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41話 連鎖反応
しおりを挟む「――う、うごごっ……」
包帯に包まれたせいか視界が著しく悪くなるが、それでもまったく見えないわけじゃなかった。周囲の声も遠くから聞こえてくるみたいで聴きとりにくいが、ちゃんと何を言ってるかくらいはわかる。ただ、頭がやたらとぼんやりしてて、それが一番きつかった。
「う、う、うわああああぁぁぁぁっ!」
「……」
なんだ? いきなり何者かの狂ったような雄叫びが聞こえてきたと思ったら、怒号にも似た声が続々と沸き起こった。一体何が起きているんだ……。
「――お、足が縺れて転んだぞ!」
「捕まえたっ!」
「おい、こいつ、逃げようとしやがった!」
「なんでも解決屋さんをミイラにしときながら、なんてひでーやつだ!」
「しかも金も払わずっ!」
「死ねよ、こいつ!」
「叩きのめせっ!」
「殺せっ!」
「……」
なるほど、依頼者が逃げようとして捕まったってわけか。それでリリが【足掬い】を使ったっぽいな。おそらく、俺が包帯を取ったことで姿が元に戻ったのもあって、ミイラには二度と関わりたくないという強い気持ちが働いたんだろう。
「も、もうミイラは沢山だから、逃げたかったんだ! 頼むううぅ、見逃してくれえええぇっ!」
「黙れっ! この人でなし!」
「そうだそうだ!」
「おい、しっかり捕まえとけ!」
「このやろー!」
「ぐはっ! ぐええっ!」
俺の客に私刑を加えているようだ。これはまずい……。
「う、うごごっ……」
止めようとしたものの、呻き声が出るだけで言葉が出ないし、動きもかなり鈍ってしまっている……。
「お、お願いだからやめとくれよっ!」
「そうです、どうかやめてください!」
「……」
お、リリとメアが止めてくれた。さすが俺の相方と助手だ。
「で、でもよ、こいつは、逃げようとしたんだぞ!」
「そうだそうだ! 悔しくないのか!?」
「それなら、あたしたちに任せといて!」
「そうです! 私たちに任せてもらえませんでしょうかっ!?」
「「「「「……」」」」」
どうやら暴徒化しそうになってた客も引き下がったみたいだな。これからリリとメアがどう処置してくれるのか、ここは見守りたい。
「メア、そいつをしっかり捕まえといて!」
「はい、リリ様、承知いたしております!」
「さあ、これを食らいなっ!」
「……」
ま、まさか、リリとメアによる壮絶なリンチが始まるのか――
「――うひゃひゃひゃっ!」
「……」
どうやらメアに羽交い絞めにされて、リリにくすぐられてるらしい。まあこれも拷問みたいなもんか。リリのあまりの器用さに、モモなんて気絶寸前になってたからな。周りからは失笑も漏れてるし、それまで周囲に漂っていた緊張感や物々しさが薄れてるのがわかる。
さて、二人の頑張りのおかげで場が落ち着いてきたし、そろそろ自分に掛かった【木乃伊】スキルの効果を解くとしようか。
意識がとてもぼんやりとするから、このままだと念の力に依存するスキルは使えないだろうってことは予想していたので、こんなこともあろうかとあらかじめ作っておいたとあるものを利用させてもらう。
【覚醒状態】と【降焼石】を合わせた【覚醒石】スキルによって作っておいた石を、俺は手に持った。
「うごご……!」
それだけで意識がはっきりしてくるのがわかる。よーし、これならスキルを使用できるぞ……。
【降焼石】【目から蛇】【宙文字】【希薄】【視野拡大】【正直】【輝く耳】【声量】【歩き屋】【後ろ向き】
バラバラにしていたスキル群を【宙文字】で宙に浮かべてみる。久々に見るような気がするな。これほど特殊なケースというのは今までなかったので、1からじっくりと考えないといけない。
それでも、これでもかとやってきたスキルシミュの成果は必ず出るはずだ。これから本物のミイラと化すまで七日間という猶予はあるが、なんでも解決屋の看板を背負う以上、スピードが大事だと考えているし、次の客を待たせたくないのですぐに終わらせるつもりだ。
ここで思い出すのは、【鬼顔】を直したときのことだ。【目から蛇】と【後ろ向き】を合わせると、【振り返り】という顔に関係するスキルが出てくる。これと【正直】をくっつけることで、【復元整形】というスキルが生まれるんだ。
これを【希薄】で薄めた【表情安定】スキルで【笑いのツボ】を直したときと違って、さすがにミイラは明らかに異常な状態だからこっちのほうが効くはず……。
「――うーん……」
早速使用してみたわけだが、しばらく待っても効果はなかった。
やはりそう簡単にはいかないか。異常は異常でもレベルが違うということだろうってことで、【声量】【視野拡大】も加えた、体中に適用される【超復元整形】を使ってみたが、これもダメだった。
一体何故なんだ。これ以上効き目のあるスキルを作り出せるとは到底思えないんだが……。やはり、呪いと呼ばれるだけあって、一筋縄ではいかないのか。ん、待てよ、呪い――?
「――うごごっ!」
そうか、わかったぞ……。
「ひいっ!?」
俺が元ミイラの客に近付くと悲鳴が上がったが、気にせず迫り、両手で目隠しをするとともに【喪失】【後ろ向き】を合わせた【忘失】スキルを使い、彼の最近の記憶とともに俺に対する後ろめたさを消してやった。
これが大事で、このスキルは負の感情を餌に効果を維持しているように感じたからそれを断った形だ。ミイラ取りがミイラになるという言葉が示すように、一方だけを治すやり方ではダメなんだ。
ミイラだった相手の心に、俺をこんな風にしてしまったという罪悪感や、再びミイラの姿にされやしないかという恐怖心が残ってるから、いつまでも呪いのように消えることがなかったというわけだ。
俺にそういう負の感情は治す側なので元からないし、【忘失】の使用で双方にわだかまりがなくなり、さらに【超復元整形】を自分に使えば元に戻るはず……。お、どんどん包帯が取れていくのがわかる。呪いのスキル【木乃伊】を完全に克服した記念すべき瞬間だ。
「フォード!」
「フォード様っ!」
「「「「「おおおぉぉっ!」」」」」
リリとメアが俺に前後から抱き付いてきて、大歓声に包まれた。例の客が呆けた顔をしてるし、何が起こったかきっちり説明してあげないとな。じゃなきゃ報酬を貰えない上、周囲の客も彼を無事に帰してはくれないだろう。
「……」
ん? ほとんどの人間が歓喜に湧いてる中、対照的にがっくりと膝をついてる連中がいると思ったら……アッシュたちだった。こんなところまで追いかけてきてたのか。あの様子だと俺たちが失敗することを願ってたみたいだが、呪いとともに共倒れになった格好のようだな……。
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