悪役令嬢とヒロインはハッピーエンドを目指したい

ゆりまき

文字の大きさ
上 下
200 / 247
第三章 魔法学園

見守る者の苦悩 (アンディーブ視点)

しおりを挟む
幼い頃からアロイスはどこか大人びた子供だった。

まぁ父に言わせればそれは私も同じらしいけれど。

しかし、弟はまだ乳飲み子の頃から時折り暗く冷め切った眼差しをしていた。

弟の誕生に胸を高鳴らせ会いに行っていた幼い私にはその表情は異質な近寄り難い恐ろしいものに映り弟に会いに行く足は遠のいていたものだ。
そんな距離をとった兄弟関係が変わったのはあの家庭教師の事件からだろう。

教養と礼儀作法を教えに来ていた未亡人の元伯爵夫人だったか…

それまでにも家族以外の人間から自分に向けられる眼差しに違和感を覚えたことはあったが彼女は特に寒気がするような眼差しを向けてくることがあった。しかも必ず二人きりの授業中などだけ。
そのうち眼差しだけではなくねちっこい手つきで私の身体のあちこちを撫でまわすようになった。
不審に思いながらもまだその異常さに気付く前に彼女の悪事は発覚した。

私の授業が行われる部屋にアロイスが父を引き込み二人で物陰に隠れて私たちを驚かせようとしたのだ。

いつも笑っているか母上に咎められてしょげている顔しか見たことがなかった父親の初めて見る表情だった。冷たく反論を許さない厳しい顔つきで現れた父に何やら言い訳を並べ立てていた夫人は目を泳がせてから諦めたようにうなだれて黙り込む。

いつの間にか夫人と私の間に入り込んでいたアロイスは私の手を握りニコッと見上げてきた。
その無邪気な笑顔を浮かべながらもこちらを心配しているような眼差しに初めて私は彼女の行いの異常さと弟が助けに来てくれたことに気づいた。

膝をついてアロイスと顔を合わせるとポロっと涙が流れ落ちた。
アロイスは慌てた様子で小さな手をいっぱいに広げてそれを拭ってくれる。
その小さな手は暖かく目は悲しそうな心配そうな色を浮かべていて私は胸が熱くなった。

人とは違う部分があるのかもしれない…
でも今目の前にいる弟はただ純粋に自分のことを心配してくれている。
それが嬉しくて愛おしさが溢れてきて私は小さな柔らかい身体をそっと抱きしめた。


あの日を境に私は弟と距離を取ることをやめた。

アロイスはやはり時折暗い眼差しをしていたけれど魔力を発動させてからはまるで水を得た魚のように生き生きとし始めた。

私はもちろん他の家族も時折どこか物足りなそうに暗い顔をしていた彼が目を輝かせてのめり込んでいく姿をほほえましく見守り、彼が力を存分に発揮できるよう邪魔をしないようにしていた。

だから驚いてしまったのだ。私たちが初めてマリベル嬢と出会ったあの日の弟の感情豊かな様子に。

私だけではない父も驚いていて、私たちは驚くと同時に安堵していた。
アロイスがありのままの自分を出すことができる存在がいたことに。家族ですら見たことがない表情をマリーベル嬢はいとも簡単に引き出していて何より弟がこの上なく幸せそうな様子をしていることに。

だから2人が一緒にいるための壮大なしかし無謀だと一笑できないような計画をアロイスが立てた時からその日が来ることを覚悟していたはずだった。

「ふぅ…」

思わず漏れ出たため息に自分で苦笑してしまう。

私は家族に向けるほどの愛情を他人に抱いたことが1度もない。
長年使えているエドワードに対して向けているのは忠義心だし、友人たちに向けている気持ちも違う、アロイスや父のように1人の女性に深い愛情を向ける事など私にはできないのだろう。

貴族が政略結婚をするのは当然のことだ。
だが、そうして1人の人生を愛のない生活に閉じ込めることも気が進まない。

父や母も公爵家の力を更に高くすることにあまり興味がないのも幸いして私は婚約や結婚と言う面倒ごとから逃げ回っている。
望むなら生涯1人でも良いと父は言ってくれた。

後継者の教育には責任を持つように自分はさっさと私に家督を譲り母上と二人で俗世から離れてのんびり過ごすのだからと釘を刺すのも忘れなかったが…

先ほどの弟の言葉がよみがえる。
私はきっと寂しいのだろう。
心のどこかで父が母上をアロイスがマリーベル嬢を見つけ出したように自分もただ1人の人を見出したい。
無理だと分かっていながら心のどこかでそれを望んでしまっているのだと思う。
そして見つけられないでいる自分が1人置いて行かれるようなそんな気持ちを抱いてしまっているのだ。

私は頭を左右に振ってこのおかしな気持ちをひとまず仕舞い込む。

まずは事を全て収めなければ。寂しがるのはそれからいくらでもできるのだから。

キュッと顔を引き締めて足早にエドワードの元へ向かう。
代わりの護衛も優秀だが、自分が離れている間にエドワードに何かあっては悔やんでも悔やみきれない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

処理中です...