230 / 247
第四章 エンディングのその後の世界
イライザは悩んでいます
しおりを挟む
シャワーを浴びてさっぱりしたところで朝食をとっていると軽いノックがあり式典用の服に着替えたイライザが何やら硬い表情でアイリーンに案内されて入ってきた。
すぐアイリーンに合図してハーブティーを用意してもらう。
いつものイライザらしくなく言葉少なにカップをぼんやりとのぞいている姿がなんだか珍しい。
緊張をほぐそうとわざと明るく話しかける。
「卒業おめでとうイライザ。」
すると途端にイライザはカップをソーサーに戻し泣きそうな顔で私を見つめてきた。
「ど、どうしたの?嬉しくないの?」
思わず席を立ちイライザの隣に移動して小さな真っ白い手をとるとイライザは小さく握り返してから首を横に振る。
「卒業できることは嬉しいですわ。」
「じゃあ卒業してからのことが不安なの?」
私の問いにイライザは首をかしげながら小さくうなずく。
「公爵夫人として自信がないわけではありませんわよ?
お母様の姿を見て育ちましたから。
幼い頃から領地経営の知識や社交界の繋がりなど恥をかかない程度には学んできましたもの。」
恥をかかない程度とはずいぶん控えめな言い方だ。
イライザたちのお母様、ユーグ公爵夫人は目立つのがお嫌いで表立って社交界を牽引なさってはいらっしゃらないけれどその信頼は厚く、あの公爵を上手く転がしながら多忙な夫に代わり領地と領民を守っていらっしゃる。
公爵に助言して子供たちに領地の問題解決を教育の一環として任せたことが何度もあり、その時のイライザの手腕は社交界でも有名で穏便な手段を選びがちなカストルよりイライザが次期公爵に選ばれるのではと噂されていたほどだ。
カストルはカストルで騎士にしては珍しい穏健で言葉少なではあるけど如才ない立ち居振る舞いが重宝されているそうだから適材適所なのだろう。
リークとの婚約で肩を落とした家は多いと聞くし今後のユーグ公爵家の実質的な采配はイライザが担うのではと噂されている。
リークは相変わらずワガママ王子の噂を払拭しきれていないし本人もわざとそう振る舞っている節があるから仕方ないのかもしれないけど…
それに高い魔力と身分を鑑みていずれ王立魔道士長に任命される有力候補でもある。
そういう意味でもイライザが領地経営の采配をする未来はなんら不思議ではない。
そんな彼女が何を不安に思っているのだろう?
「聞いてくださる?こんなことを話せる相手は…マリーしかいませんの。」
いつになく弱気なイライザの言葉に私は安心させるようにもう一度ギュッと手を握ってからすぐ隣の席に座る。
アイリーンが素早く新しい茶器を用意してテーブルを整えると一礼して静かに退室していった。
何も言わなくてもこちらの思いを全て汲んでくれるのが流石だ。
イライザは扉が閉まる音を聞いてからゆっくりとカップに口をつけフゥっと息を吐き出す。
「私が…気になっているのは…リークとのことです。」
「リーク?」
ますます分からない。二人は政略結婚が当たり前な婚約者同士の中では少々異例ともいえる恋愛結婚だと世間から羨ましがられているというのに。
まぁイライザはすぐ否定してるけど。
「リークと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩…の方がマシでしたわ。その方が互いに言いたいことを言えますもの。」
これはいよいよ深刻だ。
「二人は何でも言い合える関係だと思ってたけど…
二人とも上っ面や隠し事が嫌いだし。」
「関係が変わってくれば昔のままというわけにはいきませんもの。
特に…その…夫婦になるわけですし……」
昔を懐かしむような眼差しから顔を真っ赤にしたり不安そうに青ざめたり表情がくるくる変わる。
「その…マリーは不安ではありませんの?アロイスと結婚することが…」
「え?イライザはリークと結婚するのが不安なの?」
思わず大きな声をあげてしまい慌てたイライザに口を塞がれる。
「違いますわ。誤解を招くようなことを言わないでくださいませ。
私はただ…ただ…自分が上手くできるか不安に思っているだけで…」
再び真っ赤になった顔を見つめ返しながら私は必死に頭を回転させる。
「イライザとリークは今、婚約者同士だけど恋人らしいことは?」
「その…あの…リークは手を握ったり…だっだっ抱きしめ…たりしていましたわ。
以前は…
でも私がどうしても慣れなくて極端に嫌がるものですから…最近はそういったこともなくなりました。」
シュンとうなだれるイライザが可愛くて浮かんできそうな笑みを必死に抑える。
「夫婦となれば色々…その…関係を進めなければいけませんでしょう?
嫌がったりせずに…」
「イライザはリークと…その、関係を進めるのが嫌なの?」
「嫌ではないですわ!」
急に大きな声で否定するから私はビクッとしてしまった。
「ごめんなさい、声を荒げたりして。」
イライザは気まずそうに椅子に座り直す。
「嫌ではないけど、どうしても素直に受け入れられないというか。
反射的に避けてしまうというか、恥ずかしくて…
世のご令嬢方は自然に受け入れていらっしゃるのになんで私は…
このままでは仮面夫婦になってしまいますわ。リークにも愛想を尽かされてしまいそうで不安なんですの。」
イライザは指にはめられた指輪を撫でながら小さくため息をついた。
う~ん、そんなに心配することないと思うんだけどなぁ。
リークから贈られた星のように輝く空色の石がついた指輪をイライザは肌身離さず付けていて、不安になったり緊張している時にそれを触る癖がついている。
そんなイライザに優しい眼差しを向けるリークを目撃したこともあるし…
「リークはただイライザを困らせないように気をつけてるだけだと思うけどなぁ。」
気休めにしか聞こえないかもしれないけど私は本当にそう思う。
「嫌、それは違うな。」
急に窓から声が聞こえて私とイライザは同時に立ち上がっていた。
すぐアイリーンに合図してハーブティーを用意してもらう。
いつものイライザらしくなく言葉少なにカップをぼんやりとのぞいている姿がなんだか珍しい。
緊張をほぐそうとわざと明るく話しかける。
「卒業おめでとうイライザ。」
すると途端にイライザはカップをソーサーに戻し泣きそうな顔で私を見つめてきた。
「ど、どうしたの?嬉しくないの?」
思わず席を立ちイライザの隣に移動して小さな真っ白い手をとるとイライザは小さく握り返してから首を横に振る。
「卒業できることは嬉しいですわ。」
「じゃあ卒業してからのことが不安なの?」
私の問いにイライザは首をかしげながら小さくうなずく。
「公爵夫人として自信がないわけではありませんわよ?
お母様の姿を見て育ちましたから。
幼い頃から領地経営の知識や社交界の繋がりなど恥をかかない程度には学んできましたもの。」
恥をかかない程度とはずいぶん控えめな言い方だ。
イライザたちのお母様、ユーグ公爵夫人は目立つのがお嫌いで表立って社交界を牽引なさってはいらっしゃらないけれどその信頼は厚く、あの公爵を上手く転がしながら多忙な夫に代わり領地と領民を守っていらっしゃる。
公爵に助言して子供たちに領地の問題解決を教育の一環として任せたことが何度もあり、その時のイライザの手腕は社交界でも有名で穏便な手段を選びがちなカストルよりイライザが次期公爵に選ばれるのではと噂されていたほどだ。
カストルはカストルで騎士にしては珍しい穏健で言葉少なではあるけど如才ない立ち居振る舞いが重宝されているそうだから適材適所なのだろう。
リークとの婚約で肩を落とした家は多いと聞くし今後のユーグ公爵家の実質的な采配はイライザが担うのではと噂されている。
リークは相変わらずワガママ王子の噂を払拭しきれていないし本人もわざとそう振る舞っている節があるから仕方ないのかもしれないけど…
それに高い魔力と身分を鑑みていずれ王立魔道士長に任命される有力候補でもある。
そういう意味でもイライザが領地経営の采配をする未来はなんら不思議ではない。
そんな彼女が何を不安に思っているのだろう?
「聞いてくださる?こんなことを話せる相手は…マリーしかいませんの。」
いつになく弱気なイライザの言葉に私は安心させるようにもう一度ギュッと手を握ってからすぐ隣の席に座る。
アイリーンが素早く新しい茶器を用意してテーブルを整えると一礼して静かに退室していった。
何も言わなくてもこちらの思いを全て汲んでくれるのが流石だ。
イライザは扉が閉まる音を聞いてからゆっくりとカップに口をつけフゥっと息を吐き出す。
「私が…気になっているのは…リークとのことです。」
「リーク?」
ますます分からない。二人は政略結婚が当たり前な婚約者同士の中では少々異例ともいえる恋愛結婚だと世間から羨ましがられているというのに。
まぁイライザはすぐ否定してるけど。
「リークと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩…の方がマシでしたわ。その方が互いに言いたいことを言えますもの。」
これはいよいよ深刻だ。
「二人は何でも言い合える関係だと思ってたけど…
二人とも上っ面や隠し事が嫌いだし。」
「関係が変わってくれば昔のままというわけにはいきませんもの。
特に…その…夫婦になるわけですし……」
昔を懐かしむような眼差しから顔を真っ赤にしたり不安そうに青ざめたり表情がくるくる変わる。
「その…マリーは不安ではありませんの?アロイスと結婚することが…」
「え?イライザはリークと結婚するのが不安なの?」
思わず大きな声をあげてしまい慌てたイライザに口を塞がれる。
「違いますわ。誤解を招くようなことを言わないでくださいませ。
私はただ…ただ…自分が上手くできるか不安に思っているだけで…」
再び真っ赤になった顔を見つめ返しながら私は必死に頭を回転させる。
「イライザとリークは今、婚約者同士だけど恋人らしいことは?」
「その…あの…リークは手を握ったり…だっだっ抱きしめ…たりしていましたわ。
以前は…
でも私がどうしても慣れなくて極端に嫌がるものですから…最近はそういったこともなくなりました。」
シュンとうなだれるイライザが可愛くて浮かんできそうな笑みを必死に抑える。
「夫婦となれば色々…その…関係を進めなければいけませんでしょう?
嫌がったりせずに…」
「イライザはリークと…その、関係を進めるのが嫌なの?」
「嫌ではないですわ!」
急に大きな声で否定するから私はビクッとしてしまった。
「ごめんなさい、声を荒げたりして。」
イライザは気まずそうに椅子に座り直す。
「嫌ではないけど、どうしても素直に受け入れられないというか。
反射的に避けてしまうというか、恥ずかしくて…
世のご令嬢方は自然に受け入れていらっしゃるのになんで私は…
このままでは仮面夫婦になってしまいますわ。リークにも愛想を尽かされてしまいそうで不安なんですの。」
イライザは指にはめられた指輪を撫でながら小さくため息をついた。
う~ん、そんなに心配することないと思うんだけどなぁ。
リークから贈られた星のように輝く空色の石がついた指輪をイライザは肌身離さず付けていて、不安になったり緊張している時にそれを触る癖がついている。
そんなイライザに優しい眼差しを向けるリークを目撃したこともあるし…
「リークはただイライザを困らせないように気をつけてるだけだと思うけどなぁ。」
気休めにしか聞こえないかもしれないけど私は本当にそう思う。
「嫌、それは違うな。」
急に窓から声が聞こえて私とイライザは同時に立ち上がっていた。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
完 あの、なんのことでしょうか。
水鳥楓椛
恋愛
私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。
よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。
それなのに………、
「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」
王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。
「あの………、なんのことでしょうか?」
あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。
「私、彼と婚約していたの?」
私の疑問に、従者は首を横に振った。
(うぅー、胃がいたい)
前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。
(だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる