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第四章 エンディングのその後の世界
表の私と内なる私 (偽ニリーナ視点)
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寒い、暗い、指先からつま先まで寒さで痺れたように上手く動かせない。
頭には外で繰り広げられているくだらない騙し合いが無理やり流れてきて止めたいのに止まらない。
外の私は一人でいる時はずっとイライラしているか怯えを隠すように強がっているかで見ているこっちまで痛々しく辛い。
「もうやめようよ。」
呟いても無駄だった。
私は暗闇の中で膝を抱えて顔を埋めることしかできない。
そんな時間がどれくらい続いただろう…外の様子が珍しくいつもと違うので塞いでいた耳から手を離すと外の世界の私の前に幽霊のようなアロイスの姿がある。
彼が死んでしまった?
唯一この混沌を打開してくれそうだった彼が?
絶望に打ちのめされた私の耳に外の話し声とは別に不思議とよく響く足音が聞こえてきた。
「誰?」
ギュッと身体を抱え込む怖くて顔を上げられない。これ以上おかしなことには耐えられない。
「いたいた、探しちゃったよ~」
震え、怯える私の耳に届いたのは何とも呑気な声だった。
ポンっと肩に手を置かれ飛び上がるように顔を上げる。
「アロイス…エシャルロット?」
何で彼がここに…
私の動揺など何一つ気にすることなく彼はニコニコと隣に座ってきた。
「表の君とも話しながらだからさぁ手間取っちゃって。はぁ、疲れた。お腹すいたな。」
どこから取り出したのかフランスパンにたっぷりと具材を挟んだサンドイッチを取り出しかぶりつき始める。
私はジリジリと少しずつ距離を取り少しでも逃げ出せるよう備える。
この身体がどこまで動かせるのか分からないけど…
「ふぃふぃほたへる?(君も食べる?)」
そんな私におかまいなしに彼はもう一つサンドイッチを取り出して差し出してきた。
「はぁ?」
戸惑う私の手にはいつのまにかサンドイッチが握られていた。
何故だろう、ものすごく美味しそうだ。
ゴクっと唾を飲み込む。
口にして大丈夫だろうか、彼なら私を殺すほどの毒ぐらい用意できそうだ。
もし毒入りだったら…
それもいいか、苦しむのは嫌だけど終わりにはできる。
私は勢いよくかぶりついた。
「痛い!!」
パリパリのパンの皮が口に刺さる。
「あ~気をつけて。このパリパリが美味いんだけどたまに口が切れるから。バゲットサンドの醍醐味だよね。」
顔をしかめながらそれでもかじり取ったカケラを噛むのがやめられない。
ここ数十年外の食べ物は何を食べても味がせず砂を噛んでいるような不快感しかなかったのに。
「美味しい…」
暖かくパリッとしたパン、間に塗られたバターの香り、みずみずしいレタスとトマトのつややかな舌触り、更にカリカリに焼かれた香ばしいベーコン。
味がしっかり伝わってくる。一つ一つの食材の舌触りも香りも。
気づけば夢中になってかじりついていた。
途中でアゴが疲れて噛むのを中断しながらも握りしめたサンドイッチを離せない。
「美味しいでしょ?」
自分の分を食べ終えたアロイスがニコニコとこちらを見ている。
「嬉しいな、泣くほど喜んでもらえて。
スリジェ家のコックに報告しとこう。」
泣くほどなんて大げさな。何を言ってるんだろう?
呆れながらそっと顔に手をやると確かに涙が出ていた。
何で?
「食べたら元気が出てきたんじゃない?」
問われて初めて気づいた。冷えてこわばっていた身体には少し熱が戻り、痺れていた手足の先にも力が入る。
「どうして…?」
「単純だよ。元気になるには睡眠、休息、食事が必要。
ここは休息向きの場所とは言えないけど。」
彼が指を一振りするとわんわん響き渡っていた外の音がピタッと止む。
寒かった空間は暖かくなり、冷たく固い地面は寝心地のいいベッドの上のようなホッとする弾力と温もりに変わった。
「何が目的?」
我ながら可愛げのない言葉しか出てこなくて嫌になるけど仕方ない。
「目的は君にしっかり元気になってもらうことさ。」
「何でそんな助けるようなことを?」
私がしてきたことを忘れているわけがない。
アロイスは不思議そうに首を傾げた。
「君だって助けてくれたじゃない。これのおかげで今もかなり助けられてる。」
アロイスがスッと取り出したのは黒く長い杖だ。
「君の力を分けてくれただろう?おかげで君は壊れてしまった。
でもそれで良かったんだ。異形の主を呼び覚ますにはマリーの中にある封印の力を揺らがせること、更に彼に姿を表してもらうには彼が与えた加護が壊れていることが重要だから。目覚めた彼が真っ先に君を確かめに来るようにね。」
異形の主と聞いても今までのような身を焦がすような切迫した気持ちは湧き上がらない。
もちろん会いたい気持ちは変わらないけど尋常じゃない執着のような気持ちではなくなった。
その気持ちを抱えそれをよすがに生きているのはアロイスの言うところの表の私なのだろう。
「思った通りだ。君は彼の話にも取り乱したりしない。
今はしっかり休んで、そして時が来たら君が表に出るんだ。」
「表に出る?」
「そう、今外の世界で考え行動している君は長い年月、無理に引き伸ばされ歪められ亀裂が入り綻び始めた君、そこから完全に壊れて切り離された君は大切に残されていた人間らしい部分の君だ。
どちらも君であることに変わりはないからどちらかを切り捨てる必要なんてない。
ただ本来の自分が表に立つべきだと思わない?」
「私…にはよく分からない。」
先ほどまで聞こえていた外の世界の自分。あれが私だと思うのは認めたくないけど…
事実だ。
「よく分からないけどあんな自分は好きじゃない。」
再び流れてきた涙を手で拭う。
その手が暖かいことに何だか安堵してしまう。
私にはちゃんとまだ暖かい血が流れているんだ。
「今はその気持ちを持ってるだけで充分だよ。さぁ、しばらく休んでて。上手くいけば目を覚ました時には厄介ごとは片付いてるかもしれないし。」
彼が杖を握りしめたままニコッと微笑む。
その笑顔に釣られるように私も少し笑みが浮かんだ。
そして緊張の糸がプツンと切れたように力が抜け睡魔に襲われた。
それは久しぶりに感じる心地よいもので私は優しい眠りに身を委ねるようにゆっくりと目を閉じた。
頭には外で繰り広げられているくだらない騙し合いが無理やり流れてきて止めたいのに止まらない。
外の私は一人でいる時はずっとイライラしているか怯えを隠すように強がっているかで見ているこっちまで痛々しく辛い。
「もうやめようよ。」
呟いても無駄だった。
私は暗闇の中で膝を抱えて顔を埋めることしかできない。
そんな時間がどれくらい続いただろう…外の様子が珍しくいつもと違うので塞いでいた耳から手を離すと外の世界の私の前に幽霊のようなアロイスの姿がある。
彼が死んでしまった?
唯一この混沌を打開してくれそうだった彼が?
絶望に打ちのめされた私の耳に外の話し声とは別に不思議とよく響く足音が聞こえてきた。
「誰?」
ギュッと身体を抱え込む怖くて顔を上げられない。これ以上おかしなことには耐えられない。
「いたいた、探しちゃったよ~」
震え、怯える私の耳に届いたのは何とも呑気な声だった。
ポンっと肩に手を置かれ飛び上がるように顔を上げる。
「アロイス…エシャルロット?」
何で彼がここに…
私の動揺など何一つ気にすることなく彼はニコニコと隣に座ってきた。
「表の君とも話しながらだからさぁ手間取っちゃって。はぁ、疲れた。お腹すいたな。」
どこから取り出したのかフランスパンにたっぷりと具材を挟んだサンドイッチを取り出しかぶりつき始める。
私はジリジリと少しずつ距離を取り少しでも逃げ出せるよう備える。
この身体がどこまで動かせるのか分からないけど…
「ふぃふぃほたへる?(君も食べる?)」
そんな私におかまいなしに彼はもう一つサンドイッチを取り出して差し出してきた。
「はぁ?」
戸惑う私の手にはいつのまにかサンドイッチが握られていた。
何故だろう、ものすごく美味しそうだ。
ゴクっと唾を飲み込む。
口にして大丈夫だろうか、彼なら私を殺すほどの毒ぐらい用意できそうだ。
もし毒入りだったら…
それもいいか、苦しむのは嫌だけど終わりにはできる。
私は勢いよくかぶりついた。
「痛い!!」
パリパリのパンの皮が口に刺さる。
「あ~気をつけて。このパリパリが美味いんだけどたまに口が切れるから。バゲットサンドの醍醐味だよね。」
顔をしかめながらそれでもかじり取ったカケラを噛むのがやめられない。
ここ数十年外の食べ物は何を食べても味がせず砂を噛んでいるような不快感しかなかったのに。
「美味しい…」
暖かくパリッとしたパン、間に塗られたバターの香り、みずみずしいレタスとトマトのつややかな舌触り、更にカリカリに焼かれた香ばしいベーコン。
味がしっかり伝わってくる。一つ一つの食材の舌触りも香りも。
気づけば夢中になってかじりついていた。
途中でアゴが疲れて噛むのを中断しながらも握りしめたサンドイッチを離せない。
「美味しいでしょ?」
自分の分を食べ終えたアロイスがニコニコとこちらを見ている。
「嬉しいな、泣くほど喜んでもらえて。
スリジェ家のコックに報告しとこう。」
泣くほどなんて大げさな。何を言ってるんだろう?
呆れながらそっと顔に手をやると確かに涙が出ていた。
何で?
「食べたら元気が出てきたんじゃない?」
問われて初めて気づいた。冷えてこわばっていた身体には少し熱が戻り、痺れていた手足の先にも力が入る。
「どうして…?」
「単純だよ。元気になるには睡眠、休息、食事が必要。
ここは休息向きの場所とは言えないけど。」
彼が指を一振りするとわんわん響き渡っていた外の音がピタッと止む。
寒かった空間は暖かくなり、冷たく固い地面は寝心地のいいベッドの上のようなホッとする弾力と温もりに変わった。
「何が目的?」
我ながら可愛げのない言葉しか出てこなくて嫌になるけど仕方ない。
「目的は君にしっかり元気になってもらうことさ。」
「何でそんな助けるようなことを?」
私がしてきたことを忘れているわけがない。
アロイスは不思議そうに首を傾げた。
「君だって助けてくれたじゃない。これのおかげで今もかなり助けられてる。」
アロイスがスッと取り出したのは黒く長い杖だ。
「君の力を分けてくれただろう?おかげで君は壊れてしまった。
でもそれで良かったんだ。異形の主を呼び覚ますにはマリーの中にある封印の力を揺らがせること、更に彼に姿を表してもらうには彼が与えた加護が壊れていることが重要だから。目覚めた彼が真っ先に君を確かめに来るようにね。」
異形の主と聞いても今までのような身を焦がすような切迫した気持ちは湧き上がらない。
もちろん会いたい気持ちは変わらないけど尋常じゃない執着のような気持ちではなくなった。
その気持ちを抱えそれをよすがに生きているのはアロイスの言うところの表の私なのだろう。
「思った通りだ。君は彼の話にも取り乱したりしない。
今はしっかり休んで、そして時が来たら君が表に出るんだ。」
「表に出る?」
「そう、今外の世界で考え行動している君は長い年月、無理に引き伸ばされ歪められ亀裂が入り綻び始めた君、そこから完全に壊れて切り離された君は大切に残されていた人間らしい部分の君だ。
どちらも君であることに変わりはないからどちらかを切り捨てる必要なんてない。
ただ本来の自分が表に立つべきだと思わない?」
「私…にはよく分からない。」
先ほどまで聞こえていた外の世界の自分。あれが私だと思うのは認めたくないけど…
事実だ。
「よく分からないけどあんな自分は好きじゃない。」
再び流れてきた涙を手で拭う。
その手が暖かいことに何だか安堵してしまう。
私にはちゃんとまだ暖かい血が流れているんだ。
「今はその気持ちを持ってるだけで充分だよ。さぁ、しばらく休んでて。上手くいけば目を覚ました時には厄介ごとは片付いてるかもしれないし。」
彼が杖を握りしめたままニコッと微笑む。
その笑顔に釣られるように私も少し笑みが浮かんだ。
そして緊張の糸がプツンと切れたように力が抜け睡魔に襲われた。
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