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第三章 魔法学園
大切な記憶
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初めは辺りが真っ白で自分がどこにいるのかも分からなかった。
前が分からないほど濃くモヤがたちこめていることに気づいた時、立ち尽くしていた地面にそっと腰をおろす。
こういう状況で無闇に歩き回るのは危ないから絶対に動かずその場に留まっているように。
そう教えてもらったから…
誰からだっけ…
思い出そうとすると頭にチリっと痛みが走る。
それでもなぜだろう絶対に思い出さなければいけない。
そんな気持ちに駆られて頭を抑えながら必死で記憶をたどる。
マリーベル…
痛む頭の片隅に柔らかく優しい声が聞こえてきた。
有希ちゃん…
今度は別の懐かしい暖かい声がする。
誰だっけこの声?絶対に思い出さなきゃいけないのに…
忘れちゃいけないのに…
頭が痛いそれでも思い出したい。
ギュッと目を閉じて痛みに耐えてからそっと目を開けるとぼんやりとした小さな人影が見える。
モヤに包まれていたその姿がじわじわと滲み出すようにハッキリ見えてくると私は驚いてに目を見開いてしまった。
だってそこに立っていたのは幼い頃の私だったから。
薄い桜色の髪がふわふわと風に揺れ空色の瞳は不安そうに左右に揺れている。
「ごめんね。」
幼い私が私に謝ってくる。
「ずっと隠れてたの。でも、お願い聞いてくれるってすごくすごく強い力を持ってるひとが言ったから出てきちゃったの。」
ぶるぶる震える小さな両手で何かを握りしめている。
「ずっとずっと隠れてたの…」
小さく光を放つものが小さな両手からもれ出ている。
うつむきながら必死に出しているような小さな怯えた声になんだか切なくなって私は腕を伸ばし彼女を抱き込んだ。
「辛かったね。ごめんね。
もう隠れなくて大丈夫だから。一緒にいよう?」
「いいの?」
まん丸く見開かれた瞳は喜びと不安が浮かんで見える。
「うん、もちろん。」
自分よりいくらか高い体温が胸にギュッとくっついてくる。
「ありがとう。」
嬉しそうな声にホッとする。
暖かいなぁと呑気に考えていたらいつの間にか頭痛は治まっていた。
そっと腕の中を見下ろすと幼い私の姿は見えなくなっている。
暖かい温度は確かに腕の中に残っているのに。
その温もりを失いたくなくて両腕を体に巻きつける。
そのほのかな暖かさははじんわりと胸から全身へ広がりモヤがかかっていたような頭の中にフワッと知らない景色が飛び込んでくる。
知らない…本当に?
四角く高い建物、たくさん並んだベージュの扉、慣れた足取りで狭い階段を登り扉を開く。
「ただいま~」
とくに返事は期待しない。ただの習慣だ。
「お帰りなさい。有希ちゃん。」
明るい声と共に玄関に笑顔で現れた黒髪の女性…
お母さん…
気持ちとは裏腹に体はスイスイ進んでいく。
「あれ?今日は早いねえ。」
無感動な声が出る。
「そうなの、お父さんとお兄ちゃんも帰ってるのよ。四人そろうのは久しぶりねぇ。」
狭い廊下を抜けリビングに入る。
「おっ、お帰り有希。」
「お前また望ん家に入り浸ってたんだろ?ほんとお前ら仲良いのな。」
コーヒーを片手にキッチンに立ち笑顔を向けてくる背の高い男性、だらしなくソファーに座りこちらを見もせずにスマホをいじっている青年。
お父さん、お兄ちゃん…
あぁ、そうだ。忘れてた…わけじゃない。思い出さないようにしてた。私の大切な家族。
ブワッと目の前が曇る。うつむき、こぼれ落ちた涙をそっと拭い顔をあげるとまた違う景色に変わっていた。
懐かしい草原、さらさらと風に揺れる青い草木の中に緩く波打った長い金茶色の髪を揺らしながらこちらに背を向けて女性がかがみ込んでいる。
細く青白い手で手際良く草を選り分けて薬草を摘み取っている。
クルッと振り返ったその人は優しい茶色の瞳をしていた。
「あらあらマリーベルったら。いらっしゃい。」
手招きされて私はパッと走り寄る。
「ふふ、お父様譲りの綺麗な髪にこんなに葉っぱをつけて。
何して遊んでたの?」
「これ~」
私は小さな手で風が吹き集めた葉をすくい取るとパッと空中に放り投げる。
クルクルちらちら舞い散る葉をかぶってキャッキャと笑い声をあげるわたしを見てお母さんも笑いながら同じように葉をすくいとり空中に放り投げる。
「綺麗ね。」
「ねっ、きれい。」
私は少しやつれながらも心から楽しそうに笑ってくれるお母さんの真っ白な顔を見上げながら言った。
そうだ、お母さんはこんな人だった。いつもボヤけて思い出せなかった顔が目の前にあることに感動して、そして切なくて胸がギュッと苦しくなった。
そうか、私は…
家族やお母さんにもう会えないことが切なくて苦しくて、そうして思い出を閉じ込めたんだ。自分が苦しくて傷ついて前に進めなくならないように。
どうやったのかは分からない。無意識に自分の力を使ったんだろう。
あの頃はそうする事で前に進んでいけた。
今は…
苦しさも切なさも残っているけど何より鮮明に思い出せた方が嬉しい。
絶対に忘れたくない大切なものだから。
私は目を閉じてもう一度皆んなの顔を頭に思い描いていつの間にか止めていた息をハァッと吐き出した。胸の中のモヤモヤや重たかったものが一気に吐き出された気持ちになった。
体が軽くて清々しい。
震えておびえていた幼い私も今、自分自身の中に確かにいる。
それが嫌じゃない。そう思えることがなんだか嬉しかった。
前が分からないほど濃くモヤがたちこめていることに気づいた時、立ち尽くしていた地面にそっと腰をおろす。
こういう状況で無闇に歩き回るのは危ないから絶対に動かずその場に留まっているように。
そう教えてもらったから…
誰からだっけ…
思い出そうとすると頭にチリっと痛みが走る。
それでもなぜだろう絶対に思い出さなければいけない。
そんな気持ちに駆られて頭を抑えながら必死で記憶をたどる。
マリーベル…
痛む頭の片隅に柔らかく優しい声が聞こえてきた。
有希ちゃん…
今度は別の懐かしい暖かい声がする。
誰だっけこの声?絶対に思い出さなきゃいけないのに…
忘れちゃいけないのに…
頭が痛いそれでも思い出したい。
ギュッと目を閉じて痛みに耐えてからそっと目を開けるとぼんやりとした小さな人影が見える。
モヤに包まれていたその姿がじわじわと滲み出すようにハッキリ見えてくると私は驚いてに目を見開いてしまった。
だってそこに立っていたのは幼い頃の私だったから。
薄い桜色の髪がふわふわと風に揺れ空色の瞳は不安そうに左右に揺れている。
「ごめんね。」
幼い私が私に謝ってくる。
「ずっと隠れてたの。でも、お願い聞いてくれるってすごくすごく強い力を持ってるひとが言ったから出てきちゃったの。」
ぶるぶる震える小さな両手で何かを握りしめている。
「ずっとずっと隠れてたの…」
小さく光を放つものが小さな両手からもれ出ている。
うつむきながら必死に出しているような小さな怯えた声になんだか切なくなって私は腕を伸ばし彼女を抱き込んだ。
「辛かったね。ごめんね。
もう隠れなくて大丈夫だから。一緒にいよう?」
「いいの?」
まん丸く見開かれた瞳は喜びと不安が浮かんで見える。
「うん、もちろん。」
自分よりいくらか高い体温が胸にギュッとくっついてくる。
「ありがとう。」
嬉しそうな声にホッとする。
暖かいなぁと呑気に考えていたらいつの間にか頭痛は治まっていた。
そっと腕の中を見下ろすと幼い私の姿は見えなくなっている。
暖かい温度は確かに腕の中に残っているのに。
その温もりを失いたくなくて両腕を体に巻きつける。
そのほのかな暖かさははじんわりと胸から全身へ広がりモヤがかかっていたような頭の中にフワッと知らない景色が飛び込んでくる。
知らない…本当に?
四角く高い建物、たくさん並んだベージュの扉、慣れた足取りで狭い階段を登り扉を開く。
「ただいま~」
とくに返事は期待しない。ただの習慣だ。
「お帰りなさい。有希ちゃん。」
明るい声と共に玄関に笑顔で現れた黒髪の女性…
お母さん…
気持ちとは裏腹に体はスイスイ進んでいく。
「あれ?今日は早いねえ。」
無感動な声が出る。
「そうなの、お父さんとお兄ちゃんも帰ってるのよ。四人そろうのは久しぶりねぇ。」
狭い廊下を抜けリビングに入る。
「おっ、お帰り有希。」
「お前また望ん家に入り浸ってたんだろ?ほんとお前ら仲良いのな。」
コーヒーを片手にキッチンに立ち笑顔を向けてくる背の高い男性、だらしなくソファーに座りこちらを見もせずにスマホをいじっている青年。
お父さん、お兄ちゃん…
あぁ、そうだ。忘れてた…わけじゃない。思い出さないようにしてた。私の大切な家族。
ブワッと目の前が曇る。うつむき、こぼれ落ちた涙をそっと拭い顔をあげるとまた違う景色に変わっていた。
懐かしい草原、さらさらと風に揺れる青い草木の中に緩く波打った長い金茶色の髪を揺らしながらこちらに背を向けて女性がかがみ込んでいる。
細く青白い手で手際良く草を選り分けて薬草を摘み取っている。
クルッと振り返ったその人は優しい茶色の瞳をしていた。
「あらあらマリーベルったら。いらっしゃい。」
手招きされて私はパッと走り寄る。
「ふふ、お父様譲りの綺麗な髪にこんなに葉っぱをつけて。
何して遊んでたの?」
「これ~」
私は小さな手で風が吹き集めた葉をすくい取るとパッと空中に放り投げる。
クルクルちらちら舞い散る葉をかぶってキャッキャと笑い声をあげるわたしを見てお母さんも笑いながら同じように葉をすくいとり空中に放り投げる。
「綺麗ね。」
「ねっ、きれい。」
私は少しやつれながらも心から楽しそうに笑ってくれるお母さんの真っ白な顔を見上げながら言った。
そうだ、お母さんはこんな人だった。いつもボヤけて思い出せなかった顔が目の前にあることに感動して、そして切なくて胸がギュッと苦しくなった。
そうか、私は…
家族やお母さんにもう会えないことが切なくて苦しくて、そうして思い出を閉じ込めたんだ。自分が苦しくて傷ついて前に進めなくならないように。
どうやったのかは分からない。無意識に自分の力を使ったんだろう。
あの頃はそうする事で前に進んでいけた。
今は…
苦しさも切なさも残っているけど何より鮮明に思い出せた方が嬉しい。
絶対に忘れたくない大切なものだから。
私は目を閉じてもう一度皆んなの顔を頭に思い描いていつの間にか止めていた息をハァッと吐き出した。胸の中のモヤモヤや重たかったものが一気に吐き出された気持ちになった。
体が軽くて清々しい。
震えておびえていた幼い私も今、自分自身の中に確かにいる。
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