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第三章

50話 支援術士、岐路に立たされる

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「ど、どうしよう、グレイス……。あの山賊みたいな男を黙らせてやりたいけど、治療相手が《罪人》の人みたいだし、なんか嫌な予感がするからやめたほうが……」

 アルシュも、そこら辺は詳しくないようだがさすがに察しているか。確かにあれは【勇者】ガゼルの罠だろう。

 というか、幼馴染アルシュがまったく気づいてないほどのガゼルの変わり様にも驚かされる。髪が伸び放題で無精ひげや頬傷も目立つし、体格も立派になってて何よりかなり日に焼けたのか肌の色が浅黒くなってる。あの様子だと随分苦労したんだろうな。

「グレイスさん、わたくしもアルシュに同意します。気持ちはわかりますけれど、あれを相手にしてはいけません。どう見ても罠ですわ」

 テリーゼが強い口調で止めるのも当然だろう。あれだけわざとらしい芝居も珍しいし、絶対に裏があると思うはずだから。

「グレイスどの、自分もどうにも引っ掛かるので、やめるべきかと……」
「あの、グレイス様、私もそう思います……」
「グレイス先生、あたしもやめたほうがいいと思うけどねぇ……」

 ジレード、カシェ、ナタリアまで不安げな表情で止めてきたが、俺はあのオーガにかけられた呪いを治療する可能性を捨てきれないでいた。

 今まで治療してきた過程で呪いに手を焼いた経験から、いずれ上位の刻印を押された客も来るかもしれないと覚悟して研究してきたんだ。

 ただ、その日はなるべく来てほしくないとは思っていた。それは、難易度が途轍もなく高いからではなく、《罪人》の証明である刻印の効果をなくそうとすることで、反逆罪として処刑される可能性が高いと知ったからだ。

 過去に、友人の《罪人》にかけられた呪いを取り除くべく治療に挑み、失敗した【回復職】の人がいて、それを誰かに密告された結果、兵士に捕縛され、断頭台で処刑されたらしい。

 ただ、治療をあきらめたらあきらめたで、俺が治せると信じてる人々の期待を裏切り、多少は信用をなくすことになってしまうだろう。

 それ自体は別にいいんだ。確かに悔しいけど、処刑されることに比べたらマシだからだ。それに、処刑されてしまう可能性があるから治療できないと説明して謝罪すればいいだけだからな。

「……」

 だが、それ以上に俺はあのオーガになった状態を治してやりたいという気持ちが強くなっている。とんでもないことをしでかしたであろう《罪人》とはいえ、刑期が終わって牢屋から出てきたのであれば、人間として普通の生活をさせてやるべきなんじゃないのか。被害者からしたら、俺のほうこそとんでもないやつに見えるかもしれないが……。

「グレイス、どうして黙ってるの?」
「グレイスさん?」
「グレイスどの?」
「グレイス様?」
「グレイス先生?」

「……くっ……」

 どうする。相手が《罪人》だからと、治療の対象であるはずの困ってる相手を差別して断るのか? 俺は一体どうすればいいんだ……。



 ◇◇◇



(ククッ。口下手なルードの代わりに俺が煽り役とは、考えたもんだ。しかも、マニーが幼女の姿で近くにいるおかげでみんなオーガにびびらねえし、グレイスの野郎を罠に嵌める最高のショーになってるってわけだ……)

【勇者】ガゼルは、困惑した様子で黙り込むグレイスを見てほくそ笑んでいた。

(さあどうする、グレイス。前にも後ろにも進めねえ状況だ。どっちを選ぶつもりだ? 前進して《罪人》になるか、後退して《道化師》になるか……)

「絶対、グレイスしゃまは、このオーガの呪いを治してくれるもん……!」
「そうだそうだ!」
「その子の言う通りよ!」
「なんせグレイス大先生は神の手を持つ男だからな!」

(へへっ。グレイスの野郎、野次馬どもの期待を受けてるってのに困った顔をしてやがる。そんな弱腰じゃアルシュは守れねえぜ……? どっちに転んでも美味しいが、やつはフレットに影響されてるから前進することを選ぶだろう。たかが《庶民》が《罪人》に刻まれた負の刻印を治療しようとすれば、間違いなく処刑だ。成功しようが、失敗しようが、な……)

 まもなくガゼルの愉悦に満ちた視線は、アルシュのほうに向けられることとなった。

(アルシュ……お前に似合う男は俺しかいねえ。きっと俺を見て、その変わり様に驚いてるだろうし、この件で憎むことにもなるだろうが……全部受け止めてやる。この俺が、お前の怒りも、悲しみも、初めても……)
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