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14.吸着性
しおりを挟む夕方になり、例の盗賊が出没する時間帯ということもあってか、都の北口付近の通りは人の往来が極端に少なくなってきた。
俺たち以外に人が完全にいなくなればいよいよ作戦スタートになる。緊張感がいやおうなしに高まってきて、小袋を持つ手に力が一層加わった。もう少し、もう少しだ……。
「ディルの旦那、お願いしやす」
「ディル様、リゼのために頑張って!」
「あらあら、リゼったら。ディル様はわたくしのために頑張りますのよ?」
「あたしのためだよー」
「ん? あっしのためっすよ?」
「「「「むうう!」」」」
「……」
こんなときに喧嘩が発生したということもあってなんとも気が抜けたが、おかげで緊張が解れてきた気がする。偶発的ではあるがこれぞパーティーの醍醐味ってやつで、みんなの力を合わせていかないとな……。
まもなく人通りが完全に途絶え、遂にそのときがきた。俺は大事なお宝が入った小袋を我が子のように胸に抱き、建物の陰から単身通りに出る。周りをきょろきょろし、警戒する素振りを見せつつ背中を丸めて歩いていく。
夕陽と長い人影を独り占めにしながら、俺は待望の瞬間がやってくるのを今か今かと待った。
「――っ!?」
一瞬、正面から風が吹いてきただけなのかと思ったが、違った。何かが颯爽とすぐ横を走り去っていったことに気付いたときには、荷物がなくなっていた。
おいおい、嘘だろ。あれだけ両手で庇うように持っていたのに、まるで魔法のようにすられてしまった……って、感心してる場合じゃないな。例の荷物もまた、盗賊特有の技術クローキングの影響を受けてか見えなくなってる。
だがしかし、俺は相手の姿が見えなくても、逃げていった方向は微風がヒントになってわかるので、すぐさま振り返って召喚術を行使した。
ちなみに召喚術というものは影響を及ぼせる範囲が広いので、その効果範囲内に自身が敵だと認識する何者かがいれば術式は完成する上、俺のものに至っては超高速詠唱のおまけつきだ。
「あ……」
赤くて何かひらひらしたものが降ってきたと思ったら、大きなマントだった。また変なものを召喚しちゃったな。でもあれがこの状況で大いに役に立つのは間違いない。
「ぬはっ!?」
それが絡みついたのか動けなくなってるやつがいるのがわかる。多分強い吸着性があるんだな。しかも召喚術によるものだから、あのマントは魔法物質なのでクローキングの影響は受けないんだよなあ。
「――ぐぐっ……」
もがく盗賊をロープで縛り上げる間、魔法のマントは消え失せたがクローキングの効果も同様らしく、やつの姿が徐々に浮かび上がってきた。
「さすがディルの旦那っ!」
「ディル様、すごーいっ」
「お見事でしたわ、ディル様、ご立派ですこと……」
「ディル様だーい好きっ」
「……」
みんな寄ってたかって俺にべたべたと触ってくる。普通は頭に血が上っちゃう状況なんだが、ラルフまでお触りしてくるもんだから中和されるのか俺はあくまでも冷静でいられた。そういう意味じゃ彼は凄く便利な存在なのかもしれない……っと、それどころじゃなかったな。盗賊をなんとかしないと。
「ゆ、許してっ」
あれ……犯人の顔を拝見したわけだが、とてもじゃないが盗賊とは思えない、なんとも平凡な容姿をした普通の青年だった。がっくりと項垂れてるからそう見えるのかもしれないが、悪っぽいところなんて微塵もなくて、むしろ好青年な感じなのになあ。これは正直意外だった。
「盗賊、お前が女から奪った手鏡を出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
俺が言うと、男は唖然とした顔になった。
「えっ、今から僕を駐屯地に連れていくんじゃ?」
「そんなことはしない。俺も同じ悪党だからな」
「なるほど……って、僕と同じ悪党なのになんでこんなことを……?」
「依頼の報酬のためでもあるが、都は俺の縄張りだからだ。ここで目立つ悪党は俺だけでいい。さあ、早く出せ」
「わ、わかったよ。でもここにはないから、とりあえずアジトに案内するねっ……」
念のために盗賊をロープで縛り上げ、アジトまで歩かせることになったわけだが……この男、笑顔を見せる余裕があった。さすが神出鬼没の盗賊なだけあって、隙を見せると危なそうなやつだな……。
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