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第三章
52話 支援術士、矛盾を生む
しおりを挟むいよいよ治療が始まろうとする中、あれだけどよめいていた【なんでも屋】の店舗周辺が嘘のように静まり返っていた。
みんなわかってるな。オーガが巨体すぎて店の中へ入れないので外で治療を行うことになったわけだが、この感じは久々に味わうものだ。特に難しい治療対象だと、それだけ集中するのかみんな一斉に黙り込むんだ。
「グ、グレイスよ、あんたがいい人なのはわかったが、本当にいいのか……? やめるなら、今からでも遅くねえ。あんたみたいないい人を死なせてしまうくらいなら、おでは――」
「――だから、心配するな」
「う、うぐっ……」
涙を浮かべるオーガの男。
「お、おで、マニーとかいう、幼女の姿をした、けれども中身は老人のやつに……ブツブツ……」
「落ち着いて話してくれ。大丈夫だ」
「わ、わかった……。そのマニーってやつに、そそのかされたんだ。あんたがすげー悪いやつだって。おで自身も、この世が憎かったし、マニーには恩もあったから……」
「……なるほど」
あれは幼女の振りをしてたが、どう見てもただの子供じゃないしな。このオーガと同じように《罪人》として呪いの刻印を押されたからああなったわけだ。
「け、けど、あんたは処刑される覚悟でおでを治そうとしてくれてる……。こんなの、耐えられねえ。こんないい人を死なせてしまったら、おで、耐えられねえよ……」
「……そこまで思ってくれるだけで充分だよ。ありがとうな。あんた、名前は?」
「お、おではルードっていうんだ」
「ルードか。大丈夫だ、俺は死なないし、ルードも名前通り元の姿に戻る。何もかも上手くいく。そう信じろ」
「わ、わかった。信じる。おで、あんたを、グレイスを信じる……」
「ああ、信じてほしい」
自分だけでなく、患者や周囲の前向きな気持ちはそれだけ治療に役立つし、稀に奇跡を生み出すんだ。
……正直な話、この刻印は仮に奇跡が起きても治せない。テリーゼにかかっていた盲目の呪いは中位の呪いだからなんとかなったが、これは上位の呪いだからだ。なので到底治すことはできない、不可能といってもいい。だが、治す。治せないのに治す。一見矛盾してるが、可能なんだ。
何も、奇跡に賭けようってわけじゃない。俺には、自分でも信じられないような素晴らしいアイディアが生まれていたから……。
◇◇◇
(グレイス……お前が何を考えてるか知らねえし、妙に引っかかりも覚えるが、さすがに今度こそ終わりだ。ここから高みの見物をさせてもらうぜ……)
しばらくグレイスとオーガのほうを見つめていたガゼルだったが、やがてその視線はアルシュたち女性陣がいる方向へ自然に流れることになった。
(グレイスの野郎さえくたばれば、あの子たちがそのまま俺のものになるってわけだ。ククッ、こりゃ至高の土産物だぜ。もちろん、中でも最高の女は俺だけのアルシュなわけだが……)
「……」
アルシュの露出した臀部に鋭い視線を移し、喉をぐるりと動かすガゼル。
(相変わらずいいケツしてやがるぜ。どうせ奥手なグレイスとアルシュのことだからまだヤってねえだろうし、グレイスがいなくなったら俺が慰めてやるとしよう。ベッドの上で、たっぷりとな……)
「ガゼルさんや、さっきからそんなに嫌らしい顔して……まさか、わしに欲情したのですかな? あはんっ……」
マニーがニヤリと笑いつつ裾を上げ、幼い太腿をガゼルに見せつける。
「は、はあ!? ガキが色気なんか出すな! 鬱陶しいから引っ込んでろ!」
「うう……一応、これでも中の人は円熟しておりますのじゃが……」
◇◇◇
「あぅ、今、なんか変な視線を感じたようなぁ……」
困惑顔で周囲を見回すアルシュ。
「どうせ変態さんでしょう。アルシュもそんな恰好をするからですわ」
テリーゼが呆れ顔で呟く。
「うー。ローブ羽織ってくればよかった……」
「ところで、アルシュはなんでそのような格好なのだ?」
「あたしも気になるねぇ」
「そ、それはっ……グレイスのためだもん。でも、私がお子様体型だからか、あんまりぐっとこないらしくて……」
ジレードとナタリアに対し、アルシュが苦笑を浮かべてみせる。
「それでは、男の方が特に注目するという胸の部分が足りないんでしょうかぁ?」
無邪気な笑顔でさらりと言ってのけるカシェ。
「「「「……」」」」
その一言をきっかけにして、アルシュ、テリーゼ、ジレード、ナタリアの四人はしばらく黙り込んで自身の胸を見つめるのだった。
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