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3-2 陰湿悪役令嬢と黒猫

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 夕食の時間を待たずに部屋を出て、食堂ではなく厨房へ向かう。

 足元を得意げに歩く黒猫は、お腹が空いたと駄々をこねた挙句、何かをもらいに厨房へ行ってやると言うと、ようやく大人しくなった。

 そういえばまだこの子を飼うことを家族に話していない……と思いながら彼を見ると、タイミングよくこちらを見上げた金色の瞳と目が合った。

「なーに? コレット、ボクの顔に何かついてる?」
「ううん、まだ家族に……って、ノワールのその言葉! 喋る猫なんて誰かに見られたら騒動になりそう!」

 家族に相談する以前の問題に気付いてしまった。猫が喋る理由となると、私の前世ことを話さないといけなくなってしまうではないか。困った。

「大丈夫だよ、他の人間には普通の猫の鳴き声に聞こえるように、この首輪にコレット以外に音声阻害を発動する魔宝具が付いてるんだ。魔宝石には尽きることない風魔法が入れてある、神様の特別製」

 サラリとすごいことを聞いてしまった気がする。そして問題がないなら良いことにして、詳しく突っ込むのはやめておく。
 遠い目をしながら、厨房へと続く長い廊下の壁面に設置されている魔宝具を見る。


 前世ほど文明が発達しているわけではないが、魔宝石と呼ばれる動力源を持つ魔宝具というものが開発され、利用されている。
 この廊下にある照明や、リリアナが私の髪をセットする際に使用しているものもこれにあたる。


 魔宝石そのものは特定の地域で産出されている鉱物で、風魔法、火魔法といった魔力を込めることができる。そしてそこから電池のように放出される魔力を制御する魔宝陣を使って作られたものが魔宝具だ。

 得手不得手はあれど、この世界の住人は属性魔法が使え、魔宝石に魔力を込めることができる。
 つまり、一度購入すれば壊れない限り、永久に魔力を注ぎながら使用することが可能となっていた。

 そしてその魔宝具を研究・開発しているのが魔術師団である。
 騎士団と並んで国を護る魔術師団のもう一つの顔だ。


「……あら?」
 もう少しで厨房というところで、曲がり角の向こうからやってくる足音に気が付く。
 この足音は料理長のゴティアスだ。しかもまた腰を痛めているらしい。彼は立ち仕事というのもあってか、私が小さい時からこうして時々腰を痛めていた。

 急いでいるらしく慌ただしい様子から、このまま進めばちょうど出会い頭でぶつかってしまうと予想して、少し手前で立ち止まって彼を待つ。


「っと、お嬢様!」

 予想通り、小走りのゴティアスが廊下の角から勢いよくやって来た。こちらが手前で待っていたため、ぶつかることはなかったが、誰もいないと思っていたであろう彼は慌てて止まった。

「申し訳ありません、お嬢様!」

 恰幅の良い身体を丸めて頭を下げると、すっかり寂しくなってしまった頭が視界に入る。

「大丈夫よ、ゴティアス」
「え? は、はい! あ、いえ……その……」

 一瞬、会話が噛み合わない。彼の謝罪をぶつかりそうになったことに対するものだと受け取ったが、どうやらそうではないらしい。

「何かあったの?」
 重ねて問うと、再び頭を下げられた。

「じ、実はその……夕食の時間が少し遅れそうでして……」
「それだけ?」
「は、はい?」
「それだけのために、腰を痛めているのに全力疾走していたの?」
「えぇ、一刻も早くリリアナに教えて、お嬢様にお伝えしなければまた怒ってしまわれるかと……」


「コレット、食いしん坊? さっきボクがお腹すいたって言った時はもうちょっとガマンしなさいって言ったのに」

 足元でノワールが不満そうに言う。

「わ、私は夕食が遅れるだけでそんな……」

 ふと、記憶が蘇る。前世の記憶が戻る前の自分の言動が。
 理由も聞かず、尊大な態度で我儘を言う自らの姿が。

『どうして今日の夕食はこんなに遅くなってしまったの?!』
『厨房の人間は何をしていたの!』


「ゴティアス」
「は、はい!」
「何か理由があるのでしょう?」

 我が家の使用人たちは優秀だ。理由もなくそんな事態に陥るとは思えない。これまでその理由すら聞いてこなかったことを深く反省する。

「えぇ、先日から続いていた大雨で、仕入れの荷馬車がいつも通る道が土砂崩れで通行止めになっていたようで……迂回しているため到着が遅れているのです」
「そうだったのね。それなら仕方ないじゃない」
「お嬢様……?」


 新種の生き物でも見るような目で見つめないでいただきたい。

「いいわ、と言ったのよ」
「あ、ありがとうございます!」
 安心したように笑うゴティアスに、私も少し安心した。

「それよりお嬢様はなぜこのような場所に? この先には厨房しかありませんよ」
「そうそう、その厨房に用事があったの。この子に何か食べさせてやりたくて」
 足元のノワールを見ると、ゴティアスがにっこり笑った。
「承知しました。では、お部屋に何かお持ちしましょうか」
「私も厨房へ行くわ」

「えっ」

 驚いたり笑ったり再び驚いたり、ゴティアスの表情筋が大変忙しそうである。

「また腰を痛めているのでしょう? 何往復もさせるのは悪いもの。それにたまには厨房へ行くのも楽しそうだわ」
「お嬢様……! では一緒に行きましょうか」
「えぇ」

 なぜか涙ぐんでしまったゴティアスの後ろについて厨房へ向かった。
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