上 下
227 / 247
第四章  エンディングのその後の世界

表の私と内なる私 (偽ニリーナ視点)

しおりを挟む
寒い、暗い、指先からつま先まで寒さで痺れたように上手く動かせない。

頭には外で繰り広げられているくだらない騙し合いが無理やり流れてきて止めたいのに止まらない。

外の私は一人でいる時はずっとイライラしているか怯えを隠すように強がっているかで見ているこっちまで痛々しく辛い。

「もうやめようよ。」

呟いても無駄だった。
私は暗闇の中で膝を抱えて顔を埋めることしかできない。

そんな時間がどれくらい続いただろう…外の様子が珍しくいつもと違うので塞いでいた耳から手を離すと外の世界の私の前に幽霊のようなアロイスの姿がある。

彼が死んでしまった?
唯一この混沌を打開してくれそうだった彼が?

絶望に打ちのめされた私の耳に外の話し声とは別に不思議とよく響く足音が聞こえてきた。

「誰?」

ギュッと身体を抱え込む怖くて顔を上げられない。これ以上おかしなことには耐えられない。

「いたいた、探しちゃったよ~」

震え、怯える私の耳に届いたのは何とも呑気な声だった。

ポンっと肩に手を置かれ飛び上がるように顔を上げる。

「アロイス…エシャルロット?」

何で彼がここに…

私の動揺など何一つ気にすることなく彼はニコニコと隣に座ってきた。

「表の君とも話しながらだからさぁ手間取っちゃって。はぁ、疲れた。お腹すいたな。」

どこから取り出したのかフランスパンにたっぷりと具材を挟んだサンドイッチを取り出しかぶりつき始める。

私はジリジリと少しずつ距離を取り少しでも逃げ出せるよう備える。
この身体がどこまで動かせるのか分からないけど…

「ふぃふぃほたへる?(君も食べる?)」

そんな私におかまいなしに彼はもう一つサンドイッチを取り出して差し出してきた。

「はぁ?」

戸惑う私の手にはいつのまにかサンドイッチが握られていた。

何故だろう、ものすごく美味しそうだ。
ゴクっと唾を飲み込む。
口にして大丈夫だろうか、彼なら私を殺すほどの毒ぐらい用意できそうだ。
もし毒入りだったら…
それもいいか、苦しむのは嫌だけど終わりにはできる。

私は勢いよくかぶりついた。

「痛い!!」

パリパリのパンの皮が口に刺さる。

「あ~気をつけて。このパリパリが美味いんだけどたまに口が切れるから。バゲットサンドの醍醐味だよね。」


顔をしかめながらそれでもかじり取ったカケラを噛むのがやめられない。
ここ数十年外の食べ物は何を食べても味がせず砂を噛んでいるような不快感しかなかったのに。

「美味しい…」

暖かくパリッとしたパン、間に塗られたバターの香り、みずみずしいレタスとトマトのつややかな舌触り、更にカリカリに焼かれた香ばしいベーコン。

味がしっかり伝わってくる。一つ一つの食材の舌触りも香りも。

気づけば夢中になってかじりついていた。
途中でアゴが疲れて噛むのを中断しながらも握りしめたサンドイッチを離せない。

「美味しいでしょ?」

自分の分を食べ終えたアロイスがニコニコとこちらを見ている。

「嬉しいな、泣くほど喜んでもらえて。
スリジェ家のコックに報告しとこう。」

泣くほどなんて大げさな。何を言ってるんだろう?

呆れながらそっと顔に手をやると確かに涙が出ていた。

何で?

「食べたら元気が出てきたんじゃない?」

問われて初めて気づいた。冷えてこわばっていた身体には少し熱が戻り、痺れていた手足の先にも力が入る。

「どうして…?」

「単純だよ。元気になるには睡眠、休息、食事が必要。

ここは休息向きの場所とは言えないけど。」

彼が指を一振りするとわんわん響き渡っていた外の音がピタッと止む。

寒かった空間は暖かくなり、冷たく固い地面は寝心地のいいベッドの上のようなホッとする弾力と温もりに変わった。

「何が目的?」

我ながら可愛げのない言葉しか出てこなくて嫌になるけど仕方ない。

「目的は君にしっかり元気になってもらうことさ。」

「何でそんな助けるようなことを?」

私がしてきたことを忘れているわけがない。
アロイスは不思議そうに首を傾げた。

「君だって助けてくれたじゃない。これのおかげで今もかなり助けられてる。」

アロイスがスッと取り出したのは黒く長い杖だ。

「君の力を分けてくれただろう?おかげで君は壊れてしまった。
でもそれで良かったんだ。異形の主を呼び覚ますにはマリーの中にある封印の力を揺らがせること、更に彼に姿を表してもらうには彼が与えた加護が壊れていることが重要だから。目覚めた彼が真っ先に君を確かめに来るようにね。」

異形の主と聞いても今までのような身を焦がすような切迫した気持ちは湧き上がらない。

もちろん会いたい気持ちは変わらないけど尋常じゃない執着のような気持ちではなくなった。

その気持ちを抱えそれをよすがに生きているのはアロイスの言うところの表の私なのだろう。

「思った通りだ。君は彼の話にも取り乱したりしない。

今はしっかり休んで、そして時が来たら君が表に出るんだ。」

「表に出る?」

「そう、今外の世界で考え行動している君は長い年月、無理に引き伸ばされ歪められ亀裂が入り綻び始めた君、そこから完全に壊れて切り離された君は大切に残されていた人間らしい部分の君だ。

どちらも君であることに変わりはないからどちらかを切り捨てる必要なんてない。

ただ本来の自分が表に立つべきだと思わない?」

「私…にはよく分からない。」

先ほどまで聞こえていた外の世界の自分。あれが私だと思うのは認めたくないけど…
事実だ。

「よく分からないけどあんな自分は好きじゃない。」

再び流れてきた涙を手で拭う。
その手が暖かいことに何だか安堵してしまう。

私にはちゃんとまだ暖かい血が流れているんだ。

「今はその気持ちを持ってるだけで充分だよ。さぁ、しばらく休んでて。上手くいけば目を覚ました時には厄介ごとは片付いてるかもしれないし。」

彼が杖を握りしめたままニコッと微笑む。

その笑顔に釣られるように私も少し笑みが浮かんだ。
そして緊張の糸がプツンと切れたように力が抜け睡魔に襲われた。

それは久しぶりに感じる心地よいもので私は優しい眠りに身を委ねるようにゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【二部開始】所詮脇役の悪役令嬢は華麗に舞台から去るとしましょう

蓮実 アラタ
恋愛
アルメニア国王子の婚約者だった私は学園の創立記念パーティで突然王子から婚約破棄を告げられる。 王子の隣には銀髪の綺麗な女の子、周りには取り巻き。かのイベント、断罪シーン。 味方はおらず圧倒的不利、絶体絶命。 しかしそんな場面でも私は余裕の笑みで返す。 「承知しました殿下。その話、謹んでお受け致しますわ!」 あくまで笑みを崩さずにそのまま華麗に断罪の舞台から去る私に、唖然とする王子たち。 ここは前世で私がハマっていた乙女ゲームの世界。その中で私は悪役令嬢。 だからなんだ!?婚約破棄?追放?喜んでお受け致しますとも!! 私は王妃なんていう狭苦しいだけの脇役、真っ平御免です! さっさとこんなやられ役の舞台退場して自分だけの快適な生活を送るんだ! って張り切って追放されたのに何故か前世の私の推しキャラがお供に着いてきて……!? ※本作は小説家になろうにも掲載しています 二部更新開始しました。不定期更新です

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

処理中です...