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第一章
清掃師、異変と遭遇する
しおりを挟む何度かモンスターと遭遇、交戦しながら、俺たちはまだピッケルが必要ないくらい緩い斜面を登っていた。
地図役は俺が先頭でやっているわけだが、それを見る必要がないくらい登山バイブルを読んで頭に入れてるからスイスイと進むことができていた。ここは普通の山じゃなく迷宮山なだけあって複雑で、間違えると遠回りになってしまうから死活問題なんだ。
「おい、ゴミアルファ、本当にこっちでいいのか!?」
「いだっ!」
ジェイクの質問に答える前に尻を蹴り上げられて笑い声が上がる。
「た、正しいです……」
底辺ジョブだからこそ、それ以外で役立とうと必死だったから間違えようがないんだけどな。
「少しでも間違えたら承知しないよ」
「あ、僕いいこと考えた。間違ってたら全裸で放置してやるのはどう?」
「「「アハハッ!」」
「……」
我慢、我慢だ。俺さえ耐えればいいことなんだから……。
「――あ……」
なんだか視界が悪くなってきたと思ったら、遠くに誰かが見えたような気がした。もう見えなくなったけど、低身長で白い髭をたっぷりと生やしていて、ゴーグルの似合うローブ姿のおじさんだった。
あれは、まさか伝説のドワーフ族じゃ? 彼らはありとあらゆるものを精錬できるらしくて、鍛冶の神様とも呼ばれてるらしい。もしそうなら大変なことだからみんなに教えないと……。
「い、今ドワーフが……」
「はあ? ゴミアルファ、脳みそまでガラクタになったのかよ。Fランクの迷宮山にドワーフなんかいるわけねえだろ!」
「だねえ。あんたは根っからのチキンなんだしさ、怯えるあまり雪を被った木がそう見えただけなんじゃないのかい?」
「あー、それだろうね。僕絶対レイラの言う通りだと思う」
「「「ブハハッ!」」」
「……」
そうなんだろうか。レイラの言うようにただ単に目の錯覚だったんだろうか? エルフやドワーフといった種族は、人間と比べると巨人と蟻のような関係と言われている。
もちろん蟻が人間のほうで、それくらい強さが桁違いだっていわれてるんだ。彼らの中にも登山を試みる者は結構いるらしく、人間とは違って難易度の高い山々にいることが多いんだとか。こうしたFランクの迷宮山で遭遇することはまずないらしいし、やっぱり俺が臆病なゆえに見えた幻だったんだろうか。
でもそのほうがいいよな。もし遭遇した場合、彼らは人間を見下しているか嫌っているらしいから死も覚悟しなきゃいけないだろうし……。
「――おい見ろ、レイラ、クエス! あれは第一セーブポイントだ!」
「ひゃっほう! やったねぇ!」
「よしよし、今日はモンスターも少ないし順調だね」
「……」
ジェイクたちが、木々の合間から覗く青いクリスタルを見て喜び合ってる。
神々が人に試練を与えるために作ったとされる迷宮山には、セーブポイントと呼ばれる触れることのできない浮いたクリスタルが二つあるんだ。
その周囲だけはモンスターの侵入が許されず、登山者が接近するとそこまで登ったことが記憶され、蜘蛛の糸という迷宮山と地上を行き来できる魔道具を使えばクリスタルのある場所まで一気に登ることができるのでそう名付けられたらしい。
やっぱり道はこっちで正しかったんだな。正直、喜びよりも安堵の気持ちのほうが強かった。これで裸で放置されることもなくなるから。ただ、さっきから視界がどんどん悪くなっていくのが気懸りだけど……。
「おいゴミアルファ、おめー、嬉しくねえのか!?」
「あっ……」
ジェイクに胸ぐらを掴まれる。
「う、嬉しいです」
「当たり前のことを言うなボケがっ!」
「かはっ!」
殴られて横転する俺に笑い声が浴びせられる。何が面白いんだか……って、視界がもう、回復する兆しすらないな。確か、ここは霧で視界が悪くなっても一時的なもので、すぐ晴れるのが特徴ってあったような。それが一向によくならない場合、あることを疑わねばならないという。
それこそがこの迷宮山『アバランシェ・ブレード』の最大の特徴といっていい特異な自然現象であり、視界不良が悪化の一途をたどったあと、刃のような鋭利で巨大な雪の塊がしばらく吹き荒れるんだそうだ。遭遇した者は絶対に助からないといわれている。
「さー、これから第二セーブポイントを目指そうぜっ!」
「今日は疫病神もいるのに視界が悪い程度だし、行けそうだねえ」
「こういうときこそ一気に行くべきだと僕も思うね」
「……」
「おい、ゴミアルファ、何黙ってんだよ、返事しろボケがっ!」
「あ……あの、やめたほうが……」
「「「は?」」」
ジェイクたちが顔を近付けて威嚇してきたけど、命を守るためだ。言わなきゃ……。
「特殊な自然現象の前触れだって思うんだ。ほら、みんなも聞いたことくらいあるはず。あれが起こる前に引き上げたほうが……」
「おめー、アホか! こんなときにびびってんじゃねえよ! こんなのただの霧だろうがっ!」
「あたいもそう思うよ。しかもここの霧はすぐ晴れることでも有名だそうじゃないか。そんなことも知らないなんて呆れるばかりだよ」
「うんうん。底辺ジョブのアルファらしい意見だなって僕思ったよ」
「くっ……」
なんでわからないんだ。霧が出始めてどれくらい経ってるのかもわからないのか? 底辺ジョブの俺が言うことだから間違いにしか聞こえないってことなら、もう打つ手はなしだな……。
「おい、ゴミアルファ。なんか不服そうな顔だな?」
「あ、いえ、ごめんなさい……」
「見ろよこいつ、すぐヘタれてやんの!」
「情けないねえ。自然現象がどうのこうの、結局臆病風に吹かれただけじゃないか」
「アルファちゃん、そんなんじゃ生きていけないでちゅよー?」
「「「ププッ……!」」」
「……」
俺は拳を握りしめながら愛想笑いを浮かべた。そうだ……自分は底辺ジョブだし、俺が我慢すればいいだけのこと。天啓を受けてから、ずっとそうやって生きてきた。弱いから、無能だからと衝突を避けてきた。だからこれからも……。
「……うっ……」
俺は込み上げてくる悔し涙を必死に抑え込んでいた……。
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