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第二章

26話 支援術士、中断する

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「――グレ……イス……」
「フレット……? フレットなのか……?」

 誰かのぼやけた輪郭が徐々に明瞭になっていく。

「あ……」

 そこにいるのはフレットではなく、心配そうな顔をしたアルシュだった。

 そうか……色々とぼんやりしてたが、俺はようやく思考を回復させ、今の状況を理解することできた。患者への治療が成功した瞬間、安堵感に負けて意識を手放し、昔の夢を見ていたってわけか……。

 しかも俺泣いちゃってるし。慌てて涙を拭ったものの、非常に気まずい。それにしても久々だな、フレットの夢を見るのは。さらに最悪の事件のおまけつきときた。あいつの鋭い勘のように、何かを予感しているものなんだろうか……?

「グレイス、治療は成功したけど、いくらなんでも無理しすぎだよ」
「ご、ごめん、アルシュ」
「これに懲りて、しばらく休んでね」
「あ、ああ」

 ここで体を壊しちゃったら、アルシュにはもちろん、ほかの患者にも迷惑をかけてしまうわけだからな。反省しないと。

「ねえ、フレットの夢見てたんだよね」
「……ん、ああ」
「懐かしいね。大人しいけど凄く芯があって、今のグレイスみたいなタイプだよね、よく考えたら」
「そうだな……」

 あの頃は俺もやんちゃだっただけに、あいつに結構影響されちゃってるのかもしれない。

「私も死んだら、さっきみたいにグレイスに泣いてもらえるのかな」
「お……おいおい、アルシュ、なんてこと言うんだ……」
「ごめん。ちょっと感傷的になっちゃった……」
「もう、俺の大切な人を死なせはしない。もう誰も……」
「グ、グレイス、それって……」
「あ……」

 アルシュの湿った瞳に吸い込まれそうになる。

「グレイス……」
「ア、アルシュ――うっ……」

 彼女の肩を掴んで唇を軽く合わせたものの、それ以上は胸が痛んで中断されてしまった。ほっとしたような、がっかりしたような……。

「グレイス、しっかり休まなきゃねっ」
「あ、ああ……ごめんな」
「いいの。私のファーストキスの相手がグレイスでよかった……」
「俺も初めてだから余韻に浸りたいところだけど、一つ聞きたいことが……」
「例の事件?」

 アルシュの言葉に俺はうなずく。

「それが……どんどん増えてるみたい……」
「……そうか。酷い話だな」
「だね。でも本当に不思議。なんで手首だけ狙うんだろ……?」
「確かにな。殺すのが目的じゃなくて、これじゃ、まるで――」

 俺はそこではっとなった。まさか、犯人の目的は……。

「グレイス?」
「アルシュ、この事件はもしかしたら、俺のせいかもしれない……」
「ええっ!? ど、どういうことなの……?」
「俺に恨みがあるやつがいたとして、こうした治療の難しい患者を増やすことで間接的にじわじわと苦しめるためなんじゃないかなって……」
「な、なるほど……。確かに、ああいうのをすぐ治せるのはグレイスしかいないわけだし、高名な【回復職】だと治療費にお金が一杯かかるから、どうしてもここに来ちゃうよね……」

 アルシュも俺の考えに賛同してくれたようだ。しかも、犯人は俺の回復術についてかなり詳しくて、再生術はエネルギーを多く費やすから苦手な分野だということも知っている。だとすると、一体誰が……。

「でも、グレイスに恨みを持つような人なんているかな? ガゼルだってもう全然見かけないのに」
「……」

【勇者】ガゼルか……。俺に恨みを持ちそうな人物で唯一思い浮かぶのはあいつくらいだが、アルシュの言う通りどこか別の場所へ行ったのか見かけなくなったし、いくら変わってしまったとはいえ、あいつがまだ都にいたとしてもこんなことをするとは到底思えない。

「そうだ、こうなったら少し休んだあと一緒に犯人を突き止めない?」
「……そうだな、あとで冒険者ギルドへ行ってみるか。未解決事件とかも報酬ありで扱ってるし、そこに手がかりがあるかもしれない」

 俺たちは強い表情でうなずき合った。こんなことをする輩を放置するわけにはいかない。俺に恨みがあるとわかった以上、ただ闇雲に治療するより犯人を捕まえて元を正すほうが賢明といえるだろう。



「……」

 しばらく【なんでも屋】の店内で休んでから俺たちはギルドへと入ったわけだが、なんというかいつもと空気が違っていた。俺の店も近いだけに、以前ならグレイス先生と声をかけてくれる人が何人かいるというのに今日はまったくいないし、逆に冷ややかな視線を浴びせかけられたのだ。これは一体どういうことだろう。

「――グ、グレイス、これ見てっ!」
「ん、アルシュ、何か手がかりがあった?」

 アルシュが掲示板の隅のほうで何かを見つけたらしく、急いで駆け寄ってみたわけだが、俺は一瞬頭が真っ白になった。そこにある貼り紙にはとんでもないことが書かれていたのだ。

「ひ、酷い……」
「……」

 アルシュの声が震えるのもわかる。その貼り紙にはこう書かれていた。『自作自演、マッチポンプの主、手首切断事件の黒幕は【なんでも屋】のグレイス』と。

 ……ん、なんかヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。

「ねね、犯行時間知ってる?」
「確か早朝、だったよね」
「そそっ。つまりね、【なんでも屋】が開く前くらいだって」
「それって、つまり……」
「どう考えても怪しいよねぇ」
「もうやめてっ!」

 アルシュが涙目で叫び、周囲が静まり返った。

「ア、アルシュ?」
「グレイス、お願いだから言わせて……。ねえ、あなたたち、何を言ってるの!? グレイスが今までどれだけ貢献してきたと思ってるのよ!」
「「「……」」」
「ねえ、誰か答えてよ! それでも人間なの!?」

 みんな青い顔で黙り込むが、アルシュはまだ腹の虫がおさまらない様子だった。

「アルシュ、気持ちはわかるが、頼むからやめてくれ」
「で、でも……」
「今、みんな疑心暗鬼に陥ってるんだ。悪いのはあくまでも犯人だから、なんとしても捕まえないと……」
「……ぐすっ。うん……」

 俺はなんとかアルシュを宥めて、ギルドから立ち去った。

「「――あ……」」

【なんでも屋】に戻ると、落書きが書かれていた。『回復詐欺の達人【邪道術士】グレイス』だの、『悪魔の申し子【外道術士】グレイス』だの。随分派手にやったもんだな……。

「これじゃ当分客も来ないだろうし、来たとしても犯人の仲間だと思われて客まで被害を受ける可能性を考えたら、一旦休止するしかなさそうだな」
「うぅ……酷いよ、どうして、どうしてこんなことするの……」
「ア、アルシュ……!?」

 倒れそうになるアルシュの体を支える。

「大丈夫だ、アルシュ、俺はそんなに気にしてない。こんなの、子供の落書きみたいなもんじゃないか」
「そうかもしれないけど、でも、酷いよ、グレイス。あんなに頑張ってたのに、こんなの酷すぎるよ……」
「アルシュ……俺はどんなに嫌われても、アルシュにさえ信じてもらえるなら大したダメージなんてない」
「あうぅ……」

 俺は抱き付いてきたアルシュの肩をそっと抱いてやった。

「グレイス……あなたは優しすぎるよ。私だけじゃなく、誰か一人くらい庇ってくれてもいいのに……」
「今、そういうことをしたらみんなにやられてしまうからだよ。心の中じゃ庇いたいのにって。だから、お願いだから客を責めないでくれ……」
「グレイス……」

 絶対にこの事件の真犯人を暴いてみせる。アルシュ、それに来たくても来られないみんなのためにも、俺は必ずや【なんでも屋】を再開してみせる……。
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