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第三章

54話 支援術士、飛び掛かられる

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 どれくらいの時間が経っただろうか。意識が朦朧とする中、俺は回復術における最後の仕上げを行っていた。

 今意識を切らせるわけにはいかない。ここで切れたら全部元に戻ってしまってスタートからやり直しだからだ。

 積み上げるのは難しいが、崩すのはとても簡単なんだ。できる、できるだろう、できるはず……前向きな力は回復術のエネルギーになるが、これのみで全部上手くいくならどれほど楽か。

 それまでなら正の感情でゴリ押しできるところもあったが、この治療に限ればそうじゃないんだ。呪いに最大限気を遣った綱渡りのような回復術をオーガの体に流し込んでいく。細い血管を通り、体全体にさりげなく染み渡らせていくようなイメージだ。

「……」

 必ずではなく、なるべく元に戻ってほしい、という曖昧な感情の維持は途轍もなく難しく、いちいち睡眠欲を刺激してきて意識を手放しそうになる。ルードが伝えてきたイメージから、当時のことを脳裏に思浮かべる。

 それが日常の中で歩き、走り、笑い、食べる。そうした光景を、時折オーガを意識しつつイメージする。それらがちょうど半々になるように。

「――はぁ、はぁぁ……」

 気付けば自分の荒い呼吸の中、俺は人間に戻ったルードの前にいた。気のよさそうな恰幅のいい若者だ。オーガほどじゃないが結構体格がいいんだな。【呪術士】はそういうのを参考にして呪いをかけたのかもしれないが。

 それにしても危なかった。ちょうど元に戻したときに意識が一瞬だけ途切れたんだが、周りからの応援の力が生きたのかなんとか持ち直すことができたんだ。

「……え、おで、元に戻った……?」

 ルードが信じられないといった様子で自身の手を見つめ、まばたきを繰り返した。

「ああ、元に戻ったよ。ルード。もう大丈夫だ……」
「……グ、グレイス、あんた神だ、本当の神だあっ……!」
「お、おい、苦しいからそんなに強く抱き付くなって……」

 束の間の静寂のあと、大歓声や拍手さえもが俺のほうに飛び掛かってくるような勢いで沸き起こった。滅茶苦茶苦しかったが、やっぱりこの瞬間は最高だな。このためにやってるようなものだ……。

「グレイス!」
「グレイスさんっ!」
「グレイスどのー!」
「グレイス様ぁー!」
「グレイス先生っ……!」

 お、祝福の声があちらこちらから上がる中、早速アルシュたちが大喜びの様子で駆けつけてきた。

「……」

 だが、それがまもなく嘘のように静まり返る。野次馬を押し分けるようにして兵士たちが駆けつけてきたからだ。

「【なんでも屋】のグレイスだな!?」
「貴様を逮捕する!」
「今すぐ駐屯地へ来てもらうぞ!」
「さあ、お縄につけ!」
「拒否すればどうなるかわかっているだろうな!?」

 その場にかつてないほどの衝撃が走った様子だが、俺はこうなると最初から予想していたのでなんともなかった。

「ああ、待ってたよ。行こうか」
「こ、こんなのおかしいよ! 折角治したのに! グレイスも、どうして大人しく従うの……!?」
「そうですよ、ふざけないでくださいまし……」
「グレイスどのに対してこのような下劣な行為、決して許されぬ……!」
「野蛮です……!」
「グレイス先生を返せぇぇ……!」
「「「「「ひっ……」」」」」

 さすがに、アルシュたちの迫力には兵士たちも押されている様子。見た目は可愛いが強者揃いだからな……。

「大丈夫、アルシュ、テリーゼ、ジレード、カシェ、ナタリア。ちゃんと……戻ってく、る……」

 笑顔を見せて別れるつもりだったが、しまった。目が眩む。達成感や安心感でごまかされたせいもあるのか、こんなところで意識の限界が来てしまった……。



 ◇◇◇



【支援術士】のグレイスが兵士たちに連行されようとした矢先で倒れ、一層どよめきが上がる【なんでも屋】周辺。

「グレイス先生を解放しやがれ!」
「クソ兵士どもがっ!」
「あなたたちに心はないの!?」
「「「「「死ねっ!」」」」」

 野次馬から怒号が上がる中、気絶したグレイスが涼しい顔をした兵士たちにロープで縛り上げられ、連行されていく。

「ど、どういうことだよ、マニー。やっぱり治しちまったじゃねえか……!」
「そ、そんなっ……ありえぬことですじゃ、これは……」

 ガゼルに胸ぐらを掴まれ、小刻みに震えるマニー。

「はあ!? てめえ、幼女の姿だからって寝ぼけたこと言ってんじゃねえ! 実際に治したじゃねえかっ!」
「う、うう……」
「まあでも、どっちにしろやつは終わりだけどな――」
「――あ、あわわ……」
「ん? なんだよ、マニー。中身爺さんのくせに、胸ぐら掴んだくらいでそんなに怯えることかよ?」
「い、い、いや、そうではないのですじゃ、そ、そこに……」
「……は?」
「きゃああああぁぁっ!」

 まもなく悲鳴が起きたことでガゼルはようやく気付いた。すぐ近くに、怒りの形相のオーガが立っていることに。
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