ノーアビリティと宣告されたけど、実は一番大事なものを 盗める能力【盗聖】だったので無双する

名無し

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第二章 牙を剥く皇帝

浮上

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 ――奪え、奪え奪え奪え、奪い取るのだ……。

「……」

 例の声が頭の中にこだます中、小舟が近付いてくる。ただ、小康状態なのか少し落ち着いてきた気はする。油断は禁物だが。

 そうだ、いいことを思いついた。殺人鬼がもしあれに乗っているなら、そいつから奪ってやればいいんだ。そもそもモンスターから何か盗んでもノーカン扱いされる可能性もあるしな……。

「――あ……あれ……?」
「むう……?」

 だが、小舟はもぬけの殻だった。

「……なっ、なんだこりゃ……。船だけこっちへ来たってこと……?」
「いや、それはない。小舟に誰か乗っていたのは間違いない。そもそも人が乗って進む意思を持たないと動き出さないのだ……」
「そうなのか……じゃあ、乗ってたけど誰かに殺された、とか……? モンスターとか、あるいは……例の殺人鬼に……」
「うむ……今のところ、その可能性が高い――」
「――おいおい、シュルヒじゃねぇかぁ……」
「「えっ……」」

 俺とシュルヒの素っ頓狂な声が被る。しわがれたようなノイジーな声が、誰もいないはずの小舟から聞こえてきたのだ。

「グ……グルーノ……」
「え……それって……例の仲間……?」
「そうだ、ウォールどの。この階層でよく目撃されていたという元メンバーが彼なのだ」
「で、でもどこに……」
「なんだよ、シュルヒ。デートか? ケケケッ……」
「ち、違うっ! お前のせいで《エンペラー》が疑われていたから、新メンバーのウォールどのとともに真犯人を始末しにきただけだ!」
「ケケッ、なるほどなぁ。俺は釣りが好きだから仕方ねえだろ。知ってるか? 人食い魚ってメッチャうめえんだぜ……」
「いいから早く姿を見せろ!」
「へいへい」
「あ……」

 目つきの異常に鋭い、小柄な男の姿が徐々に浮かんできた。まるで凶悪犯のような風貌で、一見すると殺人鬼だと疑われてもおかしくないと思える。

「ど、どうも。俺はウォールっていいます」
「ケケッ、俺はグルーノ。そんなにかしこまらなくてもいいって」
「は、はあ……」
「なんか青い顔してるが大丈夫か? 驚かして悪かったなぁ。釣り好きとはいえおっかねぇ階層だし、誰かと接触しそうなときは【仄身】で隠れてたってわけよ……」
「なるほど……」
「ずっと隠れていればいいものを……」
「おいおい、シュルヒ。それじゃ精神力が持たねえって……。しかしよ、シュルヒ。殺人鬼退治っていうが、天下の《エンペラー》とはいえ二人だけで大丈夫なのかぁ? 一度現場を見たことあるが、割と名前の知れてるパーティーですら一瞬で全滅させたやつだぞ。しかも連れは見慣れねえ顔だし、まだ新人なんだろ……?」
「確かにそうだが、アビリティは最高のものを持っている」
「あ、そっかぁ。今の《エンペラー》は特におっかねぇアビリティ持ちばっかりだって聞くしなぁ。その新人なんだから相当なもんってわけかぁ」

 ――今がチャンスだ。奪え……。

「……う、うぐ……」
「お、おいおい、どうしたぁ? ウォールとやら」
「ウォールどのは発作を起こしたようだ。誰であろうと無差別に盗みたくなるというアビリティの副作用らしい」
「な、なんだよそりゃ……」

 ――自分だけが頼りであり、他人は敵。それがこの世の絶対的な真実なのだ。だから奪われる前に奪ってしまえ……。

「ぎぎっ……」
「お、おいおい、白目剥いてるしやべえぞこいつ。離れたほうがいいんじゃねぇの……?」
「一時的に発作を抑える方法もあるが、リスクもあるようだ」
「なんだよそれ、早く言えよってんだ!」
「それは相手の一番大事なものを盗むことらしい。その代わり意識が失われるらしいが……」
「そ、それがこの男の能力ってわけかよ。おっかねぇ、おっかねえぇ……って、まさかそれを俺で試す気じゃねぇだろうな……?」
「ダメか?」
「おいおい、そりゃ確かに俺もサボリ気味だったけどよ、あんなこっぴどいやり方で追放しといて、さらにそんなヤバイ能力を試されるなんてたまったもんじゃねえって……」
「……に……逃げてくれ……も、もうダメ、だ……」

 意識が朦朧としてきた。もうそろそろ限界みたいだ……。

「……仕方ない。ウォールどの、その力を自分で試してほしい」
「……え……」
「返却はできるのだろう?」
「できるけど、俺も意識が……なくな、る……」

 今にもその意識が千切れそうだが歯を食いしばって耐える。

「そのときはグルーノ、頼んだ。ウォールどのを起こしてやってほしい」
「……まー、いいけどよ、俺まで奪おうとしてきたら【仄身】で消えるからなぁ?」
「……一度だけ、でも……はぁ、はぁ……う、奪えれば……それで、いい……はず……」

 ……もう、もう限界だ……。

「ククク……奪ってみせる。何もかも……あらゆる者の胸の奥に仕舞い込む財宝さえも……」
「さあ、来るのだ、ウォールどの。自分が貴殿の全てを受け止めてみせる……」
「ククッ……愚か者めが、全てを奪われてボロ雑巾となるがいいっ……!」

 俺はシュルヒに掴みかかり、【盗聖】を行使した。一体どんなお宝が拝めるのか、楽しみだなあ……。
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