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26話 器

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「若造っ……! 名医と呼ばれたわしがいくら施してもダメだったのだっ。だから貴様なんぞに治せるわけがないっ……! いい気になれるのは今のうちだけだぞっ……!」

「……」

 元主治医の男が、まるで【大興奮】にかかったかのように横から赤い顔で捲し立ててくるが、俺は気にせず目の前の患者に対して【鎮静】スキルを使用してみる。

 ――お……まもなく、マダランの指先がピクッと微かに反応したのがわかった。それだけ体全体が興奮状態によって硬直してたってことで、弛緩している真っ最中ってことだ。

「おい貴様っ、そこをどくのだっ!」

「えっ……?」

 この男、子息から任を解かれたのにまだあきらめてないのか……。

「そこをどけと言っているっ!」

「い、いやいや、待ってくれ。俺はあんたの代わりに子息からマダランさんの治療を任されているんだが……?」

「それはそうだが、医者としての役目が完全に終わったわけではないし、現在の状態を把握するのに脈を測るくらいはしてもいいだろうっ! それとも……ま、まさか貴様っ、マダラン様が既に亡くなったのを隠そうとしているのではあるまいなっ!?」

「……」

 俺は元主治医の言葉に動揺する。これはまずいことになった……。今マダランの脈を測られるわけにはいかないからだ。

 というのも、【鎮静】スキルで興奮状態を抑えるという行為によって、そこには強い作用が働くため、脈は一時的に凄く弱まるはずで、臨終したと誤解されてもなんらおかしくないんだ。

 これからマダランが起きるまで、しばらくは死んだように眠る状態が続くはず。それこそ体に強い衝撃を加え続けるくらいじゃないと、すぐに目覚めるなんてことはないわけで……。

「聞こえんのかっ!? そこをどけと言っているだろう!」

「……」

 リスクもあるが、ここは勝負に出るしかない。仮にこの医者が勘違いせずに回復の兆しがあると見抜いたとしても、己の体面を守るべく、臨終したことにされてしまいかねないからだ。それで顔に泥を塗った俺を処刑できるし、そのあと自分の手柄でマダランが奇跡的に回復したということにすればいい。

 なので俺は元主治医の言葉をスルーし、マダランの胸に両手を重ねるようにして置いて強めに押し始めた。

「きっ……貴様っ……何をするのだぁっ!? ごっ、ご子息様あっ! この狂人を今すぐここから追い払っていただきたい!」

「うぬっ……フォードとやら、とうとう狂ったか! 誰かっ、早くそいつを取り押さえろっ!」

「いや、まだダメだっ! ここが大事なところだから、待ってくれ、やらせてくれ! 頼むっ……頼むからこのままやらせてくれええぇっ――!」

「「「「「――黙れっ!」」」」」

「ぐぐっ……!」

 俺はあっという間に男たちによって取り押さえられてしまった。万事休すなのか……。

「ふざけたやつだ……。もういい。人質を殺せ――!」

「――ゴホッ、ゴホッ……」

 その咳は、ベッドのほうから発せられたものだった。

「……わ、我は……一体……」

「……ちっ……父上ええええぇぇっ……!」

「「「「「マダラン様っ!」」」」」

 子息とその取り巻きが、目を覚ましたマダランの元へ駆け寄っていく。

「……」

 よかった……。あまり回数はこなせなかったものの、まさに魂を込めた心臓マッサージが効いてくれたみたいだ……。

「バ、バ、バカ、な……」

 元主治医が真っ青な顔でへなへなと座り込んでしまった。この男は本当に自分の体面だけが大事なんだな。

 マダランが起きてすぐ上体を起こしたのを見てもわかるように、体の怠さも治っているように思う。これは【大興奮】を【鎮静】で完全に抑え切ったというより、ほどよく抑える結果になったからだ。とはいえ、急に起こした格好なのでまだしばらく安静が必要だが。

「――フォ……フォードォッ!」

「リリッ……!」

 リリが泣きながら猛然と飛び込んできたところを、俺は負けじと全力で受け止めてやる。

 本当に、よかった……。【鎮静】スキルでマダランの興奮状態を治すまではそんなに追い詰められてはいなかったんだが、さすがに最後のほうは肝を冷やしたし、もうダメかもしれないとさえ思った。リリもまったく同じ気持ちだったかもしれない。俺にとって、彼女の存在がいかに大事なのかを嫌というほど思い知らされることにもなった。

「――も、申し訳ありませぬ……」

「……」

 絞り出すような声がしたので振り返ると、例の子息が俺たちのほうに向かって、涙を浮かべながらひざまずいていた。

「この度は父上を救っていただき、いたく感激しております。しかも、体の怠さまでも改善してくださったとか……。これほど有能な方々に、とんでもない無礼を働いてしまい、どうお詫びをしたらよいのか……」

「本当に、ふざけるな……って言いたいところだが、もういいんだ。悪いのは全部、勝手に俺たちの真似をしたあいつらだからな……」

「だねえ。爺さんが治ってよかったよ。でも、今度あたしたちにこんなことをしたら、絶対許さないからねっ!」

「で、では許していただけるのか……」

「ああ……。だが、リリの言う通り、次はないと思ってくれ」

「りょ、了解した……。私は冷静さを著しく欠いていたとはいえ、あなた方の命まで不当に奪おうとしていたのに、本当に器の大きい方々だ……。フォードさん、リリさん……もし受け取ってもらえるなら、報酬として金貨1枚をお渡ししたい。何よりこの御恩、一生忘れませぬ……」

「だとよ。よかったな、リリ」

「うんっ!」

 俺はリリと笑い合った。金貨1枚も貰えるのはありがたいんだが、自分にとっては彼女がこうして無事に生還してくれたことのほうが、何よりも嬉しい報酬だった……。
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