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第二章 牙を剥く皇帝
アプローチ
しおりを挟む『ウォール、ルーネ、俺の親父が昨日、上級兵士に昇格したんだぜ、すげーだろ! しかも今度大きな仕事を任されるんだって。かなり危険みたいだけどよ、やりがいはメッチャあるから楽しみなんだって!』
胸を張るセイン。父親の話をするときは本当に目が輝いてる。お仕置きされて頭のたんこぶを摩りながら愚痴を吐くときもあるけど、こうして自慢するんだから仲は良好なんだろうな。ろくに会話もしない俺と父さんの関係に比べたら、雲泥の差だ。
『セインの父さん、凄いなー』
『だろー! へへっ……っておい、なんでルーネは黙ってんだよ!?』
『んー、確かに凄いけどぉー……ウォールのお父さんのほうが凄くない? 平凡なアビリティだったのに、冒険者として結構名を馳せるところまでいったって話じゃない?』
『た、大したことないよルーネ。セインの父さんのほうが凄いって。俺の父さんは人たらしで有名だったみたいだし、コネで名前のあるパーティーに入っただけだし……』
『ウォールったら、本当はお父さんのこと凄いって思ってるくせに、素直じゃないんだからあ。そういうところも、可愛くて好きだけどねー』
『そうだそうだ! 羨ましいぜ。色んな意味で』
『……セイン? 何よ、色んな意味って』
『な、なんでもない』
『『気になる……』』
『そ、それより今度またどっか三人で遊びにいこうぜ!』
『『うん!』』
「――はっ……」
暗がりの中、俺は上体を起こした。夢だったか……。どう考えたってかなり昔の出来事なのに、幼子に戻ってその時代を生きてるかのような錯覚があった。思えば、あの頃からセインはルーネのことが好きだとほのめかしてたんだな。
「……」
どうしてだろう。あれだけ憎たらしかったのに、なんだか急にどうでもよくなってきた。昔のことを思い出したせいか、情でも生まれた? ……いや、多分ようやく吹っ切れてきたからだろうな。もう忘れてしまってもいい。あんなやつらにこだわるより――
――奪え……。
「うっ……」
まただ。また例の発作が襲ってきた。早く盗みたくて全身が痙攣してくるような感覚。まずいな、これは。発作が起きる間隔が明らかに短くなってきている。中心に近付いているのがわかる……。
――奪われる前に奪うのだ。人間なんぞ所詮は綺麗事の皮を被っているだけのケダモノにすぎない。遠慮などいらん……。
「ぎ、ぎ……」
や、やめろ、やめてくれ……。俺はもう仲間から大切なものを奪いたくないんだ……。
※※※
「あ……あれなのか、あれがウォールが復帰したっていうパーティー《ハーミット》の宿舎……」
「へえ……どんなボロ小屋に左遷されてるかと期待してたけど、割と普通ね……」
夜にまみれた森の中、《ハーミット》の宿舎を目指す二人組がいたが、その一人であるセインが急に怖気づいた様子でルーネの背後に隠れるようにして歩き始めた。
「……セイン?」
「……あ、あれってさ……確か、お化け屋敷って呼ばれてるところだよなぁ……」
「そうだけど……ちょっと、セインったら何を怖がってるのよ……。これからあたしたちがやることを考えたら、お化けなんて気にしてる場合じゃないでしょ……」
「そ、そりゃそうだけどよ……お化けとウォールは全然違うぜ。あのノーアビリティに関してはお人よしだし殺しても許してくれそうだけど、お化けは違うだろ……?」
「セインったら……あいつが幽霊になって枕元に出てきたらどうするの?」
「あ、あんなの死ねば怖くもなんともねえって。むしろ俺たちのイチャイチャを見て、小便漏らしながら涙目で逃げ出すんじゃねえの?」
「あははっ……少しは勇気出てきた?」
「お、おうよ。どんなアビリティに目覚めてようが、寝込みを襲えばいいんだ」
「セインの卑怯者ー」
「へっ、卑怯者でいいんだよ。バカ真面目に生きたところでお人よしのウォールみてえに惨めになるだけだろ」
「……それ、言えてるかも……って、もうすぐ着くよ。静かに……」
「お、オッケー……」
《ハーミット》の宿舎が間近まで迫り、声を一層落とす二人。慎重に庭へと侵入すると、走って宿舎の壁に背を預ける格好になる。
「ここまで来たらもうあとには引けねえ……」
「きゃー、セインここに来てようやくカッコいい……」
「へへっ……待たせたな? ルーネ……」
「もー、遅いよ。あたしだけのセイン……」
うっとりと唇を重ね合う二人。
「……ウォールを殺したら、撒くために二手に分かれてギルドで落ち合おう」
「うん……!」
ルーネのアビリティ【撃砕】によって物理攻撃力が増したセイン。その結果彼がナイフの先を軽く当てるだけで窓ガラスが割れ、その間に音を【鈍化】させることで二人は容易く潜入に成功したのだった。
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