため息をつく少女の背中にソーマ皇子が申し訳なさそうに手を回す。

『彼女を落ち着かせてまいりますので。』

ここ数年でようやく身についてきた帝国語で声をかけ、サッと二人に頭を下げて急いでルルを追う。


目星をつけた場所をいくつか回る中、淑戦部の備品庫でゴソゴソ何かを漁っているルルを見つけた。

「ルル!」

声をかけるとまだ涙を滲ませたまま彼女がこちらを振り返る。
その手には扇子が腰には片手剣が下げられている。

「ルル、落ち着いて。もう少し二人の話を聞こう。」

「嫌だ。聞きたくない。あの女と話す話などない。」

口をへの字にしたルルは手に取った扇子の飾り紐をシュッと引っ張った。
鋭く危険な輝きを放つ紐に思わず一歩後ずさる。

「時には話し合うより拳で語り合う方がいいと本で読んだ。」

「どんな本だいったい…
落ち着いて、そんな態度だと兄君も悲しむ。」

ルルの目に新たな涙が滲んだ。
しまったと思ったその時、ひりついた空気を打ち破るような朗らかな声が響く。

「あれ?ルルにカストルこんな所でどうしたの?今日はソーマ皇子が到着するって朝から張り切って忙しそうに準備して…っとと」

運動着にポニーテール姿のマリーの胸にルルが飛び込む。

「どうしたのルル?ソーマ皇子に何かあった?」

ほわほわしているようで鋭いマリーの登場に胸を撫で下ろしつつ自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

「ソーマ騙された!私の意見に耳貸さない!大っ嫌い。」

どちらかと言うといつも澄ました顔で様々なことに対応する彼女が感情を爆発させる姿にこんな時だというのに兄君を羨ましく感じてしまう。
彼女の心をこれほど乱すとは。

マリーは事情が飲み込めないながらもルルの頭を優しく撫でて落ち着くよう声をかけている。

「ソーマ皇子が婚約者にしたいとある女性を連れてきたんだが…」

せめて事情説明だけでもと口を開くと、キッとまなじりをあげたルルに睨まれる。

「反対だ!ソーマが幸せになる未来想像できない!あんな義理の姉嫌だ!」


まるで駄々をこねる幼子のような姿に笑みがこぼれそうになるがそんな顔をすれば彼女は口を聞いてくれなくなるかもしれない。

だから困惑した表情を貼り付けたままそっとルルに近づき彼女の腰から片手剣を抜き出す。

「そのお相手が、ロベリア・ハフス嬢なんだ。」

口にした瞬間、ルルの鋭い眼差しに射抜かれる。

ルルを抱きしめたマリーの目にも驚愕の色が広がった。
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