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番外編
南の帝国 力で治める者
しおりを挟む余は弱い者が嫌いだ。
男であろうと女であろうとそれは変わらぬ。
余の視線や声や圧に怯え後ずさるような弱い者など側に置きたくもない。
しかし、現実は望み通りにはいかぬもの。
余の周りに蔓延る人間のほとんどが顔色を伺い外面を取り繕ってはいても内心震え上がっているものばかりだ。
それが大臣や妃であるならば譲歩もしよう。
だが余の跡を継ぐ者は決して譲歩できぬ。
そう強く思い続け、ようやく此奴ならと思える者が出てきたというに。
「お断りします。」
あっけらかんと言い放った息子の口が自分によく似ていることに気づき、このような場であるというに言葉よりもそちらに気を取られてしまった。
肌の色も髪も目も体格も、何一つ余には似ていないと思っていた。
実際、本当に陛下の御子なのかと陰口を叩いた輩もいた。
余が簡単に謀られるような男だと言いたいのかと即刻首をはねてやったらすぐに皆口を閉ざしたが。
「なんだと?」
昔の思い出に浸るなど歳をとったものだ。
そう思いつつ玉座を強く握るとピシッと甲高い音がして肘置きに亀裂が走った。
「お断りいたします。私は次期皇帝にふさわしい人間ではありません故。」
これだ。余の睨みにもびくともせずに見つめ返してくる。
恐れも不安も抱いてはいない。あえて言うならば戸惑いだろうか…
こちらの言葉が理解し難いとでも言いたげな眼差しで見つめてくる。
「ふさわしいかどうかを決めるのはお前ではないわ。」
怒鳴り声に周囲の人間の方がビクッと体を震わせる。
「陛下亡き後の帝国の未来が関わる大事であります。どうか今一度ご熟考くださいますよう…」
ドン。苛立ち紛れに拳を振り下ろすと肘置きが粉々に砕け散った。
なんと脆い椅子だ。皇帝の玉座だというに。
余は粉塵を払うように立ちあがると階段を降り恐れ知らずな息子の前に立ちはだかった。
褐色の太い首はさすがの余でも一太刀ではね飛ばすことは難しいかもしれぬ。
そう思いながら喉元に切っ先を突きつけたがそれでも息子、ソーマは怯えることなくその澄んだ瞳でこちらを見上げてきた。
「余の決め事に逆らうことができると思うか?」
「難しいとは思いますが、私の一生に関わることです。」
「そう長い生でもなさそうだがな。」
ソーマは黙って余を見上げ続ける。
その透き通った丸い瞳を向けられ続けると何故か居心地が悪い。
「何故だ?」
「帝国の行く末を考えてのことです。」
こちらの呟きに律儀に答えるソーマの首元から剣を下げ片眉を上げてみせるとソーマは緊張を解くように肩の力を抜いた。
余の前で力を抜けるとはな。
「帝国において陛下の存在は唯一無二のもの。誰も陛下に代わることなどできません。
そして今までのように威厳と力でこの広大な帝国を治めていくことは不可能に近いでしょう。」
「不可能などと。陛下、やはりこの者に次期皇帝は無理ですわ。まぁ、本人も重々承知しているようですが。
やはり我が息子フェイ皇子の方が…」
耳障りな声の元へ短剣を投げる。
ヒィっと更に不快な悲鳴が聞こえた。
「余の許可なく言葉を発するな。
自分の立場を思い出すんだな。
そなたはもはや妃ではない。罪人だ。」
大した知恵も力も持たぬくせにイタズラに帝国を乱すような輩は速攻首を落とすべきだが、家門の者もうるさいし妻と息子の首を落とすというのもさすがに外聞が悪い。
そう思って多少大目に見てやろうとしたのが仇になったらしい。
「そこにいる罪人とその息子は生涯幽閉の措置としていたが気が変わった。
未だにくだらぬ希望を抱いているようだからな。
明日死刑を執行する。」
余の言葉に小さなざわめきが広がる。
妃はおかしな悲鳴をあげた後気を失って倒れたらしい。静かになってちょうどよかった。
妃の家門の者が何か言いたげにこちらを見ているがひと睨みしたとたんに黙り込んだ。
「恐れながら陛下。」
シンと静まり返った中思わぬところから声をかけられる。
「そのご決断はお待ちいただけないでしょうか?
どうか寛大な措置を今一度…」
「先ほどからずいぶんと口の滑りが良いようだなソーマ。そんなにもその邪魔な頭を切り離して欲しいらしい。」
再び剣を首にかけるが奴は相変わらず平然とこちらを見上げている。
「いいえ、陛下。出来うるならばこの黒髪が雪のように白くなるまで生き永らえたいものだと思っております。」
「そなたのよく回る口はくどすぎる。端的に申せ。
何故そなたの母や妹を死に追いやろうとした者をかばう。」
ソーマは小さく息を吐き出してから再び口を開いた。
「かばっているつもりはありません。
私はただ陛下に息子殺しの汚名を着せたくないのです。
また、あの二人は自らの罪を未だ深くは理解しておりません。
そのままただ首を刎ねたところで神々や神聖な生き物たちへの贖罪となりうるでしょうか?
二人には生きて自らの過ちと向き合い罪を贖い続けていただきたい。
「次期皇帝に不相応な理由は?」
「皇帝の座を望んでいないからです。」
「ふん」
まったく理解し難い。この茶番を続けるのが面倒になった余は剣をしまいこの場を去ることにした。
あぁ。一つすべきことがあったな。
「小賢しいが一理ある。温情をかけてやろう。妃は最果ての要塞と言われる修道院へ。フェイは西の採掘場での労働へ。生涯その地から出ることは叶わぬと思え。」
気絶している妃はさておき終始黙り込み俯いていたフェイは暗い眼差しのまま床に頭を擦り付けるように頭を下げた。
「両者を再び担ぎ上げようなどと思わぬことだ。帝国に神の怒りが落ちるだろうからな。」
そうして余はその場を後にした。
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