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5-2 陰湿悪役令嬢の旅立ち

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 無事(?)にお茶の時間も終わり、自室へ戻ってきた。

 衣裳の軌道修正に忙しいリリアナに代わって来てくれていたミーアが退室すると、本棚から新品のノートを取り出して、少しずつ思い出しているゲームのことをまとめる。

 テーブルの上のノワールはすでに眠そうで、あくびをしながら丸まっていた。

「そんなことしなくても、ボクが守ってあげるのに」
「ふふ、ありがとう。でも危険が分かっていれば、近付かないで済むでしょう?」
 とはいえ攻略対象のうち一人はお兄様で、もう一人は、はとこである。近すぎて不安しかないが、記憶を総動員して他の攻略対象を思い出すべく、まずは現時点で分かっている攻略対象とキャッチコピーを書き記す。


 オルカナイト・スノウスタン
“人間不信、こじらせたシスコン”
「今の所、オルカ兄様に人間不信の片鱗は見られないけれど、人生なにが起こるか分からないものね。シスコンは……まぁ、婚約者でも見つけていただければ直る、かしら?」

 なんせメインヒーローであるクリストファー殿下のルートしかクリアしていないので、情報量が少なすぎる。近付くなというのも無理なので、とりあえず人間不信になるのを阻止してあげよう、と方針を決める。


 ケイス・サンナゼート
“欠落した心を探したい魔術師”
「ゲームの中では『僕なんて』っていうのが口癖の魔術師だったけれど、あれだけの実力を持っていながらの自己評価の低さが気になるわね。最後に会ったのは確か一年前……確かに表情は欠落し、て……」

 大事なことを思い出した。
 一年前に実物のケイスに会ったタイミングを。
「ダニエラ従伯母様のお誕生日!」
 はとこの母親である彼女は、双子のクロエラ従伯母様と二人して、従姪にあたる私をとても可愛がってくれた。そして私も毎年この時期にある彼女たちのお誕生日には、お祝いに駆け付けるのだ。

「……お祖母様との修行旅行中になるけれど、きっとお祖母様はサンナゼート家に立ち寄るに違いないわ。リリアナに言って贈り物を手配してもらいましょう」

「ねぇ」
「なぁに?」
 寝ていたかと思っていたノワールが話しかけてきた。贈り物の候補をメモに書きながら返事をすると丸くなったまま、顔だけを持ち上げた。
「まじゅつし、ってこれからコレットがなるのと一緒?」

「……私が、なる……? 魔術師……あぁっ!」
 ケイスの立ち絵は魔術師団のローブを着たものだった。
 ルークザルト殿下の婚約者になるのを避けるためとはいえ、ケイスに近付く選択をしてしまった。

「でも、不可抗力ってやつだわ。あの瞬間にケイス様の立ち絵を思い出すなんて無理だもの」
「じゃあどうするの?」

「そうね……現時点で彼は魔術師団には入っていない。これを阻止する、かしら? でも彼の能力なら遅かれ早かれ入団するでしょうね。とすると ”失った心” の方をなんとかするしかない、か……」

 何の対策も浮かばないが、幸か不幸か数日後には会うことになりそうなので、その時になんとかするしかない、と開き直ることにした。


 クリストファー・テオ・ブレスハイム
“孤独を抱え、それでも輝く王子様”

 ルークザルト・テオ・ブレスハイム
“愛に臆病なツンデレ王子”

 クリストファー殿下とルークザルト殿下には、そもそも現時点での接点はない上に、確かクリストファー殿下にはすでに婚約者がいる筈だ。

「ナタリアーナ様、だったかしら」
 アクスフォード公爵家のご令嬢で、歳は私と同じだがとても小柄な方だ。
 どこかのお茶会で見かけたが、その時はまだ婚約者候補の状態で、他の令嬢をその小さな身体で精一杯牽制していた姿が可愛らしかったのを覚えている。

「そういえば、私は彼女を利用するかもしれなかったのね」
 ヒロインがナタリアーナ嬢にいじめられているのを庇いながら、味方のふりをして近付く。しかし考えてみれば、やり方は良くないが婚約者に他の女性が接近するのが気に入らないのは当然だ。

「んー? 待って」
 何かがおかしい。思わず間延びした声が出る。

 クリストファー殿下のルートでは、彼は婚約者との『愛の無い婚約状態』や『派閥争い』によって孤独を抱えていた。
 後者は王妃の座を狙っていたルークザルト殿下の婚約者である私が城内で煽っていたせいだったのだが、前者は……私の記憶にあるゲーム内でのナタリアーナ嬢の態度、あれは少なからずクリストファー殿下を想って嫉妬している姿だ。

「ナタリアーナ様の完全な片思いだったの? それとも……」

 しかし彼女との面識もそれだけで、共通の友人もいない現状では、どうしようもない。
「どこかでナタリアーナ様に接近できるチャンスがきたら、その時に本心を聞いてみたいわ」

 ルークザルト様の婚約者でもない私が彼女と会える機会は皆無に等しい。それでも。もしかすると……もしかすると第一王子の婚約者と第二王子の婚約者として、仲良くできた未来があったのかもしれない、と……勝手な想像をしてしまう。

「自ら断ち切った未来に、思いを馳せても仕方ないわね! 次!」
「ニャッ?!」

 気分を切り替える為に出した大声で、ノワールを起こしてしまった。
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