15 / 27
3-2 陰湿悪役令嬢と黒猫
しおりを挟む夕食の時間を待たずに部屋を出て、食堂ではなく厨房へ向かう。
足元を得意げに歩く黒猫は、お腹が空いたと駄々をこねた挙句、何かをもらいに厨房へ行ってやると言うと、ようやく大人しくなった。
そういえばまだこの子を飼うことを家族に話していない……と思いながら彼を見ると、タイミングよくこちらを見上げた金色の瞳と目が合った。
「なーに? コレット、ボクの顔に何かついてる?」
「ううん、まだ家族に……って、ノワールのその言葉! 喋る猫なんて誰かに見られたら騒動になりそう!」
家族に相談する以前の問題に気付いてしまった。猫が喋る理由となると、私の前世ことを話さないといけなくなってしまうではないか。困った。
「大丈夫だよ、他の人間には普通の猫の鳴き声に聞こえるように、この首輪にコレット以外に音声阻害を発動する魔宝具が付いてるんだ。魔宝石には尽きることない風魔法が入れてある、神様の特別製」
サラリとすごいことを聞いてしまった気がする。そして問題がないなら良いことにして、詳しく突っ込むのはやめておく。
遠い目をしながら、厨房へと続く長い廊下の壁面に設置されている魔宝具を見る。
前世ほど文明が発達しているわけではないが、魔宝石と呼ばれる動力源を持つ魔宝具というものが開発され、利用されている。
この廊下にある照明や、リリアナが私の髪をセットする際に使用しているものもこれにあたる。
魔宝石そのものは特定の地域で産出されている鉱物で、風魔法、火魔法といった魔力を込めることができる。そしてそこから電池のように放出される魔力を制御する魔宝陣を使って作られたものが魔宝具だ。
得手不得手はあれど、この世界の住人は属性魔法が使え、魔宝石に魔力を込めることができる。
つまり、一度購入すれば壊れない限り、永久に魔力を注ぎながら使用することが可能となっていた。
そしてその魔宝具を研究・開発しているのが魔術師団である。
騎士団と並んで国を護る魔術師団のもう一つの顔だ。
「……あら?」
もう少しで厨房というところで、曲がり角の向こうからやってくる足音に気が付く。
この足音は料理長のゴティアスだ。しかもまた腰を痛めているらしい。彼は立ち仕事というのもあってか、私が小さい時からこうして時々腰を痛めていた。
急いでいるらしく慌ただしい様子から、このまま進めばちょうど出会い頭でぶつかってしまうと予想して、少し手前で立ち止まって彼を待つ。
「っと、お嬢様!」
予想通り、小走りのゴティアスが廊下の角から勢いよくやって来た。こちらが手前で待っていたため、ぶつかることはなかったが、誰もいないと思っていたであろう彼は慌てて止まった。
「申し訳ありません、お嬢様!」
恰幅の良い身体を丸めて頭を下げると、すっかり寂しくなってしまった頭が視界に入る。
「大丈夫よ、ゴティアス」
「え? は、はい! あ、いえ……その……」
一瞬、会話が噛み合わない。彼の謝罪をぶつかりそうになったことに対するものだと受け取ったが、どうやらそうではないらしい。
「何かあったの?」
重ねて問うと、再び頭を下げられた。
「じ、実はその……夕食の時間が少し遅れそうでして……」
「それだけ?」
「は、はい?」
「それだけのために、腰を痛めているのに全力疾走していたの?」
「えぇ、一刻も早くリリアナに教えて、お嬢様にお伝えしなければまた怒ってしまわれるかと……」
「コレット、食いしん坊? さっきボクがお腹すいたって言った時はもうちょっとガマンしなさいって言ったのに」
足元でノワールが不満そうに言う。
「わ、私は夕食が遅れるだけでそんな……」
ふと、記憶が蘇る。前世の記憶が戻る前の自分の言動が。
理由も聞かず、尊大な態度で我儘を言う自らの姿が。
『どうして今日の夕食はこんなに遅くなってしまったの?!』
『厨房の人間は何をしていたの!』
「ゴティアス」
「は、はい!」
「何か理由があるのでしょう?」
我が家の使用人たちは優秀だ。理由もなくそんな事態に陥るとは思えない。これまでその理由すら聞いてこなかったことを深く反省する。
「えぇ、先日から続いていた大雨で、仕入れの荷馬車がいつも通る道が土砂崩れで通行止めになっていたようで……迂回しているため到着が遅れているのです」
「そうだったのね。それなら仕方ないじゃない」
「お嬢様……?」
新種の生き物でも見るような目で見つめないでいただきたい。
「いいわ、と言ったのよ」
「あ、ありがとうございます!」
安心したように笑うゴティアスに、私も少し安心した。
「それよりお嬢様はなぜこのような場所に? この先には厨房しかありませんよ」
「そうそう、その厨房に用事があったの。この子に何か食べさせてやりたくて」
足元のノワールを見ると、ゴティアスがにっこり笑った。
「承知しました。では、お部屋に何かお持ちしましょうか」
「私も厨房へ行くわ」
「えっ」
驚いたり笑ったり再び驚いたり、ゴティアスの表情筋が大変忙しそうである。
「また腰を痛めているのでしょう? 何往復もさせるのは悪いもの。それにたまには厨房へ行くのも楽しそうだわ」
「お嬢様……! では一緒に行きましょうか」
「えぇ」
なぜか涙ぐんでしまったゴティアスの後ろについて厨房へ向かった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる