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第二章
37話 支援術士、安堵する
しおりを挟むこれでもかと厳戒態勢が敷かれた都の中央通り、一台の豪華な馬車が兵長を筆頭とした数十名ほどの兵士たちによって止められる。
「――なんだ、兵長。えらく物騒だな」
夕陽を反射する馬車の窓から、アロンジュヘアの男が怪訝そうな顔を出す。
「これはこれは、《高級貴族》のロレンス様ではございませんか。実はですな、あの凶悪犯のグレイスが出現したとの情報が入りまして……」
「例の連続手首切断事件の犯人、か……」
「そうそう、それでございます、ロレンス様、よくご存知で……」
「最近は起きてないようだが、有名な事件なのだし知っていてもおかしくあるまい。それより、急いでいるのでな、ここを通してくれないか」
「その件ですが……《高級貴族》のロレンス様の身にもしものことがあっては私どもの首が飛びますゆえ、大変恐縮でございますが、念のため荷台を調べさせてもらっても……?」
ロレンスという男に揉み手をしながらも、その後方にちらちらと視線を移す兵長。
「お前、さっきからどこを見ているのだ。まさか私を疑っているのか?」
「あ、いえいえっ、決してそういうわけでは……。ただ、何かあっては本当に困りますゆえ、是非とも……」
引き攣ったような笑みを浮かべながらも鋭い眼差しで食い下がる兵長に対し、ロレンスは呆れ顔でふっと溜息を吐き出す。
「どうしても見せるわけにはいかんのだよ」
「は、はあ。というと、余程大事なものが……?」
「まあ、詳しくは言えんが、いずれは《王族》に献上するものが入っている」
「え、ええっ……!?」
兵長の目が飛び出さんばかりに大きくなる。
「そ、それは、一体どういうものでございましょうか……」
「まさに最高級のお宝と呼ぶべきものだ」
「ごくりっ……で、では、一目だけでも――」
そこで、ロレンスの目が兵長並みにかっと見開かれた。
「たわけ! これを、《王族》より立場が低い者が先に見ればどうなるか、わかるな? そのことがもし今後明らかとなれば、それこそお前だけでなく親族もろとも首が飛ぶぞ……!」
「ひ、ひぃ……わ、わかりましたっ、ではお通りくださいませ……おいっ、お前らっ! とっとと道を開けんかっ!」
「「「「「はっ……!」」」」」
◇◇◇
「「……」」
これでもかと積まれた荷物、その中央にある僅かな隙間で、俺は色んな意味で窮屈な思いを抱えていたわけだが、外から聞こえてくる一連の会話を最後まで聞いたあと、ほっと胸を撫で下ろしていた。
隣でうずくまるように座っていたアルシュも心底安堵したらしく、深い溜息をついたばかりだった。
「なんとか上手くいったみたいだな」
「だね。もう、息が止まるかと思っちゃった……」
今俺たちが乗っている馬車にはテリーゼやジレードが普通に座席にいて、後ろの荷台では俺とアルシュが息を潜める格好になっているんだ。
「それにしても、しつこいやつだったねぇ」
「ああ、確かにな。まあ首がかかってるっていうのもあるんだろうが……」
この馬車の持ち主である《高級貴族》のロレンスとやり合ってたのが、アルシュの言う通りなんともしつこくて嫌な感じの男だったから肝を冷やしたもんだ。兵長とかいう、疑うのが仕事の兵士の親玉なだけある。兵長とは兵士が一段階出世した姿で、階位は《貴族》になるらしい。
ちなみにロレンスっていうのは、俺がかつて盲目を治したことがあるカシェの父親の名前であり、テリーゼの亡き父とも親交があったらしく、それであの隠れ家のことがわかり、娘と二人で助けにきたのだという。というわけで今は匿ってもらうべく、屋敷へと向かう最中だったのだ。
あの大量の弓矢に関しては、【弓術士】カシェの特技の一つで、一本の矢を大量にあるように見せかける弓術の一つなんだとか。
彼女が15歳になって【天啓】を受けたときには既に視力もほぼなかったそうだが、見えなくても自分なりに努力を重ねてきた結果だという。その成果がテリーゼや周りの協力もあったそうだがS級冒険者で、【弓術士】の中でもここまでの量を放てるのはそれこそカシェくらいだそうで、盲目だった分想像力で補ってきたことが生きたんだろう。
あれがなかったらと思うとゾッとするし、心底ありがたいものの、彼女たちにも火の粉が及ばないよう、一刻も早く真犯人をなんとかしないといけない。なので、安堵するのは今のうちだけにしておこう……。
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