ノーアビリティと宣告されたけど、実は一番大事なものを 盗める能力【盗聖】だったので無双する

第二章 牙を剥く皇帝

度合い

「ウォール君を起こしてる場合じゃない。今すぐここを離れないと……！」
「ちょ、ちょっと待ってよダリル！　本当に信頼できるの！？　誰が忠告してきたかもわからないのに……」
「リリア、私には嘘を言っているようには聞こえませんでした。至急、ここから東北東に向かえとのことです。そこにダンジョン攻略の鍵を吊り下げた枯れ木があるからと」
「……で、でも、もしそれが出鱈目だったらどうするのよ！　ロッカに忠告したやつが殺人鬼の仲間かもしれないのよ！？」
「んー……」

　考え込んだ表情になるダリル。

「確かにリリアの言う通り、犯人の仲間っていう可能性はある。けど、隠れてるのに奇襲してくるわけでもなかったんだし、僕はその人の忠告を信じたい」
「あ、あたしだって本当は信じたいわよ……もういいわ、行きましょ！」

　三人が強い表情でうなずき合い、東北東へと向かう。三人の意志が一つになり、小舟は一層速さを増す結果となった。

「このスピードならきっと大丈夫だっ！」
「「うんっ！」」

　明るさを取り戻したダリルたちだったが、まもなくロッカの顔が曇る。

「――誰かこっちへ来ます……！」
「「えっ……？」」

　振り返るダリルとロッカの目に映ったのは、この小舟を猛然と追い上げてくる船影だった。

「ダリルッ！　もっとスピード上げて！」
「やってるけどこれが限界だ！」
「……いけません、このままでは追いつかれます。あまりにも強い意思……殺意を感じるのです……」
「「……っ！」」

　ロッカの言う通り、追ってくる小舟はどんどんスピードを上げて接近していた。

「こうなったら……」

　厳しい表情で月のナイフを構えるダリル。

「ダ、ダリル、どうするつもり？」
「なるほど、ダリル。あの手を使うのですね」
「さすが、聖母状態のロッカ、察しが早いね」
「ちょ、ちょっと！　まさか……戦うつもり！？」
「「……」」

　リリアに向かって意味深な笑みを浮かべるダリルとロッカ。

「た、たたたっ、対人戦なんてあたし初めてだからさっぱりよ……！」
「リリア、落ち着いて」
「そうですよ、落ち着いて対処するのです、リリア。ウォールお兄ちゃんから貰った太陽の剣があるでしょう。あれを構えるのです」
「あ……！　そっ、その手があったわねっ！」

　勇気が少々湧く効果があるという太陽の剣を構えるリリア。それまで震えていたが徐々に収まってきた。

「さて、そうと決まったら作戦開始だ」

　ダリルが小舟の上で立ち上がると、追い上げてくる船影のほうを睨みつけた。

「追いつけるものなら追いついてみろ！　間抜け！」
「えっ？　何挑発してんのよダリル！」
「リリア、そのほうが冷静な判断を失わせる可能性も出てくるので有利になるかと思います」
「えぇー？」
「ロッカの言う通りだ。リリアも頼むよ」
「わ、わかったわよ！」

　リリアが立ち上がり、下着が見えそうになるほどスカートの裾をたくしあげる。

「ほ、ほらほらっ、追いついてみなさいよ、ノロマ！」
「ふぇぇ……追いつかないでぇ……」
「ちょっと！　こんなときに元に戻っちゃってるし！」
「疲れたのぉ……」
「早っ！」

　ほどなくして、ダリルたちの挑発が効いたのか船影はグングンとスピードを上げ、ダリルたちの船に迫る勢いだった。

「――今だっ！」

　ダリルが声を張り上げると、彼らが乗った船のスピードが一気に緩くなり、追い上げていた小舟があっという間にすぐ横を通り過ぎて見えなくなった。

「……え……？　まさかこれが狙いだったの……？」
「そうそう。【反転】で僕の急ごうとする意思を逆にしたからここまでスピードが落ちたんだ」
「私も意思を弱めたよお」
「ロッカ……あんたも知ってたなら教えなさいよねっ！」
「ふぇぇ……」
「ま、まあ敵を騙すなら味方からっていうし……あっ……」

　苦笑いを浮かべていたダリルがはっとした顔になる。

「見えてきた！　例の枯れ木だ！」
「「あっ……」」

　まもなく彼らの前に現れたのは、悪魔の人形の代わりに幾つもの鍵をぶら下げた枯れ木であり、それに触れると次の階層へのダンジョンボードが現れるという仕組みであった。

「これで……はっ……」
「ど、どうしたの、ダリル？」
「どうしたのぉ……？」
「また来る……まずい……」
「そ、そんなっ。もう少しってところなのよ、もおぉっ……！」
「どうしようぅ……」

　戻ってきた例の船は破竹の勢いでダリルたちの元へと迫ってきていて、彼らが枯れ木に触れる前に衝突してしまいかねないほどの速度だった。

「こうなったら……一か八かやるわよ！」
「「リリア……？」」
「おらああぁぁぁっ！」

　リリアが立ち上がり、相手の船に向かってジャンプする。

「「リリアッ！？」」

　彼女の行動によって視界が遮られたことが影響したのか、向かってきた小舟はぎりぎりのところで激突せず、すれ違う形で通り過ぎていった。

「す……凄いね、リリア。【分身】といっても見上げた度胸だ……」
「凄いよぉ……」
「……」
「「リリア……？」」

　リリアの本体は当然船上に残っていたわけだが、【分身】の効果が切れても気絶したままであった。

「……恐怖の限界を超えちゃったか。まぁ【分身】だと太陽の剣を持てないしね」
「だねぇ……」