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第二章
39話 支援術士、強い笑みを作る
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「――と、こういうわけで……」
「……」
眠っているテリーゼを除き、俺たちはロレンスから例の眼帯少女の話を聞きながら食事することになったんだが、なんとも衝撃的な話だったせいでろくに食べ物が喉を通らなかった。
彼は《高級貴族》となるまで【商人】として成り上がった経緯を持ち、仕事柄家を留守にすることが多いため、娘のカシェに構ってやれないことが常態化していたらしい。
だがその分多彩な情報を耳にすることができ、中には眼帯少女のことも含まれていたんだそうだ。
《貴族》の【剣聖】一族の家で育ったナタリアという少女で、非常に厄介な性格として知られ、普段は大人しいが一度暴れ出すと手がつけられず、そういうものに効く良い薬でもないかとロレンスは打診されたらしい。
彼は喜んで協力したものの、どの薬も大して効果がなく、匙を投げるしかなかったそうだ。
そのあとナタリアは父の知人である《英雄》の男に仕置きされ、それからは一応言うことを聞くようになったらしいが、今度は極度の人間不信に陥って引きこもりがちになり、外では滅多に姿を見せなくなったとのことだ。
それを聞いて、俺はなんでナタリアという眼帯少女があんな恨めしそうな目で俺のほうを見ていたのか、よくわかったような気がした。
彼女が見ていたのは、おそらく俺だけじゃない。周りを囲んでいた客たちもセットになり、人間不信の自分自身を煽っているように思えたんじゃないか。
つまり、一方的に見ているのに逆に見られているように、すなわち見下されてるように感じたわけだ。人を呪わば穴二つというが、闇の中に生きる者は大抵こういう独りよがりな考えに陥り、自分をも苦しめてしまう。
「おそらく、評判のグレイス君に嫉妬するあまりこんな事件を起こしたのだろう。こうなったら、私がナタリアの父に直談判――」
「――いや、ロレンス、ここは俺に任せてほしい」
「ふ、ふむぅ……」
真犯人の動機も大体見えてきたことで、俺はロレンスの言葉を遮ってでも果たしたいことがあった。
「グレイス、どうするつもりなの?」
「グレイスどの?」
「グレイス様?」
「グレイス君?」
「俺にいい考えがあるんだ」
不安そうなアルシュ、ジレード、カシェ、ロレンスに向かって、俺は安心させるべく強い笑みを作ってみせた。これはただの戦いじゃない、治療の意味合いも含んでいる。この方法で、俺は必ずや眼帯少女ナタリアの荒んだ心を治してみせるつもりだ……。
◇◇◇
「――うっ? ここはどこですの……」
カーテン越しの朝陽を浴びてテリーゼは目覚めると、まもなくはっとした顔で上体を起こした。そこは麗しい香りや気品が漂うという点では共通していたが、彼女の知り尽くしているいつもの部屋ではなかった。
「やっと目覚めたんですね、テリーゼ……」
「カ、カシェ……? 一体どうして……」
車椅子を押すカシェの登場に驚くテリーゼだったが、彼女から事情を聴くことで徐々にいつもの平静な表情を取り戻していった。
「――わたくしのせいで大変なことになっていましたのね。カシェ、助かりましたわ……」
「お礼ならお父様に言ってください。手首切断事件の真犯人についても情報を提供してくださったんですから」
「……そうですね。しかし、その話に出ていたナタリアという者の名前や動機がほぼ解明されているのであれば、一刻も早くそのことを人々に知らしめ、グレイスさんにかけられた疑いを晴らさなければなりませんわ……」
「そのことでしたら、グレイス様に固く止められてます」
「え……?」
わけがわからなそうに何度もまばたきするテリーゼ。
「そ、それは一体、どういうことですの……?」
「グレイス様はこれから、そのナタリアという方と決闘するそうです」
「え、ええ……?」
「しかもナタリアは【剣聖】だとか」
「なっ……し、【支援術士】が【剣聖】と決闘するなどありえませんわ。そんな無謀な行為を誰も止めなかったのですか?」
「それが、絶対に大丈夫で、いい考えがあるからと……」
「いいえ、それでも止めるべきです。確かに、ジレードの槍捌きを軽々と受け流すことができるようになったとはいえ、あれは所詮練習試合であり、実戦の場で【剣聖】と戦うなど、あまりにも危険すぎますわ。いくらあの方でも……」
テリーゼが困惑した様子で額に手を置き、首を左右に振る。
「私もびっくりしてお止めしたんですが、グレイス様は頑なに考えを通そうとするんです。まるでお父様みたい……ふふっ……あ、ごめんなさい、テリーゼ……」
「……気にしてませんよ、そんなの。それより……グレイスさんのこと、カシェも随分お気に召しているようですわね」
「……お父様が言ってました。父親と恋人は似るものだと。《階位》の違いはあれど、あの方ならいずれきっと成り上がることでしょう」
「それは同意しますわ。けれど、残念ながらカシェ、あなたには釣り合いません」
「はい、わかってます。でもいつか、釣り合うようにと努力するつもりです……」
「……変わりましたね、カシェ」
「はい、少しは強くなれたみたいです」
カシェとテリーゼはいずれも強い笑みを向け合うのだった。
「……」
眠っているテリーゼを除き、俺たちはロレンスから例の眼帯少女の話を聞きながら食事することになったんだが、なんとも衝撃的な話だったせいでろくに食べ物が喉を通らなかった。
彼は《高級貴族》となるまで【商人】として成り上がった経緯を持ち、仕事柄家を留守にすることが多いため、娘のカシェに構ってやれないことが常態化していたらしい。
だがその分多彩な情報を耳にすることができ、中には眼帯少女のことも含まれていたんだそうだ。
《貴族》の【剣聖】一族の家で育ったナタリアという少女で、非常に厄介な性格として知られ、普段は大人しいが一度暴れ出すと手がつけられず、そういうものに効く良い薬でもないかとロレンスは打診されたらしい。
彼は喜んで協力したものの、どの薬も大して効果がなく、匙を投げるしかなかったそうだ。
そのあとナタリアは父の知人である《英雄》の男に仕置きされ、それからは一応言うことを聞くようになったらしいが、今度は極度の人間不信に陥って引きこもりがちになり、外では滅多に姿を見せなくなったとのことだ。
それを聞いて、俺はなんでナタリアという眼帯少女があんな恨めしそうな目で俺のほうを見ていたのか、よくわかったような気がした。
彼女が見ていたのは、おそらく俺だけじゃない。周りを囲んでいた客たちもセットになり、人間不信の自分自身を煽っているように思えたんじゃないか。
つまり、一方的に見ているのに逆に見られているように、すなわち見下されてるように感じたわけだ。人を呪わば穴二つというが、闇の中に生きる者は大抵こういう独りよがりな考えに陥り、自分をも苦しめてしまう。
「おそらく、評判のグレイス君に嫉妬するあまりこんな事件を起こしたのだろう。こうなったら、私がナタリアの父に直談判――」
「――いや、ロレンス、ここは俺に任せてほしい」
「ふ、ふむぅ……」
真犯人の動機も大体見えてきたことで、俺はロレンスの言葉を遮ってでも果たしたいことがあった。
「グレイス、どうするつもりなの?」
「グレイスどの?」
「グレイス様?」
「グレイス君?」
「俺にいい考えがあるんだ」
不安そうなアルシュ、ジレード、カシェ、ロレンスに向かって、俺は安心させるべく強い笑みを作ってみせた。これはただの戦いじゃない、治療の意味合いも含んでいる。この方法で、俺は必ずや眼帯少女ナタリアの荒んだ心を治してみせるつもりだ……。
◇◇◇
「――うっ? ここはどこですの……」
カーテン越しの朝陽を浴びてテリーゼは目覚めると、まもなくはっとした顔で上体を起こした。そこは麗しい香りや気品が漂うという点では共通していたが、彼女の知り尽くしているいつもの部屋ではなかった。
「やっと目覚めたんですね、テリーゼ……」
「カ、カシェ……? 一体どうして……」
車椅子を押すカシェの登場に驚くテリーゼだったが、彼女から事情を聴くことで徐々にいつもの平静な表情を取り戻していった。
「――わたくしのせいで大変なことになっていましたのね。カシェ、助かりましたわ……」
「お礼ならお父様に言ってください。手首切断事件の真犯人についても情報を提供してくださったんですから」
「……そうですね。しかし、その話に出ていたナタリアという者の名前や動機がほぼ解明されているのであれば、一刻も早くそのことを人々に知らしめ、グレイスさんにかけられた疑いを晴らさなければなりませんわ……」
「そのことでしたら、グレイス様に固く止められてます」
「え……?」
わけがわからなそうに何度もまばたきするテリーゼ。
「そ、それは一体、どういうことですの……?」
「グレイス様はこれから、そのナタリアという方と決闘するそうです」
「え、ええ……?」
「しかもナタリアは【剣聖】だとか」
「なっ……し、【支援術士】が【剣聖】と決闘するなどありえませんわ。そんな無謀な行為を誰も止めなかったのですか?」
「それが、絶対に大丈夫で、いい考えがあるからと……」
「いいえ、それでも止めるべきです。確かに、ジレードの槍捌きを軽々と受け流すことができるようになったとはいえ、あれは所詮練習試合であり、実戦の場で【剣聖】と戦うなど、あまりにも危険すぎますわ。いくらあの方でも……」
テリーゼが困惑した様子で額に手を置き、首を左右に振る。
「私もびっくりしてお止めしたんですが、グレイス様は頑なに考えを通そうとするんです。まるでお父様みたい……ふふっ……あ、ごめんなさい、テリーゼ……」
「……気にしてませんよ、そんなの。それより……グレイスさんのこと、カシェも随分お気に召しているようですわね」
「……お父様が言ってました。父親と恋人は似るものだと。《階位》の違いはあれど、あの方ならいずれきっと成り上がることでしょう」
「それは同意しますわ。けれど、残念ながらカシェ、あなたには釣り合いません」
「はい、わかってます。でもいつか、釣り合うようにと努力するつもりです……」
「……変わりましたね、カシェ」
「はい、少しは強くなれたみたいです」
カシェとテリーゼはいずれも強い笑みを向け合うのだった。
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